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殺戮學園逝徒會畸譚  作者: 坐久靈二
第二章 傾奇少年と二つの逝徒會
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第二十六話 大立ち回り

Audentem Forsque Venusque iuvat. (運も愛も大胆な者を助ける。)


――プーブリウス・オウィディウス・ナーソー

 昨日、下校時のバス停に検問を張り、金銭を徴収しようとして成敗された假藏(かりぐら)學園(がくえん)の大物不良・(くろがね)自由(みゆ)は、真里(まり)愛斗(まなと)及び仁観(ひとみ)嵐十郎(らんじゅうろう)への報復の為か愛斗(まなと)のクラスメートである女子・戸井(とい)宝乃(たからの)を拉致した。


「早く助けに行かねーと、その戸井(とい)ちゃんとかいう女子はあいつらに何されるか分からねえぞ。」


 西邑(にしむら)龍太郎(りょうたろう)の要請で愛斗(まなと)達の教室へと助けに駆けつけてくれた仁観(ひとみ)は腕を組み、バリケードの方へ目を遣る。彼が見ているのはその奥にある假藏(かりぐら)學園(がくえん)の教室だろう。


「そうか……(そもそ)も二つの學園(がくえん)は空間を捻じ曲げて繋がっているんだから、本来は態々(わざわざ)(ほこら)まで行かなくても向こうへ行けるんだ……。」


 愛斗(まなと)と、バリケードとして積み上がっている机の奥の不良の目が合った。相手は露骨に敵意を剥き出しにし、愛斗(まなと)を睨んでくる。

 その反応に、愛斗(まなと)は一抹の不安を覚えないでもなかった。というのも、互いの教室、授業に干渉しない様にと華藏(はなくら)學園(がくえん)側から一方的にバリケードを築き上げておいて、華藏(はなくら)學園(がくえん)側からそれを乗り越えるような真似をすれば、假藏(かりぐら)學園(がくえん)此方(こちら)の領分を守らせる大義が無くなりはしないか、という懸念があったからだ。

 だが、仁観(ひとみ)が言う様に事は一刻を争う。この事態に最優先すべきは、戸井(とい)の身の安全、その逸早(いちはや)い確保である。


仁観(ひとみ)先輩、一時的にバリケードを撤去しましょう。」

「あ? その必要はねえよ。」


 仁観(ひとみ)はそう言って愛斗(まなと)の提案を一蹴すると、愛斗(まなと)の背後に屈んで彼を抱え上げた。丁度お姫様抱っこの格好になるが、見た目女装している仁観(ひとみ)が、小柄で童顔の男子である愛斗(まなと)を抱える様は少し滑稽にも見える。


「あの、仁観(ひとみ)先輩、何を?」

「突っ切るぞ、愛斗(まなと)君!」


 仁観(ひとみ)はそう宣言すると、バリケードに向かって勢い良く跳び上がった。そして一番上の机を蹴り飛ばし、假藏(かりぐら)學園(がくえん)側の壁にぶつけつつ愛斗(まなと)と共に強行突破してしまった。


「よっ、と……。」

仁観(ひとみ)先輩……。」


 突然の出来事に、愛斗(まなと)は思わず仁観(ひとみ)に強くしがみ付かざるを得なかった。


「どうした、愛斗(まなと)君? ()しかして、惚れちまったか?」

莫迦(ばか)な事言ってないで降ろしてください……。恥ずかしい……。」

「降ろせ、って言われてもそんなにガッ付かれたらなあ……。」

「変な言い方()めてください!」


 愛斗(まなと)は顔を真っ赤にして仁観(ひとみ)から手を放して腕を組んだ。そんな愛斗(まなと)揶揄(からか)う様に仁観(ひとみ)は小さく笑うと、(さなが)らお姫様を丁重に扱う様に優しく愛斗(まなと)を床に立たせて降ろした。その振る舞いは何処(どこ)か王子様然としており、そう言うタイプの女子にモテる女子を彷彿とさせたが、ややこしい事に仁観(ひとみ)嵐十郎(らんじゅうろう)(れっき)とした男である。


 そして、茶番を繰り広げている二人だが、忘れてはいけない、彼等は既に敵地に乗り込んでいる。


仁観(ひとみ)ィッ‼」

「てめえら、勝手にこっちの縄張りに入って来て依茶(イチャ)()いてんじゃねえぞ‼」

「このホモ野郎共が‼」


 数人の不良が愛斗(まなと)仁観(ひとみ)を取り囲む。朝の早い時間だったのが幸いし、假藏(かりぐら)學園(がくえん)の生徒はまだ余り登校していない。


「正直、停学明け早々暴れるつもりは無かったんだがな……。だが、女の子(さら)われたんじゃ是非もねえ。愛斗(まなと)君、下がってな。多対一はコツが要る。」


 仁観(ひとみ)愛斗(まなと)の動きを待たずに彼を背後に隠すが如く前に出で、指の関節を鳴らしながら拳を握り締めた。そして、周囲を取り囲む不良達へ順々に一瞥(いちべつ)を巡らせていく。不良達はその突き刺すような視線に怯んでいた。数の利があるとはいえ、仁観(ひとみ)嵐十郎(らんじゅうろう)は怪物が如き強者であると、不良達は百も承知していた。


 一人の、一番体格のある不良が僅かに動いた、その瞬間だった。仁観(ひとみ)の平手打ちがその不良の顎先を掠め、有無を言わせず昏倒させてしまった。二人を取り囲んでいた不良達は出鼻を挫かれ、動揺から腰が引けていた。それを見逃さず、仁観(ひとみ)は目にも留まらぬ速さで残りの不良も同じ様に気絶させていった。


「は、早っ……。」

「数が揃うとどうしても自分で戦う意思ってのは多かれ少なかれ低くなるからな。その中でもまだやる気がある奴を速攻で潰しちまえば後は総崩れになる。」


 仁観(ひとみ)手巾(ハンカチ)を取り出して不良達を昏倒させた手を拭き、愛斗(まなと)に解説しながら周囲に睨みを利かせる。残っているのは女子生徒ばかりで、流石に二人の邪魔をしようという者は居そうにない。皆二人を避けるように壁に貼り付いていた。


「じゃ、行こうか愛斗(まなと)君。」

「ええ……。」


 愛斗(まなと)は怖がらせてしまった女子生徒達に対して申し訳無さから軽く一礼して仁観(ひとみ)の後に続いて教室から出た。襲ってきた男子は兎も角、如何(いか)に不良とはいえ女子達に罪は無いだろう。

 だが、ふと愛斗(まなと)仁観(ひとみ)の歩みに一切の迷いが無い事が気に掛かった。


「あの、仁観(ひとみ)先輩?」

「ん、何だ?」

「その、行くって何処(どこ)へ? 判っているのは戸井(とい)が恐らく(くろがね)の一味に(さら)われたってことだけですよね?」

「ああ、大体目星は付いてる。」


 仁観(ひとみ)は言葉通り、確信した様に落書きに染められた假藏(かりぐら)學園(がくえん)の廊下を走って行く。


「『逝徒會(せいとかい)』とは良く言ったもんだ。余り興味を持たれていないが、(くろがね)の奴には假藏(かりぐら)學園(がくえん)でもう一つの顔を持っている。」


 二人は角を曲がり、階段を降りていく。假藏(かりぐら)學園(がくえん)の校舎は三つ、中等部の校舎、高等部一年及び二年の校舎、そして高等部三年及び理科室等の特別授業や音楽室等の文化教室が入っている校舎だ。

 そして、三年の校舎には様々な課外活動の為の教室も入っている。仁観(ひとみ)愛斗(まなと)をそこへ案内しようとしているらしい。


「もう一つの顔……。あ、()しかして。」

「そう、(くろがね)自由(みゆ)は名目上、假藏(かりぐら)學園(がくえん)生徒(せいと)會長(かいちょう)という事になっている。(もっと)も、假藏(かりぐら)の連中からは単に生徒會(せいとかい)室をグループの根城にしているとしか思われてねえがな。なるほど、『逝徒會(せいとかい)』とは面白えネーミングだ。」


 どうやら仁観(ひとみ)は置手紙の差出人に『弥勒狭野(ミロクサーヌ)』と共に名を連ねていた『逝徒會(せいとかい)』についても(くろがね)自由(みゆ)のグループだと認識している様だった。


「ひょっとすると、あの野郎は爆岡(はぜおか)に取って代わる腹積もりでいるのかもな。だとしたら身の程知らずも良い所だがな。ま、どうでもいいか。」


 仁観(ひとみ)の言う通りだ、と愛斗(まなと)は頷いた。『逝徒會(せいとかい)』の意味を彼が勘違いしている事など、今は大した問題ではない。それよりも、一刻も早く戸井(とい)を助け出さなくてはならない。


仁観(ひとみ)ィィッッ‼」


 後者の下駄箱で、昨日検問を布いていた二人の不良が待ち構えていた。指名された仁観(ひとみ)は軽く振り払うように腕を振るい、一撃で二人を弾き飛ばしてあっさりと処理した。


「口程にもねえ。所詮は金魚の(ふん)共だな。」

仁観(ひとみ)先輩が強過ぎるんですよ……。」


 既に見せられていた超人的な身体能力を考えれば当然だが、この特異な先輩には有象無象の不良など物の数では無く、鎧袖一触にもならないらしい。


『全くね。今回(ばか)りは仁観(ひとみ)君の事も褒めてあげないといけないわ。』


 二人が高等部一・二年の校舎から出た所で憑子(つきこ)愛斗(まなと)に語り掛けてきた。


真里(まり)君、仁観(ひとみ)君にも伝えておきなさい。この緊急事態、假藏(かりぐら)(ごみ)共の事は仮令(たとえ)殺してしまっても不問にするわ。華藏(はなくら)學園(がくえん)生徒(せいと)會長(かいちょう)として、栄えある華藏(はなくら)生の一人を蛆虫が如き假藏(かりぐら)の不良から救出する事を何よりもまず最優先にし、何人血祭りに上げてでもこれを達成しなさい。』


 憑子(つきこ)は怒りからか、何時にも増して過激な物言いで愛斗(まなと)を煽る。流石(さすが)にそこまでは同意出来ないが、危機意識と怒りについては愛斗(まなと)の気持ちも同じである。


「三年の校舎は此処(ここ)だ、愛斗(まなと)君。この最上階に生徒會(せいとかい)室がある。」

「解りました。早く行きましょう、先輩!」


 二人は(くろがね)の素性を手掛かりに、生徒會(せいとかい)室へ向かって三年の校舎に足を踏み入れた。



☾☾



 その頃、假藏(かりぐら)生徒會(せいとかい)室には二十人の男女が(たむろ)していた。一人は爆岡(はぜおか)義裕(よしひろ)が率いる不良グループ『弥勒狭野(ミロクサーヌ)』のナンバー2、(くろがね)自由(みゆ)。その舎弟である男子の不良が十六人、女子が一人、そして場違いな華藏(はなくら)學園(がくえん)の生徒が二人、猿轡(さるぐつわ)()められ組伏せられている戸井(とい)宝乃(たからの)を取り囲んでいた。


(くろがね)君、この子どうする気だ?」

()っちまっても良いかなあ?」


 下っ端の不良は野蛮で不穏な事を口走る。早く助け出さなければ、戸井(とい)の貞操が危ない状況だ。戸井(とい)の眼は恐怖と絶望に潤んでいた。しかし、彼等を束ねる(くろがね)は狂気に爛々(らんらん)双眸(そうぼう)耀(かがよ)わせながらも冷静だった。


「折角だが今はそんな事をやっている余裕ねえよ。」


 會長(かいちょう)席に腰掛け、(くろがね)はスマホの画面を覗いている。


「たった今、先んじて一・二年の校舎で待ち伏せさせていたの二人からの通信が途絶えた。間違いなく仁観(ひとみ)がこっちに来てる。まさかてめえら、(おれ)の城で莫迦(ばか)正直に迎え撃つ気か?」


 (くろがね)の狂気に歪んだ笑みが、周囲に得体の知れない圧を払撒く。


「何の為に態々(わざわざ)あの野郎を此処(ここ)へ誘い込んだと思ってる? 勝手知ったる(おれ)達の根城、その前の廊下……。一寸(ちょっと)この部屋と両隣を遮る内扉を通れば、簡単に挟み撃ちに出来るだろうが。」


 假藏(かりぐら)學園(がくえん)生徒會(せいとかい)室は両隣の教室と内扉で区切られており、鍵を開ければ簡単に普段使われない出入り口を作り出すことが出来る。即ち、愛斗(まなと)仁観(ひとみ)生徒會(せいとかい)室の扉の前に辿り着いた所で両脇の部屋から数人ずつ廊下に出れば、二人をあっさりと包囲出来るのだ。


「良いか、てめえら? 絶対的な暴力を誇る爆岡(はぜおか)君ですら、假藏(かりぐら)學園(がくえん)の全てを支配する事は未だに出来ちゃいない。全てを征圧するには知恵が要るのさ。裏を返せば、力の爆岡(はぜおか)君と知恵の(おれ)が居れば、『弥勒狭野(ミロクサーヌ)』は絶対頂点(テッペン)を獲れるんだ。さあ、解ったら行け。ここで仁観(ひとみ)を潰しとけば、(おれ)達に逆らおうっていう連中は確実に激減する。頂点(テッペン)は一気に目の前となる。爆岡(はぜおか)君も喜ぶぜぇ……。」


 (くろがね)の言葉に納得したのか、不良達は生徒會(せいとかい)室の両脇の内扉をそれぞれ一枚外して隣の部屋へと移動した。部屋に取り残されたのは主犯の(くろがね)、人質の戸井(とい)假藏(かりぐら)の女子が一名、そして、場違いな華藏(はなくら)學園(がくえん)生徒會(せいとかい)基浪(もとなみ)(けい)砂社(すなやしろ)日和(ひより)だった。


(きみ)は良いのか、(くろがね)會長(かいちょう)?」

「まさか、自分だけ戸井(とい)さんを美味しく()っちゃうつもりぃ?」


 真面目に問い質す基浪(もとなみ)と、揶揄(からか)う様に軽口を叩く砂社(すなやしろ)(くろがね)の鋭い眼が睨み付けた。


「取り敢えず、てめえらは一旦散れ。てめえらに働いて貰うのはもう少し後の話だ。」


 (くろがね)は心底煩わしそうな口調で二人の華藏(はなくら)生に退室を命じた。基浪(もとなみ)砂社(すなやしろ)の側も特に歯向かうでもなく、會長(かいちょう)席の後ろへ回った。生徒會(せいとかい)室の奥には非常階段へ続く扉があるのだ。


「じゃあ、今回(おれ)達は失礼するぞ。」

(わたし)達が協力する要件、暮れ暮れも忘れないでね?」


 これで生徒會(せいとかい)室に残されたのは(くろがね)戸井(とい)、そして女子が一人となった。


「さて、(おれ)(おれ)で行かなきゃならん。杏樹(あんじゅ)、人質はお前が手筈通りに処分しとけ。」

「ああ……。」


 (くろがね)に命じられ、戸井(とい)の身柄を預けられる事になった不良女子・将屋(しょうや)杏樹(あんじゅ)は呟くように頷いた。(くろがね)生徒會(せいとかい)室の正面の扉から部屋の外へ出て、愛斗(まなと)仁観(ひとみ)を待ち構えるつもりらしい。

 戸井(とい)脳裡(のうり)に「処分」という不穏な言葉が躍る。彼女の命運は二人の先兵に依然委ねられていた。

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