表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殺戮學園逝徒會畸譚  作者: 坐久靈二
第一章 憑物少女と二つの學園
15/80

第十五話 秘められた真実

 法の穴を突く事に慣れてはいけない。

 人は自分が賢いと思っている時程盲目なものだ。

 それ故、逸れてはならぬ道も見失いがちになる。


――私立探偵・セオ=レイフォード

 翌日、真里(まり)愛斗(まなと)は普段より早めに登校した。前日一日よく休み、十分な休養が採れた事も幸いだった。

 目的は、再び噂好きのクラスメートにして覚醒剤情報の出所、戸井(とい)宝乃(たからの)にじっくり話を聴くことだ。しかし、それは最後の確認という意味合いが強い。愛斗(まなと)憑子(つきこ)との会話、それから假藏(かりぐら)の不良二人、尾咲(おざき)(もとむ)相津(あいづ)諭鬼夫(ゆきお)から得た情報により、八割方事の真相に辿り着いていた。


 いつもより二本早いバスで登校した教室は、生徒も(まば)らだった。しかしその中に、この日の授業で使用する教科書を確認する戸井(とい)の小さな姿があった。優等生の戸井(とい)生徒會(せいとかい)役員の愛斗(まなと)より遥かに授業に臨む態度が真摯なのだ。


戸井(とい)、おはよう。」

「あ、真里(まり)。おはよう。体はもう大丈夫?」

御蔭様(おかげさま)で。」

「今日は早いね、どうしたの?」

「実は戸井(とい)に改めて()きたい事があって。」


 愛斗(まなと)は昨日、憑子(つきこ)と共に纏めた内容を確かめるべく、声を潜めて戸井(とい)に尋ねる。


「覚醒剤の件なんだけどさ、元華藏(はなくら)假藏(かりぐら)生が関わってるって話、何処(どこ)から聞いたの?」


 戸井(とい)は一瞬瞠目(どうもく)したが、すぐに呆れたように目を細めて溜息を吐いた。


「まだ探るつもりなの? ていうか、今更それ()く?」

「まあ確かに、一昨日(おととい)までに()いとくべきだったとは思うけどさ……。」

「そういうおっちょこちょいな所も真里(まり)らしいと言えば真里(まり)らしいね……。」


 愛斗(まなと)の失敗にボーイッシュな少女の様に悪戯(いたずら)っぽく白い歯を出して笑みを見せる戸井(とい)だったが、やはり話をする事自体は満更でも無いらしい。何も包み隠す事無く、彼女は愛斗(まなと)に情報源を教えてくれた。


「有難う、戸井(とい)。とても参考になったよ。」

「そう? 別に助けたくて話すわけじゃないけどね。」

「今度、何か奢るね。」

「それはデートの御誘いかな? まあ期待しておくよ。」


 丁度話が終わる頃、西邑(にしむら)龍太郎(りょうたろう)が教室に入って来た。


「おはよう、真里(まり)君。もう体は良いのか?」

「心配掛けたな。もう大丈夫。」

「早速覚醒剤調査も再開するみたいだよー。」


 戸井(とい)の告げ口に、西邑(にしむら)は渋い表情を浮かべる。


「まさか、また假藏(かりぐら)に行くつもりか?」

「いや……。」


 愛斗(まなと)は小さく首を振る。


「多分、もうその必要は無いよ。」


 首を傾げる西邑(にしむら)戸井(とい)だったが、愛斗(まなと)には確信があった。昨日の憑子(つきこ)との会話から、(ほぼ)黒幕の目星は付いた。

 後は充分な時間的余裕を持って、その人物に迫れば良い。

 但し、良い逃れの出来ない決定的な証拠が欲しい所ではあるが。




☾☾☾




 放課後、愛斗(まなと)は或る場所へ足早に向かう。


 憑子(つきこ)の考えはこうだ。


(わたし)達は前提から間違えていたのよ。覚醒剤は假藏(かりぐら)から華藏(はなくら)に入って来た訳じゃない。あの二人、伊藤(いとう)君と則山(のりやま)君が覚醒剤を華藏(はなくら)(もたら)した訳じゃない。』


 つまり逆。それは憑子(つきこ)にとって余りにも許し難い事実だった。


『覚醒剤が元々流通していたのは華藏(はなくら)學園(がくえん)側。伊藤(いとう)君と則山(のりやま)君は、二つの學園(がくえん)が繋がった事を切欠(きっかけ)假藏(かりぐら)學園(がくえん)側の売人に仕立て上げられたに過ぎない。』


 これは愛斗(まなと)尾咲(おざき)(もとむ)相津(あいづ)諭鬼夫(ゆきお)を通して確認させた一つの時系列から導き出された結論である。

 伊藤(いとう)藤之進(ふじのしん)則山(のりやま)正行(まさゆき)假藏(かりぐら)學園(がくえん)側で覚醒剤を密売していた。だが、蔓延させるには至っていなかったのだ。飽くまで、彼等が所属していたグループが覚醒剤によって勢力を拡大しようと企んでいた、それだけである。


『恐らく假藏(かりぐら)學園(がくえん)でのヒエラルキーの低さから悲惨な目に遭わされていた二人にとって、薬の力に()る立身は魅力的だったのでしょう。そこに、我が學園(がくえん)の不届き者がつけ込んだという訳ね。』


 (もっと)も、これだけではまだ犯人には辿り着けない。そこで、戸井(とい)の情報が重要になって来るのだ。


『何故、假藏(かりぐら)學園(がくえん)のあの二人から覚醒剤が渡って来たと(わたし)達が誤認したのか。それは(ひとえ)に、戸井(とい)さんが(もたら)した情報から推測した結果よ。でも、その情報の出所を確認しなかったのは落ち度だったわね、真里(まり)君。』

貴女(あなた)だって気付いていなかったでしょう?」

『確かに不覚だったわ。脳の働きが生前と違う所為(せい)か、劫々(なかなか)上手く行かなくて困るわね。』


 憑子(つきこ)曰く、今彼女は愛斗(まなと)と脳を共有している。つまりこれは、彼女の愛斗(まなと)への責任転嫁である。腹を立て呆れを覚えた愛斗(まなと)であったが、憑子(つきこ)は構わず続ける。


『まあ、確かに情報の出所は二重三重にカモフラージュされていた、その様ね。でも、犯人は戸井(とい)さんの耳聡さを甘く見ていた。』

「彼女、ああいう噂好きな人のイメージと違って普通に頭良くて優秀ですからね。そういう人間が居る事まで想定出来なかったんじゃないですか?」

『そういう事ね。重要な情報を抜け目なく裏を取っておいてくれて良かったわ。生徒會(せいとかい)にも欲しかった人材ね、脳味噌の小さな誰かさんと違って。』


 先程突っ込みを受けた当て付けだろうか。愛斗(まなと)は眉を(ひそ)めたが、何も言わずに受け流す。


『つまり、華藏(はなくら)學園(がくえん)で覚醒剤を使用したのは誰だったのか。その核心的な情報。勿論憶測の域を出ないけれど、それらの人物と交友のあった生徒。そしてその生徒と陰で頻繁に会っていたという教師。そしてその人物は、思い返せばこの事態を利用する事を誰よりも早く思い付いていて不思議ではない。事態が発覚したその日の内に假藏(かりぐら)側で覚醒剤の売買が発覚したスピードも、こう考えれば納得が行く。』


 愈々(いよいよ)、話は事件の核心へと迫る。


『その教師は華藏(はなくら)學園(がくえん)假藏(かりぐら)學園(がくえん)が繋がった事を誰よりも早く知り得た人物。』

(ぼく)は最初、あれ以来行方不明に為っている聖護院(しょうごいん)先生かと思いましたけど……。」

『でも、もう一人居るでしょう? 誰よりも早いタイミングであの(ほこら)に行く理由が出来てしまった教師がもう一人。』


 愛斗(まなと)はその教師の城である国語準備室の扉をノックした。中から件の教師の声がする。


「失礼します。」


 扉を開けると、中で寛いでいた彼は愛斗(まなと)の姿を見て瞠目した。


真里(まり)……。お前何の用だ?」

「少し先生に相談したい事がありまして……。」


 愛斗(まなと)は止められない内にずけずけと準備室に足を踏み入れた。


「相談?」

「はい。覚えていますか、海山(みやま)先生?」


 国語教師・海山(みやま)富士雄(ふじお)愛斗(まなと)生徒會(せいとかい)に入り、その活動から授業への態度が等閑(なおざり)になっていると彼を目の敵にしてきた教師である。

 又、生徒會(せいとかい)役員が行方不明となった当日、宿直としてその一件を愛斗(まなと)から引き継いだのも彼だった。


「あの一件、結局どうなったのかとずっと気になっていまして……。」

「どうもこうも、あいつ等未だに登校していないだろう。それが全てだよ。」


 素っ気無い態度だった。見るからに煩わしそうで、愛斗(まなと)の相手をしたくないという心情を露骨に表情に出していた。

 だが、愛斗(まなと)は食い下がる。


「つまり、警察からも未だ何も?」


 愛斗(まなと)の問いに、海山(みやま)の眉間が僅かに動いた。愛斗(まなと)に理由は判っている。憑子(つきこ)も言っていた事だが、華藏(はなくら)學園(がくえん)は体質としてこの一件を外に漏らしたがらない、即ち警察には最初から通報していないのだ。

 そしてもう一つ、海山(みやま)が警察に頼らないであろうと予測出来る理由もあった。


「あ、すみません先生……。學園(がくえん)がこんな状態になったんじゃ、警察なんて呼べませんよね。」

「あ? ああそうだな。」

「ん? でも、假藏(かりぐら)と繋がったのは(ぼく)が皆の行方不明を伝えた次の日ですよね?」


 海山(みやま)の表情に険しさが増す。一度相手に逃げ道を与え、警察に連絡していない事を白状させた上でその逃げ道を塞ぐ、というのは憑子(つきこ)の発案だった。


「お前、(おれ)の事をおちょくっているのか?」

「いや、そんなつもりは……。唯(ぼく)は、この件で先生しか頼ることが出来ないんですよ。」

「だったら(おれ)の言う事を素直に受け入れて聞き分けろ。(おれ)が判らんと言ったら判らん、繰り返すがそれが全てだ。」


 苛立ちを隠そうともしない海山(みやま)は、強気に出れば愛斗(まなと)は折れると踏んでいた。彼が知る愛斗(まなと)は事件が起きる前の気弱な少年でしかない。しかし、今の愛斗(まなと)には臆さない。更に質問を振り、攻勢に出る。


「でも、どうして警察に連絡しなかったんですか? 流石(さすが)にうちの経営者一族の令嬢である會長(かいちょう)の行方不明は捨て置けない大事件だと思うんですけど。」

「だからそれは…」

假藏(かりぐら)と繋がる事はあの時まだ予想だに出来なかった筈ですけど?」


 海山(みやま)の言葉を遮り、愛斗(まなと)は事の核心に踏み込む。


「でも(ぼく)、思うんですよね……。本当に假藏(かりぐら)と繋がったのは休み明け、月曜日の授業中だったんだろうか、って……。」

「どういう事だ?」

假藏(かりぐら)學園(がくえん)と通じているのは立ち入り禁止区域の奥にある(ほこら)だって御存じですか? (ぼく)が思うに、その(ほこら)は日曜日には既に假藏(かりぐら)に通じていたんじゃないかって、そう思うんですよ。」

「な、何を言っているんだ、お前?」


 そう、これこそが愛斗(まなと)憑子(つきこ)が犯していた最大の思い違いである。それを解く鍵は假藏(かりぐら)學園(がくえん)で起こった一つの不可解な現象にあった。


「気付いていた生徒は少ないですけど、あの日の朝、既に假藏(かりぐら)學園(がくえん)の生徒寮が華藏(はなくら)學園(がくえん)から見えていたんです。七十キロも離れているもう一つの學園(がくえん)の寮が、です。それに、假藏(かりぐら)學園(がくえん)の生徒から聞きました。実は行方不明になった生徒達の内、中等部の四人は既に見付かっているんです。月曜日の朝、まだ二つの學園(がくえん)が教室で繋がる前の朝、假藏(かりぐら)學園(がくえん)側の(ほこら)の近くで、死体となって。」

「な、何だと⁉」


 愛斗(まなと)の言葉に深山は慌てふためく。


「どうしてそれを早く言わない‼ 警察に通報しないんだ‼」

「それが、死体も消えてしまった様なんですよ。唯、假藏(かりぐら)學園(がくえん)の生徒の証言が事実だとすると、少なくともあの日の朝には既に二つの學園(がくえん)を通じていた事になる。とすると、一つだけ先生が通報しなかった理由で納得の行く推測が立つ。」


 海山(みやま)は顔を蒼くして瞠目した。目の前の生徒が思いの外突っ込んだところまで話をするので驚いている様だ。愛斗(まなと)は両目を鋭く光らせ、海山(みやま)に自分の推論を突き付ける。


「先生、ひょっとして知ってたんじゃないですか? 先生は日曜日、御自身で目ぼしい所は行方不明の生徒達を捜索した。その時、合宿所の近くに在る立ち入り禁止の山道を、(ほこら)の事を調べたんじゃないですか?」

「し、調べたよ‼ お前先刻(さっき)から一体何が言いたいんだ⁉」

「先生は華藏(はなくら)學園(がくえん)假藏(かりぐら)學園(がくえん)が繋がった事を前以て知った。その時、()る事を思い付いたのでしょう? 先生にとって、二つの學園(がくえん)が繋がったのは大きな僥倖(ぎょうこう)だった……。」


 愛斗(まなと)は話を本丸に進める。


『さあ真里(まり)君、この不届き者を追い詰めるのよ‼』


 憑子(つきこ)の声に背中を押され、愈々(いよいよ)愛斗(まなと)海山(みやま)の罪を暴き始めようとしていた。

お読み頂き誠にありがとうございます。

宜しければいいね、ブックマーク、評価、感想等お待ちしております。

また、誤字脱字等も見つかりましたらお気軽に報告いただけると大変助かります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ