第92話 首の落とし物
【ホマレ視点】
冬を間近に控えた11月の終わりごろ。
窓の外では幼馴染妻が白い息を吐きながら洗濯物を干している。
さぞつらいだろうと思っていたら結構はしゃいでいた。
ああ、そうだ。こいつ寒いのが大好きな『冬の生き物』だったわ。
去年もこんな感じだったな。雪が降ると喜んで走り回っていたし、『大きな子どもか!!』とツッコミを入れたものだ。
「はぁぁ、やっぱりこの季節は最高ですね!この澄んだ空気、目がしっかり覚める冷気、そしてあたしは超元気」
何かラップになってるぞ?
目を輝かせながら入って来る幼馴染妻に対しソファに腰を下ろす年下妻が苦い表情で抗議の声をあげた。
「セシル!いいから早くドアを閉めてくれよ。わたしは寒いのが苦手なんだ」
はーい、と少し残念そうにセシルは扉を閉める。
セシルとは対照的にフリーダは寒さに弱い。
毎年寒さが厳しくなると毛布にくるまっているくらいだ。
「ナギは割と寒いの平気ですよね?」
「異世界は結構冬も寒いからねー。小さい頃は雪の降る地域に住んでたし」
「へー。でもジェス君は寒さ苦手ですよね?」
「前世の記憶はしっかりあるけど、この身体はナダ共和国で育ったからな」
「ホマは都会っ子だからねー」
否定はしない。
レム家が裕福なので当たり前の様に大きな暖炉があったし家の造りもしっかりしていて寒さに困る事はなかった。
結果として寒さに対しては耐性が低い。現に氷属性苦手だし。アリス姉さんとは正反対だな。
ナギはフリーダの隣に座り、お腹に手を当て『うーん』と唸りつつ表情をころころ変えていた。
何やってるんだ、あいつ?
「うん。ほぼ確定だね」
その言葉にフリーダの表情が明るくなった。
「おおっ!それじゃあフリーダ、遂にですね!」
「遂に?何が『遂に』なんだ?」
首を傾げる俺を見てフリーダがやや失望した表情でため息をつく。
「ジェス君、変な所で鈍感です!!」
セシルがムッとした表情で俺の額にチョップを叩き込むんできた。
「痛っ!ああもうっ!何だよ!?」
「ありがとうな、セシル。とりあえず今から医者に行って来るけどさ。多分、ナギの見立てでは『おめでた』だってさ」
なるほど。おめでたか。
それはそれは……おめでた……おめで…………
「何だって!!?」
「ホマ、理解するの遅すぎ……」
それはつまり、フリーダも俺の子を……そしてアルの弟、もしくは妹となる子を身ごもっているという事に……
俺は思わずフリーダの手を取り跪いた。
「ありがとう!ああ、フリーダ、ありがとう!!」
「そ、そんな大げさな!」
「でもナギの時も大体こんな感じだったよねー。とりあえず、お医者さんにお墨付きは貰っておこうねー」
マジか。俺に2人目の子どもが……やべぇ、嬉し過ぎて心臓がバクバクいってやがる。
こういう時は素数を数えて落ち着くのがレム家の伝統。
素数を数え初め、『89』まで来たところでようやく落ち着いた。
「これはもう仕事になんか行ってる場合じゃない。よし、今すぐ医者に行こう!!」
「はい、ビリビリボイス~」
軽い電流を帯びた『声』を浴びてしびれた。
な、何をするんだ!?
「こーゆーのって男の人がついて行っちゃダメな奴だよ。ね、セティ?」
「そうですよジェス君。女性の家族、もしくは友人などがついて行き子どもを授かっているという祝福を頂くのがナダ文化じゃないですか」
「よし、ならば俺は女装してついて行こう」
再度、『ビリビリボイス』を浴びた。
扱いが!夫の扱いが酷いぞ!?
まあ、今のは俺が悪いのはわかるけど。それくらい興奮してるってわかってくれ。
「きちんとあたし達がついて行ってあげますからジェス君は安心して仕事に行ってください」
「うぅ……でもなぁ」
無茶苦茶気になるじゃんか。仕事になるかなぁ。
そんな事を考えていると玄関の扉がノックされる。
「ホマレ、いるか?俺だ、イザヨイだ」
相棒であるイザヨイの声だ。
「すまんが俺は留守だ!」
「居るじゃないか!何だよその堂々過ぎる雑な居留守は!?」
「イザヨイはそんなガラガラ声じゃないぞ。俺は騙されないからな」
「ホマ、『7匹の子ヤギ』じゃないからね?早く出てあげなよ」
「何かふたりの間だけで通じる異世界ネタってズルいですよね」
仕方なく玄関を開けるとイザヨイが先ほど6番街道で荷馬車事故があったので今日は現場へ直行する様に隊長から指示があった事を伝える。
やっぱこれ行かないといけないやつなんだなぁ……
「はいはい。頑張ってねー。ほら、アル。パパにいってらっしゃいしよーねー」
息子を抱いたナギが笑顔で手を振る。
「それじゃあ、二人とも、フリーダを頼むぞ。フリーダ、なるべく早く帰って来るからな」
「ああ。待ってるよ。いってらっしゃい」
後ろ髪を引かれながらも俺は仕事へと出かけるのだった。
□
現場に入ると流石にいつもの調子に戻る。
というかそうしないといけないくらい凄惨な現場だった。
「うわぁ、こりゃ酷いな」
横転した荷馬車。
散乱している荷物は大量のプレートアーマーが一式。
「お酒を飲んだら馬には乗るな。当り前の事ですけど守れない人が居ました」
既に着いてい現場を検分していたバレッタ隊長が肩をすくめる。
彼女は大体こうやって現場に顔を出す。
若いのに大したものだ、と思っていたら25歳と1つ上らしい。すいませんでした。
木の傍で血を流し倒れている男の亡骸を見た。
「御者をしているそのマルコット氏は過去にも酔っぱらった状態で馬を走らせ2回事故を起こしています。そんな彼が御者を続けられているのも問題ですね」
「なるほど、この酔っ払い男は3度目に挑戦したわけか」
代償は本人が思っていたより遥かにデカかった様だがな。
今度は天に還る羽目になった。
「マルコット氏は酔った挙句、通行人である……えーと」
隊長は自身のメモに目を通し、言葉をつづけた。
「ジャスターさんを撥ね飛ばし荷馬車を横転。その結果がこの有様です」
「その跳ね飛ばされたジャスターさんって人は?」
「何カ所か骨が折れていますが一命はとりとめたようで治療を受けています。悲惨なものですね。だから私はお酒は飲まないんですよ」
全くもって同感だ。
それにしても許せないな。前世でも飲酒運転は大きな社会問題だった。
どうも『自分は大丈夫』と思ってしまうらしいがそういう時は大体『大丈夫じゃない』んだよな。
子どもを持つ父親としてはこういうのは何とか撲滅したいものだ。
「俺も酒は飲まないよ。あれはとんでもない悪魔の飲み物だ」
酒を初めて飲んだ次の朝起きたら郵便受けを被っていておふくろ達に無茶苦茶怒られた。
俺にとって無茶苦茶恥ずかしい黒歴史だ。
「俺は結構飲むぞ。相棒と酒が飲めないのが辛い所だ」
「飲みに行ったらジュースで付き合ってやってるだろ?」
そんな会話を交わしながら散乱した荷物を見て回る。
片付けるの大変そうだな、と思っていたらひとつの兜が目に入った。
拾い上げフェイスガード部を開けてみると思わず『わお』と声が出た。
「どうしましたか、ホマレさん?」
「どうしよう。凄い物を見つけちゃったかも」
「凄い物?何ですか?報告を」
俺は隊長へ兜を放り投げて寄越す。
受け止めた隊長は兜の中身を見て顔をひきつらせた。
「ほら凄いだろ、何と『中身入り』だ」
そう、兜の中身は男の『生首』だった。
直後、若きバレッタ隊長は白目を剥いて倒れてしまった。
「あー。もしかして俺、何かやっちゃったかな?」
「後で始末書だろうな。まあ、頑張れ」
やれやれ、だぜ。