第91話 今日、そして明日も
今回の話はゆったりとした洋楽が流れているようなイメージで書きました。
【ホマレ視点】
女神像切断事件を解決した俺は詰め所に帰ると早速報告書の作成を行う。
早く切り上げて実家へ大事な家族を迎えに行かないとな。
出来上がった報告書をバレッタ隊長に見せる。
目を通していた彼女は苦い顔をした。
「えーと、この……モンスターにとどめを刺した『ロッキングクラッシュ』というのは……」
「投げ技だ。首と足を決めつつ背骨にもダメージを与える」
「ぇえ……想像するだけで痛そうなんですけど……というか投げ技でモンスターって倒せるんですね……」
「まあ、そんな酔狂な真似をするのはウチのキョウダイくらいだろうな。慣れた方がいいぞ。戦闘があった時は俺の報告書っていつもこんな感じだから」
まだ『ビーム』が出て来ないだけ今日はマシな方だ。
「はぁ……まあ、それじゃあ受理しておきます」
何か言いたげな表情だが諦めた様だ。
うんうん、人間諦めが肝心。俺の上司になったのが運のツキだと思ってくれ。
「お疲れ様でした。えーと、その、もし良ければこの後」
「それじゃあ、妻と息子を迎えに行くんで失礼するぞ」
何か言いたげだったが一秒でも早く帰りたかった俺は隊長に背を向け歩き始めた。
そして同じく報告書を書き終えて隊長室へ向かう最中のイザヨイの肩を『それじゃあ、お疲れ』と軽く叩き詰め所を後にした。
□
全速力で実家へと急ぐ。
玄関扉をノッカーで叩くとおふくろが出迎えてくれた。
「おふくろ、あいつらは?」
「おかえり。あの娘達ならちゃんと来てるよ」
家の中へ入るとフリーダとナギ、仕事を終えてこっちに合流したと思われるセシル。そしてベビーベッドで寝ているアルが居た。
良かった。何事も無かった。
近づいてきたフリーダを抱きしめる。
「わっ、どうしたんだよ急に!?」
次にナギ。
「はいはい、今日もお疲れ様ー」
セシルがこれ見よがしに大きく手を広げて待ち構えていたのでスルーする。
「ちょっとジェス君!あたしの扱い酷い!3番目はあたしでしょう!!」
「冗談だよ。悪かった」
セシルを抱きしめた後、アルの元へ向かった。
「ほーら、アル。パパだぞー。帰ってきたぞー」
顎を撫でると「だぁー」と声を出し笑ってくれた。
今日も無事で帰って来れた。かつてはそんな事を考えもしなかった。
だけど今はこうやって家族の元へ帰る時間がこれでもかというくらい悦ばしかった。
俺はその後、フリーダ達に昼間の出来事について説明をした。
「なるほどな。それであんたはわたし達の事が急に心配になったわけか」
「ホマ、心配性だねー」
だってなぁ。
「ふふっ、このあたしが居れば問題はありませんよ。何せ『元3位』の聖女ですからね」
「ナギも元3位の聖女だし、昼間はセティいなかったけどねー」
「もうナギッ!そんな風に言わないでくださいよ!『3』はあたしのものです!」
「抗議するのはそこかよ……セシルさ、あんたそのこだわり度が過ぎやしないか?一回病院で診てもらった方が良くないか?」
「そんな、フリーダまで!」
笑い合う家族を眺めながら俺も自然と笑みがこぼれた。
俺の肩を親父が叩いた。
「大切なものが増えるとな、不安も大きくなるんだ。この幸せを失ったらどうしようって圧し潰されそうになる。俺もそうだったよ」
「親父……」
「だから全力で生きるんだ。今日も、そして明日も、な」
何かふわっとしてわかりにくいがそれでもわかった気がするよ。
「と、ちょっともっともらしい事を言ってみたわけだがどういう意味か言ってる俺もよくわからん」
色々台無しだぞ、親父。
おふくろが額に手を当てながらため息をついた。
「アンジェラの言葉を借りるなら『雑い』だね」
「本当に親父らしい……だけど、ありがとうな」
□□
【リム視点】
仕事を終え、研究所の戸締りを確認し外へ出る。
入り口の施錠をしながら小さくため息をつく。
元カレから暴力を受けていた時はひたすら困り果てて、どうにか離れたかった。
だけど居なくなったら今度は寂しさがこみ上げてくる。
リリィ姉様はいつでも話を聞くと言ってくれたけどあんまり邪魔をしたくない。
彼と試行錯誤しながら作った畑では新種の『ジャガイモ』が育っている。
だけどあそこに立つと彼の事を思い出してしまうので部下に世話を任せていた。
「立ち直れるんでしょうか……」
小さく呟く。
ふと、人の気配を察してそちらに目をやった。
そこに立っていたのは昔から知る男の姿。
「やあ、リュシトーエ。その、仕事終わりか?」
「イザヨイさん……見ての通りです。それと、いい加減その名で呼ぶのは」
「それだったらこれから、どこか食べに行かないか?」
無視ですか。
本当にこの人は昔から……
「何であなたと食事に……家に帰れば母達が作ってくれた夕食がありますし」
「そ、そうか。いや、その元気無さそうだったから……その……何か美味いものでも食べれば元気が出るのではないかと思ってな」
何だろう、この不器用な感じ。
お兄様よりひとつ上だけどなんか初心な少年みたいでちょっと笑えてしまう。
「…………私、肉はあまり好きじゃありませんからね」
ゆっくりと歩きはじめる。
意図を察した彼は声を弾ませながら追いかけてきた。
「実は美味い串焼きの店を見つけてな!」
「馬鹿ですか?それって肉料理っていうんですよ?」
「いやいや、そこは野菜の方が美味いんだ。本当に」
「あまり期待しないでおきましょう」
「ひどいなリュシトーエ。俺は本当に」
「ですからその名で呼ぶなと言っていますわ!!」
言い合いをしながら私達は街へと歩いて行くのでした。
【ケイト視点】
急に警備隊から応援要請が来て驚いたけど結果としては良かった。
違法賭博の組織は潰せたし、弟達も無事だった。
まさかイザヨイが弟の相棒になっているとは驚きだった。
彼からは過去に何度かアプローチを掛けられていたがあたしは応えることは出来なかった。
どうもあたしは男の人が何を求めているのかわかるようでわからないのよね。
書類仕事を終え部屋から出ると新人の受付嬢が残業をしていた。
「クリス、そろそろ切り上げて帰りなさい。明日もあるんだから」
「あ、はい。もうこんな時間ですね。すいません、帰りますね」
リーゼ商会が経営する児童施設出身の新人、クレイン・クリスティーナ。
仕事熱心な子で初めて見た時、『この子は出世する』と思って目をかけていた。
入ったばかりは短めの髪で男の子かと思ったがまあまあ伸びてきて女の子らしくなった。
お昼が一緒になった時、憧れの男性の傍へ行くために頑張っていると目を輝かせていた。
こんないい娘に想いを寄せられるのはどんな幸せ者かしらね。
何か妙な胸騒ぎもするけど気のせいだと思う。
「無理しないでね。それじゃあ、また明日」
クリスに別れを告げ歩き出す。
みんな恋をしてるなぁ。あたしはこのまま行き遅れて独身かなぁ。
外ではこちらで監視する様に言われたトム君ことアトムが待っていた。
どうやら弟にとって『前世の弟』だったらしい。ややこしいわね。
「お疲れ様です!」
「ええ、今日もお勤めご苦労様」
彼を労い、『呪毒』を弱める魔法を使う。
これで一応、あたしから24時間はある程度離れていられる。
もし24時間以内に掛け直さなかったり離れすぎると毒が活性化して大変なことになる。
逃亡防止の為だけど今の所彼が逃げる気配はない。
「わかってると思うけど、街から出ちゃダメよ」
「ええ。わかっています。それじゃあ、また『明日』もよろしくお願いします!!」
何かすっごく真面目な青年なのよね。
リズママを襲ったのと同一人物ってのが信じられないくらい。
ホマレによると『昔はそんな感じだった』らしいけど。
「……ねぇ、トム君。『イエロ』って食べたことはある?」
「え?何ですかそれ?」
「羊のひき肉を固めてあぶり焼きにしたものよ。野菜なんかと一緒に薄いパンにくるんで食べるの」
弟によると異世界にも『ケバブ』という名前で似たような料理があるらしい。
食べた事はないらしいけど。
「へぇ……それは何か、凄く美味しそうですね」
「美味しい屋台知ってるけど。どう?久しぶりに食べたくなっちゃってね。君はよく頑張ってるし、驕るわよ」
あたしの言葉に彼は口をぽかんと開けていた。
「それで、どうする?」
「勿論お供します!あっ、お荷物お持ちします!!」
「いや、自分で持てるから!これじゃあ何かあたしがあなたをいいように支配してるみたいじゃない!?」
「ありがとうございます!!」
「何でお礼!?あーもう、何か調子狂うわ……」
かつて好きだった男性を思い出す。彼も同じ様な感じだった。
あたしに謝罪をしながら『踏みつけてください』と言われた時は違う意味で泣きそうになったものだ。
変態ではあるが心に深い傷を負った妹を立ち直らせ、今では夫として支えている素晴らしい人だ。
「だ、大丈夫ですか!?何かお悩みが……」
「君のせいよ!!」
お供?を連れてあたしは屋台へ向かって歩き出すのだった。




