第8話 幽霊、そしてお使い
【フリーダ視点】
布団から身を起こし背伸びする。
外の明るさを目にしながら時計に目をやると朝の5時半.
ベッドから抜け出し、布団を整え着替えを済ます。
わたしは故郷であるオンデッタ村を離れ、国の首都であるノウムベリアーノにある『レム家』の屋敷で居候させてもらっている。
何やかんやあってこの家の長男に大けがを負わせてしまいその事で『責任を取って来い』と家を追い出された。うん、便利だな『何やかんや』って。
そしてこの家を訪ねてきたはいいが肝心の怪我は何故か治っていて身の回りの世話をしたりも出来ない状態になってしまう。あいつは超人かよとツッコミたかったよ。
結局、彼の父親がウチの両親と話をつけてくれて、何故かわたしはこの家に居候させてもらい夢見た冒険者としてのステップを踏み出すことになった。
とりあえず置いて貰っている以上は家の事も手伝わなくちゃいけない。
特に何も言われてはいないのだが朝食の準備なりを手伝わせてもらおう。
部屋から廊下に出る。
ここは屋敷の2階。わたしはその中で元々客間のひとつだった空き部屋を使わせてもらっている。
ふと、廊下の奥に目をやると、小さな影がたたずんでいるのが見えた。
その正体は小さな女の子だった。
「あれ?」
妙だ。この家には小さな子などいなかったはずだ。
末娘のリムさんですら17歳のわたしより年上なわけだし…………考えられるのはお孫さん?
いや、この家のお孫さんは今の所、ひとり。
先日会った次女リリィさんの娘さんで彼女はまだ赤ん坊だった。
じゃあ、あれは…………まさか余所の子が入り込んだとかだろうか?
少女は私に気づくとフッと笑ってそして……いきなり掻き消えた。
「え……何、あれ?」
□
「ああ、それは『姉』の幽霊ですね」
朝食の支度を手伝いながら先ほどの出来事をリムさんに伝えるとあっさりとんでもない事を言い出した。
幽霊なんて初めて見た。村では若い子達が怪談話なんかで盛り上がっていることがあったがわたしは馬鹿らしいと笑い飛ばしていた。
そんな事よりも森の中で出くわするイノシシやらの方が怖いからだ。
だが、この平和そうな都会で幽霊と聞くと何だか背筋がぞっとする。
何よりも消えるところを目の前で見てしまったから流石に笑い飛ばせない。
「やっぱり幽霊っているんだ……ていうかリムさん達って亡くなったお姉さんが居たんですね?」
出来れば幽霊と断定して欲しくなかった。
「まあ、色々複雑でしてね。うーん、何と言えば良いか。父様が母達と出会う前に結婚していた方との間に生まれたの娘さんなんですよね。色々あって幽霊になっても父様について来てこの家が気に入って住み着いたみたいです。なので父様以外、生前直接お会いしたことは無いのですよ」
「ああ、確かにそれは複雑な事情ですね……」
母親が3人居て全員同居しているって段階でも大概複雑な家庭だとは思っていたが幽霊まで同居しているとは複雑極まりない。
これ、聞いてよかったのかな……
「幼い頃は私達も話をしたりしてたんですけどね。段々と見えなくなってきてしまって今では……そうでしたか。あの人は今も私達を見守ってくれているのですね」
少し神妙な顔をして、リムさんは料理を続ける。
「まあ、害は無いのであまり怖がらないであげてください。寂しがりやな人ですから」
「わかりました。まあ、ちょっとびっくりしたんですけどね……」
複雑な事情だが家族である事は変わりないんだろうな。
待てよ。姉という事はまさかホマレのシスコン対象でもあったりするのかもしれないよな。
あの男ならあり得る。相手が幽霊だろうが関係は無さそうだ。
「いかん、急がんと遅刻する!!」
噂をすれば何とやら。
ホマレが慌てた様子で服を整えながらキッチンにやって来た。
「あら、お兄さま。今日は早番でした?」
「いや、本当は違うんだけど代わって欲しいって言われてたのを忘れてしまっていてな」
そう言えばこの男、警備隊に所属しているって言っていたな。
「まあ、そうでしたか。予定表に書いてくださっていれば起こしましたのに……朝食はどうしましょう?野菜スープとパンなのですが……」
「遅刻するから今日は我慢する……と言いたい所だが妹の作ったものを食べずに行くというのは俺の信念に反する。簡単にだけど貰うよ!!」
かっこよさげな事を言いながらホマレは席についていた。
こいつ、徹底してシスコンだな。遅刻と天秤にかけてあっさりと妹を選んだぞ。
わたしが野菜スープとパンを運んでやるとホマレは軽く礼を言うと凄まじいスピードでスープを飲み干す。
「おいおい。火傷するぞ?」
「問題ない。特別な訓練を受けているからな」
「どんな訓練だよ……」
「妹が作ったものならば火傷はしない。そういう訓練だ」
完全に意味がわからない。この男は何を言っているのだろうか?
「ああ、そうだフリーダ。お前今日から冒険者として活動するんだよな?」
「え?ああ、そのつもりだけど」
「気を付けて行けよ。最初は簡単なクエストでもいいんだ。無理だけはダメだからな。新人が大けがをして辞める原因第1位だ。特にお前は武器もまだ弱いものしか持っていないからモンスター討伐をするなら小型にしておけよ」
そんなアドバイスを貰えるなんて考えても無かった。
「あ、うん。その、ありがと……」
ホマレはわたしが言葉を紡ぎ終えるより早くパンを咥えて飛び出していった。
「あいつ。わたしの事、気にかけてアドバイスくれた……」
「基本的にいい兄なんですけどね。あれで重度のシスコンじゃ無かったら…………」
リムさんは苦笑していた。
□□
朝食の片づけを終え、わたしは一度部屋に戻った。
ホマレにアドバイスを貰ったんだ。頑張らないといけないな。
ふと、先ほど幽霊の女の子が立っていた場所が気になりそこへと足を運ぶ。
何でわたしには幽霊が見えたんだろう?
そんな事を考えると背後から声がした。
『『出会い』には意味がある。そしてあらゆるものには自然な『流れ』があるの』
「!?」
振り向くとそこには微笑む少女の霊が立っていた。
「何で、わたしには君が見えるんだ?」
『それが『流れ』だから。逆らわなければいずれ到達する。それが『流れ』というもの』
「意味が分かんないよ……どういう事だよ?」
少女は答えず指を数度振ると再び掻き消えてしまった。
『私が今までここに留まってきた『意味』。それもまた、『流れ』だから。『手繰り寄せ』て?それがあなたの『流れ』なの』
最後に、そんな言葉が耳に入って来た。
一体どういうことだ?幽霊の言う事はさっぱりわからないよ。
□□□
「ごめん、フリーダちゃん。ホマレにお弁当届けてあげて!」
冒険者ギルドへ行こうと思ったらホマレのお母さんであるリゼットさんに声を掛けられた。
「弁当?」
「うん。あの子、お弁当を忘れて仕事に行っちゃったみたいで……ボクはこれから商会の会議に出なきゃいけないから今日は持って行ってあげられないんだよ」
そう言えば朝は随分と慌ててたっけ。
まあ、妹が作ったスープはしっかり飲んで行ってたけどさ。
まったく、ドジだなぁ。ていうか『今日は』ってことは何度か忘れて行ったことがあって親に持って行って貰ってたのか、あいつ。
「はい、任せてください!!」
断る理由も特には無い。働いているあいつの姿を見たいという気持ちもあるし丁度いい。
こうして、わたしはホマレに弁当を届けに行く事となった。