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第88話 鑑定と俺達の仕事

【ホマレ視点】

 

 イザヨイと共に訪れた場所は『リーゼ商会農業研究所』だった。

 扉を叩き、中に入ると愛しの末妹リムが仕事中であった。


「あら、お兄様……それとイザヨイさん。珍しい組み合わせですね」


 やはり表情が暗い。1節前に恋人を亡くして以来この調子だ。

 その恋人は道を間違えて妹に暴力を振るうようになっていた。

 妹も抵抗はしたものの転生者だったこともあり、暴力に耐える日々となっていた。

 結果として狂って魔獣化して俺を襲った末に討伐され死別する事となってしまった。

 これで良かった。そうでなければいつか妹は殺されていたかもしれない。

 

 姉さん達から聞いたがリムの身体にはあちこち深い傷がつけられており、ウチに相談しに来た時は大分限界に近い状態だった様子だ。


「久々だなリュシトーエ」


 リムの本名、『リュシトーエ』は数代前のミアガラッハ辺境伯の名前から取られた『由緒ある名前』らしい。

 ただ、呼びにくい事この上ないのと自己評価があまり高くないリムはこの名で呼ばれる事を嫌う。


「その名で呼ぶのはあなたくらいですわ」


「親から貰った立派な名だろう?何を恥じることがある」


「そう言われても私自身がその名に見合った人間で無いのですから」


 全然そんな事は無いんだがな。

 新種の農作物を数多く作り上げているし、草木の育て方についても一流の『専門家』に名を連ねる才媛だ。

 何より『ジャガイモ』の栽培方法確立は大きな功績なのだが……


「お前が『ジャガイモ』の品種改良をしてくれたおかげで我々の食卓にも潤いが増したんだ。これは凄い功績だと思うが」


 イザヨイの言葉でリムの表情が一気に暗くなる。

 しまった。こいつに『ジャガイモ』の事を触れない様にと伝えるのを忘れていた。

 何せ『ジャガイモ』は無くなった元カレとの思い出でもありメンタルに直撃する話題だ。 

 リムの様子にただならぬものを感じたのかイザヨイはそこから先は口を閉ざした。

 彼は基本的にこういった危機回避能力は高いので地雷を踏みかけても踏み抜きまではしない。

 

 

「あ、あのさリム。実はお前の『鑑定スキル』の力を借りたいんだ」


「えーと、『鑑定』ですか?一体何を……植物の種とかでしょうか?」


「これなんだが……」


 懐から取り出したモンスターの毛を見てリムは露骨に嫌そうな顔をした。


「お兄様、私が『動物の毛』アレルギーってご存じですよね?」


「そこを何とか、頼むよ。『王硬センベエ』奢るから」


 妹が大好きな超絶硬い菓子の名をあげると口を尖らせながらも鑑定に応じてくれた。

 さて、『鑑定スキル』と言えば俺も昔は持っていたものだ。

 ただ、あれは『EXランク』に属するチートスキルで見るだけで色々鑑定できるというものだった。


 一般的な鑑定スキルは対象物を『食べる』とか『触る』などで品質や栄養などを調べることが出来るなど細分化されておりレアスキル且つ使い勝手は決して良くない。

 リムの場合は詳しく『視る』ことで種類などを特定できるものだ。

 

 防毒マスクで完全武装したリムはピンセットで毛をつまみゴーグルの解像度を調整しながらしばらくじっと見つめていた。


「ホマレ。彼女……何かあったのか?何か元気がないぞ?」


 鑑定中イザヨイが小声で俺に囁く。


「ちょっと、色々あって恋人と別れたんだ。まあ、そういうわけだからあまり触れないでやってくれ」


 イザヨイはなるほど、と頷く。

 彼自身ケイト姉さんに失恋した経験があるので察してくれた様だ。

 10分ほどの鑑定の後、リムはマスクを外しため息をつく。


「これは『カニボバワラビー』に『近い』種類のモンスターの毛ですわね」


 オルドール遺跡平原に生息する肉食の有袋類か。

 鋭い牙を持っておりそれで獲物を襲う好戦的なモンスターだ。


「近い?どういう事だ?」


「そのままです。亜種の類でしょう。『データベース』には載っていません」


 鑑定の種類にもよるがリムの場合はスキルが近隣にある図書館などの研究機関と連動しておりそのデータと実物を照合して『鑑定』している。

 この辺だとアンママが作った『レム魔導学院』の図書館が該当する。

 あそこにはかなりの蔵書がありモンスターの生態についての研究書物も豊富だ。

 それに該当しないという事は厄介だな。


 まあ、カニボバワラビーは鋭い牙こそ持っているが女神像を切断できるような『武器』は持っていない。まだ知られていない『亜種』か。 

 

「ありがとうな、リム。『王硬センベエ』、また買ってくるからさ」


「ええ、お待ちしていますわ」


 リムに別れを告げ、俺達は一度詰め所へ戻る事にした。



 詰め所に戻ると隊長室へ呼ばれた。

 デスクに座るバレッタ隊長は少し不満げな表情だ。


「ホマレさん。あの、何で現場からすぐ戻らず寄り道を?」


「現場で見つけたモンスターの毛を知り合いに鑑定してもらいに行ってたんだが……」


「知り合いって……一般人に捜査中の証拠を鑑定させたんですか?しかも無許可で」


「ちょっと待て一般人じゃないぞ、俺の妹だ」


「それ、やっぱり一般人じゃないですか……何を考えているんですか?」


「違う!俺の『可愛い妹』だ!断じて一般人ではない!!」


 妹と一般人の違いを熱く説明する。

 隊長はそれを呆然として聞いていた。


「以上だがわかったか?」


「あの、やっぱり一般人だと思うのですが」


「だから違うッ!!」


 隊長は『ひっ』としゃがみこんで机の陰に隠れてしまった。

 あれ?ちょっと強く言い過ぎて怖がらせたか?ていうか気弱すぎるぞ?


「あっ、済まない。別に脅すつもりは無かったんだ、それと、無許可だったのは確かに悪かったと思うよ。済まない」


 どさくさに紛れて無許可で動いた件を謝っておく。

 

「はい……えーと、あのですね。やはりこういうのは提携している研究機関で調べてもらわないと」


「言いたいことはわかるがそれだと時間がかかりすぎる」


 下手すれば1週間。それ以上かかるかもしれない。


「で、ですが……手順としては研究機関に依頼をして、その後に我々が改めて対応する案件であるか、冒険者ギルドに委ねるかを審議するのが」


「相手は女神像を切り倒すような奴だぞ?そんな奴が街中に居るんだ。『緊急案件』じゃないか」


 モンスターが街中で暴れたりしたら?

 もしかしたら小さな子どもが犠牲になるかもしれない。

 親を失い悲しむ子どもが、愛する人を亡くして絶望する人が出るかもしれない。

 そんな事が起きてはならない。子どもが出来てより実感した。

  

「で、でもそれを決めるのはですね……」


「市民の安全を守るのが俺達の仕事だろう?君もその為に士官学校を卒業してから警備隊への進路を選んだんじゃないのか?」


 俺の言葉に若き隊長は顔をひきつらせた。


「わ、私は……そ、その……」


「ともかく、捜査は継続するぞ。処分したいならその後にしてくれ。現場に落ちていた毛はまだ知られていない『カニボバワラビー』の亜種では無いかということらしい。何故街中にそんなものが居たかは謎だが、これを足掛かりに……」


「えっ、『カニボバワラビー』ですか!?もしかして『あれ』とか関係あるのかな……」


 バレッタ隊長は目を大きく見開き、次にまだ整理途中だった書類を散らかしながら漁り始めた。


「何をしている?」


「え!?あ、えーとですね。実は数日前にモンスターの密猟者が捕縛されまして。その品目に『カニボバワラビー』があったんですよ。確かウチで取り調べる予定があって関連する書類がどこかに……ああっ!!」


 隊長は躓き、書類を盛大に宙へと舞い上げた。

 半ば呆れつつ宙を舞う書類の文字を目で追い、彼女が探していたであろうものを見つけるとキャッチする。


「これだな。『カニボバワラビー』って文字が見えた」


「見えたって……目が、いいんですね……」 


「母親に似て目が良くてね。ちょっとした特技だな。それじゃあ、こいつを取り調べるけど、いいよな?」


 隊長は唖然としながらコクコク頷く。

 それを確認した俺は隊長室を後にした。 


  

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