第87話 ビクビク新上司
【ホマレ視点】
ある朝、警備隊の詰め所に出勤すると義母であるウォーグレイブ隊長こと本名イシダ・シラベが箱に荷物を詰めていた。
「隊長、何をしてるんですか?」
「君には何をしている様に見える?」
「えっ……荷物の整理……」
「良かった。きちんと目がついていた様で安心したよ」
いつもの調子でからかわれる。
この人は義理の親子関係になっても変わらないな。
「まさか、警備隊を辞めるんですか?」
「いーや、異動だよ。イエローヘッドの警備隊に空きが出来てね。そこの責任者として呼ばれたんだよ」
イエローヘッドはノウムベリアーノから馬車で西に1時間ほど行った織物産業が盛んな地域だ。
孫が生まれたばかりなこの人が素直に異動に応じるとは驚きだ。
どちらかというとあっさり仕事を辞めて孫と触れ合おうとするような人なのにな。
「辞めてナギや孫の傍に居てあげても良かったんだけどね。あの子には君達が居るから安心さ。それに、散々色々やらかしてきた私も何だかこの仕事が気に入ってしまったようでね。今までの大勢の命を奪ってきた罪滅ぼしというのも今更都合がいい話だけどね」
彼女は苦笑した。
「だから辞令を受けたのさ。まあ、週末とかは戻って来て孫を愛でさせてもらうからよろしく頼むよ」
「ああ。いつでも歓迎するよ」
義母は微笑み荷物の入った箱を抱える。
運ぶのを手伝おうかと提案するが『年寄じゃない』と断られた。
「それじゃあ、私の娘と可愛い孫を頼んだよ」
ウインクをして義母は鼻歌を口ずさみながら詰め所を後にした。
□
そして始業時間になると新たな上司が現れた。
「ほ、本日より着任しましたゴンドール・エラ・バレッタです」
制服をきっちりと着こなした赤毛の若い女性であった。
扉の所で慌てて躓き転びそうになったりしていたので運動神経はあまりよくない印象だ。
ゴンドールという姓から察するに元男爵家出身とみた。
この若さで隊長という事は士官学校出のエリートという事か。
警備隊員の大半は訓練校の出身だ。
しかし上層部とかは王国時代からの士官学校出身者や元軍人なんかが多い。
「主任警備官のレム・ジェスロードホマレだ。よろしく頼む」
握手を求めてを差し出すが彼女は『ひっ』と小さく悲鳴を上げ後ずさりする。
「え?どうした?」
もしかしてリリィ姉さんみたいに男性恐怖症なのか?
だとしたら慎重にコミュニケーションを取らないといけないな。
「あ、いえ……士官学校であなたの噂を聞いていたもので……っていや、何でもありません!!」
「普通に言っちゃってるじゃないか。何か俺に関する変な噂でも流れてるのか?」
「えーと……手が早い方で次々と女性をとっかえひっかえして、気をつけないと手籠めにされるとか……」
「何だよその噂!?」
「ひぃぃっ、す、すいません!孕ませるのだけは勘弁を!!」
「するかぁぁぁ!!」
「ひぃぃぃっ!?」
慌ててデスクの陰に隠れる新上司。
参ったものだな。俺そんなに評判悪いのか?
あー、そういやイキってた時に士官学校の奴をぶっ飛ばしたことがあったな。あれが関係してるのかな?
「怖がらなくても大丈夫だから。確かに妻は3人いるけど全員それなりに長い付き合いの末結婚した相手だ。手が早いわけじゃ無い。それに、最近息子が生まれたんだ。妻達や息子を愛してるから、そんな他の女性に手を出したりはしない」
怯えつつもゆっくりと立ち上がる上司。
参ったな。初日から色々ダメな感じになってるぞ。
「えーと、それではレムさん」
「ホマレでいい。そっちで呼ばれる事の方が圧倒的に多い」
「て、では、ホマレさん。実は事件の通報があって早速現場に行っていただきたいのですが……あれ?どこに書類置いたっけ?あれれ?」
持ってきた箱の中をガサゴソ探る上司を見て何だか不憫に思えてきた。
片付け苦手そうというかすごく不器用そうだなぁ。
「ああっ!ありました。えーとですね、プルームのザラ教会で女神像が切断されたって事件です」
随分と罰当たりな事件だな。
元聖女のセシルや信仰心が厚い姉妹達が聞いたら怒るぞ。
ちなみにナギも元聖女だがあいつは宗教にさして興味がない。
「了解した。それじゃあ行ってくるよ」
「あ、あの。実は今日からあなたには相棒と働いていただく事になっていて、その人は先に現場へ向かっているそうです」
相棒ね。
そういや二人一組が基本のウチで相棒が居ないのって俺だけだな。
何か前は居た気がしたんだが、記録を見ると居ないんだよなぁ。
不思議な事もあるものだ。
□□
ノースベリアーノにあるプルーム地区。
小さな教会であるザラ教会へ行くとそこには見知った顔があった。
「イザヨイじゃないか。もしかして俺の相棒って言うのはお前か?」
長身痩躯の警備隊員。
彼の名はイザヨイ。かつてメイママに仕えていた男の息子で小さい頃からの知り合いだ。
そしてケイト姉さんにアプローチをかけ挫折した男のひとりでもある。
まあ、頑張った方だとは思うんだがな。姉さんの心を開くことは出来なかったというワケだ。
「そういうことだ。久しぶりだなホマレ。子どもが生まれたんだってな。おめでとう」
「おう、ありがとうよ」
礼を言いつつ俺達は拳を突き合わせ挨拶をした。
こいつが相棒なら問題はないな。歳はあっちが1つ上だ。
「それで……あー、これはまた……酷い事をする奴もいるもんだな」
祭壇の後ろに立つ大きな女神像が腰の辺りから斜めに切り倒されていた。
こういうのって結構罪が重いんだがなぁ。
「反女神教団体とかあったっけ?」
「あったとしても地下に潜ってるだろうな。そいつらの仕業と思うか?」
「言ってみただけだ。どうもこれは……うーん」
切断面を見るとただ切っただけでなく削れてもいる。
何だろう、剣や刀ではない感じだな。とは言っても専門家ってわけでもないしな。
俺は至る所に落ちている獣の毛を手に取った。
教会にしちゃ妙に獣臭いと思ってたんだよなぁ。
「この教会、犬とか飼ってたか?」
イザヨイの返事は『No』だった。
「それじゃあ、こいつは何か関係がありそうだな。こいつはモンスターの毛っぽいぜ」
「女神様嫌いなモンスターの仕業だと?」
「とびきり罰当たりなやつだな。こいつの正体を突き止めるには『鑑定スキル』が欲しいところだな……」
ひとり心当たりがある。
ただ、ちょっとなぁ……今会うのって凄く気まずいんだよな。
「仕方ない。行くか」