第86話 年下妻、ビビる ※挿絵有り
【ホマレ視点】
わが家に長男、アークトゥルスこと『アル』が生まれ1節。
母子ともに産後の経過は良好で安心した。
それにしても『アル』という呼び方は妙に懐かしさを感じる響きで驚いたものだ。
何だろう。昔から知っている様な、凄くしっくりくるという感覚だ。
今日も母親の胸に吸い付き母乳を飲んでおり成長が楽しみだ。
「ぬあー、暑いぃ……溶けるぅ」
背後で『3』にとりつかれた幼馴染妻が伸びていた。
何だろうデジャヴ?
「お前さ、去年も同じ事言ってたよな?」
「異常気象です。これは何か陰謀の臭いがしますよぉ……」
「それも言ってた」
ちなみにアルは暑さに関してはあっさり適応した。
当初は空調設備をきっちり整える必要があるかと心配したが問題なかった様だ。
結論、セシルはやっぱり暑さに弱い。
「ふふっ、セティが来てからもう1年経ってるんだね」
そうだな。
穏やかな日々が流れていき、息子が生まれて……かつての俺からは想像もつかない光景だ。
「んー、アルは可愛いですねぇ」
アルを見ながらセシルがだらけた顔になる。
「あたしも早く欲しいなぁ。ジェス君、さっさとフリーダに仕込んで下さいよ。あたしは『3番目』がいいんですからね」
「お前、言い方な……」
間違っちゃいないけどさ。
もうちょっと品のある表現してくれないかな。
でも、まだアルが生まれたばかりだしな。
「ナギとしてはアルに弟や妹が早めにできた方がいいと思ってるからいいよ?ホマだって1歳違いで妹生まれて行ってるじゃん」
まあ、そうだな。
次はフリーダか……と洗濯物を畳んでいる年下妻へ目をやるとビクッと怯えた様な反応をした。
「な、何だよ。やらしい顔して」
え?そんなやらしい顔してたか?
いかんな。息子の前でそんな威厳の無い顔をしていたとは自省せねば。
「フリーダもきっちりおねだりしないとダメですよ?」
「おねだりって……それより今晩の献立だけど何がいいかな?後、アルのおむつを洗い替えにもう少し買っておいた方がいいかもしれないし」
「何かフリーダ、アルが生まれてから露骨にこの手の話題を避けるようになりましたね」
「そ、そんな事無い。わたしもナギに続くことを考えて……その……」
フリーダらしくないしゅんとした表情になる。
何だろう。ナギの時みたく子どもを持つことに何か引っかかる事があるのだろうか?
「フィリーさ、怖がってるんだよね」
ナギからの指摘にフリーダが『う~』と呻く。
「怖がっている?もしかして自分に子どもが育てられるのかとか急に不安になっているのか?」
なるほど、将来に漠然とした不安を抱いているわけか。
「大丈夫だ。俺やナギ、セシルもついている。だから……」
「あーいや、そうじゃないんだよな。後の事じゃなくて……産むときの事が……」
ん?産むときの事?
「あーなるほど。ナギが無茶苦茶苦しんでたからビビり散らしちゃってるわけですか」
いやいや、煽らないでくれ。
だがフリーダは怒る様子もなく口をへの字に曲げている。
「だってさ、すっごく苦しそうだったじゃんかぁ。わたしにナギほどの根性があるか不安だよ」
ああ、どうやらナギが示したお手本で逆に委縮してしまったらしい。
「大丈夫ですって。あなたの時は元聖女が二人もサポートに入れますからね。多少肉片が飛び散ろうとも治癒しきれますよ」
「ぇえ……そんな可能性があるのかぁ。うわぁ……」
更に怖がる年下妻。
俺はセシルのでこにチョップを叩き込んだ。
「痛ぁっ!ちょっ、ジェス君!暴力亭主ですか!?」
「今のはセティが悪い」
「そんなぁ、ナギまで」
「まったく。お前の方が年上だろうが。年下怖がらせてどうするんだ。そもそも、フリーダが怖気づいてたらいつまで経っても『3』の出番は回ってこないぞ?」
するとセシルはしゅたっと立ち上がるとフリーダに近づき肩に手を置く。
「大丈夫です。皆がついてますよ?あたしも正直少し怖いなって思いました。ですが、あれを乗り越える事で愛する人との可愛い子どもに出会えると考えれば挑戦する価値は十分あります。だから、一緒に頑張りましょう」
「あ、ああ……」
流石は人々に希望を与えていた元聖女だ。説得はお手の物か。
『3番目に産みたいから』という動機が無ければ最高にかっこいいんだがな。
「という事でジェス君、今夜二名予約でお願いします!」
「店の予約か!しかもしれっと混じろうとするな!」
「だってー、最近そういうの無いじゃないですか。最初の頃は時々あったのになぁ。すっごく刺激的でしたよ?あれですよ、安心のサポート体制と思ってくださいよ」
もう言ってることが無茶苦茶だぞこいつ。
「ふふっ、セティのそういう所、ナギは好きかな。いいよ、ホマ。予約受けてあげなよ」
まあ、ナギがそう言ってくれるならなぁ……
「流石ナギ!あたしも大好きですよ!!」
そんなやり取りを見ていたフリーダが噴き出した。
「あははは、何かセシルを見てたら怖さとか大分薄れてきちゃったな。何か悩んでたのが馬鹿らしくなるっていうか」
「ふふん。これぞ年の功ってやつです」
お前が底抜けに明るいだけだ。
まあ、だけどこの3人。いいトリオだな。
□
午後からはナギとアルを連れて実家を訪ねた。
今日はおふくろも親父も家に居ると聞いていたからだ。
「はぁぁぁ、今日も可愛いなぁアルは」
「ああ、ずっと見てても飽きないぞ。目に入れても痛くないくらいだ」
こんな感じで親父もおふくろも孫にメロメロだ。
更には家に居たメイママも。
「確かに可愛い。というか尊いですね」
自分が取り上げた事もあってやはりメロメロだ。
息子にかつての俺みたいに無条件で愛されるスキルとかが付与されているのではないかと一瞬心配になった。
だがよく考えればナダ人女性はだいたいこんな感じだ。
血が繋がっていなくても同一家族内の子どもには惜しみない愛情を注ぐのだ。
「本当にメロメロね。まあ、確かに私から見ても甥っ子は初めてだし可愛いわね」
そう言うのはたまたま実家に用事できていたリリィ姉さんだ。
今日は娘であるヒイナちゃんを連れている。
俺からすれば姪っ子にあたるのだがこれまた姉さんにそっくりなかわいい子だ。
何というか『ミニマム姉さん』。
「シシュコン、こんにちは」
「こんにちは。ヒイナちゃんはしっかり挨拶が出来て偉いな。だけど『シシュコン』じゃなくて『シスコン』だからね?」
「ちょっと!ウチの子に変な言葉定着させないで!この子、『父様』『母様』に次いで覚えた言葉が『シスコン』なんだからね!!」
いや、それだと『シスコン』って言葉を教えたのは姉さん達になるんだがな……
ヒイナちゃんはおふくろに抱かれている従弟をキラキラした目で見つめている。
「アル、かわいい」
やべぇ。この光景、尊すぎるぞ?
俺が生まれて来た時に『私達の弟』って目を輝かせていた姉さんが重なった。
姉さんもあの時の事を思い出しているようで俺を見ながら微笑み娘の頭を撫でていた。
「私、アル君のお嫁さんになる!!」
今節最大の衝撃が奔りましたよ姉さん。
「ちょっとヒイナ!何言ってるの!?」
「だってかわいい」
「かわいいからってお嫁に行かない!後、いとこだからね!?」
いとこは結婚できるけどな。
「やれやれ、リリィに似ておませさんですね」
メイママが笑っている。
確かに小さい頃のリリィ姉さんはケイト姉さんと並んでかなりおませさんだったもんな。
「あはは、もしその時はよろしくねー、ヒナヒナ」
「らじゃ」
「もぅ……」
実家のリビングに笑い声が響く。
この穏やかな日々が、俺の大事な宝物。
転生して手に入れたこの宝物を守って行くと俺は改めて決意した。