第82話 無意識
【ホマレ視点】
ケイト姉さんから『ご褒美』もとい『毒の制裁』を受けた俺とアトムは治療を受けて医務室で仲良く横たわっていた。
流石俺の姉さんだ。生かさず殺さず、行動不能にする匙加減は正に職人技。
「あんた、ケイトを怒らして毒喰らうなんて一体何年弟やってるのよ」
「いやぁ、面目ない」
あきれ果てたリリィ姉さんからお手製ポーションを受け取る。
どうやらたまたま仕事の関係でギルドに来た時、俺達が毒を受けて倒れた事を聞いて医務室に来てくれたらしい。
うん、やはりリリィ姉さんは天使、いや女神だな。
「メールみたいに即抗体を作れる体質じゃ無いんだから気をつけなさい。運が悪ければあっさり死んじゃうわよ?うっかり未亡人を3人作るんじゃないわよ?」
「気をつけます」
そうなんだよな。メールは実はチート能力を持つ転生者なのではないかと思うレベルにハチャメチャな能力を持っている。
そのひとつが『抗体』であらゆる毒に対し『根性』で抗体を作ることが出来る。
その関係かあいつは風邪を引いたことが無いんだよなぁ。
「姉さんか……何か羨ましいな」
すっかり大人しくなったアトムがベッドに腰掛け呟いた。
「ちなみにリリィ姉さんは人妻だからな?手を出すなよ?」
「だ、出さねぇよ。俺はその……そ、そうだ。あの、お姉さん!聞きたいことがあるんですけど!!」
「ん。何?」
言いながらリリィ姉さんは少しずつ俺の後ろに移動して行っている。
大分改善されたとはいえ姉さんは男性恐怖症だからな。
近づける男って俺、親父、あとユリウス義兄さんに加え、仕事関係の数名くらいだ。
ほぼ初対面であろうアトムはハードルが高い。
「あの、ボスの事なんだけど……」
「ボス……えーと、ケイトの事ね?」
ああ、とアトムは頷いた。
「あの人って、その、彼氏とか居るのかな……って」
「「はぁ!?」」
ふたりして変な声が出た。
流石は姉弟。息がぴったりだ。絆を感じるぜ。
え、何この学生時代の教室的な甘酸っぱい雰囲気。まさかこいつ……
「いや、何ていうかあの人に色々と教え込まれている内にさ……その、一生足蹴にされたい……じゃなくてお傍に置いて欲しいとか……思うようになって」
前世の弟が頬を赤らめていた。
一方リリィ姉さんの方は突然のカミングアウトに白目を剥いて呆れていた。
「え?どういう事?ケイトってばこの人に何やったの!?」
「姉さん、あまり効かない方がいいと思うが……」
「俺、ボスに本気で泣いて懇願するくらい色々とわからされちゃってさ。はは……何か怒られたら色々とビクッと反応して元気になる体質なんだよな。何か、恥ずかしいな……」
何だこの地獄みたいな空気は?かなり際どい事を言ってるぞ?
これ下手したらリリィ姉さんの男性恐怖症がぶり返して来るんじゃないか。
もう何か俺の袖を掴んで小刻みに震えてるぞ?無茶苦茶怖がってるぞ!?
そして小動物みたいに怯える姉さんは最高に可愛い。もうこの表情でご飯10杯はいける。
「だ、大丈夫。変態の扱いは……旦那で慣れてるから。慣れてるけど……何か彼とはベクトルが違うのよね。ウチのは『脱ぎ癖』と『太ももフェチ』なだけだし……」
やはり男はフェチなんだな。
ちなみに俺は『尻フェチ』と『胸大好き』だ。いらん情報だがな。
「とりあえず、ケイトには今の所彼氏とか居ないみたいだけど…………ううっ、どうしよう。何か怖いんだけど……」
「あの、姉さん。無理しなくていいよ」
とりあえずアトムが心身ともに調教を受けたのはよくわかった。
でもなぁ、何が悲しくて男が調教受けた話を聞かないといけないんだよ。誰得だ?
「まあ、そうだな。特別に教えてやろう。あの人に彼氏はいない」
「おお!!」
「だがまあ、その……あの人、『変態』は嫌いだぞ?」
「お、俺は変態じゃない!あの人に『身も心も捧げたい』と願う卑しい『下僕』だ!!」
ダメだ。こいつガチで調教されている。
リリィ姉さんが苦い顔をする。
「目覚めちゃったのね……まあ、ウチの旦那も私がドラゴンスープレックスかまして目覚めたクチだからあんまり言えないけど……」
姉さんのドラゴンスープレックスって綺麗に決まるからなぁ。
俺もかけてもらいたいものだがあれは義兄さん専用だ。
「ホマレ、あんたどう思う?」
正直言って凄く複雑だ。
だってもしこいつと姉さんがくっついたりしたら……『前世の弟が転生先では義理の兄弟になりました』だからな。
何だよその地獄みたいな光景は。だが……もしかしたらこいつなら。
「アトム。色々と複雑な気持ちだが一応教えておいてやる。これまで、姉さんにアプローチをかけてきた男性は実際の所結構いた。だがそのいずれもが『挫折』している」
「ああ。何となくわかる。あの人、こっちのアプローチに恐ろしいくらい気づいてくれなくて……」
「気づいてるのよ。本当は」
「え!?」
リリィ姉さんの言葉にアトムが首を傾げる。
そう、ケイト姉さんは自分に対して向けられている好意に『気づいている』のだ。
いや、正確には気づいてはいるが『無意識にシャットアウト』している状態だ。
「だけど、その……」
リリィ姉さんが言い淀む。
無理しないでいい、と伝えた。
「ケイト姉さんはな、あの人は『彼氏欲しい~』って口癖のように言っているが……実は『極度の男性不信』なんだよ」
言葉と本心が真逆なのだ。
『求めている』様に見えて『拒み続けている』のだ。
『変態』が嫌いなのでは無く、『男性』が嫌いなのだ。
リリィ姉さんが項垂れる。
かつて、リリィ姉さんは学生時代に元恋人だった男性に暴行を受けた。
それを発見したのがケイト姉さんとアリス姉さんだ。
リリィ姉さんは男性恐怖症になった。
アリス姉さんは自分を責めて『もうひとりの自分』を作り出した。
ではケイト姉さんは?
一見すると表面的には大きな変化は見られなかった。
強いて言うなら一層長姉であることを意識して立ち回るようになったくらいだ。
だが……本当は先ほど言ったように無意識のうちに男性を拒むようになっていたのだ。
俺やリリィ姉さんもつい最近まで気づかなかった。
あれだけモテ要素を持つ人が、全くモテない。
好意を寄せてくれる男性が出て来ても全く進展せず離れて行く。
異次元クラスに低い恋愛偏差値の正体は姉さんが無意識に封じ込めていたトラウマそのもの。
「アトム。お前が歩もうとしている道はとてつもない『いばらの道』だ。向き合う覚悟が無いなら、姉さんを苦しめないで大人しくしておいてくれ」
□
アトムと別れ、俺はリリィ姉さんと支部を後にした。
「ホマレ。さっきの……彼にケイトの事を教えたのって。もしかして彼ならケイトの心を開けるかもって……」
「正直自分でもよくわからない。でも、もしかしたら……」
「そう……ところで気づいたんだけど、彼ってよく考えるとあれじゃないの?リズママを襲った犯人のひとりよね?」
沈黙。
「あっ……」
そうだった。
雰囲気に流されてたけどそもそもあいつ指名手配犯だ!!
実際に刺したのはキララだったが襲撃にも加わっていたし、いわゆる『共同正犯』じゃないか!
「えーと、そうだな。捕まえないといけないな。ケイト姉さんがどうこうとか言っている場合じゃない」
「あんたねぇ……」
リリィ姉さん、呆れ顔も素敵です。
「それならもういいよ」
背後から声がした。
振り向くとそこにはおふくろが立っていた。
それから俺達は近くのカフェに入って話をすることに。
おふくろによるとアトムはケイト姉さんに『わからされた』後、自ら罪を告白したらしい。
そこで様々な要素を考慮した結果、ケイト姉さんの管理下に置かれる事となったらしい。
おふくろ自身もあいつとキララが謎の組織に参加した経緯などを聞いて被害届を取り下げたらしい。
「でも、いいのか?」
「いいんだよ。情報は引き出したからね。それに、ケイトの傍に置いておいたらもう悪さは出来ないだろうしね」
まあ、あれだけトラウマ受け付けられてたらなぁ……
アトムによると『邪審の祭壇』という組織は幾つかの階層構造になっており、狩猟の正体はわからないがその下には幹部席が『10席』。その下にさらにいくつか階級があるらしい。
キララは幹部のひとり、アトムはその下の戦闘員。
あいつ、幹部じゃ無かったのかよ……
「これで連中の姿が少し見えてきた感じだね。この先どうなるかはわからないけどさ……ところで、ナギの様子はどう?予定日はそろそろだよね」
真面目な話をしていたおふくろは『孫を楽しみにするおばあちゃん』の顔になっていた。
男の子という事も確定しているので一層期待が高まっているのだろう。
何せ孫としては初めての男の子だ。
「というかさ、奥さんがそんな状態なのに君はギルドで何をやってたのかな?ダメだよ。そういう時はきちんと傍に居てあげないと。お父さん、そこはきっちりしてたからさ」
「いや、ちょっと理由があって……ってそうだ!姉さん、リムがウチに来てたんだよ!!」
リムがリリィ姉さんを訪ねたが不在だった為、ウチの来た事を話した。
「あー、多分彼氏の事ね。色々と悩んでるみたいだから」
「彼氏!?あれか?やっぱりあのひょろメガネ野郎、リムに手を出してたのか!こうしてはおれん!あのひょろメガネを見つけて問いただしてやらねば!!」
おふくろと姉さんがため息をついた。
「なるほど、結婚してもシスコンは変わらないわね……」
「ツッコミをする奥さんが傍に居ないとこうなるわけだね。あの娘達の偉大さを再認識させられるね……」
「待ってろ、ひょろメガネ!!」
直後、落ち着けと母親と姉からこっぴどく叱られた俺であった。