第81話 わからされた
【ホマレ視点】
「なぁ、『アル』って誰だっけ?」
トラロック旧道の事件からそれなりに時間が経過した。
朝食の席でふと、そんな言葉が出た。
フリーダが怪訝な表情で俺を見つめる。
「あんたまたそれか?わたしの知る限り、あんたの知り合いに『アル』って名前の奴はいないよ」
セシルも心配そうな表情で俺を見ている。
「時々それを聞いてきますね。オルハリコンとかで頭でも強打したのでしょうか?」
どんな状況だよそれ。
それなら『アダマンタイトパワー』で硬化する妹に頭突きされた方が俺を取り巻く環境ではしっくりくるわ。客観的に見れば変な状況だけどな。
「でもナギも『アル』って名前に感じるものはあるんだけどね。よくわかんないや。でも、考えてることはあるんだよね」
そう言ってナギはお腹に手を当てる。
ナギのお腹は大きく膨らんでいた。即ち、俺の子を妊娠しているという事だ。
トラロック旧道事件からしばらくして、ナギが『多分おめでただよー』と言い出した。
どうも『声』を用いたセルフエコーでお腹に子どもがいる事を察知したらしい。便利だな。
念のために医者に診せた所、確定だった。
「あっ、お腹蹴った」
あー、触りたいなぁ。
いや、いやらしい意味でじゃないぞ?
ただお腹にいる我が子を感じたいだけだ。
だけど何というか怖い。触ってもし何かあったらどうしようとか色々と考えてしまう。
変な所でビビるんだよな俺。
「順調ですね。これは我が家に初めての子が誕生するのも時間の問題ですね。ふふっ、楽しみですね」
「そうだな。男の子だったよな?」
「うん。セルフエコーで『ついてた』からね」
本当に便利だなセルフエコー。
一応、この世界の医療技術では男女の区別は生まれるまで分からない。
思ったんだがこれ、商売にならないか?
「ねー、何かホマがよこしまなこと考えてるよー」
「ジェス君、流石にこんな時に発情するのは……」
「ちょっと不謹慎だな。すっけべが過ぎるぞ?」
「待て。誤解だ。とりあえずエロイことは考えてないから!!」
風評被害も甚だしい!
そこはきちんと否定しておかないとな。
流石に予定日が近づいている状態で他の妻にへらへらーと迫る程すっけべではないぞ。
それにしてもこの俺に息子が……そして父親になるのかぁ。
不安もあるが何より……楽しみ過ぎるだろ。
こんな感じで俺達の日常は新しいステージへ踏み込みつつあった。
□
我が家に末妹のリムが訪ねてきた。
妻達とハグを交わし、リビングへ。
兄にはハグしてくれないのか。ちょっと悲しいぞ?
表情から察する思い悩んでいる様だ。
「すいません、兄様達も色々と大変な時期なのに……」
どうやら最初は近所にいるリリィ姉さんを訪ねたのだが生憎仕事で不在だった。
そこで困り果てて、こちらに来たという事だ。
「なるほど。お前の悩みとはつまり、兄に対して抱いている気持ちをどう整理したらいいかということだな?」
「えーと、ウチの愚兄はもうすぐ父親になろうとしているのに相変わらずのシスコンなんですね」
「冗談だ。場を和ませるためのジョーク」
「病的なシスコンであるお兄様が言うと全くジョークに聞こえません」
本当、身内に容赦ないよなぁウチのきょうだいって。
妻達が苦笑していた。
まあ、冗談はさておきリムは確かに最近元気が無い。
ひとつ上の姉であるメールがイリス王国の事件以降、本格的にイリス王国へ移住したのがかなり効いているのだろう。
ケイト姉さんは妹達ばかり先に結婚していることに危機感を覚え凹んでいるが、リムの場合はともかく『寂しさ』を感じている様子だ。
「それで、我が妹よ。真面目な話、今日兄に相談に来たのは……」
「えーと、すいません。フリーダさんやお義姉様に聞いていただきたいことでその……」
「ふむ。なるほど。だが兄はいかなる悩みだろうが妹の想いを受け止めようでは無いか。だから……」
腕組みをして兄としての威厳を出していた俺だが……
「というわけでわたし達が話を聞くからあんたは外で時間を潰してきてくれ」
首根っこを掴まれあっさりと年下妻に家から追い出された。
おい、俺の扱い雑じゃね!?
抗議したいところだが3人のコンビネーションには勝てない。
「仕方ない。ケイト姉さんの所でも行くか」
□□
姉さんが働くサウスベリアーノ支部には長く顔を出していなかった。
理由は姉さんが窓口に居る頻度が極端に減った為だ。
優秀な我が家の長姉は異例のスピード出世を果たし、筆頭受付嬢兼サウスベリアーノ支部のエリア長をしている。要するにギルドマスターだ。
そのせいでギルドに行っても奥の方で書類仕事やらをしていることが多く受付嬢の制服も着ていない。というわけで自然と活動拠点が家から近い別の支部に移っていく事になった。
窓口に姉さんは……やはり居なかった。
そりゃな、人手不足とかでない限り窓口には立ってくれないよな。
ため息をつきながら飲み物でも買おうと売店へ足を運んだのだが……
「いらっしゃいませ。新商品の『極炭酸ジンジャーエーテル』はいかがですか?」
「は?」
売店に見覚えのある売り子が居た。それは……
「ウソだろ、お前……」
『パンドラ事件』で乱入して来て俺にぶっ飛ばされた前世の弟、アトムだった。
「アトム……」
「新商品の『極炭酸ジンジャーエーテル』、おすすめですよ?」
「うーん、おすすめなのはわかるけど俺ってあんまりシュワっとしたの好きじゃないからなぁ。じゃなくて!えぇ……お前……何やってるんだ?」
「フンッ、見てわからんか?」
「わからないから聞いてるんだよ!!」
「売店のアルバイトだ!」
「見りゃわかるよ!」
「じゃあ聞くなよ!」
カウンター越しににらみ合う。
生きていると思っていたがまさかこんな所に潜んでいたとは。
「お前、また何か良からぬことを企んでいるんじゃないだろうな!!」
「何だとぉ!?どう見ても善良な売店の店員だろうが!言いがかりにも程があるぞゴルァ」
「善良な店員が客を恫喝するか!」
「お前が吹っ掛けてきたんだろうが!!」
正に一触即発。
そんな時だった。
「ちょっとトム君。何でお客さんと揉めてるのよ!」
「ひっ!?」
奥から出てきた姉さんに怒鳴られ攻撃的な態度だった前世の弟が委縮した。
「こ、これは違うんです!!」
「何が違うのよ?」
あれ?何か変だな。
「ホマレ!あんたも久々に来たと思ったらウチの職員に因縁をつけてるとか、何考えてるの!!」
「いや、だってこいつは……」
おふくろを殺そうとした犯人だぞ!?
敵なんだぞ!?
抗議せねばと思いつつ姉さんの後ろで毒人形が形成されていくのを見て俺は口をつぐんだ。
「ごめんなさい」
この世で絶対に逆らっちゃいけない人が何人かいる。
ひとりは『抑止力』ことアンママ。
そしてケイト姉さんもまた、そのひとりだ。
「あのさ、姉さん。喧嘩とかしないから、そいつと話がしたいんだけど……」
「そ、そうですね。俺も彼と話したいことがあるんで……休憩を頂いてもいいですか?」
こうして、再会した俺とアトムは話し合いをすることになった。
□□
食堂で俺はテーブルを挟んでアトムと向き合っていた。
「なぁ、お前さ。何やってるんだよ?」
「何って……冒険者ギルドのアルバイトだな」
それはさっき聞いたよ。
「いや、そうなんだけどな。お前、俺のおふくろ殺しかけたよな?後、俺をつけ狙ってたよな?因縁的にさ、どう考えても『今度こそ地獄に叩き落としてくれる!!』とかそういう再登場するパターンだよな?それが何でお前、売店の店員として再登場なんだ?」
アトムは顔を歪めうつむく。
何だろう。以前の様な凶暴さは微塵も感じられなかった。
「お前に倒された後、命からがら逃げ伸びた俺はボスに拾われたんだ。それでアルバイトとして雇われたんだ」
姉さん、何を拾ってるんですか……犬じゃ無いんだから。
「お前の姉だと聞いてこれはチャンスと思った。前世じゃ数多の女たちをモノにしてきた俺だ。この女を夢中にさせてお前の大事な姉を奪ってやろう。そう思っていた時期が俺にもあったんだ。だがな……」
ちょっと殴りたくなるような計画だが喧嘩したら姉さんがキレるからな。ここは抑えておこう。
それにこの言い方だと……
「上手くいかなかったんだな」
「あんな女性は初めてだ。どんな女だろうが俺に落とせないやつなどいない。そのはずなのに、何やってもなびかないんだ。どういうことだよ!?」
まあ、あれだ。ケイト姉さんの恋愛偏差値の低さはもはや『異次元』レベルだからな。
はっきり言って超美人だし気も効く。しかも相当賢い才媛だ。
モテない要素が無い、『はず』なんだがなぁ……
「だから壁ドンして無理やり迫ってやったんだよ。そしたら……」
ああ、何て事を……ケイト姉さんの自衛本能は半端ないっていうのに。
過去に恋愛とは関係なく姉さんを無理やりものにしようとした男は何人か居た。
そういう相手に対し姉さんは過剰防衛と言われても仕方の無いレベルで相手に反撃するからな。
「もう逆らえないってくらい教え込まれて、本気で泣いて懇願する迄わからされちまったんだよ!あんなの、俺じゃねぇ」
何だろう。男がエロ漫画のヒロインみたいな事言うの止めてくれませんか?
ちなみに俺はそういう支配的なエロ展開は嫌いだな。
「えーと、何されたか一応聞いても?」
アトムがカッと目を見開いた。
「ど、毒は……毒はもう止めてください……ヒドラが、ヒドラがぁぁぁぁ。ヒドラに絡めとられ毒を口にねじ込まれてぇぇ。頼む。思い出させないでくれぇぇ」
これは死なない程度の毒でボロボロにされたな。
想像しただけで寒気がしてきたぞ。
「お願いです!あなたに忠誠を誓います!靴でも何でも舐めますから許してぇぇ」
「待て!まさかお前そんな羨ましい事をしたのか!?姉さんの靴を舐めるとかご褒美だろうがぁぁ!!」
直後、姉さんが放った『毒の馬』がギルド内を駆け抜けて俺達に直撃した。
忘れてたよ。姉さんは『変態』が苦手だった。