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第77話 ターニングポイント

ナギの過去については詳細に触れていくと普通に鬱な話で数話使うことになるので敢えてさらっと流す感じにしています。

【ホマレ視点】


 ナギの言葉と態度にもやもやを抱えながら俺は警備隊の詰め所で苦手な事務仕事をしていた。


『ナギ、子どもは欲しくない』


 まさかあんな言葉が飛び出すとは思わなかった。

 何だかんだで母性的な彼女なので喜んで了承してくれるとばかり思っていた。

 だけどあの表情は……


 あの頃、ナギは家でくすぶっていた俺を半ば強引にあちこちへ連れ出していた。

 かつては一流冒険者として名を馳せた俺に『知ってるなら案内よろしくー』とか観光ガイドをさせ、最初は中々にうざったく感じたものだ。

 ただ、あの頃はスキルに頼り切って見えていなかったちょっとした風景の美しさや苦労が意外と楽しく、ナギと出かけるのは楽しみになっていた。

 

 ナギは地球(いせかい)にどんな文化があるだとかはよく話してくれた。

 反面、あまり自分の事については話したがらなかった。

 恐らく何か辛い過去があるのだろう。前世の家族に見殺しにされた経験のある俺は何となくそれを察していた。


 ナギとのちょっとした冒険は4年ほど続いていた。

 その頃には心を凍り付かせていた俺も大分彼女に心を開いていたと思う。

 後にフリーダがこじ開けてくれることになるが、それはナギが事前にある程度心を溶かしてくれていたからでもあると思う。


 そして『雷の街サザランド』へ『黒雷イチゴ』を食べに行った時の事だった。

 ナギは陰のある『あの表情』を見せ、俺に少しずつ自分の過去を話してくれた。


 生まれてすぐ母親に捨てられ親戚をたらいまわしにされた事。

 親戚の家では厄介者として扱われており階段下の物置で寝起きさせられていた事。

 母親が大事件を起こした後、親戚の家から放逐された事など。

 生きる為に、パパ活の様な事をして繋いでいた事。

 好きだった歌の分野で配信者となるが友人と恋愛で揉め、過去を晒された事。


 俺自身も家族との関係で酷い目に遭っていたのでナギに強い共感を持った。

 そしてサザランドの宿屋で互いの傷を舐め合うように関係を持ったのだ。

 彼女となら……そう考え最後の一線を越えかけた時、あの言葉がナギから出た。


『ホマが望むならどんな事だってしてあげるよ。だから……ナギを『選んで』

 

 その悲痛な表情に我を取り戻した俺は先へ進むのを思いとどまった。

 俺自身、ナギに大事な事を何一つ話していない。

 それなのに自分勝手に求めているに過ぎない。向き合っているわけでは無かった。

 選択が正しかったのかはわからない。ただ、このまま進んではダメだと思ったのだ。

 ただ、ナギを大切にしたいと思って踏みとどまった結果、更にナギを傷つけた。

 冗談ぽく『姉さんや妹に操を立てている』とか馬鹿な言い訳をしたが凄まじい悪手だったと思う。

 

 結局、ナギは俺の前から姿を消すこととなった。無理もない。

 それだけの事をしたという自覚はある。

 だから、あいつが戻って来てくれて最終的には結婚してくれたことはある意味奇跡だと思うし、だからこそ大切にしたい。


「よぉ、随分とシケた面してるじゃねぇか」


 ニヤニヤしながら近づいてくる同僚に俺はため息をついて反応。


「アルか。まあ、色々あってな」


「何だよ、もしかして嫁と喧嘩でもしたか?俺様が話を聞いてやろうか?ん?」


 喧嘩っていうのかなあれ。


「世界は難しいなぁって」


「よくわからねぇな。哲学か?お前そんな知的な男だったか?どちらかというと『痴的』だろ」


 さらっと失礼だな、こいつは。


「それで、誰と喧嘩した?当ててやろうか?この間のぶった切り女だろ?血の気が多そうだしなぁ」


 確かにセシルは血の気が多いがストーレートな性格なのでそこまで困らない。

 だがナギは色々と抱えており繊細な所がある。


「違うよ。ナギだよ。隊長の娘。ちょっと色々あってな」


 ナギの名前を聞くとアルは腕を組んで難しい顔をした。


「お前なぁ。上司の娘に手を出した上に上手くいってないとか最悪だろ」


「手を出したって言い方が悪いから止めてくれ。言っとくけど手を出した方が先だぞ?」


「もっとやべぇだろそれ……まあ、知ってたけどよ」


「あれ、言ってたっけその事?」


 アルは深いため息をつき口をへの字に曲げた。


「あーいや、お前を見てたら何となくわかる。手が早そうだからな」


 風評被害だぞそれ。

 妻が3人もいるので手が早いんだろうなぁという印象を持たれるのも仕方ないかもしれない。

 だがナギを例に挙げると初めて出会ってから関係を持つまでに7年。再会してからも1年。

 離れていた4年間を含めると出会ってから結ばれるまで12年もかかっている。

 リリィ姉さんとユリウス義兄さんでさえ結婚するまで9年だぞ。

 俺はその辺を強く主張した。


「言われてみれば確かに長いスパンで恋愛してるな。意外だぜ。というかそんな長い付き合いでも上手くいかない時はあるんだな。何て厄介なんだ……」


「お前はさ、恋愛とかした事は無いのか?」


 ふと思ったがこいつのプライベートはよく知らないな。


「あー、俺様か。いや、まぁ恋人みたいなのは居なくも無いがな」


「お前……まさか俺が到達しなかった姉や妹との許されぬ恋を実践したのか!?」


「一緒にするな!確かにかわいい妹もいるがそんな風には見れねぇよ。まあ、その……いとこの姉ちゃんとな」


 いとこかぁ。

 俺の場合だとグレースなんかが該当するな。あっちは年下だけど。


「それで、上手くいってるのか?」


「まあな。この俺様が頭が上がらない数少ない女だ」


 それはもう『女傑』じゃないのか?

 強い女性っていいよな。ケイト姉さんとかリリィ姉さんとかアリス姉さんとかメールとかリムとか。

 うん、全員姉妹だ。結論、俺の姉妹最高。


「何か想像してトリップしてないか?」


「そうだな、脳内でドーパミンがドバドバ溢れている」


 アルが呆れてため息をつく。


「色々と残念過ぎる。本当に大丈夫かこれ?ていうか俺様の事は良いんだ。問題はお前だ!お前とナギが上手くいってないと俺様が困る」


「変な事を言うな。何でお前が困るんだよ?」


「あーいや…………えーと、それで隊長が不機嫌になったら色々ややこしいだろ」


 ああ、なるほど。それは確かに言えてる。

 義母さんが不機嫌になった場合起こりうるのは『うっかり殺されちゃう』だからな。


「だから事情を話せ。俺様が相談に乗ってやるから!」


「それは……」


 その時、隊長が入ってきて手を打つ。


「はーい、君達口論は終わりだよ。遭難事案発生だ。ホマレ君、アルシャト君、出撃してもらうよ。行き先は『魔境』だ」


「げっ……」


 『魔境』とは『トラロック旧街道』を指す。

 王国時代まで使用されていたが今は打ち棄てられた街道。

 多くのモンスターが蔓延る危険地帯だ。何であんな所で遭難するんだよ!!


「魔境は広いからね。捜索に助っ人を呼んでいるよ」


 隊長が連れてきたのは自分の娘、つまり……ナギだった。

 背後であるが小さく呟いた。


「これは……ここが『ターニングポイント』になるな」

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