第73話 カチン事案
【セシル視点】
ウェンディちゃんに案内されてクリスチャンの部屋の前へとやって来る。
さて、何をどう話そう。下手を討てば彼女を更に傷つけてしまう。
扉をノックしようとした瞬間だった。
何か不穏な空気を感じた。何か、『邪悪な気配』がする。
これは、ノックしてる場合じゃない!あたしは慌てて扉を開けて中に飛び込む。
中ではクリスタルを抱えた少女が怯えていた。
「クリスちゃん。いったいどうし……」
彼女が指さす先を見て驚愕した。
窓に若い男が張り付いているではないか。
「こいつは、不審者ッッ!」
間違いない。変態だ。
これは『乙女の危機』!!
「ちょ、ちょっと待て。俺様は……」
「問答無用!黒砕刃ッッ!」
窓を突き破りながら不審者に一撃を叩き込む。
ごめんなさい。割れた窓については後で弁償します。『あたしの夫』が!!
不審者はサーベルで攻撃を受け止めつつ体を回転させ見事に着地する。
「今のは……刃化の能力!?まさかこいつ……待てって俺様は不審者じゃねぇ。話を聞いてくれ」
男の人っていつもそうです!
そうやって実は覗いていたりして、女のことなんだと思ってるんですか!?
「刃in縮傷乱れ撃ちッッ!!」
薪を割りまくった攻撃を連続で放つがどれも弾かれる、もしくは避けられてしまう。
「ぎゃぁぁぁぁ、何だそのにぎりっ屁はぁぁ!?」
カチン!!
この男、誰かさんみたくあたしの技を『にぎりっ屁』って!!
ジェス君はもういいんです。今はあたしの夫だから。だけど他人に言われるとやっぱり腹が立つ!!!
「美しくそして鮮やかに!月禍美刃ッッ!!」
勢いをつけて回転しながら不審者に飛びかかって行く。
「うわぁぁ、今度は死んだ!マジで死んだぁぁぁ!!!」
あたしの攻撃が届く直前、間に獅子の顔が刻まれた盾が割り込み攻撃を弾いた。
これって……確かジェス君の?
「セシルッッ!?ストップ、そいつは俺の同僚だ!」
「え?」
攻撃を止めて声のする方向を見ると、夫がそこに立っていた。
□
【ホマレ視点】
孤児院の方が騒がしいと思って戻ってきたらとんでもない事になっていた。
セシルが俺の同僚、アルを襲っていたのだ。
「し、死ぬかと思った……ってホマレ!やっぱこれはお前の嫁かぁぁ!!」
いや、『これ』って言うなよ。
「悪いアル。後でちゃんと叱っておくから」
「ジェス君。でもこの男、女の子の部屋を外から覗いてたんですよ!?」
「マジかよアル。覗きの趣味があったとは見損なったぞ」
「ち、違う。カーテンが開いてたから中を覗いたんだ」
ほら、『覗いた』って言ってるぞ。
マジかよ。ああ、こいつとは割と長い付き合いでそれなりに仲が良かったが今日でお別れかぁ。
「アル。きちんと罪は償えよ。いつまでも友達だからな。まぁ、ただ……嫁や姉さん、妹に近づいたら『もぎ取る』ぞ?」
「何を!?何をもぎ取るんだ!?怖ぇよ!ていうか安心しろ。あんなおっかない姉さんに手を出そうとは思わねぇから」
カチン!!
こいつ言うに事欠いて姉さんをけなしやがった!!
「何だとてめぇ、俺のケイト姉さんのどこがおっかねぇんだ!あんな海のように優しく美しい人、他にいねぇぞ。やっぱ『もぎ取って』やろうか」
「毒まき散らす受付嬢のどこが優しいんだよ!この前なんか八首の竜を毒で作り出して酔っ払いを撃退してたぞ!!」
「新魔法開発かよ!才能半端ねぇ人だ。流石は俺の姉だ!天井知らずの成長だぜ!!」
「お前は身内の奇行に少しは疑問を持てぇぇぇ!ていうか嫁!あんたの旦那がシスコン発症中だぞ!嫁としてそれはいいのか!?」
「いや、彼はこれが平常運転ですし……何か慣れました」
「慣れないで!お願いだからこいつを諫めて!というか色々と誤解だ!俺様は隊長に言われて『パンドラ』を捜索してて聞き込みの末ここに辿り着いたんだ」
「何だと!?ここに!?」
まさかの『灯台下暗し』だったのか?
「ああ。何でもクリスタルを拾った子が居てこの孤児院へ入って行ったって聞いてな。それで……」
「あっ、そう言えばさっきあの子の部屋で『クリスタル』を見た気が……」
セシルが呟いた瞬間だった。
窓ガラスが割れた部屋から悲鳴と共に黒いオーラが噴き出してきた。
それは一ヶ所に固まると凶悪な面相をした獣人へと変化していく。
「え?あれは……」
「チッ、やべぇぞ。あれが『パンドラ』に封印されていた怪物か」
アルが舌打ちした。
確かにマズイ。何せ、獣人は脇にある人物を抱えていた。
「クリス!」
察するにクリスタルを持ち帰った子どもというのはクリスの事だったのか。
「はぁぁぁぁぁぁ、シャバの空気はやはり美味いなぁ」
喋ってやがる。知能はそれなりに高そうだ。
クリスが驚いた表情で奴を見上げていた。
「よぉ、ご主人サマ。これが俺の姿なんだよ。お前が拾ってくれたおかげで封印が解けるまでの時間稼ぎが出来たぜ、ありがとうよ。しょんべんくさいガキのウジウジした悩みをずっと聞いてやるのは楽しかったぜ。失恋の話もなかなかいいスパイスだったぜ」
獣人の言葉にクリスが顔を赤くして俯いた。
「失恋……そうか。あいつ失恋してたんだな。だからあんな機嫌が悪かったのか」
瞬間、回り込んで来たセシルにでこチョップをされた。
「痛っ!お前こんな時に何を!?」
「いえ、流石にこれはあたしが怒ってあげないといけないやつかと思いまして」
こいつのすることは時々というか割と意味がわからんな。
「ククク、50年ぶりに解けた封印だ。まずは腹ごしらえにここに住んでいるガキどもを食わせてもらうぜ。お前は、最後まで残してやるからたっぷり絶望しながら待ってな」
その言葉を聞き獣人を見上げたクリスの顔には絶望が灯り、うつむく。
地面へは涙がこぼれていった。
「そういう星の元に生まれてきたんだな。まぁ、安心しな。たっぷり絶望を味合わせてあげるからよ。だって俺ら『トモダチ』だもんなぁ」
こいつ、この悪辣さ。セシルを追い詰めた災禍獣なんかとよく似ている。
「おい、クソちび。お前さっきから絶望が何だとか言ってるけど」
「プレデターだ」
「何だと?」
「俺はかつて多くの人間を殺し食って来た。そして魔人と化した俺が貰った名は……プレデター!!」
プレデター……要するに『捕食者』ということか。
こいつ、キララと同じ魔人だったのか。
「お前はその子の優しさや寂しさに付け込んで泣かせた。つまり、俺を怒らせた。勘違いするなよ?お前はこれから『狩られる』側だ!!」
「おいおい、やる気がみなぎって来てるね。それじゃあ、久々に俺様とお前で同盟を組むとしよう……ぜ!?」
剣を構え俺の隣に立ったアルだが直後大きく痙攣して倒れてしまった。
「ごめんね。アルシャト君。ちょっと君では足手まといなんだよね」
見れば我が義母がスタンガンみたいな道具を持って微笑んでいた。
アル……何て不憫な。とりあえずは退場だなこれ。
「えーと、お義母さん……」
「変身しなさい。多分、あれはそうしないとダメな相手」
「いや、と言われても変身にはいろいろと条件があってですね」
正直、変身の制限はあまり緩和されていない。
相変わらず特定の人以外に見られていてはダメだ。
この場だと特定の人にはセシルと義母さんが該当する。
だが少なくともこの場だとクリスと魔人プレデターが俺を視認している状態だ。
「うんうん。わかってるよ。だからさ」
義母さんが小さな丸薬を投げつける辺りに煙幕が立ち込めた。
なるほど、と言いたいところだが思ったよりも背が低い煙幕だな。
「あー、ちょっと量を間違えたか。ねぇ、『3番ちゃん』?」
「ああ、なるほど!!」
目配せされ、セシルがポンッと手を打つ。
何だろう。そこはかとなく嫌な予感が……
「というわけでいってらっしゃい!」
セシルは俺の首根っこを掴むと力任せに煙幕の中へ投げ入れた。
あいつぅぅぅぅ!!
とりあえずクリス、魔人プレデターの両者の視界から消えた俺は格好の悪い姿勢のままデュランダルへの変身を。
煙幕から飛び出すと魔人の顔面に蹴りを叩き込んだ。
魔人はクリスを離しセシルがそれを受け止める。
「ナイスキャッチだ、セシル!!」
「てめぇ、何処から出てきた!!」
背後からタックルしてくる魔人の攻撃を飛び上がって避けると身体を捻り延髄斬りを叩き込んでダウンさせる。
「さぁ、お前が狩られる時間だぜ?クリスを泣かせた罪、しっかりと償ってもらう!!」