第71話 薪割りと不機嫌
【ホマレ視点】
翌日、俺とセシルはリーゼ商会が運営する養護施設『おやゆびの館』へやってきていた。
ここでは様々な理由で親を失った子ども達を保護している。
「何かあれですね。聖女宮を思い出しますね。あたしも途中で災禍獣のせいで親を亡くしましたから……」
セシルは寂しそうに呟いた。
イリス王国から亡命したようなものなので彼女の両親の墓はマントル子爵領にまだある。
いつか何らかの形でこっちへ移して供養してあげたいものだな。
「あっ、もしかしてホマレさん?」
大人しそうな少女が俺を見かけて声をかけてきた。
「ん?ああ、ウェンディか。元気だったか?」
彼女の名はウェンディ。
親を野盗に殺され人身売買組織が隠れ蓑としていた孤児院で有力者へ『出荷』する『商品』として囲われていた過去がある。
アリス姉さんによって組織が壊滅してからはこの施設で生活していたのだが当初は怯えて部屋から出て来ない状態だった。
「はい。丁度良かった。実は私、来月にはここを出るんです。魔法使いとしての素質があるって事で『レム魔導学院』へ通う事になって、そこで寮生活を」
『レム魔導学院』はアンママが設立した魔法使いの為の教育機関だ。
魔導学院は国内外と幾つかあるが共通して裕福な家庭の子女しか通えない。
アンママは自身が元々どこにでもいる平凡な少女だったという経験を踏まえ、広く門戸を開き魔法使いの養成をしようと学院を設立した。
まあ……『平凡な少女』というのは正直信じられないのだがな。
だって今や『抑止力』扱いされているからな。
「そうか、良かったじゃ無いか。頑張れよ」
「ありがとうございます。ところでそちらの女性は……?」
するとセシルは目を光らせ不敵な笑みを浮かべた。
嫌な予感がする。
「ふっふっふ!聞いて驚き見て驚き!あたしの名はレム・セシル。何を隠そう……」
「妻だ。3人目の」
「ああっ!ジェス君酷い!ここはあたしがビシッと決めようと思ってたのに!しかもあたしの最強アイデンティティ、『3』まで取るなんて!鬼なのはベッドの上だけでお願いします!!」
「誤解を招く言い方は止めろ!!」
まるで俺がケダモノに聞こえてしまう。
自分では結構紳士的だと思っているのでこういう風評被害を生む発言は控えて欲しい所だ。
「ふふっ、これぞ夫婦ならではのネタです」
いや、別に夫婦じゃなくても成立するネタだけど聞き手が受ける印象は大分違うな。
「お前なぁ……」
俺達の夫婦漫才を見ながらウェンディは苦笑していた。
「何か、ホマレさんの奥さんにぴったり。個性的な人ですね」
確かに個性的だよなぁ。こいつは特にな。
あれ?さり気なく俺、ディスられてないか?
「ふふっ、あたし褒められましたよ。ジェス君に相応しい美人さんだって!」
「……幸せだな、お前の思考は」
まあ、それくらい前向きな方がよろしい。
実はナギが意外に繊細でフリーダはセシルとナギの中間くらい。
ちょうどバランスがいいのだ。
「あっ、ところで今日は何をしたらいいんですか?事前のリサーチでは絵本の読み聞かせとか勉強を見たりとかって聞いてます。知的なあたしにぴったりですね」
「そういうのもあるけどお前の場合はあれだ」
俺は施設の脇に積まれた大量の薪を指さした。
うん、今年も結構集めているなぁ。
「冬に備えてあれを割る」
「ええっ!無茶苦茶に脳筋な仕事じゃないですか!?こういうのって普通、男の人がしません!?」
「いやいや。普通はそうなんだがお前はアレだろ?ほら?」
セシルの肩書は『元斬滅の聖女』だ。
身体の一部を刃物に変えたりできる能力者なのだから薪割ほど適した仕事はない。
「ううっ、確かに反論は出来ませんね……」
セシルはトボトボと薪の方へ歩いて行く。
「えっと、奥さん大丈夫ですか?結構体力使いますけど」
「問題ない。あれほどあいつに似合う仕事はない」
ちなみに数年前まではアリス姉さん修練代わりに刀で叩き切っていた。
「刃in縮傷ッッ!!」
バイオレンスなにぎりっ屁が見事に薪を両断する。
ほら、ぴったりだ。
「うぉぉぉ、この人すげぇ。手で触れただけで薪が割れていくぞ!」
「どうなってんだ!!?」
薪割り場からは歓声が上がっており、気をよくしたセシルが次々に薪を割っている。
割と承認欲求強いからな、あいつ。ああいう賞賛を受ける作業をさせると非常に捗る。
「ところで、クリスはどうしてる?」
□
クリスは数年前に俺が警備隊として保護した子どもだ。
縄張りから出て来て迷い込んだモンスターに襲われた村の出身で、その時に両親と友達を一気に失った。
その後はこの施設で生活をしているわけだが塞ぎ込みがちで俺はこの子を気にしてよく顔を見せていた。
俺達警備隊がもう少し早く駆けつけていれば、そう何度も考えた。
今思えばフリーダもひとつ歯車が狂っていたらこの子みたいになっていたかもしれない。
そしてもうひとつ、俺の名前の由来となった少年もまたモンスターの襲撃で命を落としていた。
何だか他人事には感じられなかったのだ。
クリスは最初こそ他人を拒絶していたが俺が色々と世話を焼いてキャッチボールやらをやっている内に段々と心を開いてくれるようになった。
「よぉ、クリス。元気だったか?」
中世的な顔立ちをしたクリスを見つけ声をかける。
クリスは手に持ったスケッチブックに何やら書き始める。
『一応』
クリスはモンスターに襲われた時のショックで『喋ることが出来なくなって』いた。
だから、コミュニケーションもスケッチブックを介して行わなくてはいけない。
それにしても……今日は何か機嫌悪そうだな。
『覚えてたんだ、ここの事。長い事顔を見せなかったから忘れてたと思った』
あー、そうか。原因は俺ってわけね。
「悪い。結婚やら何やらで色々忙しくてさ」
クリスは更に眉を顰めた。
『結婚したんだね。おめでとう。相手は以前連れて来てた背の高い人?』
クリスが言っているのはフリーダの事だろう。
あいつは160cmの後半はあるからな。
まあ、実はナギも同じくらい背があり、セシルが一回り低い。
「そうだな。後は上司の娘と幼馴染。今は3人だな」
俺の言葉にクリスは目を丸くする。
『3人?』
「まあ、色々あって3人になった。大変だけど色々と楽しくやってるよ」
『そうなんだ。良かったね』
「まあ、クリスにはまだ色々と早いだろうけど。その内、好きな女の事か出来てドキドキしたりするさ」
『また子ども扱いする。俺はそういうの興味無いから』
ああ、しまった。
つい子ども扱いして機嫌を悪くさせてしまう。
「どうだ?久々にキャッチボールでも」
『いい。俺、ちょっと行くところあるから。せいぜい美人の嫁さんに鼻の下伸ばしたらいい。お幸せに』
やべ、大分怒らせてる!!
「そ、そうか。えーと、それじゃあこれ。土産だよ」
俺は持ってきた『マヨの実』を差し出す。
これは実の中にマヨネーズとよく似た味の液体が入っておりクリスの好物だ。
クリスは実を受け取るとそっぽを向いて足早にその場から立ち去ってしまった。
「これは大分怒らせちゃったな」
「ジェス君、今のがもしかして気になる子ですか?」
薪を割り終えて満ち足りた表情のセシルがやって来る。
「ああ、クリスだ。ちょっと生意気でツンツンしてるけど弟みたいでなんか放っておけないんだよな」
「え?『弟』?えっと……え?本気で?」
どうしたんだ?
何やら困惑した表情で俺を見つめている。
「まあ、複雑な年ごろだからな。あっ、もしかして好きな女の子でも出来たのか?だから行く所があるのか。なるほどなぁ、あいつも男の子だな」
「本気で言って……ますよね。あー、これは天然だぁ」
「ん?」
顔を手で覆いため息をつく幼馴染妻。
あれ、俺って何かやっちゃったかな?