第68話 そういう事にしよう
【ホマレ視点】
「そうか、キララが……あいつ」
戦いが終わり、無事に合流したフリーダとナギから聞いたのは前世の妹、キララの最後だった。
確かに昔のあいつは歌とダンスが好きで俺やアトムによく披露してくれる可愛い妹だった。
いつの頃からか俺達の間には大きな溝が出来て、やがてあんな風な関係になってしまった。
そうか、あいつ最後に昔の自分に戻れたんだな……出来る事なら、もう一度兄と妹として話がしたかったな。
せめて、その魂が安らかに眠れるようにと祈るばかりだ。
さて、問題はその後の情報だ。
まずセシルがフリーダを庇って瀕死の重傷を負ったけど何か気づいたら治っていて意識はまだ戻っていないらしい。
何だその状況は?一応、王城内の医務室で引き続き治療を受けているらしいが何だか釈然としない状況だ。
死亡フラグを回収しかけて何とかへし折ったという認識でいいのだろうか。
そして本日一番の驚き、というか理解が追い付いていない事象というのが……
「はぁ!?メールが公爵夫人!?」
あまりの衝撃に腰が抜けそうになった。
しかも我が家で誰よりも先に結婚していて何年もその事を隠していたというのだから驚きだ。
パレオログ公爵夫人と言えば……
『信仰心が非常に厚い女性』だが病弱な為、『公的な場に姿を現すことは無い』。
だが、『確かな知恵と閃き』により夫を支えているということだが……いや、あいつがなぁ。
そんな風に思っていた時期が俺にもあったわけだがよく考えて見方を変えれば妹の特徴が当てはまる。
まず、メールは我が家で一番『信仰心が厚い』。
病弱では無いものの1年の大半をナダ共和国で過ごしているので『公的な場に姿を現すことは無い』。
そして『確かな知恵と閃き』についてだが教典を丸暗記して尚且つそれを基にして現役聖女を論破出来るのだからやっぱりあいつの特徴を指している。
でもなぁ。
何が一番衝撃かってこれを『母親に黙っていた』事なんだよな。
いや、これが一番ヤバいんだよ。
もう、アンママが怒り狂っている状態が脳内で再生されて勢いで極大魔法とか打ち込まれないか心配でならない。
□
【グレース視点】
動乱は終わり2日が経過した。
ディズデモナ公爵は失脚し、私も解放された。
王国を蝕んでいた連中も幹部格は撤退もしくは戦死し、王都周辺に展開されていた連中の兵達もほとんどが討ち取られたという。
父である現国王も治療を受け快方に向かっていた。
だが父は今回の後始末が終わった後で私に、王位を譲ることを告げていた。
私が王に……いつかはと覚悟していたがまさかこんなにも早くその時が来るとは……
「グレース、大丈夫かな。随分と思い悩んでいる様だが」
話しかけてきたのは失脚した前公爵に代わりディズデモナ公爵となったギリアムだった。
本来なら息子である彼も断罪されそうなものだがそれについては父である前公爵が『すべて自分の独断で行った事』と懇願し、一応は罪に問われない事となった。
ただ、宰相としての役割は別の人物へと移譲される事となった。
「そうね。やれねばならない事が多すぎて悩ましくあるわ」
「そ、そうか。もし僕で良ければ相談に乗ろう」
「とりあえず、いとこに幽閉された上に結婚を迫られた事とか、悩ましい限りだわ」
「そ、それは……すまなかった。君の気持ちも考えず。貴族として、あの時はそれが最善だと思っていたんだ。グレース、考えたのだが後処理が終わった後、僕は爵位を返上して罪を償おうと思う」
今回の件は父親が起こした事件とは言え自身も加担していた。
なので領地を整理した後、公爵から退く事を考えているらしい。
「そうね。父親が庇ったとはいえ、あなたには罪を償ってもらう必要があるわ」
「ああ……」
「ところで……あなたとお兄ちゃ……いえ、ホマレさんが戦っている時に聞こえてきた言葉があるのだけど……」
「え?あー、えーと……はっ!!!?」
そこに至って彼はようやくあの『はっちゃけ告白』を思い出し凍り付いていた。
「あ、あのそれは……その……」
「何か弁明は?」
自身の熱い想いと共に次期国王の胸を揉みしだきたいだの何だの色々ととんでもない変態的な言葉を口にしていた彼は耳たぶまで真っ赤にしながら言った。
「うっ……確かに色々と不適切な言葉があったかもしれない。だが、あ、あれは僕の嘘偽りない言葉だ!!」
そんな真剣な眼差しで変態を肯定しないで欲しい。
「……その事について、後日話し合う必要がありそうね」
ため息をついていると部屋の扉がノックされた。
入室を許可され部屋に入った来たのは策略によってジーラッハ子爵夫人となった聖女ランキング10位『電磁の聖女』マナナであった。
「マナナ、一体どうしたの?」
「殿下、セシルさんが!!」
「え?」
□
【ホマレ視点】
セシルについて事態が動いたという事で俺とフリーダ、ナギの3人は王城へ呼ばれた。
ある部屋に通されたのだが、まずフリーダとナギだけ先に呼ばれ何か話をしていた。
そして次に俺が呼ばれて部屋に入ると皆押し黙っていた。嫌な雰囲気だ。
「ど、どうしたんだみんな?グレース、セシルがその……目を覚ましたんだよな?」
グレースは目を伏せ沈黙する。
おいおい、何だか嫌な雰囲気だぞ。頼むから止めてくれ。
「……落ち着いて聞いて欲しいの。セシルだけど……数時間前に亡くなったわ」
頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。
「う、嘘だろ!?どういう事だ!?」
「王都の戦いで深い傷を負ったセシルは治療で一命をとりとめたものの意識が戻らず、王城内で療養を続けていたわ。でも結局意識は戻らず数時間前、静かに息を引き取ったの」
セシルが、死んだ?
それはあまりにも受け入れがたい事実だった。
「こんな事って……折角戦争が回避できたって言うのに。それなのに……」
「そうです!こんな悲劇があっていいでしょうか!!」
俺の横で『セシル』が相槌を打つ。
「あの馬鹿野郎。『戦いが終わったらデートしてくれ』だなんてわかりやすい死亡フラグを立てるからこんな事に……」
「馬鹿とはひどいですね。結構座学は得意ですよ?読書も趣味です。あ、ちなみにあたしは魚が好きなんで美味しい魚介料理のお店とか希望です。出来れば人気『3位』くらいので!!」
「本当に、お前は何でそんな『3』が好きな……ん……だ!?」
横を見ればセシルが立っていて『ども!』と首を傾けて笑顔で敬礼していた。
「とまあ、何やかんやあってそういう事にしようと思ってるの」
「はぁぁぁぁぁぁっ!?」
□□
その後、グレースから再度説明がなされた。
セシルは3時間前に意識を取り戻したのだがここで問題が発生した。
前公爵の策略によりセシルは書類上はマントル子爵婦人となっておりそのマントル子爵がセシルを引き渡すよう要求してきたのだ。
マントル子爵というのはかなりの好色で愛人を多数抱え、屋敷にはかなりセンシティブな器具が揃っている部屋がいくつもありまあ、そういう趣味らしい。セシルも正直そんな男の元へは行きたくない。
前公爵の暴走に依るものなので婚姻は無効としたい処だったが同時期にお貴族の元へと嫁がされた他の聖女達は何やかんやで夫と良好な関係を築いており婚姻を解消するものは居なかった。
そこでどうしたものかと考えた結果、セシルは意識が戻ることなく亡くなったとすることになったらしい。
「いやぁ、色々あって生まれ変わった気分です。ところでジェス君、あたしが死んだって聞いて泣いちゃいそうになっちゃいました?」
いたずらっぽく微笑む幼馴染を見て俺は深いため息をつく。
「よし、セシル。ちょっと来い」
「何ですか?ハグですね?奥さんたちの前だっていうのに感極まっちゃったんですね?もう、仕方ないなぁ」
笑顔でひょこひょこ近づいてきたセシルの額に俺は手刀を叩き込んだ。
「痛ぁっ!ちょっ、何でハグじゃなくてチョップなんですか!?それが一命をとりとめた幼馴染にする事ですか!?」
「当り前だ!ていうかグレース、お前、俺が驚くと思って紛らわしい言い方しただろ?」
いとこ王女は苦笑していた。
「フリーダとナギも!一緒になって神妙な顔してただろ!」
年下妻と年上妻はそれぞれ俺から視線をそらして口笛を吹いていた。
「お前らなぁぁぁ!!!」