第67話 決着
【フリーダ視点】
今も尚、意識を取り戻さないセシルを背負いながらわたし達はメール義姉さんの戦いを見ていた。
格闘戦が得意なのは聞いていたがここまで凄い事をするとは……
「いや、でもまあ。それより一番驚いているのはなぁ……」
「あーうん。フィリーが何を言いたいかわかるよ」
侍女達に胴上げをされているメールを見ながらわたし達はため息をついた。
「ちょっと我が姉!あなた一体どういう事ですの!?」
わたし達の気持ちを代弁する様にリム義姉さんが割り込んで来てメールに掴みかかる。
「公爵夫人!?聞いてませんわよ!?」
そう。それだ。
確かに彼女はこの戦いの『カギ』になった。
だがまさか、『公爵夫人』だったとは……
本来なら危険と思われるパレオログ領を通過してきた理由も今なら頷ける。
だって、『自分の領地』だから。
「うん。だって言ってないもん」
「あんたねぇ……」
指揮官であるキララが倒れた事で戦場は完全に鎮静化している。
合流したケイト義姉さんもあきれた様子だ。
あの反応からして彼女も知らなかったのだろう。
「そういう問題ではありません!色々と聞きたいことがありますが……いつですか!?いつからあなたは公爵夫人に!?」
「え?3年前かな?」
「ちょっ、3年前って言うと……リリィと同じ年に結婚してる!?」
「そうそう。リリィ姉ちゃんの少し前?かな」
リム義姉さんが首をのけぞらせ『がはっ』と呻いた。
「何であんたはそんな大事な事を………言われてみればあの頃、あんた定期的に家に帰って来ないってあったわね……一応聞くけど、お母さんにこの事は?」
「言ったよ。今回の戦いの直前に」
「嘘でしょ?あんた実質3年間隠し続けたの!?ていうか旦那も挨拶くらい来なさいよ。どうするのよ、あたしお母さんのトコに帰るの怖いわよ?絶対機嫌悪いじゃない」
長姉が頭を抱える。
「あははは、話したら思いっきり殴られた」
「当り前ですわ!本当に常識が無いというか……意外性の塊というか……」
「いや、あたしも気になってたけどねぇ。どのタイミングで言ったものかってさ」
物凄く呑気に話す義姉さん。恐ろしい人だ。
「あのさ、もう大団円ムードなってるとこ悪いけど、ナギ呟いていいかな」
「ああ、いいよ。わたしも気になってた」
「こっちの戦いは終わってるけどさ、ホマの方、まだ戦ってるよね?」
「だよなぁ、もう完全に忘れられてるよ。グレース王女もまだ助けてないしな」
□
【ホマレ視点】
「ぶへわくしょんっ!!」
何だろう。急に鼻がむずむずしてきた。
「な、何だ急にくしゃみをして!緊張感の無い男だな!!」
「いや、すまん。誰かが噂しているのかもしれないな。それにしても、まさか『こういうの』とはなぁ」
鼻をすすりながら対峙する宮廷魔術師フーシェ。
正体はやはり『魔人』と呼ばれる存在だった。
その名も『魔人クラーケン』。イカの様な頭部を持ち両手が触腕になっている魔人だ。
武器の様なものは持っていないがいかにも何かありそうな触腕を使った……
思考している中、左右の触腕が一気に伸びた。
また来るのか!触腕の向き俺達の方では無い。
何おふくろゆずりの動体視力で軌道を追っていく
「ああ、こいつは本当に厄介だなぁっ!」
伸びた触腕はこちらの死角を狙う様に空中で曲がり軌道を変えて襲い掛かってきた。
激突寸前で避けるカウンターを叩き込むも金属がぶつかるような音と衝撃で弾かれる。
伸縮する上に鋼の高度。面倒な相手だ。
ギリアムはどうかと思って視線をやると俺と同じ様に対応しやはりその硬度に苦戦している。
だが触腕が戻って行くのに追従する様に加速しクラーケンへと接近していく。
その動きは中々のものなのだが流石に敵も対策を講じており腰を狙った横薙ぎの一撃は束ねられた別の触腕が盾となり防がれてしまった。
その場から動かず、攻防一体の触腕を振るう。
ポッと出の分際で中々厄介な敵だな。
ギリアムは攻撃が防がれると同時に剣から手を離し魔人クラーケンの脚に組み付く。
行動と同時にギリアムの意図を察した俺は心の中で『くそがっ!』と呪詛を吐きつつ飛び上がった。
ギリアムが留学して来た時、地元の不良共に絡まれていたことがあった。
間が悪い事にその場面に遭遇してしまった俺は見て見ぬ振りも出来ぬと助けに入った。
その頃には神に貰っていたチートスキルを返却済みだったのでやむを得ずこいつと同盟を組むことになった。
この馬鹿曰く、『貴族たるもの、初めて組んだ相手であっても一流の同盟となれる』らしい。
まあ、確かにこいつと組んだ時、それは見事なコンビネーションで不良を撃退出来たもので立ち回りなど認めざるを得ない点は多々あった。
だけどな……今度は俺にそれを求めるな!!
俺は貴族じゃないしそもそも相手は不良とはレベルが違い過ぎる!!
反射的に俺が動けたのは不良と戦った時にギリアムが取った行動がちょうど同じだったからだ。
クラーケンの脚に組み付いたギリアムは身体を大きく引き、そのまま魔人クラーケンを倒した。
俺はというとその頃には魔人クラーケンの上空までジャンプしていた。
ちなみに不良の時にやったのはギロチンドロップ。ただ、流石にこんな化け物にギロチンドロップをしてもあまり意味が無い。
メールくらいの闘気があれば十分なダメージソースになるが俺では無理だ。
「甘いわぁっ!!」
そしてもうひとつ、当然の如く魔人は触腕を伸ばし迎撃をしてきた。
この反撃についてギリアムの見解はこうだろう。『とりあえず自分で何とかしたまえ』。
ああくそっ!意図がわかる。わかるだけに腹が立つ!!
さて、迎撃で伸びてきた触腕をどう処理する?
逃げ場がない空中で自由落下中だから直撃すれば大ダメージ、ギリアムの行動も無駄になる。
そうしたら『君は何をやっているんだ』とかいいかねない。何か、更に腹が立ってきた。
なら意地でもやってやろうじゃないか。
幸いにも我が家には親父直伝の『秘策』というものがある。
「困った時は、『回転する』ッッ!!」
そう、回転すれば大抵の事は上手くいく。
それが我が家の家訓だ。などと言えばアンママに『変な家訓を作らない!!』と怒られそうだがアンママ自体が『回転』好きな人だからなぁ。
アンママは出身民族である『ココの民』の特性で身体の中で魔力に特殊な回転を加えて精度を爆発的に高めている。回転は無限のパワーを秘めているのだ。
「レグルススクリューッッ!!」
回転しながら加速して落下。
襲い掛かる触腕を薙ぎ払い魔人クラーケンの喉元に強烈な一撃を落とした。
「ガバァァッッ!?」
手応えは十分。
互いに敵の身体から離れる。
だが魔人は直立姿勢のまま起き上がった。
あーうん。何となくそんな気はしてた。
「ククク、人の分際でそれなりにやるようだな。驚いたぞ。どうやら我らが蒔いた策は崩壊しつつあるようだ。なればこれ以上の闘争は無用。ここは退かせてもらうとしよう」
魔人クラーケンが脚元の影へと沈んでいき姿を消した。
つまり今のは……倒し切れなかったが実質俺達の勝利、と考えていいのか……
「あーくそ、疲れた」
「ふふ、流石は我が従兄弟。見事なコンビネーションだ」
「お前は無茶ぶりが過ぎるんだよ、馬鹿!!」
ハイタッチを交わし俺達は戦いの勝利を宣言した。
□
【???】
玉座の間で早くも王になったつもりでふんぞり返っていたディズデモナ公爵は次々と飛び込んで来る報告に恐れおののいていた。
「まさか、パレオログの若造が儂を裏切るとは!しかも、周辺諸侯まで!愚か者共が。このままでは我が国は弱体化の一途を辿るだけだ!くそっ、まだ終わらぬぞ。ここは一度引いて『連中』の元へ身を寄せて再起を図るのだ!!」
玉座の間に作られた秘密の通路から逃走を図ろうとした公爵だったがまだ操作をしていないのに通路が開く。
「公爵殿、残念ながらあなたはここで終わりです」
通路から歩いて出てきた大男、レム・ナナシに公爵は眉をひそめた。
「何だ貴様は!?平民風情が、儂が誰かわかっているのか!?」
「ディズデモナ・グラ・ベルト公爵、君こそが国を蝕んでいる元凶だよ」
大男の背後から現れた亡き妻とどこか似た顔の女性に公爵は目をむいた。
「リ、リーゼロッテ様……」
公式には死んだことになっている元第五王女リーゼロッテがそこに居た。
「い、いや。あなたは既に王室を離脱している。何の権限もない平民に過ぎないのだ。儂は、あなたの姉の夫としてこの国を支えてきた。儂を糾弾する権利があなたにある筈がない!」
「そうだね。確かにボクは王室を離脱した。血統があるだけでもう王族じゃない。だから、カトル姉様の妹として言わせてもらう。君は自分の妻の、カトル姉様の想いも踏みにじるの?」
「な!?」
公爵の亡き妻であるカトルは王位につく為、自分のキョウダイを謀殺してきた。
結果として王位には就けずディズデモナ公爵夫人となり家族を持った彼女は晩年自身の行いを悔いていた。
罪滅ぼしの意味合いで国内にアリシア学院、ノエル孤児院など妹や弟の名を冠した施設を作り運営していた。
前国王の葬儀時には再会しリゼットと名を変えた妹、リーゼロッテと和解も果たしていた。
「王族や貴族が守るべきはこの国に暮らす、無辜の民だ。それなのに君は戦争を起こすというの?どれだけの血が流れると思う?どれだけの悲しみが生まれるかわかっているの?姉様が国の未来を紡ぐために作った学院や孤児院。そこから排出されていく未来すら戦争が奪って行くのが、君にはわからないの?」
「ううっ……」
「ベルトよ。もう良い」
玉座の間の扉が開き杖を聞きながらゆっくりと現れたのは現国王ラムアジンであった。
「へ、陛下!?」
「お前が私腹を肥やしていることは知っていた。だがそれを諫め正すことが出来なかったのは私の力不足によるものだ」
「何故……陛下が……」
「彼に回っていた毒は私が『解毒』しましたから」
ラムアジンの隣に立っていたのはナナシの2番目の妻、メイシーであった。
彼女はリリィ、リムの母親であり、ツバメの師でもある。
「結構回っていたので随分と時間がかかりました。はぁ、おかげでお腹がすごく空きましたのでご馳走のお礼をお待ちしています。それじゃあ、私は下へ行って他の人の治療でもしますか」
いつもの調子で彼女はその場を後にした。
「うぐっ……で、ですがこのままではこの国は……」
「もう止めよう。時が来たのだ。私やお前が退く時が。次にバトンを渡す時がな」