第65話 男は大抵変態である
【ホマレ視点】
ギリアムとは前国王、つまりは俺達にとって祖父さんにあたる人物の葬儀で初めて出会った。
出会って開口一番、『何故君達、姉弟は王族としての義務を果たそうとしない』とか言いやがった。
確かに俺とアリス姉さん、そしておふくろの血統は『王族』だ。
ただ、それはあくまで『血統』の話でしかない。
『王族血統』の認定は王族から離脱しても『次の代』までは継続する。
次の代にあたる子どもが王族として国に関わり続けない場合、その次の代は『平民血統』になる。
これはイリス王国と同盟を結んできたナダ共和国でも同じである。
王族と全く関係ない人と結婚したアリス姉さん。その子どもは『平民血統』ということになる。
そしてそれは俺も同じ事。今後、フリーダやナギとの間に子どもが生まれてもその子は『平民血統』という事になる。
俺としてはこいつがアリス姉さんを責め立てたのが許せなくて掴み合いの喧嘩になってしまった。
結果、俺はおふくろに尻を叩かれる始末だ。
とりあえず、一応同い年のいとこであるが初対面から最悪だったのだ。
祖父さんの葬儀後、関わる事など無いだろうと帰国して何年か経ち、あろうことかこの男はナダ共和国へ留学してきた。
そこは中立地帯の名門校、貴族様御用達の『アリアンロッドアカデミー』へでも通えよと思ったんだがな。
『同盟国で様々な価値観を学びたい』とか意識高い事を言ってたので余計嫌いになった。
その頃の俺はナギに連れ回されていたのだがそれを見て『遊び歩いている』とか突っかかって来て、本当にこの男は何をしたいんだとよく喧嘩になった。
あいつ、そう言えばナギの事を『どこぞの馬の骨』とか言ってたな。
うん、あの頃は聞き流していたが何だか思い出すと沸々と怒りがこみ上げて来たぞ。
「お前は馬鹿なんだよ!何度も言うが戦争すればどうなるかくらいわかっているだろ!?」
「わかっているさ!戦争になれば僕は王族として兵を率い、最前線で命を懸けて責務を果たすつもりだ!」
「だから、そういう事じゃねぇんだよ!!」
本当にこいつは馬鹿だ。
馬鹿馬鹿馬鹿ッ!!
馬鹿って言った方が馬鹿だってよく言われるけど心の中で思っただけだからな?
「戦争になって、真っ先に犠牲になるのは民衆だろうが!そんな事もわからねぇのか!!」
いつだってそうだ。
戦争になれば結局、兵士だけでなく一般人が多く犠牲になる。
筆舌に尽くしがたい様な仕打ちを受ける人達だっている。
そんなもの、あってはならないんだ。
「わかるさ!!」
「お前はそればっかりだな!!」
「僕は戦争を回避する手段を模索していた。だからこそ、その為に僕とグレースは結婚することになっている!君達の国を侵略させない為にもグレースはその条件を飲むだろう。わかるか?王族の責務とは……」
「だからお前は馬鹿なんだよッ!この馬鹿ッッ!!!」
しまった、ちょっと腹が立ちすぎて思わず口に出してしまった。
「君には政治というものがわからないからな。民の為に自分達の未来も天秤にかける。それこそが王族としての」
「それが馬鹿だって言ってるだろうが!!」
「何だとこの馬鹿め!馬鹿って言った方が馬鹿なんだぞ!!」
「お前だって言ってるだろうが馬鹿!!」
男二人で剣をぶつけ合いながら『馬鹿』を叫ぶのは何とも奇妙な光景だ。
「グレースにしてもそうだが何だってお前らはそうやって自分を大切にしないんだよ!聞こえのいいカッコいい言葉を使いやがって。あのなぁ、自分を幸せに出来ないやつが民を幸せに出来るわけ無いだろうが!!!」
いつだってこいつは『王族として』とかそんな事ばっかり口にする。
誰かの為に自分を犠牲にするっていうのはかっこよく聞こえるがエゴでしかない。
「俺はなぁ、この歳になっても姉さん達が大好きだし妹が可愛くて仕方ない!」
「このシスコンめ!!」
「だけどなぁ、結婚したんだよ!!」
「なっ、ま、まさか法律を捻じ曲げて姉妹の誰かと!?」
「馬鹿野郎!色々と手は尽くしたけど流石にそれは無理だったわ!俺の背中を追いかけ続けてくれた年下村娘と俺の事を気にかけてあちこち連れ回してくれていた年上元聖女だよ!!」
「二人もか!しかも元聖女とか随分と欲張りだが……おめでとう!!」
こいつ、律儀かよ!!
「ありがとう!いいか、俺は姉も妹も大好きだ。シスコンって呆れられている。だけどなぁ、そんな自分が、『嫌いじゃない』んだよ!俺は自分の欲望にオープンだ!」
「もう少しクローズしろ!!」
「時々嫁に釘を刺されてるよ!でもなぁ、そんな風に姉や妹が大好きで全力だったから、同じくらいあいつらの事も大切になって、今じゃ二人が俺の中じゃトップなんだよ」
「のろけるな!!」
のろけてやるさ。いくらでもな!!
だって新婚だぞ?年下と年上、しかもすっげぇ仲がいいんだぞ。
後気づいたけど二人とも中々の美人だし……いやいや、これ以上色々考えたらちょっと危ないな。
「お前はどうなんだ?王族としての責務でグレースと結婚だとか言ってるけど、それでいいのか?」
「何だと!?君ごときに何が……」
「お前、グレースの事好きだっただろうが!」
そう、こいつは従姉妹であるグレースが好きだ。
態度とか見てたら割とバレバレなのだが立場上思いを口にすることは出来ないのだろう。
「本当はグレースと結婚できるとか心の中でウキウキしてるんだろ?もう今から色々楽しみで仕方無いんだろ?」
「なっ、何て破廉恥な事を」
「破廉恥な事を考えてたのはお前だろうが!!」
ギリアムは顔を真っ赤にして叫んでいた。
「ぼ、僕は王族の血統を持つ者の責務として戦争を回避するためにに」
「だからそれはお前の本心じゃ無いんだろうが!本当はグレースが好きで好きでたまらないのにウジウジと理屈並べやがって。カッコ悪いったらありゃしねぇ。あれか、実はグレースの事を好きなのは俺の勘違いでその辺の侍女やらに手を出してるとか?或いは実は男の方が好きだとか?ああ、あれか。伝家の宝刀は『使い物に』ならないとかか?」
何か色々と腹が立っているので徹底的に煽り倒してやった。
そしてとうとう、ギリアムが『爆発』した。
【グレース視点】
随分と外が騒がしい。
王都で何かが起きている?
祭りなんかはまだまだ先のはずだけど……
窓に近づき外を見る。
私が幽閉されているのは王城にある塔。
その下、中庭で剣を交えている男性が二人いた。
「あれはギリアムに……ホマレお兄ちゃん!?」
何でホマレお兄ちゃんがここに!?
しかもギリアムと戦っている!?
確かにあのふたりは昔から仲が悪かったけど……
「あのバカ男。何をやってるのよ!!」
何とか戦いを止めようと嵌め殺しになっている窓を開けにかかるがこれがかなり丈夫で困る。
炎の力が使えればこんなもの焼き払うのに……
「えい、こうなったら!!」
部屋の家具などを無茶苦茶にぶつけて窓を壊す。
別に脱走する気もないしこんな所から身体を抜けば転落死は必至。
見張りの兵士が何やら叫ぶが『脱走しないから黙ってなさい』と一喝してやった。
とりあえず二人を止めなくては。
力の限り叫ぼうとした瞬間だった。
「君に、君に僕の何がわかる!!僕がどれほどまでにグレースを想っているか、わからないだろ!!」
ギリアムの叫びが聞こえた。
あら、彼ったら私の事を『想ってる』とか心にもない事を……
「だから好きなんだろ!!」
「そうだよ!好きでたまらないんだよ!」
え?何か今、変な言葉が聞こえて来た気がするわね。
「子どもの頃から僕はグレースと結婚したいって思っていたんだ!だから未だに童貞だ。これは彼女に捧げるつもりだったからなぁ!彼女と結ばれないなら一生童貞で構わない覚悟だった!!」
ちょっと待って。あれってギリアムよね?
あれ?童貞を捧げるって……え?
何か、雰囲気が。雰囲気がおかしい!?
「もうなぁ、彼女は最高なんだよ。凛とした立ち振る舞いだけど実はかわいいものに目が無くてこっそり猫に餌やってたりするんだ。その時に見えたうなじとか凄くそそられるし耳の形も最高だ。唇だってぷくっとしてて可愛らしい」
えーーーーっ!?
な、何を言っているの!?
「後な。ちょっと気にしてるみたいだけど胸とか最高なんだよ!あの丁度いい感じの大きさ、彼女の胸に顔をうずめたいと何度思った事か!だけどこう、胸の事を気にして寄せてあげたりしてるところも可愛くてたまらないんだよ!!!」
「お前、変態過ぎるだろ!!」
「君にだけは言われたくない!」
その後もギリアムは私への想いを大声でぶちまけていた。
中にはちょっと口にするのも憚られるような変態チックなものまであって……
ど、どうしたって言うのよ彼は!?
もう無茶苦茶壊れてるじゃない。変態だわ!!
だけど、何かはっちゃけてる彼ってちょっと……
「か、かっこいいかも」
こんな恥ずかしい事を大声でぶちまけられるなんて、ちょっとかっこいい。
これは……どうしよう。顔が、顔が熱い。
もしかして何かの病気に罹ってしまった!?
「うぉぉぉ、後ろからグレースの胸揉みしだきたーーい」
「やっぱ変態だーーーー!!!」
【ホマレ視点】
やべぇ、ギリアムが予想以上にはっちゃけやがった。
うん、ちょっと煽り過ぎた。反省だ。
何というか俺もドン引きする程の変態ぶりを自分で暴露しやがったぞ。
あれかな、もしかして変態的な部分って前国王側からの遺伝?
だとしたらその娘であるおふくろも何かしら素質が……いや、考えたくない。
何が悲しくて自分の母親の性癖を疑わなくちゃいけないんだ。
「はぁ、な、何かぶちまけたらすっきりした」
「そ、そうかそれは良かったな」
とりあえずやっぱりこいつがグレースの事を好きで『変態』だというのはよくわかった。
「ヒッヒッヒッ、ずいぶんと賑やかですな」
片メガネをかけた老人が杖をつきながらゆっくりとこちらに歩いて来る。
「おい、馬鹿。あれは誰だ?」
「宮廷魔術師であり父の側近でもあるフーシェだが」
「なるほど、つまり悪い奴か」
「なっ、君、それは短絡的じゃないのか?」
やれやれ、こいつは何もわかっていないな。
「宮廷魔術師で老人であんなおしゃれメガネかけてる奴は大抵悪い奴だ」
「君、宮廷魔術師に何か恨みでもあるのかってくらい偏見が厳しいな!!」
いやいや、だって悪そうな顔をしてるし大概当たっているぞ。
笑い方も『はーい、ワシ悪者でーす』って感じだし。
「どうやらワシらの計画がバレていたようだな。まさかこんな所まで攻め入って来るとは思わなかった。忌々しい血筋め」
ほらな、何か自分から認めたぞ。
「勇敢なのは結構だが貴様らは詰んでいる。現在、王都へ向かってディズデモナ派の貴族たちが軍を率いて進撃しておる。更には伏兵として王都周辺に潜ませていたワシらの仲間達も居る。後は数の前になすすべなく蹂躙されていく愚か共が居るというだけよ」
「おい、馬鹿。とりあえず聞くけどあれに国を乗っ取らせて本当にいいのか?グレースの事も利用しまくるぞ?イチャイチャとか出来ないぞ?」
「べ、別にイチャイチャしたいとか……いや、したいけど」
「もしかしたら適当な理由をつけてグレースにやらしいことをして寝取ろうとするかもしれないぞ?」
「な、何だと!?そ、それは許せない!!」
ああ、抑え込んでいた想いをぶちまけて随分と素直になったな。
「そうだな……国に害を為すというのなら……否、グレースに害を為すなら排除も仕方ない」
「ははっ、お前の事少し好きになれた気がするわ」
「えっ、何だ君は。まさかそっちの気も……」
ああ、やっぱこいつ馬鹿だわ。
「そっちの趣味はねぇよバカ。まあ、とりあえず、だ。こいつを排除してさっさとグレースを鳥かごから出してやりたいんだが、どうだい?」
「うむ。それには大いに同意しよう。ならば……」
俺はギリアムと剣を重ねる。
「同盟成立、だな」
「なるほど、古くから王国に伝わる同盟か。ならば伝統にのっとり同盟名を考えねばなるまい。そうだな、我らは『グレース助け隊』と名付けるとしよう」
「…………」
いや、何だよその壊滅的なネーミングセンス。