第60話 決戦前夜
【ホマレ視点】
「あぁぁ、本当に、本当に良かったぁぁぁぁぁ」
「はいはい、怖かったねーホマ。大丈夫だからねー」
俺はナギの膝枕で頭を撫でてもらいながら安堵して涙していた。
ツバメに貰った『超心の実』の副作用で『男性の機能が阻害』されると聞いた時は心が砕かれそうになった。
結果としてライトさんと戦う前に仕留めていた『プチサラマンダーのキモ』を食べる事でデメリットを打ち消すことが出来たのだが、あれに出会ってなければ俺は男としてダメになってたかもしれない。
「フリーダもありがとう。お前がプチサラマンダーを『引き寄せてくれた』おかげだよな。本当に、ありがとうぅぅぅぅ」
「わ、わかったから。そんなガチ泣きするなって!!」
「何ですか男性機能が衰えるってくらいで大騒ぎして。情けない男ですね」
セシルが呆れた顔で俺を見ているが、俺は全力で抗議する。
「いや、お前そうは言うけど男としてやっぱりプライドがだな!しかも新婚だぞ!?もうそんなの悲劇以外の何者でも無いだろ!?将来的には子どもだって欲しいんだよ!!」
その言葉に愛する二人が顔を赤らめる。
「よ、よしわかったから。その話は帰ってからにしような」
「とりあえず落ち着こーね?ホマ、今度は違う意味で暴走してるよ」
む、いかん。
思わず俺の考えた最強家族計画を語ってしまうところだった。その辺は話し合って決めないとな。
「まあ、お熱い事ですね。ところで、さっきあたしの事を『セシルちゃん』って呼びましたよね?あたしをそんな風に呼ぶ人ってあまりいないのですが……」
「うっ!?」
マズイ。
セシルは俺に疑念を抱いている。
俺が彼女の初恋である『ジェス君』であることは皆に秘密だ。
彼女がそれを知ればどう考えても気まずくなるのだから。
「もしかして……」
その時、俺の鼻腔によく知る『匂い』が飛び込んで来た。
「待て!こ、この匂いは!!」
「ちょっと、あたしが大切な事を聞こうとしているのを誤魔化そうとするのは止めて貰えま……ひぃっ!?」
セシルの顔が一瞬で引きつる。
理由はわかっていた。この『匂い』の主が原因なのだ。
「あー、兄ちゃん達だぁ!見つかって良かった!!」
そう。その主とは俺の可愛い妹メールだった。
「メール義姉さん。もしかして別ルートで王国入りしたメンバーって」
「うん。あたしがそのひとりだよ」
まあ、確かに戦闘能力はピカイチだからな。
しかし、割と過保護なアンママがよく許可したものだな。
「お前、一応確認するけどアンママに許可貰ってるよな?」
アンママがブチ切れしてメールに長距離魔法をぶっ放せばそれが開戦のきっかけになりかねない。
「勿論。お母さんに許可貰わず来たらとんでもないことになっちゃうよ。それでなくても国境沿いの街に滞在して王国軍に凄まじい圧力をかけている最中なのにさ」
何か威圧掛けられている王国軍が可愛そうになるな。
つまり、そのルートで共和国側に攻撃を仕掛けられることは無いだろう。
「あれ?もしかしてこの前お話した聖女さん?元気してた?」
「ひぃぃっ!い、一応元気です!!」
「ねぇねぇ、また女神様についてお話しようよ」
「い、いえ。あたしは結構です!」
セシルは本気でメールを怖がっていた。
まあ、聖女なのに信仰の分野で持論を完封されてしまったからなぁ。自信を無くすわな。
仕方ない。助けてやろう。
「それよりメール。お前、敵に見つからなかっただろうな?」
「大丈夫なんじゃない?別に入国者を厳しく調べてるわけじゃ無いみたいだし。それに、一応安全なルートを通って来たからね」
「メリーはどのルートで来たの?」
「アーロン領から入って後はパレオログ領を抜けて来たんだ。合流場所については知らされていたからこのルートが早いと思ってね」
メールの言葉にセシルが眉を顰める。
「アーロン領はともかくパレオログ領は危険だったのでは?パレオログ公爵は親ディズデモナ派ですよ?」
「うーん。そこはあんまり気にしなくていいと思うよ。大丈夫、『何とか』なるからさ」
にかっと笑うとメールは大きく背伸びをして『お腹すいたー』と拠点となっている伯爵邸へと入って行く。
「何とかって……そんないい加減な」
「いや、妹がそう言うなら俺は全面的に支持しよう」
「…………徹底的にシスコンですね。あなた達も大変ですね」
フリーダとナギは『慣れてるから』と苦笑した。
「まあ、でも確かに公爵クラスが2名も敵側なのは厄介かもしれないな。どんな連中なんだ?」
「そうですね。まず反乱を起こしたディズデモナ公爵ですが王国の宰相をしています。今は亡くなっていますが彼の妻は国王の妹君、カトル様で、ディズデモナ家は現在王家の分家になりますね」
その名前は聞いた事がある。
おふくろの姉、つまり俺から見れば伯母にあたる人で『カトル姉さまには気をつけないと』と常付言っていた。
王位継承争いで何人かの王子・王女は彼女の指示で暗殺されたらしい。
「公爵は非常に欲深い男で統治している領地の領民に重税を課して私腹を肥やしていることは有名でした」
政治の事はよくわからんキララと組んで色々やらかすのもわかる気がした。
「一方でパレオログ公爵は王国貴族の筆頭格です。自尊心が強く不正が嫌いな方ですが身体を壊して最近、よく似た息子が爵位を継ぎました。ただ、そのせいでパワーバランスは大きく変わってしまいディズデモナ公爵のいい様に事が進んでいます」
新しいパレオログ公爵がもう少ししっかりしていたらこの反乱も何とかなったわけか。
「新しい公爵は最近、平民の女性を妻に迎えたそうです。信仰心が非常に厚い女性で病弱な為、公的な場に姿を現すことは無いですが確かな知恵と閃きにより夫を支えていると聞いています」
その奥さんが何とか新公爵を説得してくれねぇかな。と言いたいところだがそんな時間も猶予もない。
とりあえずすべきはグレースの救出。かなりの強引な手段をとることになるわけだ。
□
グレースが軟禁されている場所について情報が入った。
現在は王城の『特別室』に居るらしい。
そこは『水のマナ』を放出するクリスタルが床や窓枠などあらゆる場所に設置されており炎使いであるグレースが大暴れできない様になっているらしい。
更には現在王都には親ディズデモナ側の精鋭たちが揃っており彼らがグレースの奪還を阻む要因となるのは明らかだ。
そして、その中には『影の聖女』キララもいる。
一方で国内では現在あちこちで謎のモンスターが出現するという事態が偶発的に起きているらしく他国へ攻め込んでいるどころでは無いらしい。
何でも、色々なモンスターが合体した新種らしいが……
「はは、まさか……ね」
ナギが苦笑していた。
いや、たぶんその予想は当たっていると思う。
恐らく合体モンスターの出現は人為的なもので犯人は……ナギの母親だ。
あの人は昔から自身が合体モンスターに変身して我が家にちょっかいをかけていたからな。
侵攻に関しては心配が必要ないと思う。
というわけで後は王都へカチ込む戦力についてだがオルレアン領の騎士団や他に2つの男爵領などが協力してくれる。
更には俺、フリーダ、ナギ、セシル。
そして合流したメール、『木彫りの聖女』ライトさん、その娘ツバメも奪還戦に参加するらしい。
メールに他は誰が来る予定か聞いたが『わかんない』と言われた。
恐らく親父辺りがどこからか現れるだろうがそれを加えても奪還できるか不安が残る。
「ふぅ、ちっと迷っちまったが間に合ったみたいだな。よぉ、ボウズ。久しぶりだな」
庭で考え事をしている俺に声をかけて来た男性が居た。
「ユーゴさん?そうか、あんたが居たんだな」
彼は親父と若い頃にパーティを組んでいた転生剣士ユーゴさん。
俺がガキの頃から知っている人でありアリス姉さんが加入していた『ルイス猟団』の団長をしており確かな実力者と言えるだろう。
「お前の親父さんに声を掛けられてな。まあ、王女様の危機って言うなら助けに行ってやらなきゃいかんよなって思ってな。何せ、『ティニア』の忘れ形見だからな」
「ああ、そうか。そう言えばグレースの母親って……」
「カッコ悪い想い出だよな。まったく」
ケレス・リシティニア。
ユーゴさんのパートナーだった魔法使いでアンママの弟子。
親父ともパーティを組んでいたのだがある時、イリス国王になったラムアジン王に見初められ何やかんやあってイリス王国の王妃になった人だ。
「まあ、かっこ悪いなりに何とかやってみるさ。
俺の他にも親父さんに声を掛けられた連中があちこちから王国入りをしているぜ?巨人戦士『ボルン』、元山賊『マッハ』、狂戦士『ワーレン』、エルフの弓使い『ゲルミア』、エルフの賢者『マリエル』、ドワーフ族の戦士『ガドラス』、カリスマ美容師『トッド』、おでん屋の主人『政宗』、あとは『やすし』とかだな」
えーと、確かに凄そうなメンバーなんだが一部おかしい連中が含まれてるぞ?
「待ってくれ、カリスマ美容師?百歩譲って戦えそうだからいいとして、だ。おでん屋の主人とか、最後のはそもそも誰だよ!?」
「政宗は親父さんとよく行くおでん屋台の店主だ。やすしはあれだよ、あの有名な戦士アーサーの友人の弟がよく通っているマッサージ店の隣に住んでいるよくわからないやつだ」
「よくわからないって言ったよな!?本当に大丈夫かそれ!?」
親父らしい人選なのがまた何とも……そりゃ『雑い』と怒られるわけだ。
「みんな親父さんと関わって行く中でその人柄に惹かれて命を懸けて応援に来てくれた連中だよ」
まあ、親父が選んだ人達なら何とか大丈夫……だよなぁ?
微妙に心配なんだけど……
「ところでお前、アリスから力の一部を継承したらしいな。どうだ、扱えてるのか?」
「う……」
痛い所に触れられ答えに詰まった。
俺の反応を見てユーゴさんは『やっぱりな』と呟く。
「何ていうか、上手く使えないんだ。発動の反動も凄いし、先日は身体のコントロールを乗っ取られて大暴れしてしまった。姉さんはこれを使いこなしてたんだよな?」
「一応はな。あいつは、とてつもなく真っ黒な憎悪を糧にして制御してたからな」
「ああ。知っているよ。正直、俺には制御出来ないかもしれない」
ユーゴさんは『いや』と否定した。
「お前の胸の中にある願いや未来。それを守るんだろう?恐怖を感じているならそれらも全て受け止め、ねじ伏せてみろ。お前ならそれが出来るはずだ。でねぇと、大事なもんを失ってしまうぞ。そうなってからじゃ取り返しがつかないからな」
ユーゴさんが去った後、フリーダとナギが入れ替わりでやって来た。
「なぁ、ホマレ。わたしの『糸』なんだが、メール義姉さんに強く反応しているみたいなんだ」
「メールに?」
ああ、と年下妻が頷く。
「わたしも、それが何を意味するかは分からない。だけど、今回の戦い。もしかして義姉さんが何かしら勝利のカギを握っているのかもしれない」
「あいつが、勝利のカギ……」
「ナギも、メリーの動向には注意しとくね。ところでさ……セシルの事だけど、黙ってるつもり?」
「え?」
年上妻はやれやれ、とあきれた様子で肩をすくめた。
「セシルの幼馴染、『ジェス君』ってホマの事だよね?」
「ええっ!?」
フリーダが俺とナギを交互に見る。
「え、フィリー気づいてなかったの?だってホマの本名に『ジェス』って入ってるし特徴的に小さい頃のホマだってすぐわかったけど?」
「あー、まあ…………そうなんだよな」
「うわぁ、気づかなかったよ。まあ、今更名乗り出た所で、結局セシルは失恋しちゃうわけだよな。、ホマレはそれを心配したんだよな?だけどさ、いつまでも初恋に決着をつけないで進めないでいるのも残酷じゃないか?」
「ああ、そうだな……お前達にも黙ってて悪かった。すまん」
「とりあえず、話しておいで。建物の陰に隠れてるみたいだしさ」
ナギの言葉を聞き建物の陰でガサッと音がした。
見れば気まずそうな表情のセシルが立っている。
「さぁ、フィリー。ちょっと休もうか」
「ああ。そうだな」
フリーダとナギは俺の肩を軽くポンっと叩くとその場を去って行った。
後に残されたのは俺とセシルの2人。
沈黙が流れる。すげぇ気まずい。
だけど、決着はつけなくちゃいけない。
「セシル、話がある」