第57話 オッサン聖女
【ホマレ視点】
「なぁ、素朴な疑問だけど何でここは『竜の墓場』っていうんだ?」
ダンジョンを探索中、フリーダが素朴な疑問をぶつけてきた。
「一説によると死期を悟ったドラゴンがここを最後の場所に選ぶかららしい。まあ、俺達が今居るダンジョンの上層部にある迷宮はあんまり関係が無いがな」
『竜の墓場』の真骨頂は下層部にある。
おびただしい数の竜骨が転がっていて貴重な素材なんかも沢山手に入る。
ただし、その分危険度が一気に跳ね上がってしまう。
モンスターの強さも、環境も段違いの危険地帯。
昔、親父と少しだけ足を踏み入れた事があるが当時のチートスキルがマシマシの状態だったのに手も足も出なかった。
ちなみに家に帰った後、俺をそんな危険地帯へ連れて行った事で親父はおふくろ達にこっぴどく叱られていた。
「まあ、イリス王国へ抜けるだけなら上層だけで問題はない」
やがて洞窟を抜け開けた場所に出る。
このエリ・ドゥアラ山には元々修道院があったのだが100年ほど前に伝染病の蔓延により放棄されてしまっている。
今、居るのは修道院跡へとつながる山道だ。これを下って行けばイリス王国の領地へと入って行けるのだが……まあ、当然モンスターもうろついているわけだ。
「あっ、ホマレさん。プチサラマンダーです!」
セシルが山道を這う2mはある巨大サンショウウオを指さす。
一応ドラゴン系のモンスターで高温のガスを口などから噴射する。
「プチサラマンダーの肉は美味しいですし貴重なたんぱく源になります。捕まえてください」
「捕まえてってなぁ……」
一応『プチ』だけど危険度は中級Lv10はあるんだぞ?
つまりはかつて戦った合体ゴーレムと同等だ。
それでも確かに肉は欲しいな。ある程度食料は持ってきているが乾パンとか野菜だ。
肉類は現地調達予定だったがダンジョンに入ってから思い出した。
アンデッドばかりがうろついている『アンデッドダンジョン』だったんだよな迷宮部って。
まあ、山間部に出れば『ナマモノ』もいるので良かったよ。
「肉は貴重だもんな。それなら!!」
フリーダが雷糸回路でプチサラマンダーを網に引っかけるが……
「あ、そいつに拘束系はあんまりよくないぞ」
言った傍から『糸』による拘束を察知したプチサラマンダーが全身の穴から高熱ガスを噴き出し『糸』を焼き切った。
更にはこちらを敵と認識した様子で大きく息を吸い込むと高熱ガスを口から噴射した。
「シールドソング!!」
ナギが障壁を張ってガスの威力を減衰させる。
更に俺が『獅子の爪』を振るいその風でガスを巻き上げる。
「刃in縮傷ッッ!!」
セシルがプチサラマンダーの顔面に『ぶった斬りにぎりっ屁』を叩き込み決着した。
「相変わらず凄い威力だな、にぎりっ屁」
「ちょっとあなた、あたしの技を言うに事欠いて『にぎりっ屁』って相変わらず失礼ですね!!」
だって、どう見ても『にぎりっ屁』だからな。
「ホマ、煽らないようにねー。今のはちょっと失礼だよ」
「そうだぞ。流石に年頃の乙女の技に『にぎりっ屁』は無いだろ」
「あ、ああ……悪い」
何というか女性同士の結託が怖い。
さっきの恋バナ以降仲良くなってるよなこいつら。
まあ、フリーダは元々人と仲良くなるのが得意だが、セシルと仲が良くないナギに棘が無いというか……やっぱり恋バナって凄いのかな。
「それじゃあ、気を取り直して解体していきますか」
セシルは手袋を取り袖をまくるとプチサラマンダーの死体へと近づいて行く。
「おい、道具は……」
「あたしの二つ名忘れましたか?『斬滅』ですよ?能力を使えば解体くらいお手の物です」
セシルはしゃがみ込むと両手に斬撃の力を付与しながら器用にプチサラマンダーを血抜き、鱗を取って解体していく。
危険な高熱ガスについても最初にしっかりとガス抜きをしていたりと手慣れた様子だ。
解体に慣れている聖女ってどうかとは思うが時間がかかる作業をてきぱきとこなしてくれているのは助かる。
「聖女宮ではこの力で料理を手伝っていました」
「確かにセシルの料理は美味しかったからねー」
「皆さんそう言ってくれるのが嬉しくて色々やってたらそっちの腕は聖女の中では一番になってしまいました」
笑いながらセシルは肉を適当な大きさに切っていく。
その時だった。よろよろと岩陰からふくよかな体格をした二足歩行のドラゴンが姿を見せた。
「あれは『雲の巨竜』!血の匂いに釣られてきたのか!?」
こいつはこの山に住む上級モンスター。
先ほどのプチサラマンダーなどとは比べ物にならない程の強さを誇るやつだ。
「流石に相手が悪い。ここは撤退を……んんっ!?」
そこで巨竜が小刻みに震えている事に気づく。
そして間もなく、巨竜は大地に倒れ伏して動きを止めた。
「こいつ、既に『致命傷』を与えられている!?だがいったい誰が」
見れば巨竜の身体にはあちこち抉られたような跡が見られた。
「やれやれ、どうやら『巡り合えた』ようですね」
声のする方、壮年の男性がゆっくりとこちらへ歩いて来るのが見えた。
「セシル、あれって……」
「はい。『木彫りの聖女』です。フォルター・ツェン・ライト。聖女ランキング20位で現在唯一の男性聖女。まあ、枯れた感じのおじさんです」
なるほど。グレースが言っていた多様性とは彼の事か。
男性なのに聖女とか色々と情報がバグっているが多様性なら仕方ない。
それより問題は……
「確認だが、聖女ランキングは戦闘能力が加味されるんだよな?」
「そうですよ。癒しの力も重要ですけど基本的に戦闘能力がランキングの基準になっています。だからあたしは3番目に強いんですよ」
「確かナギも元3位だったよな?」
「うん。そうだけど?ホマ。どうしたの?」
ランキングを作った奴はどうかしているだろう。
何故ならこちらに歩みを進めるあの男だけど……どう考えても『20位じゃない』ぞ!?
纏っている気がおかしい。あれが戦闘能力20位でたまるものか。
「この山を越えて外敵が訪れることは『視えて』いました。ですがまさか、セシル殿が外敵を誘致してくるとは、意外でしたな」
「あんた、『視えた』って言ったな。どういう事だ?」
「私の二つ名は『木彫り』です。木彫りの中に未来を見出すことも可能なのですよ。国に害を為す敵がこの山を越えるという禍を彫り出しました。だから私はこうやってここへ来た」
「ライトさんはね、木彫りで色々占ったりできるの。どうやらそれでナギ達がこのルート使うのバレちゃったみたいだね」
マジで!?木彫り怖いな!!
いや、それよりも問題はこの人だ。
「ライトさん、国に害を為そうとしているのは『影の聖女』です。それにディズデモナ公爵は他国との戦争を引き起こそうとしているんです。あたし達はそれを止めに来たんです」
「それは知っている。だが、私にはこうするしかないんだ。悪いがここから先へ通すわけにはいかない」
「ライトさん!こっちに現役3位、そして元3位の聖女が居ます。他の2人だって負けないくらい強い。あなたでは……」
俺はセシルを制した。
「説得は無理だろう。あのオッサンの目には強い覚悟が宿っている。それに……あのオッサンはどう考えてもお前より強い」
「はい!?」
恐らく『雲の巨竜』を倒したのは彼だろう。
そう、ナギやセシルが知る彼は今まで『実力を隠して』いたんだ。
『ホマ、ちょっと気になる事があるの』
ナギが密かに『声』を飛ばしてきた。
それによるとライトはどちらかと言うと穏健派。それがこうやって迎撃に来るの違和感があるらしい。
更に、近くに彼を見張るように部隊が控えているらしい。何かきな臭いな。
俺はフリーダに『糸』による通信を支持してナギと3人で情報共有を行いある事を頼んだ。
ちなみにセシルを加えていないのは何か『やらかしそう』だったからだ。
「ライトって言ったな。俺達を通さないと言ったがそれはつまり、戦うって事だよな?」
「そう取っていただいて構いません」
ライトは両手をすり合わせて構えを取る。
武器は何も持っていない。だが、両手が『危険』なのはわかる。
「ライトさん、邪魔をするなら仕方ありません。戦闘不能になって貰いますよ!!」
セシルがライト目掛け走り出した。
あのバカ!やっぱりこの人の実力を勘違いしてやがる!!
「黒砕刃ッッ!!」
ライトに対し腕を突き出すが攻撃は右腕に弾かれる。
激突の瞬間に聞こえてきたのは金属同士の衝突音。
「丸刀ッッ!!」
右腕の先が丸められており、今度はそれを真っすぐにして貫手突が放たれる。
「平刀ッッ!!!」
突きがセシルの腹をかすめると同時に血が噴き出す。
「えっ!?」
「ああくそっ!世話が焼ける!!!」
俺はセシルの元へ走ると首根っこを掴んで後ろへ放り投げる。
同時に「獅子の爪」で追撃を受け止める。
激突と共に爪が一本破損してしまった。
なるほど。どうやらこれで『雲の巨竜』を抉ったのか。
直撃すればひとたまりも無いだろう。
そしてはっきりした。やはりこの男、実力を隠して生きている系統だ。
「くそっ、覚悟を決めるか!行くぞ、木彫りの聖女!!」
---------モンスター名鑑---------
プチサラマンダー
種族:ドラゴン系
体長:2m
危険度:中級Lv10
巨大なサンショウウオ。危険を感じると全身の穴や口から高熱ガスを噴射する。
肉は美味らしいが解体の際は残留しているガスに注意。
雲の巨竜
種族:鳥系
体長:14m
危険度:上級Lv8
山岳地帯に生息する巨大な二足歩行竜。
非常に獰猛かつタフなモンスターである。