第49話 王女の依頼
【ホマレ視点】
宿泊している宿屋の1階にある食堂。
そこで数人の護衛を連れてグレースとセシルが待っていた。
「おいおい、王女様がこんな所で堂々としていていいのか?」
まあ、ネットがある世界でも無いのでイリス王国の王女様の顔なんか知らない人も多いだろう。
ただ、万が一という事もあると思ってしまうのだが……
「大丈夫よ。私の命を狙おうとする者がいるなら正面から叩き潰すのみ、だから」
「あたしを含めて休暇でこの国に来ているメンバーの中では殿下が最も強いですからね」
まあ、そうだとは思うけど。
俺達はグレースたちの向かいに座る。
「さて、お兄ちゃ……いえ、あなたを呼んだのは他でもないわ。少しの間、ナギを貸してもらい……」
「断る!」
ピシっと言い放った俺の言葉にグレースは眉のあたりで嫌な線を刻んだ。
「で、殿下!ちょっとあなた、殿下が頼んでいるというのにその態度は」
「拒否権はあるはずだ。そもそも、ナギはモノじゃないぞ」
「そ、それは言葉のあやというものです!!」
「うーん、ナギはホマのモノでもいいんだけどねー」
ちょっと嬉しい事を言ってくれるけど今この場で言うとややこしくなるぞ?
「そ、そうだな。わ、わたしだってその……」
頬を赤く染めてフリーダも呟く。
ヤバイ!恥ずかしいから。俺にまで赤いの伝染するからな!?
「何か3人の間に甘ったるい空気が流れてませんか?」
「…………そうね。私としたことが、失礼な事を言ってしまったわね。やっぱりお兄ちゃんにはかなわないわね。ごめんなんさい」
立ち上がったグレースは俺達に深く頭を下げ謝罪する。うん、いとこの王女様は出来る子みたいだ。
「で、殿下。そんな頭を下げるなんて」
とりあえずぶった斬り聖女も少しは見習ってほしいものだな。
「悪い事をしたら頭を下げる。それは当然の事よ」
素晴らしい心がけだがふと気づく。グレースは自分のお尻を押さえていた。
そのしぐさを見て、ある記憶が甦る。
実はグレースと初めて出会った時、ウチの家長であるアンママも葬儀に招かれていた。
あの段階でアンママは世界的な魔導士のひとりになっておりイリス王国とも交流があったからな。
まあ、そういうわけなのだがアンママを見たグレースはあろうことか『平民』としてアンママを公然と差別してしまった。
あの頃のグレースは生意気王女だったからな。
あの時の光景は思い出しただけでも未だに胆が冷える。
大国の王女のお尻を叩きながら説教するアンママ。近衛兵が止めようとするも全員一撃で叩きのめされていた。
下手をすれば戦争になりかけた事件だが結果としてお咎めは無かったしわがままグレースはしっかり躾をされたわけだしな。多分、あの時の記憶は深く刻まれているのだろう。
更にあの時、イリス王国に領土侵入を繰り返していた騎馬民族が王都に迫っていたわけだがアンママは『故人に失礼』と騎馬民族の大軍を魔法で一掃。
そのままボロボロになった族長などを葬儀に無理やり参列させるというとんでもない事をやらかしていた。
以後、騎馬民族は完全に戦意を喪失。イリス王国へちょっかいを掛けるのを止めて離散。一部はアンママに臣従を誓いナダ共和国に住み着きその傘下となっていた。
この出来事によりイリス王国内でのアンママに対する脅威度認識は更に跳ね上がった。結果としてアンママの存在は現代地球でいう所の『核保有』みたいな扱いになったんだよな。要するに『抑止力』だ。
『ナダ共和国にはとんでもなくヤバイ魔導士が居るからちょっかいを掛けるのは止めておこう』って感じだ。うん、ウチの親とんでもねぇな。
「あの、それで改めて言い方を変えて頼みたいのだけれど……『ナギの力』を貸して欲しいの。今回だけ!」
ナギの方を見ると小さく嘆息していた。
「まー、一応聞くだけ聞いてあげよっか」
まあ、本人がそう言うならいいか。
「聞くだけ聞こう」
「ありがとう。実は、近くで災禍獣の出現を確認したの。この意味、ナギならわかるわよね?」
「あー、そんな事だろうと思ったよ。はああ……めんどくさいなぁ」
ナギは露骨に嫌な顔をして深いため息をついていた。
「なっ、ナギ!あなた、災禍獣との戦いは聖女の義務でしょう!自覚あるんですか!?」
セシルからの猛抗議にナギは更なるため息をつく。
「はあ……、はああ……、ナギさ、キミのそういうところ嫌いだったんだよね」
「なっ、言うに事欠いて!?」
「まあ、義務だのなんだの上から押さえつけられる様に言われたら確かにちょっとうっとおしいよな」
同意するフリーダにセシルは口を開けて呆然としてしまっていた。
まあ、本音で語り合って仲良くなっている二人だからな。
オブラートに包むのは難しいかもしれない。
「というか災禍獣って何だよ?」
当然とも言えるフリーダの質問にセシルが眉を吊り上げて答える。
「そ、それについては一般人は知らなくていい情報ですから!!」
「ふーん。まあ、あんたはどうせそうだろうと別に期待してないからいいけどね。それで、ホマレは知ってるか?」
「なっ!?」
「ああ。『特殊個体』の一種だけどその発生は謎に包まれているモンスターの一種だよな?」
「ちょっ!?国家機密なのに何で知ってるんですか!!?」
「いやだって、それって特級クラス以上の冒険者なら知ってることだぞ?一応『元特級』なんでな」
今はやり直してるから中級なんだがこんな感じなので俺は結構事情通だったりする。
「ああ、なるほどな。ヤバいモンスターって事か」
「ヤバいって……」
「中々ざっくりしているがその認識は間違いじゃない。非常に獰猛でどんな生物にも躊躇なく襲い掛かるんだ。そしてもうひとつ、異常なタフネスを誇るのも大きな特徴だ。研究によると強いマイナスのエネルギーで障壁なものを張っていることが原因らしい。それで、そんな災禍獣に対して特効があるのが聖女の力ってわけだ」
「聖女の力は強いプラスの力から生まれているわ。私の場合は『国を守る』という想い。ナギの場合は恐らく、お兄ちゃんへの『愛情』だったのね」
「そうだね。今思ったらそうかもねー。ナギ、ホマのおかげでもう一度前を向こうって思ったわけだし」
確かにナギが聖女の力に目覚めた時期は恋愛感情に目覚め俺を連れ回していた時期だ。
ふと、セシルが目を伏せているのに気づく。
何だろう。俺が災禍獣の事を知っているのが余程ショックだったのか?それとも他に何か……
「まあ、災禍獣は確かに放ってはおけないよな。よし、それじゃあ俺達も同行させてもらおうか」
実はフリーダの『糸』とナギの『声』を駆使して俺達の間ではこっそりと話がついていた。
名付けて『糸電話通信』。
「そうだねー、ホマ達が一緒ならナギもギリ協力できるかな」
「なっ、待ってください。災禍獣は普通の冒険者じゃ相手にならないんですよ!?」
慌てるセシルだが俺の糸を察したフリーダが口を挟む。
「『普通』の冒険者は、だろ?残念だけどわたし達は『普通じゃない』集まりだからな。それに、ナギが危険な場所に行くのにわたし達だけ待ってるのは無理な話だよ」
「…………確かに、あなたは私の斬撃を『跳ね返し』ましたからね。それに、ホマレさんもただものでは無い様ですし。でも……殿下どうしましょうか?」
困惑した表情でグレースに助けを求めるセシルだったが……
「あのお兄ちゃんと災禍獣退治……そ、そんなの無茶苦茶興奮するじゃない!!」
「で、殿下!?鼻血ッ!鼻血が出ています!!!」
うん、決定だな。
かくして俺達は災禍獣討伐に参加する事となった。
QUEST6
災禍獣の討伐。
ランクA
報酬:未定