第47話 お願い
【ホマレ視点】
晴れてナギとも恋人関係になり3人で居られるようになった数時間後。
俺達はウィグホーケン市内にある『ハナ食堂』というレストランに居た。
ここは水路からしか入れないタイプの飲食店。
中央でも有名な店だが店主の気まぐれでしか開いていないのだがこの度、特別に開いて貰っていた。
紹介してくれたのは何と先ほどゴンドラウミウシに乗せてくれたヒロじいさん。
というか彼がこの店のシェフだった。店名は亡くなった彼の奥さんに由来するらしい。
ゴンドラウミウシのテイマーであり、一流の冒険者であり、そしてシェフでもある。
さり気なくとんでもない人じゃないか。やっぱりフリーダの『糸』は半端ないな。
「なぁ、ホマレ。すっごく素朴な疑問なんだけどさ……何で『あの人達』も居るんだ?」
フリーダの指さした先。
そこには先ほどまで敵対していた『斬滅の聖女』と『炎刃の聖女』の姿があった。
「殿下。バクレツダイの酒蒸し、美味しいですよ。いかかですか?」
「ありがとう、セシル。オイリーエスカルゴのスープもギトギトしているかと思いきやあっさりしているわね」
こんな感じで普通についてきて食事をしている。どうやらお腹が空いていたらしい。
護衛兵士たちは離れたテーブルで食事をしているが、いいのか?護衛の割には酒とか飲んでいる気がするぞ?大丈夫かイリス王国!?
まあ、あれだよ。和解したならこうやって同じ食卓を囲むのが一番なんだけどな。
アリス姉さんとアスカさんもそんな感じで仲良くなったらしいし。
「まあ、敵意が無いならいいんじゃないか。うん」
「そ、そういうものなんだ。大丈夫かな……」
「それにしてもあんな殿下見るの、ナギ初めてだよ。何よりもホマのいとこってのがさ」
そりゃ、一国の王女といとこって中々無いからな。
「まあ、俺も会ったのはあいつが子どもの時だけどな」
イリス王国の前国王、おふくろの父親であり俺から見ると祖父さんにあたる人が亡くなった時に葬儀におふくろは親父と俺、そしてアリス姉さんを連れてこっそり帰国した。
その時に紹介されたのが『グレース』ことグレーシス第1王女だ。
彼女は随分と俺達に懐いており、萌えないにせよ可愛い妹みたいなものだったな。
まさかあの時の出会いがここで役に立つとは。何があるかわからないな、人生って。
「まあ、さっきから散々話してるけどさ。そういうわけでナギを連れて帰るのは諦めてくれないかな。頼むよ」
「本来なら国の貴重な戦力である聖女の脱退を許すなんてありえない事だわ。ただ、今回この国を訪れた理由は休暇ともうひとつ別の用事だったからナギを見つけたのは偶然だしね。その、お兄ちゃんが諦めろって言うのなら……仕方ないわね。ナギの事は諦めるわ」
「ええっ!?殿下、いいんですか!?」
「だって、ナギを無理やり連れて帰ったりしたら……お兄ちゃん悲しむだろうし。仕方無いわ」
「で、殿下……………」
よしよし、わかってくれて良かった。
王女様のお墨付きなら斬滅ちゃんも文句は言えないよな。
「何かさ、あの人ってシスコンのあんたと対照的にブラコンの気質がありそうなんだけど……」
「だねー。まあ、殿下ってひとりっ子なんだよね。多分、幼い頃に遊んでくれた親戚のお兄ちゃん大好き!的な奴じゃない?あんな一面があるなんてナギもびっくりだよ」
そうなのか?俺にとってはあの姿の方がデフォルトなんだけどな。
よくわからんが話がまとまってくれて助かった。
「まあ、似たような性質なのはほら、親戚だからさ」
「いや。あんたの場合は普段からシスコン全開だけどあっちは多分普段は普通だろ?対照的ってやつだよ」
「まあ、親戚っぽいのは確かにそうだよねー。さっき戦闘になりかけた時の圧力ってアリシーのキレた時に似てたし」
あー、確かにアリス姉さんキレたら怖いからな。
ていうかシスコン全開であることをディスってるが姉や妹は本当に素晴らしいんだぞ?
まあ、これからは多少抑えた方が良さそうだけどな。
姉や妹も大事だが……そう、同じくらい彼女たちも大事な存在になったんだからな。
「そう言えば、アリスお姉ちゃんは元気にしているのかしら?また会いたいものね。滞在を少し伸ばして中央へ寄ってみようかしら」
「姉さんなら結婚して遠くに引っ越したぞ。子どもも生まれた」
「えっ…………ってうぇぇぇぇぇぇっ!!?」
「で、殿下落ち着いてください。ほら、お水です」
斬滅女に水を渡され飲み干しむせる。
昔からそうだけど微妙にポンコツくさいところがあるな。
それでも聖女としては最強らしいから一応凄いのだろう。
まあ、俺にとってはやっぱりおチビちゃんな『グレース』なんだがな。
「はぁ、お、驚いたわ。そうよね。時間が経てば色々と変わるものよね……」
グレースはナギの方を見る。
「それにしてもまさかナギがお兄ちゃんの事を好きだったなんてね。聖女宮では全然そんな事話してくれなかったから驚いたわ」
「別に話すことじゃないからねー。ていうか、気軽に話せる相手じゃないし」
「私ってそんな威圧的だったかしら?普通にしてただけなのに……」
思うに気が張り詰めているとかで威圧的に見えたたんだろうな。
実際は割と気さくな性格だ。まあ、後は王女様でもあるしな。
更に言えば失念しがちだがナギは基本人間不信だ。
俺達とは普通に話をしているので気づきにくいが、心を開いた相手以外とはあまり話をしない。
彼女なりに抱えている心の傷があるからな。
セシルもグレースもあだ名で呼ばれていない辺り、ふたりには心を開かなかったのだろうな。
「まあ、少なくともあの時はフラれた直後だったし」
「ホマレも困った奴だな。こんな素敵なお姉さんをフるなんてさ」
「あのな、フリーダ。あの時もし俺がナギと結ばれていたら色々と歴史は変わって恐らくお前との恋愛は無かったぞ?」
フリーダは目を見開き、口元に手を当て呟く。
「そ、そりゃそうだな。つまりこれも『流れ』って事か」
まあ、そういう事になるな。
「ナギはあの時フラれて正解だったと思うよ。悔しかったけど、おかげでフィリーに出会えたからねー。それに、ナギひとりじゃ上手くいかなかった可能性もあるしね」
「ナギぃ、あんたって奴は!ぐすっ……」
うん。仲が良くてよろしい。
若干依存しあっている気もするがそれはウチの母親達もそうだからな。
何だかんだで上手くやっていけそうだ。
「まあ、でもあの時は本当に恥をかかせたて悪かったよ。これからしっかりと埋め合わせが必要だな」
そう、これからは新しく3人で思い出を作って行かないとな。
「うーん、今の聞いた、フィリー?」
「え?聞いたけど……埋め合わせしなきゃって」
「それじゃあ、さっそくお願いしないとだね」
おいおい、早速かよ。
まあ、ナギがこうやって積極的になる事でフリーダも刺激を受けるからいい感じに物事が進んでいくんだよな。いいコンビだと思う。
「ははっ、まあ俺に聞いてやれることなら何でもするよ。お手柔らかにな」
「えーとね…………」
ナギは特定の人、今回は俺にしか聞こえない様に『声』を飛ばして来る。
その内容は……
『あの時の続き。今度はフィリーも一緒にね』
その言葉に俺の時間が停止した。
9,8,7,6,5,4,3,2,1……よし、時は動き出した。
あまりの衝撃に9秒も時間が停止していたじゃあないか。
えーと、ナギさん。今ですねぇ、さらっととんでもない『お願い』が来たんですけど……気のせいじゃないよな?
あれだよな。『あの時』ってそうだよな?
俺にとって大きなターニングポイントになりかけた『あの時』を指すよな?間違いなくだよな。
母親に似た笑みを浮かべペロっと舌を出す年上元聖女。一方で年下村娘は顔を真っ赤にして俯いていた。
ま、まさか!こいつ、フリーダにも『声』を送ってたな!?
「ナギ、えっと、それってその……あぅ、あぅぅぅ」
間違いない。俺が聞いたのと同じ内容、もしくは全くオブラートに包んでいない過激な情報を送ってやがる。
あのなぁ、そのお願いは刺激が強すぎるんだよ。俺にもフリーダにも!!
「本当に3人とも仲がいいのね。だけどナギがする『お願い』ってどんなものかしら?少し興味があるわね」
一方でグレースは興味津々な様子でこちらを見て笑っている。
すいません、ちょっと王女様にはちょっとお伝え出来ない内容です。
言えば隣に居るぶった斬り聖女が『殿下に何てことを聞かせるんですか!』って暴れそうだし、何より俺が恥ずかしい。
「えへへ、それは殿下には内緒なんだよね」
そう、内緒。内緒なんだよな。
一国の王女とは言え、流石になぁ。
「残念ね。と、言いたいところだけど私くらいになると大体想像つくわ。何せもう子どもじゃないんですもの。17歳よ、私?」
何ですと!?
グレースったらいつの間にそんなおませさんに!?
これはもはや『おませ聖女』ではないか!!
「ナギはコーヒーが好きだったからね。そうね、高級なガジェラ産の豆をねだるとかじゃないかと睨んでいるわ」
いや、全然違うけどね。
「よし、それでいこう。グレースはそう思っててくれ。うん、解決!」
「ふふっ、やはりね。まあ、私くらい知見が豊かだとわかるものなのよね」
良かった。意外にポンコツで助かった。
結局答えも何も言ってないのに勝手に勘違いしてくれた助かった。
『あはは、あたふたしてるホマってやっぱりかわいいなぁ。キュンキュンするんだよね』
チクショウ、完全に掌で転がされてるぞ?
こいつは苦労しそうだ。だけど、それもまた楽しいんだがな。
「ウィーック、楽しそうで何よりじゃな。やっぱり『チャブーダの広場』に連れて行ったのは正解だった様じゃな」
店の奥からヒロじいさんが顔を見せた。
既に出来上がっているよな、これ。
「ああ。あんたのおかげで上手くいったよ。しかもこんなごちそうまで作ってくれて何てお礼を言えば良いか」
「なーに、これも『めぐり合わせ』。何よりも、たんまりもらった『酒代の恩』じゃよ」
この人、どんだけ酒好きなんだよ。
ていうか渡した額の数倍分は色々してもらってるんだけど。
「あー、そうじゃちょっとこっちに」
ヒロじいさんに促されて俺は傍による。
じいさんは耳元でそっと囁いた。
「とりあえず、精がつくメニューを用意するからの。まあ、頑張りなさい」
えぇぇぇっ!?何か色々と察してくれてる!?
ちょっと恥ずかしい。いや、凄く恥ずかしい。
『ってことでお願いの方、よろしくねー』
「のぁぁぁぁっ!?」
「いやぁ、若いというのはいいもんじゃなぁ」
いやいや、それにしたって難易度が爆上がりしていないか!?
俺、『童貞』なのにぃぃぃ!?