第39話 シスコン男攻略中
【ホマレ視点】
おふくろの襲撃事件から1年近くが経過した。
暦は7月である紅馬の節となっていた。
親父とおふくろ、アンママが出会ったのもこの節らしく決まってその時の話が話題に挙がる。
まあ、転生直後からワイルドな人だったみたいだ。『クマと素手で渡り合う』とかさ。
「おはよう。コーヒーだぞ」
「ああ、ありがとうな…………ってまたその服着てるのかよ」
メイド服を着たじゃじゃ馬に礼を言いながら淹れてもらったコーヒーを口にする。うん、美味いな。
「何かリゼットさんはもう着ないらしいから貰ったんだよ。それに、あんたこういうの好きそうだしな」
「いや、何でそうなるんだよ」
と言いつつ実の所、チラチラ見てるんだけどな。
その、尻のラインとかがな。つくづく俺は親父に似てきていると感じてしまう。
前世の記憶がどうのとかを気にしていたのが馬鹿みたいに親父と好みが一致してきている。
おふくろ達によると親父はかなりの『尻フェチ』らしい。
そして、俺もその気があると最近自覚し始めた。
「ナギが言ってた。きっとあんたはメイド服とか好きだろうってな」
「あいつ何て事を……まあ、その……好きと言えば好きだし……似合ってて凄く可愛いと思うけどさ。それにまあ、お前が着てるもんだしな……」
今はこいつとナギの3人でパーティを組んで色々なクエストに出かけている。
何だかんだでチートに近い能力を持っている3人なのでランクもぐんぐん上がって行き今は全員1等中級冒険者にまでランクアップしている。
「そ、そうか。あ、ありがとう」
俺の言葉にフリーダは顔を真っ赤にしてリビングから去って行った。
「兄ちゃんさー、またフリーダちゃんに恥ずかしい事言って困らせてるんじゃないの?たらしだなぁ」
メールが呆れた顔をしながらやってくる。
仕方ないだろ。前世でも彼女なんかいなかったしチートスキルで無双していた頃は放っておいても女が寄ってくる状態だったんだ。
だから実質的に恋愛をしたのは初めて。正直、どれくらいのレベルの言葉を掛ければいいかなんか検討がつかない。
メールの反応からわかったのはどうやら今の言葉は年下彼女にクリティカルヒットしたという事だ。
「いやいや、『また』とか『たらし』とか人聞きが悪い。俺は素直に自分の恋人をを褒めているだけで……」
「あのさ、そこが『たらし』なんだよね。まあ、兄ちゃんには言ったってわからないか」
そういうものかな。
相変わらず姉や妹達は俺にとって愛する存在だ。
ただ、その中でフリーダの『存在』が大きくなって行っているのは確か。
やっぱりおふくろを必死に助けてくれたのは大きな機会になったと思う。
それなりに恋人らしいこともしている。その、キッスとか。
かつてやらかした突発的なやつじゃなくてきちんとしたやつだ。
別に姉妹達と結ばれないからそっちにシフトしたわけじゃなくて素直に『好き』という感情が芽生えていると思う。自分でもこの変化には驚きだ。
但し当方、前世と合わせて40年くらい生きている事になるがその実態は『童貞』。
女性の扱いはイマイチわかっていないので結構慎重に動いている。
「本当に変わりましたわね、お兄さま。まあ、シスコンは相変わらずですけど。フリーダさんとの関係も良好な事ですしこの際卒業されてはどうでしょうか?」
末妹も俺の変化に驚いていた。
「いやいや、それが無くなると俺はアイデンティを失ってしまうじゃないか」
「シスコンがアイデンティティというのも考え物だと思うのですが……」
「そうだリム。お前この前、メガネをかけた優男と歩いていたのを見たぞ!?誰だあいつは?まさか彼氏か?彼氏が出来たのか!?」
「いや、その……私の研究を手伝ってくださっている『同志』みたいな方ですわ。はぁ、見られてましたか。面倒くさいですわね」
面倒くさい!?
あの『兄様~』って言いながら俺の後ろをついて来ていたリムが『面倒くさい』だと!?
「ああっ、妹が反抗期だぁ。兄は悲しいぞぉぉぉ…………」
「ガチ泣きしてるし……兄ちゃんかっこ悪い」
「よしよーし、ホマぁ、泣いていいからねー」
横から元聖女が俺の頭を撫で慰めてくれている。
「ありがとうなナギ……ってお前いつの間に?ていうか何をしれっとウチで朝食食べてるんだ?お前、実家あるだろ!?そして普通にお前の分も朝食が用意してあるのはどういう事だ?」
「だってさー、ここのご飯美味しいもん。ちゃんと予め『声』を飛ばして予約してるんだよー?」
いや、ウチはモーニングやってる店じゃ無いからな。
こんな感じで割とこいつはウチに入り浸っている。
「ナギはあんたと違ってちゃんと洗い物なんか手伝ってくれてるしな?それにさ、どうせクエスト行くときに合流するんだ。早くていいじゃないか」
着替えたフリーダが席に着いて朝食を摂り始めた。
なるほど、それは確かに一理あるな。
俺とフリーダ、そしてナギのやり取りを眺めていたリムがぽつりと呟く。
「何だかこの状況、そこはかとない不安があるんですけど……いえ、気にしてはいけませんね」
不安?
愛しの妹は何を言っているのだろうか?
「ところでリム、さっきの質問だけどあの男、本当にただの『同志』か?隠れて付き合ってるとかじゃないのか!?」
「はぁ、ナギさん。こう言うの何て言うんでしたっけ?」
「ウザイ~だね」
「なるほど。兄がウザイ~、ですね」
こいつ!俺の大事な妹に何て言葉を教えるんだ!?
「ああっ!妹が、妹がそんな言葉を!?でもちょっとギャルなリムもそれはそれで可愛い!新たな発見だ。ありがとう、ナギ」
「キミ、そこは本当にブレないよね……」
□
【フリーダ視点】
食後の洗い物はわたしとナギが引き受ける。
ナギは『声』を微弱な振動に変えて皿に当てて汚れを落とす技を習得しているので物凄く捗る。
洗い物を終えた私たちはリビングで待つホマレの元へ行く。
わたしが隣に座ったらナギはその反対側。お決まりのポジションだ。
「ねー、今日はどんなクエスト行く?」
「ぞれなんだがおふくろから頼まれている依頼があってな。それでヴェラザノまで遠出しようかと思うんだがどうだろう?」
「リゼットさんの?そりゃ是非とも引き受けないといけないな」
「ヴェラザノかぁ。あそこは海の幸が美味しいよ?後、郡都の水上都市ウィグホーケンは美味しいお菓子も色々あるし」
「あのなぁ、ナギ。今回行くのはヴェラザノ海岸の方だ。郡都に寄る用事なんかは……」
そこでナギがボソッと呟いた。
「リリィ、あそこのお菓子好きだよね?」
「よし。依頼を終えたら観光もするぞ!ナギ、ナイス提案だ!!」
「早っ!手のひら返し早っ!!」
まあ、確かに『わたし達』にとってはナイスアシストなんだよな。
そんなやり取りをしているわたし達の傍を洗濯もの干しを終えたメイシーさんが通りかかる。
メイシーさんはわたし達の様子を見て肩をすくめた。
「やっぱり、親子ですね」
「え?メイママ、急にどうしたんだ?」
「無自覚な所もまた似てますね……本当に。これからが楽しみですよ。リゼットの反応も含めてね」
苦笑しながらメイシーさんはリビングから去って行った。まあ、何となく気づいてるよな。
ホマレは何のことかと首を傾げている。時々鈍いんだよな、こいつ。
わたしがナギの方に視線をやるとナギも苦笑していた。
1年近く経ち、わたしとホマレの関係は着実に進んできている。
だけど『それじゃあ足りない』んだよな。わたし達が目指している関係にはまだ少し『足りない』。
このシスコンの『攻略』には数手足りないんだよな。
「よし!それじゃあ行くか、ウィグホーケン!!」
「こら、ホマレ。目的変わってるぞ!!」