第38話 提案
【フリーダ視点】
リゼットさん襲撃事件から翌日。
わたしはリムさんと夕食の支度をしていた。
現場にあった血は掃除されているが目を凝らせばわずかに跡が見える。
本当に、助かったのが奇跡だと思う。
とりあえずリゼットさんはしばらくまともに動けないので夕食はわたし達が担当している。
それ自体は何の問題もない。レム家の子ども達は基本的にある程度料理が出来る。
ただ、ある『問題』がわたし達の心を揺らしていた。
それは襲撃事件の翌朝、わたしとナギ、そしてレム家の子ども達全員が集められた中で告げられた事実について、だ。
「あの、お兄さまの事なんですけど……」
「あ、うん……」
「その……」
リムさんは言い淀む。
わかっている。
「ホマレが、転生者だったって事ですよね」
「ええ……」
ホマレが転生者と告げられわたしはひっくり返りそうになった。
リムさんも同じらしく思い悩んでいるらしい。
「ねーねー、何で2人ともそんな悩んでるの?」
わたし達の背後で椅子に座ってシャリシャリとリンゴをかじっているメールさんが首を傾げる。
「だって複雑じゃないですか。まさか自分の兄が元は別世界の人間で、転生してきた存在だったなんて……」
「何で?ホマレ兄ちゃんはホマレ兄ちゃんじゃん」
「いや、そうですが……」
リムさんは視線を落とす。
「あのね、リム、それにフリーダちゃん。そもそもだけどさ、転生の概念は女神教にもあるじゃん。前世の記憶があるか無いかって違いであたし達だって誰かの転生した姿かもしれない。そうやって人は繋がって行くって教典にも書いてるよ?」
つらつらと『転生』に関する教えを語るメールさんにわたし達は唖然となって顔を見合わせた。
え?今話をしているのって……メールさんだよな?
頭で考えるよりも体が先に動いちゃうタイプの『あの』メールさん。
「あれ?二人ともどうしたの?」
リムさんは姉に近づいきその頬をつねり上げた。
「痛っ!何するの!?」
「いや、あなたがあまりにも理性的な事をおっしゃるのでまさか偽物では無いかと思わず」
「失礼だな!あたしだって教会くらい行くし、教典だって読むよ?」
え、嘘!?
絶対そんな事しないと思ってた。
何か教会に行っても居眠りしていそうだし。そもそも活字を読むことが驚きなんだけど!?
「いや、それ自体が意外だなーって」
「ちょっとあたしの事なんだと思ってるのさ!!」
メールさんが頬を膨らませ怒る。
あっ、何か可愛い。
「メールはウチで一番信仰心の厚い子だからね」
言いながらアリスさんがキッチンに入って来た。
そうなんだ。結構意外なんだけどな。
「よくリリィ姉と教会に行ってたもんね、メール」
「そうだよ。クエストに行く際は必ず教会で無事をお祈りしてから行くしさ」
いやいや、それ本当に意外過ぎるんだけど!?
え、メールさんそんな事してたの!?
「一方のリムは信仰心薄いよね。教会にも全然行かないし」
「だって、教会の雰囲気とか苦手なのです。何かそわそわするというか」
こっちはこっちで意外なんだよなぁ。
むしろリムさんの方がお祈りしている姿が似合うのに。
「アリスさん。その、ホマレの事、どう思ってるんですか?」
「え、ボク?そうだなぁ、ちょっと驚いたけどさ。『まあ、そういう事もあるか』って感じかな?転生者だろうが何だろうが一緒に育ってきた弟だしさ。ケイト姉やリリィ姉も概ね似たような感想だと思うよ?」
「気になっているのは私だけなんですね……」
リムさんが苦笑する。
大丈夫、わたしも複雑な気持ちだから。
「まあ、受け取り方は人それぞれだからね。大切なのは何があってもボク達は『家族』って事。それだけで十分だよ。まあ、ただこれでひとつはっきりしたことがあるけどね」
「はっきりした事?何でしょうか?」
「あの子が重度のシスコンなのはボク達の鬼可愛がりと前世の経験の反動だって事だよ。いやだって、弟とか本当に可愛くてたまらなくてさ。ケイト姉とリリィ姉と3人でお世話するの取り合ってたからね。はぁ、もう少し抑えてたらあそこまで重症化しなかったかもしれない」
アリスさんが口をへの字に曲げた。
リムさんも肩を落とし嘆息。
「確かにそうかも……はぁ、そうですよね。前世の記憶があろうがあの人は超絶シスコンな私達の兄ですね。何だか悩んでいるのが馬鹿らしくなってきました」
「そうそう。悩んだって疲れるだけだしね。まあ、シスコンな所は考え物だよね。今は彼女いるわけだし」
メールさんはわたしに目配せをしてくる。
何だろう。今まで気づかなかったけどこの人、何も考えていない様で結構広く見てるな。
やっぱり『お姉さん』ってことなのかな。何だか意外だ。
「フリーダちゃん、あの通り重度のシスコンでバカな弟だけどよろしくね」
「ははは、時々自信無くす時はあるけど……まあ、頑張ります」
□
それから1週間。
ホマレは休職していた職場に用があると出て行きわたしは留守番だった。
反動が無くなって動けるようになったリゼットさんはキッチンに立つようになった。
自分が刺された場所だっていうのに中々メンタルが強いな。『まあ、どうしてもダメならキッチンを改装するし』と笑っていた。
アリスさんが心配して傍について手伝おうとして『ダメダメ、無理しないの』とか言われてて、何か仲の良い親子だな。
わたしは洗濯もの干しをしていた。
ホマレが転生者だったという事実をこの家族は割とあっさり受け入れた。
やっぱり長年一緒に暮らしてきただけはあるんだな。
かく言うわたしも受け入れてはいる。
まあ、やっぱり何だかんだ言っても自分が惚れた男なわけだし。
ただ気になるのは『ナギ』だ。
ホマレの真実を聞いて以来ナギは姿を見せていない。
ナギにとっては自分と同じ世界の出身者。思う所は色々あるのかな。
もしかしてどこかに行っちゃったとかなのかな。
「ナギとの旅、楽しかったんだけどな」
「そうだねー。ナギも楽しかったよね」
「うんうん。。また一緒に行ってみたいな」
「あはは、どうしたのフィリー。ナギに惚れちゃった?」
「あー、そう言う見方も出来るな……って………んんっ!?」
振り向くとナギが庭に置かれた椅子に腰かけて笑っていた。
「ナギ!?あんた、しばらく見てなかったけど、どうしてたんだよ!?」
「えー?何か力使い過ぎて疲れちゃったから実家でダラダラしてたよー?」
何だそりゃ……
「ねぇ、フィリー。正直に言うね。ナギはホマの事、やっぱり好きだな。何か転生者だって聞いてますます親近感湧いちゃったしさ」
「そ、そうなんだ」
「でも安心して。フィリーから横取りする気は無いから。ナギはふたりの事、応援するからさ。だってフィリーの事も好きだからね。だからさ、お姉さんとしてナギが色々サポートしてあげようって思うよ」
ナギが、わたし達を応援してくれる……
「まあ、そうでもしないとあのシスコンだから下手すればフィリーがホマに愛想尽かしちゃうかもしれないよね。それにフィリーは結構奥手だし」
「あ、ありがとう。でも…………いいのか?だって」
「言ったじゃん。ナギはふたりとも好きだからさ。本当だよ?だからさ……」
笑顔。
だけど何だか辛そうな笑みだった。
「ナギ。その……お願いっていうか、提案があるんだけど……」
自然と頭に浮かんだことがある。
わたしは、それをナギに伝えた。
「ふたりで、あいつを、あのシスコンを『攻略』しないか?」
短いですが5章が終了です。
次話からは6章がスタートします。