第33話 この幸せがずっと続きますように
【ホマレ視点】
デュランダルに変身した俺はフリーダとナギを抱え高速飛行でノウムベリアーノへと向かう。
流石に飛行しながら市街地に入るわけにはいかないので少し離れた位置に着地し、変身解除するとそこから走って市街地へ。
市街地に入ると同時にナギが黒雷イチゴを食べて回復させていた能力をフル活用して街全体にレーダーマップを展開。リリィ姉さんを捜索してくれた。
「リリィを見つけたよ。えーと、何だろう。フォンティ地区?」
「ああ、リリィさんはその地区に住んでいるんだよ」
余裕が無い俺に代わってフリーダが説明してくれていた。
フォンティはノウムベリアーノでは2番目に人口が多い地区だ。
中流階級の家が多く治安も良い。
「一応だけど他の子達も居場所を捜索しておくね」
捜索を始めたナギだが一瞬で表情が強張るのを確認できた。
「ナギ、どうしたんだ!?」
「いや、でもそんな……」
「いいから答えろって!リリィさんに何かあったのか!?」
「リリィの傍に、一人いるの。ホマのきょうだいが」
聞こえてきた言葉に背筋が凍り付くのを感じた。
まさか本当に誰かがリリィ姉さんの命を狙っている?
「しかもそれって……その、アリシーなんだよね」
「なっ!?」
レーギュラン・レム・アリソン。
俺と母親が同じである3つ上の姉で、冒険者ギルドの職員と結婚してここからかなり遠いアスコーナ郡コランチェへと夢入りした人。
どうやら今、リリィ姉さんの傍に居るのは遠方へ嫁いでいった筈のアリス姉さんらしい。
クダンの予言が思い出される。『血を分けた者』。
他の姉や妹達も血を分けた者だがアリス姉さんと俺は母親が同じだ。
つまり、他のきょうだいより条件に当てはまる。
だけど……だけどそんなバカな事がある筈がない。
アリス姉さんに限ってそんな事はある筈がない。
同じ日に生まれた3人の姉さん達の絆はきょうだいの中でも特に強い。
だから……
「ホマレ!今はリリィさんの元へ急ぐことだけ考えるんだ!!」
「あ、ああ!」
アリス姉さん。頼むから、勘違いであってくれよ
□
「姉さんっ!!」
リリィ姉さん家の扉を蹴破り中に入った俺が目にしたもの。
それは包丁を持って立つアリス姉さんだった。
嘘だろ、まさか本当にアリス姉さんが……
「うえぇぇっ!?ど、泥棒!?っていうかホマレ!!?」
「ちょっと、ホマレ!あんた何でウチの扉を蹴破ってるのよ!何?シスコンが新しいステージに移行したとか!?幾ら可愛い弟でも流石にこれは怒るわよ!!」
予想に反して姉二人の様子はいつもと同じだった。
不穏な空気など全く感じない。
「いや、えっとその……えーと」
「まさかホマレ、ボクが帰って来たのに気づいて突撃してきたんじゃ」
「あー、それは有りうるわね。『姉さんの臭いがするぅ』とか言って嬉しくなって飛んで来たとか」
「いや、犬じゃないんだからさ……あぁ、でも否定できないなぁ」
いや、流石に犬並みの嗅覚は無いよ。
まあ、十数メートル範囲なら姉さん達の臭いはかぎ分けられるけどさ。
「えっと、その包丁は……」
「うぇ?ああ、リリィ姉があっちの料理教えて欲しいって言ったから自分の包丁を出したんだよ。やっぱり刃物持ってると落ち着くんだよね」
物騒な事を言っているが元剣聖だからな、この人。
「というかね。扉をこんな風にしちゃって!いくらあんたでも修理費は請求するよ?それに今の音でヒイナが目を覚ましちゃうじゃない」
リリィ姉さんはベビーベッドの我が子を気にするが心配に反して姪っ子はきゃっきゃっと笑っていた。
流石は姉さんの娘だ。血はしっかり受け継がれている様だ。
「ホマレ、大丈夫だったか!?」
「ホマ、大丈夫!?」
そして遅れてフリーダとナギが家に飛び込んできたことによって新たな混乱が生じた。
「うえっ?ナギちゃん!?何でここに?」
「ちょっと、何でナギが居るのよ。イリス王国に引っ越したんじゃないの!?」
ナギは真剣な表情で姉達を見ていたがやがて肩の力を抜きいつもの調子に戻った。
「やっほー、リリィにアリシーってば久しぶりー。聖女の仕事は何やかんやあって辞めてきましたー」
ナギの言葉に姉達が絶句していた。言いたいことはわかる。
そして姪っ子はと言うと……やっぱり喜んではしゃいでいた。将来が楽しみだ。
□□
「お母さんには聞いてたけどまさかホマレに彼女が出来って本当だったんだ。これって天変地異の前触れとかじゃないよね」
中々にひどい事を言ってくれるな、我が姉は。
まあ、姉だから無条件で許すんだけどな。
「まあ、確かにこいつのシスコンぶりを見てたらそうなりますよね」
言いながらフリーダが苦笑していた。
一方でリリィ姉さんは俺が破壊した扉を倉庫から持ってきた金属素材などを利用して錬成を行い修理していた。便利な能力というか冷静に考えたら無茶苦茶チートだ。
姉さんに傍にはナギが座り込んで色々話しかけている。
一応不測の事態に備えての事だが、姉さんには若干煙たがられているっぽい。
「だけど姉貴、急に帰って来るなんてどうしたんだ?まさか家出?」
俺は会話の中ではアリス姉さんを『姉貴』と呼ぶことにしている。
「あのさぁ、何ですぐに『家出』と結びつけるのさ。リリィ姉じゃあるまいし」
「だから『家出』を私の代名詞にしないでよ!いつまで言われ続けるの!?」
リリィ姉さんが叫んで抗議するがこれについては仕方ない。
何せ10年前の異世界へのエクストリーム家出のせいでリリィ姉さん=家出になっている。
街全体を巻き込んだ大騒動だったからな。
「お父さんとお母さんにはもう言ってきたんだけどね。その……えへへ」
アリス姉さんが自分のお腹をさすって顔をほころばせる。
「アリスさん、それってもしかして……」
「何だ姉貴。腹が空いたのか?それじゃあ久々に黒ウサギ亭の串焼きでも……って痛ぇっ!?」
隣に座っていたフリーダが俺の足を思いっきり踏みつけた。
なんてことをしやがるんだこのじゃじゃ馬は!!
「ホマって鈍感だよねー。察しようよ。アリシーに赤ちゃん出来たの。そうだよね、アリシー?」
何だって!?
まさかアリス姉さんにも子どもが……
「うえぇぇぇ……弟がこんなに鈍感だとは思わなかったよ。フリーダちゃん、苦労するね」
「ははっ、まあ……」
そうか。アリス姉さんも……
それでおふくろに報告しに来てその後でリリィ姉さんの所に来たわけか。
「ところでホマレ、まだ答えを聞いていないわよ。何だって人の家の玄関け破って来たわけよ。答えによっては出禁にするからね」
玄関の修理を終えた姉さんがテーブルに着く。ナギもその隣に腰を下ろした。
いや、出禁は困る。そんなことされたら俺は立ち直れなくなってしまうでは無いか。
「えーと、実は……」
どう話せばいいだろう。一瞬でもアリス姉さんを疑ってしまったので言いにくいな。
慎重に話を進めていく必要がある。
「ホマがクダンの予言を受けちゃってね。リリィがアリシー達の誰かに命を狙われるって思って飛んで帰って来ましたー」
慎重が一瞬で死んだ。
ナギは軽く舌を出して笑っている。こ、この女はぁぁぁ!!
「クダンの予言!?それはまた危ないものに出くわしたわね」
「というかさ、ボク達の誰かがリリィ姉の命を狙うって意味が分かんないけど」
「実は……」
観念した俺はクダンに予言された内容を説明する。
「あー、だからリリィ姉の所に来たんだ。確かにホマレはリリィ姉の事特別に好きだったからね。でもさ、ボクがリリィ姉の命を狙う理由は無いよ。ケイト姉やメール、それにリムだって同じはず」
そうなんだよな。だけどクダンは確かに『血を分けた者』って言っていた。
一方リリィ姉さんは黙り込んで何やら考えていた。そして……
「ちょっと待って。ホマレ。あんた予言では『一番大切な人』って言われたのよね?間違いなくそうよね?」
「ああ。だからリリィ姉さんの所に」
「何をバカな事言ってるのよ!あんたにとって一番大切な人って私の他に居るじゃない!!」
え?リリィ姉さんよりも大切な人?
まさかフリーダとか?確かに『恋人』だけど申し訳ないがリリィ姉さんより上とは考えづらい。
するとアリス姉さんも気づいたようで表情を凍り付かせて呟いた。
「お母さんだ……」
え?おふくろ?
「あっ、しまった!!」
ナギも声を上げて立ち上がった。
「そうだよ。シスコン過ぎて疑問に思わなかったけどよく考えたらホマレにとって一番大切なのって自分を産んでくれたリゼットさんじゃないか!」
フリーダが叫ぶ。そうだ、例外はあるが一般的にナダ人の男性にとって母親とは自分をこの世に導き育て慈しんでくれた誰よりも大切な人。
女神教の教えでも母を神聖視し大事にする様な教えが要所に持ち込まれている。
頭の中にこの世界に転生して初めて聞いた言葉が思い起こされた。
『ボクの坊やとして生まれて来てくれてありがとう。ようこそ、この世界へ』
そうだ。誰よりも最初に愛の祝福をくれたのは、おふくろだ。
本当は息子じゃないはずの俺を慈しみ無償の愛を注いでくれた人。
「そんな、おふくろが……」
「マズイ!リズさんは今、家でひとりだよ!しかも、誰かがわからないけど傍に『居る』」
おふくろを索敵したナギの言葉にフリーダが俺を引っ張り立たせる。
「何やってんだよ!早く家に向かうぞ!!」
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【リゼット視点】
キッチンに立ち夕食の準備を進める。
急にアリスが帰って来た時はびっくりした。
まさか旦那と喧嘩して家出したのかと思わず心配してしまった。
ウチの子は全員喧嘩っ早い所があるからなぁ。
そうかと思ったら何とおめでたって言われて……そうか、アリスもとうとうお母さんになるんだ。
あのちっちゃくてちょっと気弱で、だけど誰よりも心優しいアリスがお母さんに……
という事でボクもおばあちゃんになるんだよね。
「うぇへへへ、おばあちゃんかぁ。何か照れくさいなぁ」
アリスは他の姉妹の所にも報告に行くって出て行った。
夫は二人目の孫が出来ると聞いてお祝いの為の買い物に加えてアンジェラやメイシーに早く帰ってくるように伝えると出て行った。
イリス王国を出てこの国に来た。
何やかんやあって結婚して、子どもが出来て。
沢山笑ったり泣いたり、怒ったりして今日まで生きてきた。
色々な人の力を借りて、時にはしがみついて
王位継承争いで死んでしまった弟や妹達の分も生きてきた。
一番心配だったホマレもにフリーダちゃんと上手くやれてるみたいだ。
まあ、嫌われない様に気を付けて欲しいけどボクとしてはあの子が義理の娘になりそうな予感がする。
僕の右眼に宿った予知の能力、『ヴァッサゴーの瞳』はその未来を未だ映してくれないけどきっといつかは……その時が楽しみだな。
本当に色々な事があった。
だけどこれからもボクは生きていく。
この幸せが、この先もずっと続きますように。
そう願った瞬間、腹部に痛みを感じた。
視線を落とすとお腹から何かが生えていた。
「何、これ?」
それが刃だと認識した瞬間、身体から引き抜かれた。
一瞬で身体中から力が抜けていくのを感じ、そして…………