第30話 ナギの心
【フリーダ視点】
雷原の中、野営できる場所を見つけそこで休憩することにした。
わたしが『糸』の力を認識して扱えるようになった直後、強烈な疲労に襲われた為だ。
ナギが傍についていてくれ、ホマレは周囲を見張ってくれていた。
「急に覚醒したからだろうねー。一気に精神力を使っちゃって疲労が出たんだよ」
ナギは言いながらわたしに『聖水』を飲ませてくれた。
聖女の力で作ったものらしくて精神力などの回復作用があるらしい。
「ごめんな。何かわたし、足引っ張ちゃって」
「はいはい。そんなの気にしないの。ナギも景気よく『声』を出してたから少し喉休ませたかったし丁度良かったしさ」
何だか急に優しくなったな。いや、実際の所ナギは凄く優しい人だ。
アスカさんの息子が絡まれている時も助けようとしていたしさっきまでだってわたしを鍛える為に定期的にモンスターを撃ち漏らして相手させてくれていた。
おかげで意識して『糸』を出せるようになった。
さっきは割と行き当たりばったりだが糸を網みたいに張り巡らせ敵の攻撃を跳ね返した。
ただ、ちょっと消費が大きいかもしれない。あまり多用は出来ないな。
「訓練すればもっといろいろなことが出来る様になると思うし、使える回数も増えるよ。ナギの『声』みたいにね」
「それは楽しみだよ。一体どんな事が出来る様になるんだろうな」
とりあえずは攻撃にも絡ませたいところだな。
武器として槍があるから急務というわけでは無いけどさ。
ナギは喉に良いという『水リンゴ』をかじりながらしばらく何かを考えている様子だった。
そしてやがて、ゆっくりと語り始めた。
「ナギはさ、地球で色々あって、お母さんと偶然再会してこっちに来たんだ。それで一緒にホマの家族にちょっかいいかけてたんだけどさ。何か段々あいつの事気に入っちゃってね。ナギと同じでどこか人間に不信感を抱いてる所とかにも共感したのかな」
確かあいつは力を失った結果、家族以外の人間が手のひらを返して去って行っちゃったんだよな。
「それでナギさ、ホマを落とそうと思って思い切って迫ったことあるんだよね。理性吹っ飛ばしてやれって脱いでまあ、ちょっと色々ね?それでイケる!って思ったよ?だけどさ、『俺は姉さんや妹に操をたてている』とかわけわかんない事言いだしてね。結局振られちゃった」
「手段についてはツッコミたいところがあるけど、あのシスコンめ…あっちはあっちでツッコミどころ満載だな」
今の会話。
ぼかしてはいたがやっぱりナギはホマレと……
「スタイルにはまあまあ自信あったしワンチャンあるかもって思ったけどダメ。結局あいつのシスコンぶりには無意味だったな。後はナギがそこそこ年上なのも減点だったのかもね。すっごく悔しくて、その後でヤケクソになっちゃってね。聖女のスカウト受けてそのままイリス王国へ旅だったんだよね」
要するに聖女になって国を出たのは失恋の旅みたいな感じってわけか。
だけど恐らくホマレの事を忘れられなくて無理やり戻って来て。だけどそうしたら隣にまさかの彼女が居たってわけか。
「そりゃ嫌がらせのひとつもしたくなるか」
「まあね。フィリー弱そうだったからユピル雷原連れて行ったらビビり倒すと思ったし、ちょっと仲が良い風を臭わせたらどんな反応するかなとか意地悪な事一杯考えたよ?」
「ああ、確かに意地悪な仕打ちだな。本当にお子様なんだよな、あんたは」
わたしの悪口にナギは苦笑する。
「本当に、キミって遠慮なく正直よね。ちょっとは遠慮してウソくらいつけよって思うよ」
「でもウソついたってわかるんだろ?」
「脈拍や呼吸音でね、後は表情とか見たら何を考えてるかは少しくらい読めるかな」
つまりは心を完全に読むことが出来るわけじゃないのか。
多分人間観察とかそういったものを続けていった結果か。
さっきホマレが考えてることをことごとく当ててたのもそういった経験を積んでいるからだったんだな。
「フィリーは昔の絶好調だったホマを知ってるんだよね?みんなホマから離れて行ったけどキミだけはホマを追いかけていた。そういう所が選ばれた理由なのかもね。まあ、何と言うんだろ。頑張ってあいつの傍に居てあげなよ。とんでもないシスコンだから苦労はするだろうけどね。まあ、頑張りなよ」
選ばれたのかな、わたし。正直、あんまり自信はない。
一応『恋人』って事になってるけど成り行きでそうなっただけだしな。何か不安だ。
「キミなら大丈夫。自分に自身持ちなって。お姉さんが保証したげるよ」
□
【ホマレ視点】
1時間ほどの休憩を経て俺達は黒雷イチゴを探し行動を再開した。
ふたりが何を話していたか気になる。何か余計な事を吹き込んで無ければいいのだがな。
そう言えば以前は仕事が休みになるとよくナギに無理やりあちこち連れ出されていたな。
お姉さんぶって地球の事を色々教えてくれたけど、俺も転生者だからほとんど知ってたんだよな。
だけど彼女が語る地球の話にはちょっと懐かしさを感じたりして楽しく聞かせてもらった。
最後に連れてこられたのもこのユピル雷原だった。『美味しいイチゴ食べさせてあげる』って危険地帯に連れ込まれて守られながらイチゴを探し回った。
帰りの宿で押し倒された時は危うく理性が飛ぶところだった。よく耐えた、俺。
ただ、その後でナギは聖女としてスカウトされ居なくなってしまった。俺が傷つけたからだろうな。
結局のところ、俺はチートスキルでイキってた頃とあまり変わらず人を傷つけていた。
フリーダとお試しの恋人になった時だってそう。自分有の誠意を示していたつもりだが結局はどこかで傷つけそれは現在進行形なのかもしれない。
俺は向き合わなければならないだろう。そうでないといつか本当に、今度はチートスキルとか関係なく色々なものを失ってしまうかもしれない。
「ホマ!何をぼーっとしてるの!」
何かナギがうるさいな。俺は今、凄く高尚な事を考えているんだぞ?
そう。『好き』という感情とは何か。逃げずに考える必要があるわけだ。
「ホマレ!物思いにふけってる場合かよ!前見ろ、前!!」
フリーダまで叫んでどうしたというのだろう。
うん、前?前って……
「ぬぉぉぉぉ!?」
いつの間にか考え事をしながら一人で歩いていた俺は気づかない内にそいつの縄張りに侵入してしまっていた。
首長ドラゴン、シルバドンが俺の前方数メートルで威嚇行動をしていた。
やべぇ、俺が知ってるシルバドンより大きい。更にヤバいのは足元に転がっているミイラホースの死体。そして本来は白銀に輝いているはずの皮膚は錆びた様なくすんだ色をしていた
シルバゴンは鉱物と植物を食べるモンスターだ。それがどういうわけかミイラホースを捕食している。つまり肉の味を覚えてしかも栄養とする術を身につけている。特殊個体だ!!
---------モンスター名鑑---------
卑しき錆牙のシルバドン
種族:ドラゴン系
体長:10m
危険度:上級Lv1
突如として肉食に目覚め対応してしまったシルバドンの特殊個体。
縄張りに入り込んだものに対し激しい攻撃を加える。
本来のシルバドンは中級Lv4程度の危険度である。