第29話 白い糸
【アスカ視点】
ナギ達と別れて間もなく。街の外でわたし達家族は十数人のごろつき集団に襲われた。
恐らくこいつらは先ほどの豚おばさんの差し金だろう。
旦那と子どもを始末した後、わたしの事は奴隷商人に売るとか中々に下衆な考えだったようだが……そんな事を許すわけがない。
「主婦の嗜み、『逝華・六花』ッ!!」
「ぐおおっっ!?」
わたしが放った一撃を受けてごろつき集団を率いていたリーダー格の男が膝をついた。
彼が連れてきた部下たちは既に地面に倒れている。
「さて、あんたくらいの腕ならわかってると思うけど……決着よね?」
「ぐっ……相手が“戦迅”とわかってたならこんな仕事受けなかったのに。剣がひと振りしか無かったから気づかなかったぜ」
「あんたも運が悪いわね。片方の剣はライバルに叩き折られてしまったのよ。まあ、ひと振りでも十分戦えるから問題は無いけどね。ついでだけど念入りに戦意を折っておこうかしら。後ろで子どもを抱えてる旦那だけど、わたしより強いから」
オークの集落を襲撃した際、わたしを撃破して捕縛したのが旦那のレヒだ。
穏やかで少し頼りない所があるがその実力は確かなものだ。
わたしの言葉を聞いて男は顔を歪め武器を置いた。これ以上の抵抗は無駄と判断してくれたようだ。
「それでいい。部下の人達も命までは取ってないわ。子どもの前で殺しをするわけにはいかないものね。まあ、あちこちの骨を『外して』あげたから完治させるのは大変かもしれないけどね」
ふと、ある気配を感じてナギ達が向かったユピル雷原の奥地へと視線を向ける。
何かが居る。それも得体のしれない何かが。
「せいぜい気をつけなさいね、ナギ。さてと……」
今度は街の方へと目をやる。
あの豚女、舌の根も乾かぬうちによくもまあやってくれたものだわ。
「落とし前はつけさせてもらわないとね」
□
【ホマレ視点】
俺達は崖の間にある細い道を通って奥へと進んでいく。
途中、様々なモンスターが襲い掛かってくるのだがナギの『声』で撃破していけている。
ただ時折撃ち漏らした個体が俺達の方へ流れてくるのでそれはフリーダと一緒に対処している。
「あー、ごめんね。また撃ち漏らした」
デビルモンキーがこちら目掛け飛びかかってくる。
初級Lv5のモンスターで素早い動きでこちらに接近戦を仕掛けてくる。
「ここはわたしが!!」
フリーダが前に出てデビルモンキーの攻撃を避けつつ槍を突き立てて倒す。
撃ち漏らしなんて珍しいので最初はちょっとした嫌がらせをしているのかと思ったが段々とナギの狙いがわかって来た。
よく見るとナギが撃ち漏らしをしているのは毎回違う種類のモンスターだ。
同種のモンスターが出てくると確実に仕留めてくれている。
ユピル雷原に入って1時間。フリーダは既に20種類近くのモンスターと戦って撃破している。
これは恐らく、フリーダを鍛える為にわざと撃ち漏らしをしているのだろう。
しかも違う種類のモンスターを送ってくるという事は短期でのレベルアップを狙っている。
RPGなどではよく敵を倒すことで経験値を得てレベルアップする。
なのでレベルが低い内は弱いモンスターを何度も倒していく事になる。
実際に俺達冒険者もそういう事をするが現実はゲームとは違う。
基本の反復は必要だがそれとは別に、様々な『種類』の経験を積んだ方が冒険者としてはより強くなることが出来る。
荒療治ではあるがどうもナギはそんな風に短時間で多種類のモンスターを倒させることでフリーダに経験を積ませている様だ。
しかも少し強めのモンスターが近づくとこっそりと声を飛ばして追い払ったり、それが出来そうに無いなら遭遇しない様にルートを変更している。
どういう風の吹き回しかはわからないがやはりナギはフリーダを気に入ってしまったらしい。
そしてフリーダ自身もナギの意図に薄々気づいている節があり撃ち漏らしたモンスターを率先して相手していた。
なので俺がすることといえば倒したモンスターから魔石やら素材を採取する作業。
正直な所、『寄生プレイヤー』みたいで居心地が悪い。
「ハッ!フィリー!それ以上こっちに来たらダメッ!!」
不意にナギが叫び声をあげる。
視線を巡らせてその意味に気づく。崖一面に『シュートマイマイ』がへばりついている。
こいつは射程距離内に外敵などが近づくとへばりついている壁などの一部をかじって体液と混ぜて銃弾の様に撃って来るモンスターだ。
このモンスターは動きが少ない。ナギの『索敵』から外れてしまっていた様だ。
見た目がごついので目視すればすぐに気づくものなのだがナギは声による『索敵』に頼る癖がある為、見逃してしまったのだ。
シュートマイマイがナギとフリーダを察知して攻撃を浴びせかける。
「シールドソング!!」
声で障壁を作り自分の周囲に張るがフリーダの方までは手が回っていない。
ここは俺が被弾覚悟で飛び込んで助けるしかない。そう考えたが目の前では想像していなかった現象が起きていた。
何とシュートマイマイが放った弾丸はフリーダに着弾せず途中で向きを変えてそのまま跳ね返って行ったのだ。
次々と撃破されていくシュートマイマイ達に俺は唖然として動きを止めていた。
ナギの方を見るが『自分じゃない』と首を横に振る。
「あらゆるものには自然な『流れ』がある。糸はその流れを作ってくれる。『白い糸』がわたしを守ってくれる」
不意に崖の上から一体のデビルモンキーが襲撃してきた。
「チッ、『索敵』漏れ!!」
だが拳を振り上げたモンスターは空中で動きを止めるとその直後、大きく空中へと弾き返され崖に激突した。
「これって……わぉ、フィーリーったらマジで一気に成長しちゃったし……」
「白糸反射。これがわたしの『糸』の使い方なのか?」