第25話 黒ウサギ亭にて
【ホマレ視点】
市内にある飲食処『黒ウサギ亭』。
リーズナブルで美味く、かつ豊富なメニューを提供する人気店だ。
再会したナギは半ば強制的に俺達をこの店へと連行していた。
「ここの串焼き美味しいんだよね。それに、ラグナザリガニのフライも最高ーって感じかな」
ナギはひとり、運ばれてきた料理に舌鼓を打っていた。
大層な名前が付いたザリガニだが別に『終末の日』は関係ない。
ラグナという名のおじさんが週末に出かけた釣りで発見したからそんな名前が付けられただけらしい。
週末違いも甚だしい。
「なぁホマレ、この人、聖女様って言ってたよな?」
「ああ。こいつはな、何をどう間違えたかある日突然聖女の力に目覚めたんだ」
『聖女』とは特殊な聖なる力を持った人間の事である。
あえて女性と限定していないのは『男性』の聖女もいるらしいから、だ。
聖女の世界にも多様性の波が押し寄せているわけだ。
その聖なる力を利用することで特殊な聖水が作れたり、強力な結界が張れたりするらしい。
ナダ共和国の隣国、イリス王国では聖女の資格を持つものを見つけ保護し、管理しているという。
イリス王国はたとえ外国であっても聖女のスカウトにやってくるほどその保護に熱心だ。ナギもその流れで聖女としてスカウトされイリス王国へ移って行った……のだがどういうわけかこうして目の前にいる。
正直嫌な予感しかしないが理由を聞くのが怖いので敢えて触れないでおく。
「えー、何よその言い方。ナギの女神様への信仰が厚いからでしょ?」
どの口が言っているのだろう?
こいつは女神教の聖典を足置きにして昼寝をする様な女だ。
「いや、お前は信仰心皆無だろう」
「ひどいなー。一応、神様の存在は信じてるよ?まあ、『宗教』は嫌いだけど」
言いたいことはわかる。実際に『神』なるものはは存在する。
その神の力で俺をはじめ多くの人間が地球から転生しているのだ。
神は転生者に特殊な能力を与えたり、運命を歪めたり。ろくでもない。
だが更にろくでも無いのは神の言葉を何やかんや解釈して自分達の権威を高めようとする『宗教』だ。
無論、敬虔な信者の中には純粋に教えを広め迷う人の心を救おうというものもいるしそれで助かった人だっている。
一概に宗教が悪とは言えないがどうしても一定数、自身に都合のいい解釈を行い他者を傷つけるものが居たりするのもまた事実。
というわけで俺は家族の付き添い程度でしか教会に行かない。ちなみにウチでは嫁に出たアリス姉さんがよく教会へ祈りを捧げに行っていた。
さて、このナギという女について少し説明しておこう。
10年程前にリリィ姉さんが地球に伝説となるエクストリーム家出をかました事がある。
その際、姉さんの居場所を知った俺達は救出に行くのだがそこで敵対していたのが彼女である。
そして姉さんが戻って来る時、何やかんやあって母親であるイシダと一緒にこっちに来た。そこからの付き合いだ。
母親と共に我が家に侵入して来て喧嘩を吹っ掛けてきて一戦交えた後に夕飯を食べて帰る。
酷い時など風呂に入って一泊していくなど中々に頭のおかしいムーブをかましてくれていた。
ちなみに出会った当時で19歳くらいだから今の年齢を計算すると…………
「ホマさ、失礼なこと考えてない?例えば、ナギの年齢についてとか」
「さあ、何の事だろうな」
「嘘ついたってすぐわかるんだよ?ナギの能力は知ってるよね?」
これだからこの女は厄介なんだよな。
頭の中で思っていることを完全に読まれているとかでは無いのだが、こいつに対して隠し事は機能しない。
「あの……わたしはどうすればいいんだ、これ?」
ほぼ置いてけぼり状態になっているフリーダが困惑した表情でこちらを見ている。
いかん。すっかり忘れていた。
「ねぇ、キミがホマの彼女になったとかいう子だっけ?」
「えっと……そう、だけど」
ナギは無言でフリーダを見つめていた。
フリーダも緊張した様子で借りてきた猫の様に大人しかった。
普段のじゃじゃ馬ぶりが嘘の様である。
一方のナギはずっと俺と話をしながら敢えてフリーダの事は無視して反応を見ているような様子だったのだがここで声をかけ始めたわけだ。
「うーん。なるほどね。キミ、『変わった能力』持ってるんだね」
「え?」
流石にナギのペース過ぎるから助け船を出してやることにした。
「どうせ『糸』云々の話は『聞こえてた』だろ?お前は『地獄耳』だからな」
「酷い言い方だなー。まー否定はしないけどねー」
そう、こいつは凄まじい地獄耳だ。
普段は能力を制御しているが本気を出せばこの街全体くらいをカバーした『盗聴』が出来る。
ただ、ストレスが半端なくかかるのでまずやらないだろうがな。
「『呪い』系統じゃないみたいだね?ウチのお母さんやキミんとこのお母さん達とは違う『音』だしね。ナギみたく元々持ってた才能が『開花』した系じゃないかな、キミ」
「あの……ナギさんは……」
「ナギでいいよ。面倒だし。イリスでは『ナギ様』とか呼ばれてたけど嫌だったなぁ」
一応は聖女『様』なので崇められてたみたいだが、そういうのはこいつが一番嫌う事だ。
よくもまあ、聖女としてのスカウトを受けたものだと当時は驚くと共に面倒な奴が居なくなってせいせいしたものだが……戻って来てしまったか。
「じゃあ、ナギ。えっと、あんたも何か特殊な能力を持っているのか?」
ナギはザリガニのフライをむしゃむしゃ食べ飲み込むと口元を拭きながら言った。
「ナギは『声』を操れるんだよね。後、耳がクソいいよ。声については元々配信やってたことがあってさ。結構人気だったんだよねぇ。登録者数結構いたんだけど悪い人に『晒され』ちゃったりしてねぇ、諦めちゃった」
聞きなれない言葉の数々でフリーダの頭の上に?マークが浮かんでいる。
「ああ、そうだ。説明していなかったな。こいつは『地球』っていう俺達から見て『異世界』にあたる世界の出身者なんだよ」
ナギは元々、動画サイトで配信者をやっていた。
様々なアーティストの歌を『歌ってみた』というタイプの動画を投稿していたらしい。
そこそこ人気があったのだがネット上でのトラブルから『晒し』行為にあって逃げるように引退してしまった。
その時に晒された内容の中には彼女の過去、『母親』についての情報もあった。
結果として彼女は元々の人間不信に拍車がかかり、母親と再会するまでは死んだような人生を送っていたらしい。
「異世界って事は確か……あんたのお父さんがそうじゃなかったっけか?」
「そうだな。時代は多少違うが出身国も同じだ」
実の所、俺もそうなのだがその辺を説明すると話は本格的にややこしくなるので触れないでおく。
俺が『転生者の息子として生まれた転生者』である事に気づいているのはナギの母親くらいだ。
あの人は人が嫌がる事を平然とするがどこかで守るべき一線は引いているので言いふらしたりはしていないだろう。
まあ、それでもあの人が歴史的な大事件を引き起こした殺人鬼であることに変わりは無いのだがな。
「とりあえずこの女に関しては『歌手』だったってことだよ。それが影響しているらしい」
「歌手、か。へぇ、何だか凄いな。それならわたしは……何だろう?糸が絡んでくる様な生活はしてこなかったな。普通の村娘だし」
「村娘ってのなら糸車で糸を紡いでたとかじゃないのー?」
「そんな繊細な事出来ないよ。母さんに何回か教えてもらったけど『この子には壊滅的に才能が無い』って呆れられてさ。だから薪拾いだとか狩りばっかり手伝ってたんだ」
確かにこいつ、繊細な作業とかは苦手そうというか本気で向いて無さそうだ。
糸車の前に座って大人しく糸を紡いでる様な姿が想像できない。というか裁縫とかも出来なさそうだ。
それなら一つ下の妹であるメールも同類に見えるのだが違う。
実は裁縫が得意だし趣味として編み物をするという意外な一面がある。しかも中々精巧なものを編み上げるのだ。
それなら釣りだって出来るだろうと思うのだが『素手で捕った方が早い』という選択肢があればそっちを選んでしまうのでやはり釣りに関しては向いていないのだ。
我が家の女性陣は意外と家庭的なので俺にとっては不器用なフリーダの存在は意外と珍しかったりする。
「ちなみに、ホマは今キミの言葉を聞いて妙に納得してるよ」
ナギの言葉を聞きフリーダが『悪かったな』と俺の方を睨む。
本当にこいつは余計な事を言うから困る。呼吸音や脈拍音から相手の心理状態をも見抜けてしまうのだ。
疲れてしまわないのかと疑問すら思う。
「と、ところでナギ。お前、イリス王国の聖女はどうしたんだ?一度聖女宮に入ったら親が死んだりでもしない限り中々出られないだろ?」
聖女というのはある種の特権階級だが軟禁されている様なもので自由はあまりない。
ナギのように自由を愛する人間には辛い場所だろう。
「露骨に話題反らそうとしてるよね。まー、いいけどさ。えーとね、聖女はさ、だるいから勝手に辞めてきたの」
「はえっ!?」
バイトが超だるいから辞めた。
そんな感覚で聖女を辞めたとのたまうナギの言葉にフリーダが目を剝いて変な声を出した。
まあ、気持ちはわかる。普通はそんな理由で辞めないもんな、聖女。
「何かさ、面白そうだからスカウト受けたけどお祈りだと結界貼りだとかか色々面倒な事ばっかりでさ。街に食べ歩きしに行けないし息が詰まっちゃうような毎日でね」
おいおい。聖女の仕事を8割くらい否定してるぞ?
逆にこいつは聖女の仕事って何だと思っていたのだろうか。どう考えても宗教的な役割がある職業だろうに。
「それでナギの事を捕まえようとする追っ手を返り討ちにしながら帰って来ましたー」
うん。何となくそんな気はしていた。
要するにこの女、所属した国家を裏切り亡命してきたという事だ。
円満退社じゃなくて暴れた結果、お尋ね者状態になっている。
「お、お前……それ、ヤバくないか?」
国の内部情報を知っている聖女が離反した上お尋ね者状態。
完全に刺客がくる流れだし下手すれば国際問題に発展しかねない。
「大丈夫、大丈夫。その時は返り討ちにするだけだから」
「全然安心できねぇ!!」
そんな俺のツッコミは無視してナギはやはりフリーダをじっと見ていた。
そしておもむろに口を開く。
「ねぇねぇ、キミさ」
「え、わたし?」
「ナギと『フルーツ狩り』に行こうよ?久々に食べたいんだよね、『黒雷イチゴ』」
「フルーツ狩り!?」
ほら、さっそくヤバイ事言い始めやがったぞ……
だからこいつが来るとろくなことが起きないんだよな。
QUEST4
フルーツ狩り。黒雷イチゴを食べに行こう
※正確には冒険者ギルドに寄せられた依頼では無く個人的な『狩り』。