第138話 寛容の神
【ホマレ視点】
謎の映画館で隣の席に座るのは数年前に亡くなったおふくろだった。
「おふくろ……」
「そんな風に突っ立ってたら後ろの人に迷惑だよ。早く座ろうか」
「あ、ああ」
言われるままに腰を下ろす。
「ふふっ、素直でよろしい。いい子いい子」
どういうことだ?おふくろはもう亡くなっている。
そしてこの映画館に居る人達は皆……
「なぁ、俺は……死んだのか?」
「さぁ、それはどうなんだろうね。それを選ぶのは君自身だよ。だけど今は……一緒に映画を見ようか」
「えーと……」
映画が始まる。
それはこの世界に転生してから俺が体験した人生。
これって走馬灯なんじゃないのか!?え、ヤバくないですか?
赤ん坊である俺のお世話を取り合って喧嘩する3人の姉達。
ああ、いつ見ても素敵だなぁ。特にリリィ姉さん。俺の初恋だ。
血の繋がった姉で無ければどれほどいいかと何度思った事か。
やがて大きくなるにつれてチートスキルで生きる様になっていくクソガキ。
はい、俺の事です。
『知ってるか、3番手ってのは地味ながらも強敵だったりするんだよなぁ』
『3番手……3番……す、すごい!3番って凄い!!』
今、スクリーンに映っているのはガキの俺とセシル。
ああ、この時のバカ発言のせいでセシルは『3』に取り憑かれちゃうんだよなぁ。
何というか……ホントごめん。
やがて場面はリリィ姉さんが自ら命を絶ったあの日へと変わっていく。
俺にとって最大のトラウマ。俺が神に追加で変なお願いをした代償で姉さんの人生が狂ってしまった。
画面の中、俺はリリィ姉さんの自死を無かったことにする為、転生時に得た全てのスキルを返却することを神に申し出た。
『構わない。全部返すよ。手放す!だから、だから姉さんを返してくれ!俺は姉さんが生きていてくれるなら、スキルなんていらない!!』
スクリーンの中の俺が叫んでいた。
スキルの返却。それは俺がこれまでの人生で味わって来た成功全てを捨てるという事だ。
だけど迷いは無かった。そんな事の為に大好きな姉さんが犠牲になるなどあっていいはずがない。
だから、俺はスキルをすべて捨てた。
まっさらな『ホマレ』に戻ったんだ。
不意に、画面が変化した。
神殿の様な荘厳な雰囲気の空間。
そこに腰を下ろしこちらに視線を向ける男が居た。
「久しぶりだな、人の子よ」
それは俺をこの世界に転生させた『寛容の神』と名乗る存在であった。
「あんたは……」
「お前には驚かされたよ。まさかこの様な結果を生むとはな」
「……どういう事だ?」
スクリーン越しに対話する。
「我ら神は幾つかの世界で無念の内に死んだ者を転生させる。そしてそれぞれに自身の司る概念に即した『試練』を与えている」
「何の為にだ?」
「人が正しく道を進めるかを、繫栄させていくに足る存在か見極める為に、だ」
中々壮大な事を言ってくれるな。
「これまで多くの者を転生させてきた。望むスキルを与え、動向を見守って来た。だが……いずれも結果は残念と言うしかないものであった」
「あんたの試練って……」
「私は『寛容の神』。寛容とは広い心をもち他を受け入れる様、そして過去の過失を責めず許す姿勢だ」
許す姿勢……それは……
「お前の前には過去何度か許せない様な連中が現れなかったか?例えばお前の姉を深く傷つけた男」
ルークの事だ。
かつてリリィ姉さんの彼氏だった男。
姉さんの心と体に消えない傷を刻み込んだうえ更に幸せになろうとしていた姉さんの前に現れぶち壊そうとした男だ。
「私はてっきりお前が奴を殺すと思っていた。だがそうはせず奴を殺そうとする姉を止める側に回った」
「別に許したわけじゃ無いさ。だけど、あいつに復讐したって……」
「そうかもしれないな。だが次は本気で驚いた。前世の弟、そして妹だ。身勝手な理由でお前にとって大切な母を殺そうとした」
おふくろを見る。
あの時何かが間違っていたらおふくろは死んでいた。
孫たちを抱きしめる事も出来なかっただろう。
反対側に座る前世の妹は罰が悪そうな顔をしている。
「憎むべき相手だ。自分が死ぬ原因を作り世界を越えても大切な人を奪いに立ちはだかる。だがそんな相手が死んだ時居た時お前は何を感じた?」
キララがメールとの死闘の末死んだと聞いた時、俺は悲しんだ。
色々あったが魂が安らかに眠れるように祈った。
「そんな転生者は見たことが無い。皆が最終的には復讐を果たすという結果に終わっていたのだから。そしてもうひとりの弟。まさか彼の行いを許し、自分の大切な姉を差し出すとは……」
「別に差し出したとかじゃないさ。二人が想いあってたからそれを応援してやった。それだけだ」
神は唸る。
「お前は妹に暴力を振るっていた転生者と戦い彼の命を奪っている。だがその時ですら、悲しみの涙を流した。おかしな人間だ。スキルを返却して名声を捨てる、因縁の相手を許す、その死を嘆く。一体どうなっている?皆、人を憎み踏みにじり返した。それが人の本性なのではないのか?」
「難しく考えた事は無いし、俺は自分が優しいかと聞かれればそうとは言えない。聖人君主なんかじゃない……」
不意に横に座っていたおふくろが答えた。
「この子は凄く傷つきやすくて、優しい子。そして人の痛みがちゃんとわかる子だよ。何せ『ボク達』が育てた『自慢の坊や』だからね」
「おふくろ………」
□
【フリーダ視点】
息子たちを抱えアスカさんと脱出していく中、ナギ達、セシル達に合流し中庭みたいな場所に到着する。
「あのさ、何かひとり、ヤバめの援軍が来てるんだけど……」
どう考えてもここに居ちゃいけない『他国の王様』が居る。
「え?誰のことかしら?」
イリス王国のグレース陛下が周囲を見回す。
「あんたの事だよ!あんた王様だろうが!いいのかよこんなとこに居て」
「あー、大丈夫ですよ。陛下はオフらしいですから。あはは……」
セシルが何か遠い目をしながら棒読みで答える。
「なるほど。オフか。それなら仕方ない……ワケ有るかぁぁぁ!いいのかよこれ!絶対にアレになるぞ、あの、ちょっと色々とマズイあれだよ。えーと………」
「国際問題って言いたいのかな、フィリー?」
「そう!それ!!」
ナギ、ナイスフォローだ!!
「大丈夫よ。だって今回の訪問の要点は『家出した公爵夫人』の保護だもの」
公爵夫人ってメール義姉さんか?
家出したの?保護?
何かもう情報量が多すぎてわたしの頭じゃ処理が追い付かない。
「ていうかクリス達を探さないと!」
わたし達と同じ様な目に合ってるならクリスも危ない。
彼女には自衛の手段は一切ないからそれこそやられ放題になる。
「私ならここに居ますよ」
ベルを抱いたクリスが中庭に出てきた。
その後ろにはわたし達をここへ誘い込んだ張本人であるバレッタ隊長が立っていた。
「クリス!大丈夫だったか!?変な事されていないか?」
「はい。手枷を嵌められましたがそれは自力で外しました」
え?あの手枷外したの?自力で?
クリスの顔を見るとにこりと微笑み言った。
「受付嬢の嗜みです」
受付嬢凄い!
「後はこちらの隊長さんが助けてくださりこちらまで連れて来ていただきました。ホマレさんはこの先の建物に囚われているのだとか」
「あんた、わたし達を騙して連れてきたくせにどういう風の吹きまわしだ?」
「そ、それは……」
視線を逸らす彼女に対し怒りがこみあげてくる。
あんたのせいでウチの子は蹴り飛ばされたんだぞ?
「ねー、フィリー」
「何だよナギ」
「あれ」
ナギに言われて指さす先を見ると……
「うわぁ、お姉ちゃんのおっぱい母ちゃんより大きい」
ホクトが、息子がグレース陛下の傍まできて胸を凝視していた。
そして背伸びをして胸に手を……
「ホクトォォォォォッッ!!!」
猛スピードで息子を捕まえ陛下の傍から引きはがす。。
一国の君主相手に、何て真似をするんだ!!
しかも親戚だぞ!?
「バカ弟……」
「お兄様、流石にそれはヤバイって……」
「お兄、情けない…」
「ホクト兄ドスケベなりー」
長男、長女、次女、三女が呆れていた。
何でこんなシリアスな状況でこの子はこんな真似ができるんだ!?
平謝りするわたしだが陛下は苦笑しつつ言った。
「ふふっ。男の子ってこんなものじゃないかしら。それにしてもそうか、奥さんより大きいのか……お兄ちゃんは大きいの好きかしら。そっち系で食い込める余地があるとか?あ、でもナギが居るわけだし。それでもあの人聖女好きだからワンチャンありかも……」
何か気をよくしている?
ていうかこの人、ホマレの事まだ諦めていない?
そういや未だに未婚だって聞いているよな。
後、あいつが聖女好きかどうかについては………否定できる自信が無い。
「お兄ちゃんの血を引く次代のイリス王とか素敵よね」
うわぁ、凄くヤバいこと考えている。
間違いない。ホマレや、ホクトをはじめとする自由過ぎるムーブはイリス王族の血が由来だったんだ。
「やれやれ、随分と騒がしいと思ったらどういうわけだこれは?」
奥の建物から大剣を担いだ小男が出てくる。
確かヒザンの上司とかいう人だったよな。ホマレの元仲間。
「『戦迅』に『イリス王国の女王』までいやがる。どんな悪夢だよまったく」
「おやおや、私を忘れてないかい、坊や?」
ナギのお母さんがコートのポケットに手を入れながら笑う。
「フンッ、他の2人に比べりゃ一般人レベルだろうが」
「言うねぇ。そんな風に挑発されるとちょっとムカつくじゃない。仕方ないなぁ、大人を舐めたらどうなるか教えてあげないとね。というわけで行っちゃいなさい、『戦迅』ちゃん」
ナギのお母さんがビシッとアスカさんを指さす。
「ってあんたが行くんじゃないんですかっ!!?」
「えー、だって強そうじゃん。私ってば『様式美』にのっとって敗北するのは得意だけどヒーローっぽいムーブは苦手ジャンルなの。ねー、カノン」
「すっごい!ばぁばカッコ悪いけど何かいい感じに決まってる!!」
「ふふっ、それも女の魅力のひとつさ。覚えておきなさい」
「お母さん、あんまカノンに変な事教えないでね……」
何だろう、この緩い空気……
「よーし、ここはあたしが」
「ユズカ!ダメに決まってるでしょ。戦闘と言うならこの『第3位』であるあたしが」
「でもお母様、勝率悪いよね?きっと負けるよ?」
「酷いっ!ユズカったら変な所がジェス君に似てしまって!!」
実際の所、セシルって勝率低いよな。
わたしが覚えている限りほぼ全敗だからなぁ。
「やれやれ、本当に緊張感のない集団だぜ。魔道具、イグニ・ルプス!!」
相手が強烈にシリアスな雰囲気を醸し出してるのにギャップがすごいんだよなぁ。
サゲ何とかという人の身体が炎を纏った狼のような姿に変化していく。
後、身長が伸びた!!
「悪いが平和の為だ。お前達を通すわけには……」
瞬間、右側から巨大な壁が飛んできて炎の狼に激突。
「!!?」
同時に現れたのは一人の男性。
それはわたし達がよく知っている顔だった。
「え、お兄ちゃん!?」
「ホマレさん?」
グレース陛下とバレッタ隊長が目を丸くする。
いや、あれは……
「あれはお兄さんの方だねー。『音』が違うもん」
「何だか清いオーラが見えます。ジェス君ではないですね」
「ホマレさんの方が数倍カッコいいですよ」
「そもそも身長がホマレよりちょっと高いじゃん。あれは『アオイ』だよ!」
そう、『増殖した』ということになっているホマレの兄、アオイ。
とりあえず戸籍上は双子の兄で世間的には『引きこもっていた長男』という設定で通っている。
「ははっ、即刻見分けるのかぁ。この子達が彼の奥さんしている理由がわかる気がしてきたよ」
ナギのお母さんが苦笑していた。
「ホマレーーー!お前がピンチだと聞いて駆け付けたぞ!何処だぁぁぁっ!?」
「てかナギ、アオイも呼んだんだな」
「うん。近くに居たから適当に『救援』頼んでみた」
適当にって……
「何処だ!?俺の、俺のホマレー!!?」
そしてあんたのホマレじゃない。
こいつ本当に大丈夫か?
残念過ぎるイケメンと化しているぞ?
「テメェ!横から乱入して騒いでるんじぇねぇぞ!不法侵入だ!!」
がれきを押しのけて吠える炎狼。
それに対してアオイは怒りの表情で蹴りを入れる。
「てめぇこそヒトの弟+その他を攫ってんじじゃねぇ!誘拐罪だろうが!!」
もっともな意見出たー!?
いや待て、+その他って何だよ!わたし達の事か!!
「フィリー、今の内に先に行こう」
「え?いやでも……」
「それじゃあ、お兄さん。その『犬』はお願いしますね」
「いや、セシル。だけど……」
「ホマレさんがケガをしていたら大変です。『あれ』は放っておいて先に行きましょう」
いや、クリスが地味に辛辣!!
こうしてわたし達はアオイに敵を任せ先へ進むこととなった。