第136話 反撃
【アル視点】
父さんに大変な事が起きたからと訳も分からず家から連れ出された。
ついた先は警備隊関係だと言われている病院。
だけどそこでそれぞれの母親と共に離れ離れにされた。
何かがおかしい。そう思っているとあっという間に母さんに手枷が嵌めら拘束されてしまい薄暗い小さな部屋へ連れていかれた。
「あー、これは『ダメ』だね」
手枷を外そうとして見るがダメそうらしい。
「その手枷にはお前の中にある『気』を抑制する効果があるからな。子どもに気を取られて油断した様だな」
「まー、そんな事だと思ったよ。ホマは死んだわけじゃないみたいだね」
「今のところはな。だがお前達の態度次第ではどうなるかわからない。それに、下手な真似をしたらそっちのガキどももどうなるか。まあ、わかるよな?」
カノンが俺の後ろに隠れて震えていた。
そんな、母さんが妙に大人しいのは俺達が居るから……だから。
「あのさ、それってホマの方にも同じような事言ってるよね?定番じゃん?」
「なるほど、頭が回るようだな。とすれば、この先俺達が何を考えているかもわかるかな?」
あざ笑うような男の言葉に『最低ッ』と母さんがこぼす。
「それくらいの抵抗があった方が楽しいというものだ」
男が何を言っているか意味は分からない。
だけど……
「や、止めろよ!母さんに酷い事をするな!」
「アル……」
「母さんに手を出したら許さないからな。俺は長男だから、だから父さんの代わりに母さんや妹を守らなくちゃいけないんだ!だから……」
意味は無いのかもしれない。
子どもの力なんてたかが知れている。物凄く怖い。
だけどここで俺が何とかしなきゃ、絶対に後悔することになる。
「ふっ、どうやら息子さんはこれから自分の母親がどんな目に合うか見たいらしいな?どうする、お母さん?」
母さんは小さくため息をつく。
「ナギさ、君みたいな目をしたやつ何人か見た事あるんだよね。自分は強い、相手を支配できるって思ってる『捕食者』の目だよね」
「そうだな。実際支配している。お前に出来ることは素直に従い別室へ行くか、子ども達の目の前で嬲られる姿を見せるか……」
ダメだ。母さんはきっと俺達を守るために素直に従おうとする。
「母さ……」
ふと、気づく。
母さんが『嗤って』いた。
「ねー、聞いていい?いつから?」
「は?何がだ?」
瞬間、男の胸を背後から剣が貫いた。
「なっ!?」
背後には誰もいないはずだった。
声がする。
「君はいつから自分が捕食者側だって『錯覚』していたのかな?」
崩れ落ちる男。
空間の一部が歪み俺達が良く知る人が姿を見せた。
「やれやれ、随分とザルな警備体制だね。罠かと思ったくらいだよ」
「ばぁば!!」
カノンが声をあげて駆け寄った。
そう。それは俺達のおばあちゃんだった。
「ねー、お母さん。こいつ殺しちゃったの?」
「殺しはあまりしない様にしているけどこういう手合いはどうもう許せなくてね」
「そーだね」
おばあちゃんはカノンの頭を撫でながら言った。
「せめてカノンには、私達が味わった様な悲しみを味合わせないようにしないとね」
おばあちゃんはどこかから取り出した鍵で母さんの手枷を外した。
そして俺の傍にやって来ると頭をくしゃくしゃ撫でてくれた。
「カッコよかったよ、アル」
「でも、俺……」
もしおばあちゃんが来なかったら……
「いいんだよ。立ち向かおうとしたその勇気があればそれでいい。きっとお父さんみたいに立派な男になれるよ。さてと……」
『音』が聞こえる。
こっちへ向かってくる何人もの足音。
「落とし前はつけさせてもらおうかな?」
□
【フリーダ視点】
「やれやれ、あんたも随分と落ちたものだな」
わたしとホクト、そしてタイガを見張っているのはヒザンだった。
「お前は本当に短絡的にしか物事が考えられないんだな。やはり女というのは……」
だからあんたが嫌いなんだよ。
昔から何かと決めつけで上から目線で。
「それで、ウチの旦那は生きてるんだろ?」
「ああ、一応はな。だけどお前の選択次第では死ぬことになるかもしれないな」
『糸』が振れる。
嘘が混じっているな。信用できないやつだ。
ナギ達と引き離されてすぐ手枷を嵌められた。
これは『気』を抑制する効果があるらしいのだが……そう言われてもなぁ。
勘違いされてるようだけどわたしは『気』をほとんど扱えないんだよ。
わたしの『糸』はどうも原理が違うっぽくてこの手枷には何の効果も無い。
ホマレの上司が来た時、一瞬冷静さを無くしそうになった。
だけどナギがこう囁いた。『闇夜のカラスだよ』って。
その一言でわたしは冷静さを取り戻すことが出来た。
それは相手が『嘘つき』であるとナギが感知した時に使う秘密の合言葉。
この時が来るのはわかっていた。
お義母さんが亡くなる少し前、わたしとナギ、セシル、そしてクリスが呼ばれた。
彼女は『予知』の能力があり、最後に見えた『予知』を私たちに教えてくれた。
伝えられたのはこの先いずれ起きる大きな転換期。
軍がホマレを捕らえ、死を偽装してわたし達をおびき寄せ人質にしてしまう。
ホマレはわたし達や子ども達を人質にされて悪い奴に協力させられ、戦争が起きることになる。
更に言えばわたし達もひどい目にあわされ子ども達も心に深い傷を負うことになる。
恐ろしい未来だった。
だけどお義母さんは言った。
わたし達が協力し合えば『未来は変えられる』と。
そして今日、この時が来たわけだ。
「フリーダ、お前が心を入れ替えるというなら今からでも遅くはない。お前の身柄は俺が預かり、あの男の子ども達もまとめて面倒見てやってもいい」
本気でそんな事を言っているのか?
いやいや、こいつの方が余程短絡的だよ。
「お前は本来、俺と一緒になるはずの女だったんだ。ただ、バカだから一時の迷いで道を間違えただけだ。まだやり直せる」
「ふざけるな!母ちゃんは何も間違えてなんかないぞ!バカにするな!!」
ホクトがヒザンに食って掛かった。
舌打ちをしてヒザンがホクトを蹴り飛ばす。
「ホクト!」
「子どものしつけくらいちゃんとしろ。どうやったら新しいお父さんにかわいがってもらえるか、お前がしつけるんだぞ」
抱いているタイガが泣きだした。
ああ、これはちょっと……
「……わかったよ」
「母ちゃん!?」
「フンッ、ようやく素直になったか」
「あんたとは一生わかりあえないということが『わかった』んだ。ちょっとは大人しくしていてやろうと思ったが、息子をけ飛ばされて黙ってられると思ったのか?あんたの方こそ、どうしようもないバカだな」
『糸』で特に意味の無かった手枷を破壊する。
「なっ!?」
ホクトの方へ歩いて行き立たせた。
「ホクト、あんたは本当に自慢の息子だよ」
「フリーダ、それは俺に反抗するという事だな?どうやら少し痛めつけてやらないとわからない様だな……」
はぁ、本当にこの男はクソだな。
ホクトを小脇に抱えヒザンの方へ歩いて行く。
これだけは使いたくなかったんだけどなぁ。
手を伸ばすヒザンの脇をすり抜け『黒い糸』を縫い付ける。
糸はヒザンの体内へと吸い込まれていき見えなくなった。
「『因果黒厄糸』!」
「なっ!?」
とりあえず隙だらけなんだよなこいつ。わたしを甘く見過ぎだ。
ヒザンに背を向けて出口へ向かって歩きながら告げた。
「幼馴染のよしみで教えておいてやる。お前に最悪で災厄な『黒い糸』を縫い付けた。そいつは『不幸』を招く。わたしや、わたしの家族に二度と近づくんじゃない。追跡しようと考えない事だ。そうすれば『生きていける』からな」
「何を言っている!?待やがれ」
私達に手を伸ばした瞬間、壁にかかっていた燭台が外れろうそくがヒザン目掛け降り注ぎ眼球を焼く。
「うがぁぁぁっ!?」
目を抑えうずくまるヒザンを一瞥し歩き出す。
「追わない事だ。そうすれば『災厄』には遭わない」
「ねぇ、母ちゃん今のって……」
「大丈夫。あの男はもうわたし達に危害を加えることはできないから」
廊下を歩いているとヒザンが叫びながら追ってくる。
「ふざけるな!この俺を舐めるんじゃねぇぇ!魔道具、スカラバエウス!!」
ヒザンの頭部に巨大な一本角が生え身体が変化していく。
「フリーダの分際で。バカ女のくせに、俺をこけにしやがってぇぇぇ」
「か、母ちゃん!!」
「問題ない。小さな蝶のはばたきが竜巻を巻き起こす。追跡しなければ巻き込まれないっていうのに……」
突撃して来るヒザンだがいきなり壁が崩れ両腕が盾になった魔獣が姿を現した。
「こいつ、アノマシル!?何で逃げだして……」
魔獣に激突し、ヒザンが止まる。
「追跡するな。そうすれば『生きられる』から」
この先彼がどうなるかはわからない。
だけどわたしや子ども達を追跡しようとする限り、運命の竜巻が永遠に阻む。
挑み続ければいずれ命を落とすことになるだろう。
あんたはわたしをバカといったがこの様子だとあんたの方が相当バカだぞ?
「さようならだ。永遠にな」
歩いていると前から懐かしい顔が現れた。
「あら、助けに来たんだけどもう終わってるっぽい?」
かつて雷の街で出会った女性。
オークと恋に落ちた転生者、アスカさんだった。
「すいません。ちょっと子どもを傷つけられて頭に血が上って」
「それは仕方ないわね。母親としちゃキレて当然よ」
アスカさんが来た方向から兵士達が武器を持ってやってくる。
「あ、そうだ。斬ってたの忘れてたわ」
アスカさんは持っていた剣をゆっくりと鞘に納める。
「主婦の嗜み、逝華・乱れ髪ッッ!!」
瞬間、兵士達が血を噴きだして倒れた。
すいません、息子たちモロに見てるんですけど……
「うん、キレイに逝けたわね。やっぱいいわねぇ、血の匂い」
ああ、忘れてた。この人ってアリス義姉さんと殺し合いしてた様な人だったわ。
綺麗なお姉さんの登場にわくわくしていたホクトだが口をあんぐり開けて固まっている。
「ホクト、一応忠告するけどエロい事をしようとか考えるなよ?」
「はい……」
【セシル視点】
拘束されたあたしを見てユズカが泣きそうな表情になっていた。
よくもまあ、ウチの娘を怖がらせてくれますね。
不安を与えない様になるべくいつもみたく振舞わないとダメですね。
「あたしが好きな数字は『3』なんですよ。自分でも時々おかしいなって思う時はあるんですけど、どうしようもないんです」
「君さ、自分の状況わかってる?」
尋問官を名乗る男が呆れている。
そりゃわかってますよ。
あれでしょ?この後私にエロい事する気なんでしょ?
聖女やってた時に聖女宮に置いてた薄い本で読みましたよ。
酷いものですね。鬼畜です。
変なスイッチが入ったジェス君も凄いですけどあれはいいんです。愛する夫だし。
「ところで軍の皆さんは随分とあたし達の事を過小評価しているようですね。まさかキナ臭そうな状況に気づかないでノコノコついてきたと?」
恥ずかしい話、最初ジェス君が死んだって聞いてガチ泣きしました。
でもお義母様から聞いた『運命の時』だってナギが教えてくれて一気に冷静になりましたよ。
「あたし、まだ未熟ですが商人の端くれでしてね。死んだ父も昔はそうでした。それでですね、『コネ』って重要だと思うんですよ」
「やれやれ、随分と喋るな。それで、コネがどうした?」
瞬間、壁がドロドロに溶けて一人の女性が入って来た。
「あー、すいません。完全に『予想外』なコネが助けに来てくれました」
その人物は炎を奔らせ兵士達を倒し、あたしの手枷を焼き切った。
「セシル!無事?」
普通さ、『この人』だけは来ないもの。
というか来ちゃダメでしょう。
女性の正体。それはイリス王国の現女王、『炎刃の聖女』イリシア・ランパディス・グレーシズ陛下だった。
「あ、ありがとうございます。陛下。えっ、でも大丈夫なんですか?」
一国の王が他国の軍に殴り込みをかけるなど国際問題に発展しかねない事はあたしでもわかる。
「ええ。最悪このままこの国をイリス王国に併合してしまえばいいだけだし問題ないわ」
予想以上に物騒な話始まったー!!
「冗談よ。今日はオフだから」
目が笑ってない。
そして『オフだから』は何の解決にもなってない!!!
唖然としていた娘がようやく言葉を発した。
「か、かっこいい!あたしも女王になる!!」
「ダメです!そこは憧れないッッ!!」
自分の息子の前では殺さないけど他人の息子の前だと割とあっさり殺っちゃうアスカさん。