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第135話 抑止力

【ホマレ視点】


「それでメール。人気のない所で俺に話とはどうしたんだ?」


 人に聞かれては困る、そんな結構深刻な話なのかもしれない。

 妹は黙ったままこちらに背を向けている。


「そうだな、もしかして旦那の事とかか?」


 こいつは旦那にぞっこんだからな。


「……ダーリンとは、別れてきたよ」


「なっ!?」


 予想以上に深刻な相談だったか!?


「一体何があった!まさか暴力を振るわれていたとかか?」


 妹は首を横に振り否定した。


「まさか、浮気か?浮気をしやがったのかあの男!!」


 だとしたらナダ人であるメールの価値観からすれば決して許せない裏切りだ。


「違う。あたしが、自分から別れを切り出したんだ。大切な人だから。迷惑がかかるからさ」


 どういうことだ?

 妹の真意がわからない。

 迷惑がかかる?

 不意に浮かんだのは亡くなったおふくろの顔。

 まさか、身体のどこかが悪いとでもいうのか?


「メール、お前……」


「星が綺麗だよね。覚えてる?小さい頃さ、一緒に屋根に寝そべって星を見たの」


「当然だ。きれいな星空だったな。その後でおふくろやアンママに二人してこっぴどく叱られたのもいい思い出だ」


「あー、そういや怒られたね」


 妹は苦笑しながら空を指さす。


「あそこに見える赤い星。あれが見える様になったのはつい最近の事。だけどさ、あたし達が見ている星の光はずっともっと昔の光なんだって」


「そういやそんな事を聞いた事が…………え?」


 ちょっと待て。

 何でこいつが『それを知っている』んだ?

 それは天文学が発達した地球(いせかい)だからこそ判明している事。

 この世界ではそもそもそんな考え自体が『存在しない』はず。


「あの光が、見えなかったら良かったのにな。でも、今だから良かったのかもしれない」


「メール?」


 何だ、この胸騒ぎは?


「ごめんね、兄ちゃん。あたしの事、許さないでいいから!!」


 この台詞……知っている。

 これは妹が戦いにおいて十字架を背負う『覚悟を決めた』時の言葉だ。

 瞬間、妹が地を蹴りこちら目掛けローリングソバットを繰り出してきた。


「なっ!?」


 顔面にもろ蹴りを喰らい怯んだところに組み付くとボディスラムで地面にたたきつけてきた。

 意味が解らない。何故だ!?何故妹がこんな事を!?


「トドメッ!!」


 毒針エルボーをしかけてくるがそれを受け止め反転して回避する。


「メール!どうしたんだ!?何でこんな事を!?」


「あたしは、兄ちゃんを殺さなきゃいけない!大切な人達の為に。二度と『失わない為』に!!」


「どういう事だよ!!?」


 攻撃が続く中、驚くべきことが語られた。

 何とメールもまた、親父や俺と同じ『転生者』であるという事。


 ある日突然始まった戦争で家族や友人を失い、自身も命を落とした少女。

 それがメールの前世であった。


「でも、何でそれが俺を殺すことに繋がるんだ!?」


「教えられたんだ。あたしを転生させた『神様』に!!」


 転生して俺の妹になる際、神が幾つか伝えた事がある。

 自分の父親、そして兄も転生者であるという事実。

 いつか自分が育った国とは別の土地で愛する人を見つけ、子どもを授かる事。

 その国で大きな政変が起きる事。


 いずれもこれまでメールの人生に起きてきたことである。

 そして最後に神はこう伝えた。

 赤い星が輝いた時、転生者である兄が原因で大きな『戦争』が起きる。

 それにより夫や子どもが犠牲になる、と。


「そんな事が……」


 でも、何で俺が戦争の原因なんかに?


「信じたくなかった。だから、あたしはずっと目を背けてきたんだ。でも!」


 神の予言通り、妹は愛する人との間に子どもを授かった。

 そしてイリス王国の政変にも立ち会った。

 不安が増大していく中、赤い星が輝きだした。

 もう時間は無い。イリス王国の民たち。夫、そして息子を失うわけにはいかない。

 だから、全てを捨てて俺を殺しに来た、と。

  

「落ち着け!それは神のまやかしだ!」


「そうかもしれない。そうだったらいい!でも本当だったら?もう嫌なの。もう『失いたくない』のッッ!!」


 愕然とした。

 そうだ。メールが前世で体験した最後は自分なんかと比べ物にならないくらい恐ろしいものだ。

 失う事への恐怖は相当なものだったはず。


「だけど俺も……」


 俺が死ねば妻が、そして子どもが悲しむ。

 だけどこいつは……いや、答えはもう出ている。


「わかった。戦争が止められるというなら……俺の命を差し出そう」


 俺は抵抗を止まて棒立ちになった。


「ッ!兄ちゃん!?」


「戦争が起きればお前の家族だけじゃない。俺の家族だって犠牲になるかもしれない。それを止めることができるなら差し出すよ。だけど……頼みがある」


 ゆっくりと頭を下げ、言葉を紡ぐ。


「お前が俺を殺した事は内緒にしていてくれ。そして、残された家族を頼む。それとお前は……家族の元へ、旦那や息子の元へ帰ってやってくれ。せっかく手に入れた幸せを、お前まで手放さないでくれ!」


「兄ちゃん……」


 ゆっくりと妹が近づいて来て俺の頭に拳を当てる。

 すすり泣く声が聞こえる。


「ごめんね……本当に、本当にごめんね………」


 俺の方こそ、辛い決断をさせて済まない。

 フリーダ、ナギ、セシル、クリス……こんな俺を愛してくれてありがとう。

 みんなを悲しませることになって本当にごめん。


 だがそのまま衝撃が来る事は無かった。


「………出来ないよ……やっぱり無理。兄ちゃんを殺すなんてあたしには出来ない……そんなの……」


 メールは崩れ落ちると泣きじゃくりはじめた。


「メール……」


 だけど俺が生きていたら戦争が……


「どうやら、間に合った様ですね」


 聞き覚えのある声。

 俺の上司、バレッタ隊長だ。


「隊長、何でここ……に!?」


 後頭部に衝撃が走り倒れ込む。

 薄れゆく意識の中で声が聞こえた。


「ヒザン!殺しちまったらどうするんだ。もうちょっと加減しろ!!」


「大丈夫ですって。こいつは頑丈だからそう簡単には死にやしませんよ」


 妹が俺を呼ぶ声がする……何だよ、心配するなって。

 ちょと何か頭が痛く………て……



  そして時計の針はフリーダ達がホマレの殉職を聞いた1時間後へと移動する。


□□


 目を覚ますと椅子に座っていた。

 身体を動かそうとするも鎖で固定されており動けない。


「あー、クソ。何だよこれ!?」


 しかも割れる様に頭が痛い。


「気が付いた様だな。気分はどうだ?」


 視線の先に、見覚えのある小男が居た。

 かつての仲間、サゲータだ。


「これはお前の仕業か?驚いたよ。まさかこういう趣味があったとはな。知り合いにそういう趣向の店をやってるヤツがいるから今度教えてやるよ」


「フンッ、それだけ憎まれ口を叩けるなら大丈夫そうだな」


「……どういうつもりだ?」


「お前の事は拘束させてもらった。お前を襲っていた妹も一緒にな」


 流石俺の元仲間。

 メールを拘束できるとは驚いた。


「それで……何でこうなってるんだ?」


「この国の『未来』の為だ」


「意味が分かんねぇな。なんか怪しい宗教でも始めたか?」


 俺の嫌味に対し、別の場所から声が上がる。


「宗教ではない。真剣にこの国の未来を憂う者達による『活動』だ」

 

 ガマガエルの様な面をした男性が暗闇から歩いてくる。


「初めまして、ホマレ君。私は」


「ゴンドール・ランゴバルト。確か軍の元お偉いさんだったな。今は政治家に転身したんだったか?」


「ほう。よく知っていたな」


 一応、軍とは何度か協力して活動したこともあるからな。

 正直あまり好きなタイプではないというのが彼に対する印象だ。


「それと、ウチの隊長の父親か」


「その通り。残念なことにあの出来損ないの親だよ」


 徹底的な男性社会であるゴンドール家にとってバレッタ隊長は冷遇された存在だった。

 ただ優秀な男に媚びその男性の子を産むだけ。

 それが彼女に対する扱いであった。


「彼女は優秀だと思うがね」


「いや、どうしようもない出来損ないだ。せっかくチャンスを与えたというのに今日に至るまで『レム家』の、君の『血』を我が家に迎える事が出来なかったのだからね」


「なるほど。彼女の告白はあんたの指示だったのか」


 道理で彼女の意思が感じられなかったわけだ。


「それで、俺の『血』とはどういうことだ?」


「君が特別な存在だという事は判明している。転生者の子として生まれた転生者。更にイリス王族の血もひいており……尚且つ非常に特殊な力を身体に秘めているね。『救世主』に変身する特殊な力をね」


 こいつ、『デュランダル』の事を知っている?

 まあ、街中で変身して戦った事もあるし、気づく奴がいてもおかしくないか。

 親しい一部の人間以外には『認識阻害』が作用するはずだが何事も例外は居るからな。


「救世主っていうか変な格好をした変な奴かな?」


「その力こそこの国の未来を守る為の切り札だよ」


 ああ、だめだ。こいつ冗談が通じない。

 すっげー苦手なタイプだな。


「どういう意味だ?」


「現在わが国の軍事力は非常に低い。それなのにこの国を動かす連中はどうせ戦争は起きないだろうと考えている。現在は他国からの侵略を食い止める為の『抑止力』としてレム・アンジェリーナいう大魔法使いが居る為、侵略はされていないだけだというのに」


 まあ、アンママとしては『抑止力』扱いされるのは不満だろうが事実としてイリス王国政変時には開戦を食い止めていたからな。


「彼女は我々の思惑通り動いてくれるわけでもないしその力はいずれ衰えていく。そして死という形で我が国は『抑止力』を失う事になる」


 そうだ。人はいつか死ぬ。

 おふくろがそうであったように、アンママもいつかはこの世界から消えるのだ。


「そうなれば我が国は他国の侵略を危惧せねばならなくなる。同盟国であるイリス王国とていつ牙をむくかわかりはしない。そこで考えたのだよ。我々が制御できる『抑止力』を作ってしまえばいい、と」


 はい、超絶きな臭い事言い始めました。


「そこで目をつけたのが君の持つ『光の力』というわけだ。君が協力してくれることで他国に対する抑止力、『ゼット』を配備することができるのだよ」


「長距離を狙える超破壊兵器。そいつのエネルギー源がお前ってわけだ、ホマレ」


 サゲータが冷たく言い放つ。


「お前さ、そんなのどう考えてもヤバイ奴じゃん。何で協力する気になったのよ?」


「俺の大切な人は他国に住んでいたがそこで起きた戦争で死んだ。それが理由じゃ不満か?」


「……いや、なるほどな。理解は出来たよ。だが協力するとは言ってないぞ?」


 メールは言った。

 俺が原因で『戦争』が起きると。

 つまりそれは、今のこの状況じゃないのか?


「家族が『抑止力』扱いされている俺が言っても説得力は無いだろうが過剰な防衛戦力の投入はいずれ自滅を招くぞ?」


「正しく扱えるものが持てば『諸刃の剣』も強力な武器になるのだよ、ホマレ君」

 

 やっぱ話通じねぇ。

 一番ダメなパターンじゃ無いか。


「だが、君が拒否するのはわかっていた。だから、こちらも考えたよ。どうすれば君が進んで協力してくれるかとね」


 何だ?強烈に嫌な予感がするぞ。


「実は君の奥さん達、そして子ども達を別室で預かっている」


「なっ!?」


 彼は語った。

 俺が殉職したとうその報告をして遺体確認の為、病院に偽装した軍の施設に連れて来た事。

 妻達をそれぞれの子ども達と一緒に隔離しているという事。


「流石に全員揃っていると何をしでかすかわからない女共と思ってね。それに、いくら暴れん坊でも子どもが一緒なら無茶はしないだろう」


「お前……それでも軍人かよ!?」


「これは国を守るための作戦だよ?そもそも、君の妻達には他国のスパイである疑惑がある。何せ、元聖女だった女性達だからね。ナギ君は、指名手配されていたそうだな?」


「ナギは確かに一度はイリス王国に指名手配されていたが正式に取り下げられて聖女として引退したぞ?」


「手配を取り下げる代わりにスパイ行為を行うように言われているのかもしれない」


「そんな馬鹿げた事!!」


「セシル君。彼女はもっと深刻だね。彼女は亡くなったとされる『斬滅の聖女』と同一人物なのではないかな?」


「ぐっ……」


 そこは痛いところだ。

 色々と事情があり、彼女はイリス王国では死んだことになっている。


「彼女らは我が国にとって『脅威』かもしれない。厳しく『尋問』する必要がありそうだ」


「貴様……」


 こいつ、俺の反応を見て楽しんでいるな。

 

「彼女らは運が悪いな。今、ウチが抱えている尋問官は少し素行が悪くてね。君のお姉さんは学生時代に色々あったそうじゃないか。彼らが行う『尋問』がどの様なものか心配だよ」


 こいつが言っているのは恐らくリリィ姉さんの事。

 学生時代、姉さんは当時交際していた男性に乱暴された。

 要するに尋問官がナギやセシルにそういうことをする可能性をチラつかせているわけだ。


「ああ、言い忘れた。あの勝気な感じのバカ女、フリーダとか言ってたかな?彼女の傍にはそう、幼馴染の男性をつけておいたんだよ。彼はちょっと短絡的なところがあるから変な間違いをおかさなければいいのだが……」


 よりによってあのモラハラ野郎を傍に置きやがったのか!?

 血が出る程くちびるを噛み、下衆なガマガエル男を睨みつける。


「あくまで可能性の話だよ。ただ、私も君の説得にずっと時間を割いていると彼らを管理できず暴走させてしまうかもしれない。そう言えば子ども達も一緒に居るんだったね。ショッキングな光景を目にしなければいいのだが……」


「どこまで腐ってやがる!」


「可能性を話しただけだよ。さて、そろそろ君の返事を聞いてみたいのだが、どうかね?」


「俺は……」


 ダメだ。拷問を受けようが自分の事なら耐えれる。だけど……


「君ならそう言ってくれると信じていたよ」


 俺の返事を聞き、ランゴバルトは満足げにほくそ笑むと短剣を取り出し俺の胸に突き立てた。


「平和の礎となってくれてありがとう」


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