第121話 4年後
今回ナギがキレていますがこれは第80話にて未来からきたアルが語っていた『母さんにキレられたエピソード』です。
【ホマレ視点】
俺は家に帰る途中でおふくろが眠るレム家の霊廟を尋ねていた。
以前は1週間に1回くらいの頻度で来ていたが最近は1か月に1回くらいに収まっている。
少しくずつ、おふくろが居なくなった事を受け入れて前に進めているんだと思う。
「やぁ、おふくろ。会いに来たよ」
花を供え手を合わせる。
この作法自体は文化として根付いているものではないのけど俺は元日本人だからさ。
だからかな、俺の他だとナギも同じ様に手を合わせるし、子ども達もそれを真似したりしている。
「おふくろ、俺さ。今年で31になったぞ」
おふくろが死んでから4年が経った。
俺も今じゃすっかりオッサンだ。
などと言えばもっと年上のナギが頬を膨らますので口にはしない。
ちなみにナギは37歳だが全く年齢を感じさせない。
「子ども達も大きくなっていってさ。もう毎日が大騒ぎだけど楽しくやってるよ」
地球程ではないがやはり子どもが大きくなっていくとお金もかかる。
なので定期的に夜番に入るようにしたりと工夫はしている。今日もその帰りだ。
実際の所、チート冒険者だった時代に稼いだ貯金がまだまだ残っているが何があるかわからない。
自分達が居なくなった後で俺らきょうだいが不自由しない様に色々な基盤を作ってくれたように、俺も子ども達の為に色々と残すようにしてやりたい。
「おふくろ……俺は、きちんとやれてるかな?あなたみたいに子ども達を育てていけるかな……」
答えは帰ってこない。
だけど恐らく、おふくろならこう言ってくれるかな。
『大丈夫。君はボクの自慢の息子だからさ』
あなたの息子に転生できて本当に良かったよ。
「それじゃあ、また」
出来る事から少しずつ。
そんな事を考えながら俺は家族の待つ家へと足を向けるのだった。
□
「ただいまぁ、帰った……」
「アールー!?ありえなくない?ママ激怒だし!!」
「えっ!?」
結婚してから今まで聞いた事の無いナギの怒声。
次いで長男の悲鳴が響いていた。
「うわぁぁぁぁ、母さんごめんって!あれは事故なんだって!きっと女神様もお許しになるから!!」
「女神様が許してもママは許さないの!」
何事かと慌てて見に行くとナギがアルを捕まえて鬼の形相でお尻を叩いていた。
え?あれってナギだよな?子ども達がどれだけやんちゃしても声を荒げる事の無かったナギが無茶苦茶怒ってる!?
傍に立っているホクトはその迫力に顔を真っ青にして震えていた。
「ホンット最低!ほら、ママと謝りに行く!」
「あい………」
ぐたっとした息子を抱えナギはぷんぷん怒りながら立ち上がる。
「えーとナギ……これは一体」
「アルがね、ヒイナちゃんのスカートずり降ろしたの。しかもお外で!ちょっと謝りに行ってくるから!」
うわぁ、やっちまったな息子よ。
ヒイナちゃんはアルが赤ん坊の頃から『この子と結婚する』って公言する程にアルを気に入っていた。
母親であるリリィ姉さんも『まあ、大きくなったら自然と落ち着くか』と言っていたがそんな事は全くなくアルに対し積極的なアプローチは続いていた。
一方アルはというとそんなヒイナちゃんをうとましく感じており逃げ回っていたんだがその過程でやらかしたのかな?
「えーと、俺も行った方がいいかな?」
「いい!ホマはついつい庇っちゃうからね。きちんと自分のした事の責任取らせないとダメなの!ごはん用意できてるから適当に食べてて!!」
やべぇ、マジで怖い。あいつキレたらこんな怖いのか……
ナギの触れてはならない逆鱗に触れたんだろうな。
何というか息子よ、頑張れ!
「と、父ちゃん……」
ホクトはまだ震えていた。
余程怖かったんだろうな。
「まあ、お前もああならない様に気を付けるんだぞ?」
「あ、あの……」
ホクトは何か言いたげだ?
何事かと耳を傾けると……
「ヒイナちゃん、白だった」
顔を赤らめながら従姉の履いていた下着の色を報告され俺はがくりと項垂れた。
直後、脳天に後ろから来たフリーダの拳骨が落ちた。
「ホクト!あんたは何を報告してんだよ!」
言わんこっちゃない。
「ま、まあそういうのに興味を持ったりする年頃だし」
「こいつのエロさは2歳の時にはほぼ完成してただろ」
「おっしゃる通りです」
もう少し庇ってやろうかとも思ったが下手すれば俺からの遺伝という部分に飛び火するので断念だ。
フリーダは息子の首根っこを掴むとテーブルの方へ連れて行った。
ホクト、もう少し抑えような。
あれだ、パパは知ってるんだぞ?
お前が実はヒイナちゃんの事好きなの。初恋なんだって。
でも恐らくダメだろうな。アルにぞっこんだもんなぁ。
だからせめて嫌われないようにだけは気をつけような?
「お父様。お帰りなさい!!」
頭上からの声。
ため息をつきながら娘のかかと落としを受け止める。
「ただいま。ユズカ、帰ってくるたびに襲撃するんじゃありません」
「えー?」
長女ユズカは典型的なレム系女子。
かなり活発で暴れん坊に育っている。
ただ、人前では一転しておしとやかなお嬢様を演じることが出来るのだから末恐ろしい。
スキル『オーラマイスター』を使いこなし様々な能力・技を日々編み出している。
何かケイト姉さんと似てるな。まあ、親戚だもんな。
ただ、一番得意なのは最初に目覚めた『塩』であることは変わらない。
塩の塊をミサイルみたいに飛ばすんだよなこいつ。
「パパ、パパ」
俺のズボンを引っ張る子がいた。
おふくろに名をつけてもらった次女のカノンだ。
「ねーパパ、しつもーん」
「えーと何だ?」
「あのね、『タコヤキ』ってなーに?」
カノンは知識欲が強く色々な事を知りたがる。
「ばぁばがこの前来た時に『タコヤキ』って食べ物があるって教えてくれたの。でもどんなお料理かわからないの。ばぁばはヒントだけくれて『考えなさい』って。それで……」
カノンはスケッチブックを見せてきた。
そこにはこの子が思い描く未知の食べ物『タコヤキ』の想像図が幾つか書かれていた。
粉をまぶしてタコを素揚げしたものやお好み焼きの様な生地にタコを丸ごとインした料理など中々面白い発想だ。
「うむ。残念だがどれも不正解だ」
「えー」
「じゃあパパからもヒントだ。『タコヤキ』はもっと小さい食べ物だ。だから何個も食べる」
「何個も!?」
カノンは考え込む。
「という事はお手軽に食べれるようなカタチ?そうなるとタコを小さく分割する?そうなるとカタチの予想も幅が広がっていくなー。そもそもまずタコの様に気持ちの悪い生物を食べるということ発想自体が非常に珍しいものであり……」
凄い考察しているな。
もうすぐ4歳になるとは思えない。
この子は将来、学者とかになるかもしれないな。
あるいは変人かの2択な気がする……うーん……後者だったらどうしよう。
積み木を器用に組み立てて遊ぶ三女に声をかける。
おふくろの名前をミドルネームに貰っている『ベル』ことブルーベルだ。
「ベル。ただいま」
「#&’%##’&’%%G$」
ベルは顔をあげる返事をするがこれまた何やら奇妙な言葉が飛び出した。
だいたいわかるのだが念のために娘の言葉を解析しはじめる。
「なぁ、ベル。素直に『お父さん、おかえりなさい』でいいだろ?」
娘は『一音ずつずらして』返事をしていた。
おそらく何となく『気分』でだろう。
「はい。おかえりなさい」
やれやれ、やはりというか何というか……俺のきょうだいに負けぬ個性的な面々だな、
そしてもうひとり。兄や姉達から離れてお絵描きをしている3人目の男の子の傍へ。
「タイガ、帰ったよ」
我が家の末っ子、タイガはフリーダとの間に生まれた。現在1歳7か月。
末っ子は手を止め俺を一瞥するとぷいっとそっぽを向いてお絵描きを再開した。
やれやれ。イヤイヤ期とかいうやつなのかな……
「タイガ、あんたパパが帰ってきたのっていうのに……」
「まあ、ちょっと寂しいけど。見守っていこう」
実際の所あんまり心配していない。
何せこの末っ子、実はかなりの甘えん坊でちょっと素直じゃないだけなのだ。
俺が寝てたりすると気づけば横で寝てたりする。
出来れば起きてる時も甘えに来て欲しいけどな。
「それにしても、ナギがあんなに怒ってるのは初めて見たぞ」
「ああ、実は昨日やらかしてたらしくてさ。何かアルとホクトとユズカが遊んでる所にヒイナちゃんが来て混じろうとしたんだがアルが逃げ出しちゃってさ。それで追いかけられている課程で仕返しにスカートをな」
うん。それは『女神様はお許しにならない』やつだよな。
あいつめ、ちゃっかりナギの嫌いな『嘘』まで絡めてやがったのか。
子どもらしいがナギ相手には悪手が過ぎるぞ。
「たまたま朝ごはんの時にユズカがポロッと喋って発覚したんだ」
うわぁ、思いつく限り最悪の発覚だ。
ユズカはペロっと舌を出していた。
「そこからナギがキレちゃってさ。セシルとクリスも止めに入ったけど仕事の時間が近づいてたのと、やっぱアルが悪いよなってなってさ。二人はとりあえず仕事に行ったけど」
そっか。ふたりは仕事か。なら夜に会えるのは夜だな。
ナギがあんなキレ方するのは付き合いが一番長い俺も初めてだからな。
「そうか。ナギもあんな風に怒るんだって本当にビビったぜ」
「まあ、わたしはあんたと結婚する前によくナギと喧嘩してたから慣れっこだけどな。掴み合いをした事もあるんだぞ?」
悲報。フリーダの方がナギをよく知ってました。
こいつら俺の知らない所でそんな事をしてたのか。
そりゃ信頼が強いわけだわ。
「帰ってきたらちょっとフォローしてやらんといかんな」
「ナギを怒らせない様に気をつけろよ」
「わかってるって」
それにしても尻叩きかぁ。
俺もおふくろにされたなぁ。12歳くらいの時に……
「やれやれ」
今日も我が家は賑やかだな。