第120話 名前のない愛でもいい ※挿絵有り
今回は同名の邦楽を聞きながら執筆したのでこういうタイトルになりました。
「ホマレ、ほらコーヒーを淹れてあげたよ。お砂糖とかは……」
「ありがとう。別に何も入れない。『ブラック』でいいよ」
おふくろが妙な顔をした。
ああ、そうか。こっちの世界じゃ『ブラック』って言い方は浸透してなかった。
「親父が言ってたんだ。地球じゃ何も入れないの『ブラック』って言うらしくて、大人の味わいだって」
「お父さんが?ふーん、そうなんだ。あの人って甘党なのにね」
そうなんだよな。親父って結構砂糖入れるからよく怒られてるんだよな。
砂糖がそこまで貴重な世界じゃないからいいけどさ。
「何か急に大人びちゃったね」
「ふふっ、スキルを全部その辺に落としてきて俺は大人になったのさ」
そうだ。これは俺が神にスキルを返却した後。
その時の夢だ。
「時々君はよくわかんないことを口走るね。その辺もお父さんに似てるよ」
俺の横に腰掛けるとおふくろはそっと俺を抱きしめた。
「大丈夫だよ。スキルを落としちゃっても君は大切な息子だからね」
「ちょっ、恥ずかしいだろ」
「その割には逃げないね?ふふっ、ようやく落ち着いて家に居てくれるようになって嬉しいな。小さい頃はずっとお父さんについてあちこちいっちゃって寂しかったなぁ」
「……ごめん」
かつて俺がちやほやされていたのは『神の愛情』というスキルによるもの。
皆が無条件で俺をほめたたえ、俺に愛情をもって接してくれる。
それを返却してしまえば俺はまた誰からも興味を持たれなくなる。
多くの人が俺から目を背ける様になった。
だけどレム家の人達だけは、何一つ変わらない愛情を俺に向けてくれていた。
おふくろもそのひとり。本当に俺は、この家族に救われていた。
「ふふっ、素直にもなった。ほらほら、かわいいボクの坊や」
「流石にそれは………恥ずかし過ぎるから勘弁してくれ」
この幸せが、いつまでも続けばよかったのに……
【ホマレ視点】
目を開けると天井が見えた。
これは実家の……俺の部屋の天井だ。
ゆっくりと体を起こし廊下へ出る。
あれから数日、葬儀は滞りなく終わり火葬され灰となったおふくろは小さな壺に納められた。
地球だとしばらく家に安置する習慣があるがこの世界ではその限りではない。
だからおふくろの遺骨はそのままレム家の霊廟に安置されている。
おふくろが寝起きしていた部屋を覗く。
そこには当然おふくろの姿は無く、畳まれた寝具がベッドの上にあるだけだった。
数日前、ここで娘に名前を贈ってもらった。だけど今はもう……
リビングにはかつての様に家族が揃っていた。
親父、アンママ、メイママ。
市内に住むケイト姉さん、リリィ姉さん、リム。
遠方へ嫁いでいったアリス姉さんやイリス王国で公爵夫人になったメール、そして新たに加わったアオイがそこにいた。
ただ、おふくろだけが居ない。おふくろだけが……
「兄ちゃん……」
立ち尽くしている俺を心配してメールが声をかけてきた。
妹は俺の手を取りいつも座っていた席へと案内してくれた。
こうしておふくろの居ない日常が始まった。
□
朝食を摂った後、皆それぞれの場所に戻っていく。
ただアリス姉さんは『もう少しここにいる』と実家に残り、アオイが付き添っていた。
俺も家に戻る為、リリィ姉さんと歩いていた。
「ねぇ、ホマレ。本当に大丈夫?」
「ああ。この数節の間で覚悟はしてたからさ。でも驚いたよ。おふくろの葬式に思った以上にたくさんの人が来てくれてさ」
「仕事の関係もあるけどリズママの立ち上げた事業で助かった人も多いから……あんたのトコのクリスだってそうでしょ?」
そう言えばクリスはリーゼ商会が運営していた孤児院に居たんだよな。
それまでは孤児院といえば劣悪な環境であるところが結構あった、
だけどおふくろはそれを良しとせず孤児院の経営に乗り出したんだっけ。
本当に、凄い人だ。
頭が下がる思いだよ。
歩いているとコートのポケットに手を突っ込んだ女性が俺達を待ち構えていた。
俺の家に滞在しているナギの母親だった。
「やぁ、おかえり」
「あ……はい。えーと散歩、ですか?」
「いや、そろそろイエローヘッドへ帰ろうと思ってね。結構長い休みを貰ってたし。私を必要としている人達も居るからね。また休みになったら様子を見に来るよ」
「そうですか……」
義母さんはしばらく流れる雲を眺め、深呼吸をした後言った。
「私は、リゼットに救われた」
「え?」
リリィ姉さんが外そうとするが義母さんは『一緒に聞いてくれ』と姉さんをとどめた。
「私もね、ナギと同じく地球に居た頃は散々な人生だったんだ。気づけば殺人に手を染めていたしそれが選択肢に挙がるような人間になっていた。その後は知ってるだろ?」
彼女は、親父を巻き込む形で大事件を起こしこちらの世界へ転生した。
そして転生後もこの世界で悪事に手を染めていた。
「私のポジションはさ、ヒーローに倒される宿敵そのものだった………少なくとも君達の両親が結婚した時はそうだった。だけど何やかんやあってさ、君らに関わっている内にわたしの中で何かが変わっていったんだ。特にホマレ、覚えてるかな。私が君のオムツを替えてあげた時の事」
「ああ。勝手に家に侵入して俺のオムツを替えて大騒ぎになりましたよね」
「あれさ、ちょっと悪戯して驚かせてやろうと思っただけなんだ。だけど何だか急に君が愛おしくなってさ、気づいたら何か母親っぽい事をしていたんだよね」
義母さんは苦笑していた。
「君の父親、ナナエダやアンジェラとかは激怒してたけど、リゼットはちょっと戸惑っててさ。そこから時々会って話をするようになったかな。何か友情芽生えちゃった的な?それで娘を手放した事とか色々話してさ。『もしいつか地球へ行く事があればちゃんと探してあげよう』って言われたよ。それで、段々アンジェラやメイシーとも話をするようになったかな」
まあ、その間も我が家にちょっかいをかけるという恒例行事は続けてたんだよな。すごいよこの人。
「そんな事が……」
実際に彼女はナギを見つけている。
最初はちょっと歪んだ不器用な接触しかしていなかったが最終的にはナギを連れてこちらに戻って来ている。
「私はどうしようもない人間だった。でもリゼット達のおかげで自分の人生を取り戻せた。娘と親子の時間を過ごし、結婚を見届け、孫に恵まれた。だからさ、私も出来る限り自分の罪を償うという意味で誰かの為に出来る事を探す様になったんだ。『光堕ち』ってやつかな。ははっ……」
彼女は寂しそうに笑った。
「君の母親は立派な人だった。彼女の友人だった事を私は誇りに思うよ。残りの人生、私もどれだけあるかはわからないが彼女みたいに生きていこうと思う」
「……ありがとうございます」
そして次にリリィ姉さんの方を見た。
「リリアーナ、君にも色々迷惑をかけたよね。本当にごめんね」
義母さんはかつてリリィ姉さんを焚きつけて地球へ家出させた。
一応、姉さんが発祥していた呪いを克服させるのが理由だったけどあの時は本当に大騒ぎになったんだよな。
「いいわよ。あなたは何だかんだ言って私の事を心配して見守ってくれてたんだから……おかげで旦那になる人とも出会えたわけだし。それに今はもう『家族』でしょ?」
「やれやれ……本当に君達一家って反則なことするなぁ」
「だろ?ウチは不意打ちでこういうのが来るから」
俺もこれで何回泣かされた事か。
「ちょっとカッコ悪い姿を晒す前に退散するとしよう。それじゃあ、また会おう。私の『家族』」
そう告げると義母さんは手をひらひらさせながら去って行った。
□□
家に帰るとアルとホクトが駆け寄って来る。
「ははっ、帰ってきたぞー。あれ、ユズカは何処だ?」
いつもならその辺を這いまわってるはずだが……
するとホクトが上を指さす。
上?まさかっ!?
「パーパー!」
「ぬあああっ!?」
頭上から娘が強襲してきた。
慌てて受け止めた所に息子二人が抱き着き思わず尻もちをついてしまう。
「ああ、もうユズカったら!!」
「これは本当にどうしたらいいか考え物だな」
セシルとフリーダがやって来て。
「カノンはお姉ちゃんの真似しちゃダメだからねー」
「カノンは多分、アルと同じ『声』系の何かをするんじゃないかと思いますよ」
カノンを抱いたナギ、そして出産を間近に控えたクリスも出迎えに来てくれた。
「はは、本当ににぎやかな家だな」
「おかえり、ホマレ……」
フリーダの言葉に俺は頷き言った。
「ああ、ただいま」
□□□
年を越えて半月ほどして、クリスが元気な女の子を出産した。
これで我が家は男の子2人、女の子が3人になった。
「あの、ホマレさん。実は相談があるんですけど……この子の名前」
「相談?」
「その、もうお義父様達には許可を頂いてるんですけど、この子にはミドルネームを付けてあげたいんです」
「ああ、いいけど。どんな名前にするんだ?」
するとクリスはフリーダ達に視線をやる。
先輩3人が頷くとクリスは意を決して娘の名前を告げた。
「…………レム・『リゼット』・ブルーベル」
「!!」
おふくろの名前……
「クリスはさ、この子をお義母さんに抱かせてあげられなかったことを凄く悔やんでるんだ。だから……」
「ホマ、構わない、よね?」
ヤバイ、これは色々と……
「ジェス君……泣いてます?」
「ありがとう。クリス、みんな……」
うん。もう完全に泣いちゃってるぞ俺。
今まで泣かない様にして来たのに。
ああもうっ、嫁たちまで反則使ってくるんだから参ったなぁ。
「今日からお前はレム・リゼット・ブルーベルだ。ありがとう、そして………ようこそ、この世界に」
流れる涙を拭いながら娘に祝福を贈るのだった。
レム・リゼット・ブルーベル
生年月日:星歴1246年1月15日
肩書:レム分家三女・第三世代
母親:クリス
本気で戦闘が全くなかった第16章終了。
次章からはいつものノリに戻ります。