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第119話 最後の刻

関係者全員の反応を書いていると冗長になってしまうので敢えて絞って書いています。


【ホマレ視点】


 警備隊の仕事をしていると人の死に直面してしまう事もある。

 死なんか慣れっこだと思っていた。

 だけど……いざ自分の親となると全然違う。

 目の前にちらついているおふくろの死に心はただ焦っていた。


「よぉ、ホマレ。ちょっといいか?」


 事件も特になかったので日報を書いていた所、イザヨイが声をかけてきた。


「実は妻から聞いたんだが……その、大丈夫か?」


「ああ、リムも聞いたんだな。おふくろの事」


 イザヨイの妻は末妹のリムだ。


「うむ。彼女も相当ショックを受けていてな。それで、あいつであれならお前はもっとショックなのではないかと思って」


「ははっ、気を遣わせて済まないな。俺の方は大丈夫だ。それよりもお前は可愛い妹の方をもっと気にかけてやってくれ」


「………話を聞こうか?」


 やれやれ、お節介な奴だな。

 俺は大丈夫。大丈夫決まっている。だって……

   

「大丈夫さ。きっとおふくろが良くなる手段は見つかるはずだ。例えばそう、『コンロン草』なんかどうだ?あれは色々な病に効く仙草だ」


「あいつと同じことを言ってるな。ホマレ、そんなものお前の家族が試していないわけないだろう?」


「何だよ。その言い方」


「現にあいつは慌ててその事をメイシーさんに伝えに行ったが『もう試した後でした』ってしょんぼりしながら帰ってきたぞ」


 ダメだったか。

 だが万策尽きたわけでは無い。

 きっと何か手があるはずだ。


「ホマレ。お前のおふくろさんは何を望んでいるんだ?大事なのはそこじゃないのか?」


「何を言ってるんだ。そんなの、死んじまったら終わりじゃないか」


「時間が無いんだろう?それなら」


「お前は他人だからそんな事言えるんだよ!」


 言ってから『しまった』と思った。

 だがイザヨイは特に怒った様子もなく俺を見て言った。


「確かに俺はあの人とはつながりが薄い。それでも妻や相棒であるお前が悩んでいるのを見て見ぬふりは出来ないんだ」


「……すまん。でも、受け入れられないんだ」


 何かあるはずだ。

 もっと考えれば何か……


「そうだ!あの方法なら……」


 ある可能性が浮かんだ。

 実現だって不可能じゃない。


「ホマレ……」


「頼むよ。俺は足掻きたいんだ。諦められないんだ。だから……」


 仕事を早く切り上げ、実家へ向かう。

 おふくろまだ戻って来ていない様だ。

 

「親父!聞いて欲しい事がある」


 毎年恒例のたくあんづくりをしている親父に声をかける。


「なぁ、俺気づいたんだ。おふくろだけど、地球(いせかい)へ連れて行ったらどうだ?あっちは医療技術も凄いわけだし、きっと何の病気かわかる。治す手段だってあるはずなんだ」


「ホマレ……」


「理論的には可能だよ。だって、リリィ姉さんがエクストリーム家出した時に俺達は地球(あっち)へ戻ったじゃないか。学校の裏山に神様が住んでいるだろ?頼めばきっとあっちへ行かせてくれるよ。金は、こっちの珍しいアイテムとかを向こうで売ればそれなりの額になるだろ?あっちで最先端の医療を受けさせて……」


「ホマレ。落ち着け!!」


 親父が珍しく大きな声を出して俺を止めた。


「お前の言っていることはわかる。だけど、リズは……母さんはそれを望んでいないんだ」


「だからそれがおかしいんだよ!そこに可能性があるのに何で全力を尽くさない!あんたの妻だろ!?このままじゃ居なくなってしまうんだぞ!?弱っていくのに何もしない。何とも思わないのか!?」


「…………何とも思わないわけないだろ。俺だってもっと生きていて欲しいさ」


「それなら……」


「あいつは家族と過ごしたいと希望している。それを無視して、あちこち連れ回したらきっと体力も使うだろう。そんな苦しい想いをさせて家族との時間を減らさせたくない」


「だけど……」


「俺はあいつのしたい様にさせてやりたい。だから辛い事だが、受け入れてやってくれ」


 でもそんなの……


「ただ弱っていくのを見ていろっていうのか?」


「ホマレ、あれは母さんがお前達にしてやれる『最後の教育だ』。人は必ず死ぬ。どういう風に最期を迎えるか。残されるものがどう受け止めればいいのかを教えようとしているんだ」


「親父……」


「息を整えて、母さんを見るんだ。いずれはお前自身が教えなきゃならない時が来るんだからな」


□□


 途方に暮れながら家に戻る。

 おふくろはまだ家に居た。


「どんぶらこっこ、どんぶらこっこ。皆で力を合わせてようやくラプラムは抜けました。めでたしめでたし」


 おふくろ作、異世界版『大きなカブ』の絵本を孫たちに読み聞かせていた。

 だから色々とカオス過ぎるんだよその絵本。

 カブひとつ抜くのにベヒーモスとかワイトとか出てくるしさ……


 孫たちの頭を撫でながらおふくろはソファにもたれかかり大きく息を吐いていた。


「あっ、お帰りホマレ。この子達って大人しくお話を聞けるんだね。アリス達とは大違いだよ」


「姉さん達はツッコミの嵐だったからな」


「あれに慣れてるからツッコミが無いのは少し寂しいけどね」


 おふくろは苦笑していた。

 俺はおふくろの向かいに腰を下ろす。

 空気を察したフリーダとセシルが子ども達を連れて離れた。


「なぁ、おふくろ」


「なぁに?」


「本当にいいのか?治療方法とか探したりしなくて………俺、諦めがつかないんだ。ガキの頃から散々心配かけて、ロクに親孝行も出来てないのにこんなのって……」


「したじゃない。可愛いお嫁さんを見つけてきて、孫に会わせてくれた。すっごい親孝行だよ?」


「でも……俺はおふくろと別れたくないんだ」


「そうだね。それはお母さんも同じ。でもそれはもうどうしようもない事なんだ。だから、せめて最後まで自分らしく生きていたい。お母さんの望みは大切な家族と一緒に過ごしたい。だから……ね?」


 俺は顔を手で覆って頷くしかなかった。

 それがおふくろの願いというなら……受け入れるしかなかった。


□□□


 秋が来た。

 その頃からおふくろは段々と伏せていることが多くなった。

 俺は仕事の合間を縫っては実家を訪れおふくろと話をした。

 姉さんや妹達が一緒になる事もあった。

 子どもがいる場合はその子達を連れて来ていることも。


「ねぇ、お祖母様は何でいつも寝ているの?」


 リリィ姉さんの娘、ヒイナちゃんが不思議そうにおふくろを見ていた。

 ヒイナちゃんはおふくろとは血の繋がりは無いがナダ文化的にはあまり関係が無い。

 だからおふくろを『祖母』と認識しているしおふくろも『孫』として扱っている。


「………ちょっとね、病気なんだ」


「なでなでしたら治るかな?そしたらアル君との結婚式にも来れるよね?」


「またこの子は………まだ子どもなのに」


 姉さんが苦笑するが少し涙声になっていた。


「ふふっ、ヒイナちゃんはおませさんだね。そんなにアルが気に入ったの?」


 おふくろが目を細めてヒイナちゃんの頭を撫でる。


「うん!アル君かわいい。きっとイケメンになるよ」


「そうだね。それは間違いないよね」


 アル、お前完全にロックオンされてるぞ?

 尚、アルはあまりヒイナちゃんの事を気にしておらず弟や妹遊ぶのが楽しいといった感じだ。

 たまにヒイナちゃんと会ってもやたらと構ってくる彼女から逃げ回る始末だからな。


「応援してるよ。頑張ってね」


「うん!!」


 応援されちゃってるよ。頑張れ、、息子よ!!


□□□□


 冬が来て……その頃には食事が喉を通らなくなり目に見えて痩せてきていた。


「お義母さん、お水ですよ」


 一緒に実家を訪れたフリーダに手伝ってもらいながら水を口に含む。

 本当にわずかしか飲めない。そんな状態であった。


「ねぇ、ホクトは最近どう?」


「もう毎日走り回ってて、それ疲れたら何処ででも寝ちゃうんです。ちょっとした小型モンスターですよ」


「そうだね。ホマレもやたら動きまわって大変だったなぁ。おとなしくお昼寝なんてしてくれなかったんだよ?」


 いや、あれは筋トレだよ。

 神から貰ったスキルを効率的に使うべく体力をつけようと色々やってたのであって……まあ、手のかかる子どもだったかもしれない。


「散歩に連れて行ったら若い女の子が『かわいい』って寄ってくるんですけど絶対本人はエロい事を考えてるんだろうなって思うと日々心配ですよ」


「男の子はエロいくらいがちょうどいいよ。ほら、ホマレだって昔は女の子を……」


「ちょっ、待って!あの頃の事はマジで止めて!!」


 あの頃の女性遍歴は酷いの一言だ。


「あんた、ビキニアーマーの女戦士とかパーティに入れてたよな」


「それに触れないでくれよ……」


 そうだよ、フリーダはあの頃の俺を知ってるんだよな。

 もう恥ずかしくて仕方が無い。

 しかもその元女戦士、この前クリスと買い物中に再会して凄く気まずかったんだよ。

 

「ホクトは同じ様な事にならないように気を付けて育てます」


「そうだね、きちんと責任とれる子に育てないとね」


「おふくろまで……」


 いや、ちゃんと責任とってるじゃん。4人も。


□□□□□


「ああもうっ、ユズカがまた天井に!!」


「ふふっ、元気だよね。寝転んでてもよく視えてこれはこれでいいんじゃないかな」


 天井を這う娘の奇行もおふくろからすればかわいい孫のサービスムーブらしい。

  

「セシル、あんまり心配ばっかりしてると早く老けるよ?ボクもホマレのおかげでどれだけ老けたか」


「うっ……身に覚えがあり過ぎて辛い」


 俺ってばどれだけおふくろに心配かけてきたんだよ。

 

「セシル、ホマレが色々迷惑かけるだろうけど支えてあげてね。君を見てると若い頃を思い出すな。出会ったのは初めてだけど結婚は『3番手』。いいよね、『3番』って」


「はい、勿論です!ジェス君の『3番目』はあたしの誇りです!!」


「ふふっ、君みたいな子が息子の人生にいてくれて本当に良かったよ。これからもその明るさで助けてあげてね」

 

 おふくろはセシルの手を握りながら微笑む。

 そしてもうひとり、一緒に来ていたクリスに目をやる。


「クリス。君はこれから初めて母親になる。不安も沢山あるだろうけど家族を信じて。君には3人も先輩が居るからね。楽しい時は4倍、苦しい時は4分の1で済むんだよ」


「はい……」


「おふくろ、凄くいい言葉だけど……俺を忘れてるぞ?」


「尚、旦那はその計算には入りません。大きな子どもだからね」


 ひでぇ!!


「確かにジェス君は大きな子どもですね」


「はい。言えてます」


 おふくろ、セシル、クリスが笑いだす。

 旦那の扱い!! 


□□□□□□


 12月のある朝、ナギが我が家で次女となる女の子を出産した。

 生まれたばかりの子を連れておふくろの元へ行く。

 

 おふくろは生まれたばかりの次女を抱きながら愛おしそうに撫で続けていた。


「あのさ、リズさん。良かったらこの子に名前……つけてくれない?」


「名前……でも、いいの?」


 おふくろは俺達の後ろにいる義母さんに視線を向けていた。

 義母さんは静かに頷く。


「私からもお願いするよ。君につけてもらいたい」


「それじゃあ……」


 おふくろはしばらく考え、言葉を紡いだ。


「カノン……ナギの子どもだし『音』に関する名前。イシダ、君が昔聞かせてくれた地球(いせかい)の素敵な音楽が確かそんな名前だったよね?」


「あ、ガラにもなく私が好きな曲だね。ナギを連れてくる時に『録音石』に録音して持ってきたアレ」


 義母さんが懐から古びた石を取り出す。


「時間が経って大分音質も悪くなったけどたまに取り出して聞いてるよ」


 義母さんはおふくろの枕元に再生を始めた『録音石』を置き再生する。

 ああ、確かに地球(あっち)で聞いた事のある曲だ。


「うん、これ。とってもきれいな曲だよね。ボクぼ大好きだよ。だから、この名前を『ボク達』の孫に贈るね?」


「やれやれ、とんでもない反則かましてくれるじゃないか。本当に君は……………………ありがとう、リゼット………あー、何か外の空気が吸いたくなっちゃったなぁ」


 うつむき目頭を押さえながら義母さんは部屋から出て行った。


「リズさん、ありがとう。凄く素敵な名前だよ」


「レム・カノン。それが君の名前だよ。生まれて来てくれてありがとうね。ようこそ、この世界へ」


 俺が生まれて来た時に贈ってもらった言葉。

 そして時を経て俺が子ども達に贈った言葉をおふくろが口にした。

 

「本当にありがとうな、おふくろ」


 おふくろは弱々しい笑顔で応えた。

 俺は泣かないぞ。おふくろにこれ以上心配を掛けたくないから。

 だから精一杯の笑顔を見せていくんだ。


 カノンに名前を贈った翌朝。

 おふくろは長年苦楽を共にした親父、アンママ、メイママが見守る中静かに息を引き取った。


 レム・カノン

 生年月日:星歴1245年12月22日

 肩書:レム分家次女・第三世代

 母親:ナギ


 レム・リゼット

 星歴1194年12月16日-1245年12月23日

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