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第117話 告げられた期限

「うぇぇぇ、ごめんね。まさかお父さんがあんなすっごい名前をつけるとは思わなかったよ……」


 項垂れながらおふくろが俺を抱き上げる。

 ああ、これは昔の夢だな。俺が名前をつけてもらった日の夢だ。

 赤ん坊の身ながら転生者の自覚がある俺も状況はわかっていた。

 前世で話題になっていたキラキラネームなんかぶっ飛ぶような凄い名前をつけられた。

 親父のネーミングセンス。そしてそれを受理してしまうこの世界の役所のいい加減さにはあきれるばかりだ。


 ただ、親父がかなり悩んでいたのを見ている。

 それも何だか嬉しくて、俺はこの名前が気に入っている。

 離れた場所では親父がアンママとメイママに説教されていた。


「元気に育ってね。ボクの大事なホマレ」



【ホマレ視点】


 写真の発明から1節ほど経過したある日、俺はまた実家に呼ばれた。

 今回は誰か嫁を連れてくるようにと言われたので代表でフリーダがついてくる事になった。


「おふくろのやつ、また写真を撮るって言うんだろうな」


「うーん……いや、その多分今日は違う気がするんだけど」


 フリーダは何処か不安げな表情をしていた。


「どういう事だ?」


「いや、何となくだけど『糸』が震えてるからさ……」

 

 こいつの『糸』が反応している時は何かしら起きる前兆だからな。

 

「ハッ!まさか新たに妹が発覚したとか!?」


「いや、何でそうなるんだよ……ていうかその場合、実家がかなりの修羅場になるんじゃないのか?お義父さんの浮気とかで」


 そうなるよなぁ。

 まあ、親父に限ってあり得ないだろう。

 そういった心配はない人だ。


「あれだよ。何か凄い事が起きようと、今までも何だかんだで切り抜けてきたし、どんと来いって感じだ」


「……うん」


 実家のリビングにつくとソファには母親3人。

 中央におふくろ。そして左右にはアンママとメイママが腰かけている。

 そして親父が椅子を持ってきて近くに腰掛ける。

 何か思ったよりも深刻そうな雰囲気だぞ? 

 フリーダの方を見ると自分の鼻にそっと触れていた。

 これって不安を感じてる時の仕草だよな。

 

「あの、今日は一体どういった用事なんだ?」


 少なくとも写真を撮ろうとかそういう雰囲気では無い。


「実はな、母さんについてだが……」


「大丈夫、ボクから話すね」


 おふくろが親父の言葉を制する。


「えーと数年前からさ、お母さん何かちょっと身体が変だって思ってたんだ。それで、ホクトが生まれた時期くらいからちょっと眩暈とかするようになって……それで、そういった事が段々増えていったんだ」


「待てよ、それって……」


 ホクトが生まれた時、おふくろに一瞬違和感を感じた。

 慌ただしく動くことが多い人だったのにやけに座っていることが多かった。

 年で疲れているだけかと思っていたが……やはりあの時、体調が悪かったのか。


「それでさ、最近は時々息苦しくなったりもしてね。ずっとお医者さんには行ってたしメイシーに治療もしてもらってたよ?だけどその……」


 ちょっと待て。

 何だこの胸騒ぎは。

 止めてくれ、それ以上は……


 腰が浮きそうになったのをフリーダが腕を掴んで止める。


「先日遂に言われたんだ………もう、そんな『永くない』って」


 息が止まりそうになった。

 え?『永くない』って?

 何だ、今おふくろはどこの言語を喋っている?


「あ…え……えーと……」


 何を言ったらいいかわからなかった。

 アンママがおふくろの肩を撫でながら言った。


「ホマレ、わかるよね?リゼットに残された時間はもうそんなに無いって事」


「いや待ってくれ、そんな筈が無いだろ。そんな、俺をからかってるんだよな?」


 声が震えているのが自分でもわかる。

 メイママがこちらをしっかり見据えて言った。


「ホマレ、聞きなさい。大切な事です。お医者さんと私が診た所、リゼットはおそらく……」


「止めてくれ。そんなの聞きたくない!!」


 そんな俺に近づくとメイママは俺の両肩をしっかり掴み告げた。


「余命は約3節です。もったとしても半年でしょう。リゼットも悩んでました。あなた達に心配を掛けたくないって。だけどもう、そこまで来てしまったんです」


「違う。違うよメイママ。そんなの間違ってる。おふくろはまだ51だぞ?そんな事があるはず、あっていいはずないだろ!親父!!」


 親父の方を見ると一番見たくない表情をしていた。

 あれは、そうだ。お祖母さんが亡くなった時に見せたあの悲痛な表情。

 何やってんだよ、冗談だって言ってくれ。


「だって、祖母さんだって70過ぎまで生きていたし、それに女性は長生きだって」


「ホマレ。それは地球(いせかい)での話だ。俺達が居た日本は80歳以上まで生きる人はざらにいる。だけどな、この世界、そしてこの国の女性は平均寿命68歳くらいなんだよ」


 そうか。世界が違い環境も違えば常識も変わる。


「いやだけど、それでも早過ぎる。あれだろ。そうやって俺をからかおうと冗談言ってるだけだろ?」


「ホマレ、今言った事は全部事実だよ。お母さんはね、もうすぐ居なくなっちゃうんだ」 


「違う!それは誤診だ。別の医者に行けばいい。そうしたら間違いだってわかるから……だから……」


「ホマレ!!」


 フリーダが俺の腕を掴んで首を横に振る。

 わかってる。わかってるよ。何が起きてるかわかってる。

 おふくろが何を言ってるかも。

 だけど……そんなのって。


【フリーダ視点】


 家に帰ったホマレはソファにヘタレ込んでしまっていた。

 膝によじ登ってきたユズカを抱きしめながらも心ここにあらずといった様子だ。


 何事かと心配する他の3人を集めて先ほどあったことを伝える。

 お義母さんの余命があとわずかだという事を。


「あぁ、そんな事って……やっぱりお義母様が会長を引退されたのって」


「自分の身体がおかしくなってることに薄々気づいてたんだな。そして何よりも『写真』の開発に専念したかったらしい。自分が生きた証を残したかったんだって」


 クリスは言葉を失ってうつむいていた。


「ホマは………あれはちょっとダメそうだね」


 ホマレはかろうじて子ども達を可愛がっているものの表情は暗かった。

 いつもの親バカぶりは全く感じられない。


「かなり混乱してるよ。わたしもどう声を掛けたらいいかわからないんだ。連れて帰ってくるのが大変だった」


「あのさ、他のコ達は?ケイティとかさ」


「順番に話していってるらしい。メール義姉さんはイリス王国から全力で帰ってくるみたいだって」


 しばらく沈黙が続く。

 流石に普段はムードメーカーを務めているセシルもこの時ばかりは打ちのめされているといった様子だ。


「悲しみってね、5つの段階があるんだ」


 えーと……参ったな。ナギが難しい事を言い出した。

 ちょっと困惑しながらクリスの方を見る。

 頼む。わたしにもわかりやすく解説してくれ。


「えーとですね。まず『否認』があるんです。悲しみを否定して受け入れないって事です」


「あたしも、両親が死んだ時はそうでした。その時は聖女宮に居たんですけど報告を聞いて何のことかわからなかったです」


 そういえばホマレもさっきかたくなに否定していた。


「次が『怒り』。他人や自分の運命に対して怒りを感じちゃうんだ」


「……私は、モンスターに両親を殺された時何が何だかわからなかったです。それで、助けてくれたはずのホマレさんに八つ当たりしました。『何で早く助けに来てくれなかったんだ』って。そうでもしなければどうにかなりそうで……その後、喋れなくなりました」


 セシルとクリスはそれぞれ親を失って今ここにいる。

 だからこそ自分の経験からホマレの気持ちが痛いほどわかるんだろう。


「3つ目が『取引』。どうにかしたい。奇跡をまったり、神様に祈ったり、もしくは何か手は無いかと足掻くの。とりあえず、今の所ホマは1段階目だと思う。この先、ホマの心理状態はどんどん変わっていくから覚悟しないといけないと思う。セティとリスティはわかるよね?」


 二人は静かに頷く。


「……いずれこういう時が来るってのはわかってた。だから、わたし達があいつを支えなきゃいけない。大変だとは思うけど頑張るしかないよな」


 皆が頷く。

 こうして、我が家でも最も大変な試練が幕を開ける事となった。


【ケイト視点】


「はぁ……」


 思わず深いため息をついて執務机に突っ伏す。


「大丈夫か。ほら、シュワシュワ」


「……ありがとう」


 大騒動の末に夫となった人がいつもの様に炭酸飲料を置いてくれる。

 彼の存在には正直助けられている。


「……愚痴っていい?」


「どうぞ」


「あたし、子ども達の中では一番長くあの家に居たのに。一番長くリズママと過ごしていたのにちっとも気づかなかった。何かそれが凄く情けなくて、自分に腹が立つの」


「上手に隠してたんだ。気づけなくてもそれはお前のせいじゃないさ」


 確かにあの人は隠し事が得意だった。

 気づけなかったのもある意味無理はないかもしれないけど……


「あたしのお母さんってさ。料理が壊滅的にダメなの。他は凄いのに料理だけ。鍋は爆発させるしサラダは液体になるし。それでキッチンは出禁になってて……あたし達は小さい頃からあの人とメイママの料理を食べて育ったのよね。あたしが良く作るスープもリズママに教えてもらった味なの。いつか大切な人が出来た時は作ってあげなさいって」


「ああ、凄く優しい味だよね」


「血は繋がってないけど物凄く可愛がってもらって、小さい頃はおとぎ話を聞かせてくれたりしてね。あたしとリリィ、そしてアリスの3人で色々ツッコミを入れたりしてたなぁ。悩みがある時は相談にも乗ってくれたし。あたしにとっては紛れもなく大切な母親のひとり。でもその人が、もうすぐ居なくなっちゃうなんて……」


 こんな事があっていいのだろうか。

 何でこんな……


「……ダメね。一番上の姉なのにこんなんじゃ。皆を元気づけないといけない立場なのに」


「そんなに自分を責めるな。それだけお前にとっても大切な人なんだ。だから、俺達が居る。他の子ども達にも家族がいるんだろう?だからきっと、大丈夫だ」


「……ありがとうね、トム君」 

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