第11話 あらぬ誤解が生まれた
数時間かけ担当地域のパトロールを済ませて警備兵の詰め所に戻った頃には昼近くになっていた。
その間、強面のおじさんに絡まれてるチャラい男を助けたりした。
このチャラ男、気に入った女性に強引なナンパをすることで市民から苦情が来ている常習犯だった。
ちなみにかつてよりによって俺の大切なリリィ姉さんをナンパしたこともある。男性恐怖症の姉さんをだ!
ただ、その時は『人妻です!!』と一撃のもとに振られてたらしい。
この国の倫理観に於いて不貞はかなり重大な事なのでこの一撃で流石のチャラ男もひかざるを得なかったらしい。
そんな奴なので本当はそのまま強面おじさんに連れて行かれても良かったのだが立場上、仕方なく助ける事に。
チャラ男は何度も何度も俺に頭を下げ『今日はやけについてないから女性に声をかけるのは止めて帰ります』と帰って行ったが……いや、普段から声をかけまわるな。あと、そもそも働け。
そんなわけで詰め所に戻って来たわけだが何だか皆の見る目がいつもと違う。
俺、何かやっちゃったのかな?とか異世界転生あるあるな言葉を思い浮かべながらパトロールから戻って来た事を帳簿に記入する。
「よぉ、帰って来やがったな色男」
赤みがかった黒髪の警備隊員、アルシャトがニヤニヤしながら話しかけてきた。
こいつはいわゆる『俺様』男なのだが実際は顔も気もいい奴で俺が付き合いを続けている数少ない人間だ。
ただ、困ったことにこいつがニヤニヤしている時というのは大抵ろくなことが起きない。
「な、何だよ急に。色男ってどういう意味だ?」
正直聞くのが怖いのだが確認しないわけにもいくまい。
ほら、『逃げちゃダメだ』ってよく言うだろ?
「とぼけやがって。ようやく姉や妹以外も女として見られるようになったんだな。友として俺様は嬉しいぞ。いやもう、お前のシスコンぶりときたら年々悪化しててこいつマジやべぇんじゃねぇか?いつか俺達が捕まえることになるんじゃないかって心配してたんだよ」
こいつ、何を言ってるんだ?
皆、俺の事をシスコンシスコンと言うが俺は単に『姉と妹を愛している』だけだぞ?
それに姉や妹以外を女として見られるようになったというのはどういう事なのだろう。
「なぁ、アル。よくわからないんだが一体何を言って…………」
言いながら視線の先、我が家に居候しているじゃじゃ馬見習い冒険者の姿を確認した俺は一瞬で凍り付いた。
嘘だろ?何で、あいつがここに居るんだ!?
「ちょっ、フリーダ!?お前何でこんな所に!?」
思わず声を上げていた。何を考えてるんだ?
ただでさえ転がり込まれて厄介だなと思っているのに職場にまで姿を見せるなんて……
「何でって、あんたお弁当を忘れて行っただろ?だから届けに来てやったんだよ」
そう言う彼女の手には綺麗に包まれた弁当箱があった。
ああ、何か忘れているかと思ったが弁当を忘れていっていたか。
彼女の言葉に周囲から歓声が上がる。
何と暇な同僚達なのだろう。はっきり言って勘違いでしかないのだがな。
「待て。その言い方はいかん。あらぬ誤解を生んでしまうではないか」
まるでこいつが俺の為に弁当を作ってくれていてそれを俺が忘れたから持ってきた。そんな風に取られかねない発言だ。
というか歓声を上げている連中は少なくともそう勘違いしてしまっているはずだ。
これでは俺達が同棲を始めた恋人みたいに思われてしまうでは無いか。
そもそも弁当なら姉さんや妹達が作ってくれるのがいい!
「何だよ誤解って。わたしはあんたのお母さんに頼まれたから来てやったんだぞ?」
「ぐおっ!!」
ああチクショウ!だからその言い方だよ!!
それだと更なる誤解が生まれるだろうが!!
「なるほど。もう外堀は埋まってるわけだな。それにしても親友である俺様にまで黙ってるなんてひでぇ奴だな」
「ち、違うんだアル!お前は誤解をしている」
埋める外堀なんてそもそも存在していない。
こいつはただの居候だし、まだ未成年だ。俺からすればガキなんだよ。
いやまあ、別にこの国の法律上問題は無い。ただ、俺は元々地球出身者だ。
やっぱりほら、あっちの価値観があるんだよ。
「まあ、わたしもいつも世話になってるからさ。だから、これくらいして役に立たなきゃいけないと思ってさ」
言ってることは正しいし悪い心がけでは無い。だけど、タイミングとシチュエーションを考えような?
何だよ。お前は健気な尽くすタイプかよ!?
お前絶対違うだろ?尽くさせるタイプとかの間違いじゃねぇのか?
尽くすタイプって言うのはリリィ姉さんとかアリス姉さんとかああいう人を言うんだよ。
リリィ姉さんは一見すると義兄貴を尻に敷いている様に見える。
だが実は無茶苦茶依存しているし、あの人は昔から一度好きになったら無茶苦茶尽くすタイプなんだぞ?
もう義兄貴が羨ましいくらいの良妻賢母ぶりを発揮するんだぞ?
「それじゃあ、お弁当は確かに渡したぞ?わたしは冒険者ギルドに行って仕事でも探すとするよ」
わなわなと震える俺を尻目にフリーダは目的を達したとばかりに詰所から出て行く。
そうだ。さっさと仕事にでも行ってくれ。これ以上傷口を広げないでくれ。
だが俺の願いも空しく、建物の外へ出る直前、大声でこう叫んだのだ。
「ああ、そうそう。今夜はシチューだから楽しみにして早く帰って来いよ」
「だぁぁぁぁぁぁ!!!!」
最後にとんでもない勘違いを生む爆弾を落としていきやがった!
これはもう完全に『同棲しているカップル』と勘違いされてしまう発言だろうが!!
お前は言葉が足りないんだよ!それにタイミングも悪いんだよ!
そのシチューだって作るのお前じゃなくて家族の誰かだろう!?
多分、今日のスケジュール的にメイママだ。あの人は煮込み料理得意で上手だしきっとそうだ。
具材となる野菜なんかはリムが心を込めて育てたやつだろうな。楽しみだよ。楽しみなんだけどな!
脱力して膝から崩れ落ちる俺の肩を、元殺人鬼の上司が叩く。
「いやぁ、面白い子だね。最初はお弁当を置いてすぐに帰ろうとしたんだけどね。わざわざ足を運んでもらってお茶のひとつも出さないのは悪いと思ってね。お茶をお出しして君を待ってもらってたんだよね」
「……あんた、こうなるとわかってて引き留めてたんだな」
「うん。凄く面白そうだったからね」
上司は満面の笑みを浮かべていた。
チクショォォォォッッ!!