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第116話 写真

「はーい、ねんねんよー」


 優しく俺に語り掛けるおふくろの声。

 これは……俺が幼い頃の記憶だ。

 前世からずっと憧れていた『家族からの愛』。

 俺はこれを目一杯に享受(きょうじゅ)していた。


 前世での母親は俺が生まれてすぐに亡くなったらしい。

 アトムやキララは再婚相手との子ども。

 俺はあまり母親の愛情というものがわからなかった。

 だから、こっちの世界で俺を生んでくれたおふくろから受ける愛がただただ、嬉しかった。

 

 この家族に生まれ変わることが出来て、本当に良かった……


「愛してるよ、ボクの坊や」

  

【ホマレ視点】

 

 寝苦しさを感じて目を覚ますと俺の腹の上に何か乗っている。


「パパが起きた!!」


「起きた!!」


 アルとホクトが俺の腹の上に乗ってこちらを見ていた。

 成長してきたから結構重い。


「お前ら……」


 わくわくと目を輝かせる息子たち。

 ああもう、可愛いなこいつら!!

 息子たちを落とさないよう気をつけながら体を起こし抱きしめる。


「アル、ホクト、パパは起きましたかー?」


 げっそりした表情のセシルが様子を見に来た。

 これはあれだ。セシルにとって地獄の季節が訪れている影響だ。


「おはようセシル。しっかり起こしてくれたぞ」 


「それは良かった。ぬあー、暑いぃ……溶けるぅぅぅ、こんなの異常気象ですよぉぉ」


「暑いよなぁ。だけどもう少しの我慢だぞ?」


 毎年恒例の『暑いぃぃ』を聞きながら俺は苦笑する。

 季節はまた巡り秋を目前に控える8月。

 アルは2歳に、ホクトは1歳と少し。順調に成長している。


 支度をしてリビングに出た俺は壁を見て小さくため息をつく。


「ユズカ、壁を登るんじゃない……」


 生後8か月になる娘はハイハイで活発に動き回るのだが『気』の応用で壁に登るなど兄達とは違った活発さを見せていた。


「ああっ、もうユズカ、またぁぁぁ!!」


 セシルが慌てて娘を壁から剥がす。


「すいません。気づいたら登ってました」


 申し訳なさそうにキッチンから出てくるクリス。

 そのお腹は少し大きくなっている。つまり。


「ああもうっ、クリスったらお腹に子どもがいるのに無理したらダメですよ!?」


「いや、でもまだまだ先の事だし、それに仕事にだって行ってるんだし……」


「そうかもしれないけど何の為に4人いるんですか。こういうのは先輩かつ『3番目』であるあたしにまるっと任せてくれたらいいんです!!」


 うん、セシルが頼もしいな。

 相変わらず『3』にこだわるけどもうこれはどうしようもない。


「でも……」


 クリスが視線を向けた先では食事の支度をしているナギの姿が。

 そんな彼女のお腹は、クリスよりも大きかった。


「ちょっとナギ!だからそういうのはダメだって!もう、フリーダは何やってるんですか!!」


「セティってば心配しすぎ。ナギだってまだ動けるし、二人目なんだから勝手もわかってるよー?」


「で、でもですねぇ。もし何かあったら……」


 微笑ましい光景だ。

 現在ナギとクリスがそれぞれ妊娠中。

 ナギが先に妊娠した時は『ちょっと待て』とフリーダとセシルから詰められた。

 いや、だってなぁ……


 何にせよこれで我が家は更に二人増える事が決まったわけだ。

 うんうん、順調に実家と同じ様な状況になってきたなぁ。

 あの賑やかで楽しかった幼年時代。

 時を経て今度は我が家で再現されるわけだな。


「ああっ、ユズカがクッションと『入れ替わって』腕の中から抜けてる!ホクトの仕業ですね!!」


 どうやら兄妹仲もいいようだな。

 うんうん見事な連携で何よりだ。


「はいはい、ニヤけてないであんたは子ども達を捕まえてご飯を食べさせてくれよ」


 洗濯物を干しに出るフリーダに言われ俺は子ども達を追いかけ始めることに。

 ああ、俺は幸せ者だな。


【フリーダ視点】


 朝食を終え、楽しく遊ぶ子ども達。

 セシルとクリスはそれぞれの仕事へ出て行った。

 ちなみにホマレは休日だ。まあ、急な呼びだして潰れる事も結構あるのが不満だが仕方ない。


 とりあえず壁に登っているユズカを『糸』で引きずりおろしておく。

 流石セシルの娘だ。普通の事は違う事をやらかしてくれるから毎日が新鮮だよ。


 しばらくのんびりしていると来客があった。


「おっ、兄貴じゃないか」


 来客はホマレと双子の兄ということになっているアオイだった。

 こいつが旦那の振りをして我が家に帰ってきたあの時は本当に胆が冷えたもんだよ。

 今では大人しくなってホマレとも良好な関係を築けている様だが、わたし達はちょっと複雑だな。

 まあ、見分けはしっかりつくからいいんだけどさ。


「そうか、お前の子どもは壁を登るようになったのか」


「ああ。やんちゃ盛りで大変だよ」


 楽しそうに談笑する二人。

 ただ、わたし達4人はこの人がちょっと苦手だ。


「そうかぁ、幸せそうだな。何か妬けてくるよ」


「何言ってんだよ。俺の兄貴なんだからいい人が絶対見つかるぜ?」


 一見すると幸せそうなホマレに嫉妬しているような発言。

 だけど真実はちょっと違う。


「俺は別に……お前の奥さんやが羨ましいな。こんないい旦那が居てさ」


「おいおい、照れるじゃないか」


 ホマレは気づいていない。

 この『双子の兄』がちょっぴり頬を紅く染めていることを。

 

 何というか……アオイはホマレに人生を乗っ取られた後、ずっとホマレの事を恨んでいた。

 その後、何やかんやあって家族として受け入れられたわけだけど……反動が大きかったんだろうな。

 

 ホマレの事を考え続けた結果、どうもホマレに恋心のような感情を抱いてしまっているらしかった。

 ナギが言うには『恋する乙女の音』って感じらしい。

 ちなみにアオイは当然の如く『男性』だ。

 まあ、好いた惚れたは自由だけどさ……旦那は渡さないからな!!

 

「そう言えば母さんが呼んでたんだ。お前に来て欲しいって」


「おふくろが?」


□□

【ホマレ視点】


 実家に行くとおふくろがソファで横になっていた。


「最近ああやってよく寝てるんだよ。ほら、母さん。ホマレを連れてきたよ」


 やっぱりおふくろも歳だな。まだ51歳だがあれだよ。若い頃に働き過ぎたんだな。

 アオイに声を掛けられおふくろが目を覚ます。


「あっ、うん。ありがとうね」


 起き上がったおふくろとハグをしているとキッチンからアリス姉さんと親父が出てきた。

 姉さんは数日前からまたこっちに戻って来ていた。 


「それで、俺に用事ってなんだ?」


「えーとね。お母さん?」


「あ、うん。実は長年研究してた品が遂に完成したんだ」


 何だ、新商品のモニターをしろって事か。

 リーゼ商会の会長を辞めてもまだまだ商魂たくましいな。

 疲れてるのもそれが原因じゃないのか?

 何か痩せてきてる気がするがちゃんと食べてるのか?


「それで、今回は何を作ったんだ?」


「ふふっ、『あれ』だよ」


 棚に飾っているある物体を指さす。

 それは……


「え?写真?」


 かつてリリィ姉さんが異世界へ家出したことがある。

 その時に連れて帰って来たのが親父の母親、つまり俺達の祖母ということだ。

 棚に飾ってあるのはそんな彼女が異世界から持ってきた想い出の『写真』だった。


「母さんは『写真』に凄く感動してたんだよ」


 親父が笑っていた。


「お義母さんがこっちに持ち込んだこの技術、どうにか再現できないかってずっと研究してたんだ。アンジェラの魔法研究とか色々組み合わせて、ようやく完成したんだ。大衆化はまだ先になるだろうけどこれでようやく生の『想い出』を残せるんだ。実はもう1枚撮ってるんだ。ほら」


 

 おふくろが引き出しを開けて取り出した写真には親父、おふくろ、アンママ、メイママの4人が映っていた。

 俺達家族の始まり。その4人。親父なんかは転生者だから慣れてるけどおふくろ達は慣れてなくてちょっと困惑している顔もまた面白い

 マジかよ。流石にあっちの世界レベルじゃないけどキレイに撮れてるな。

 しかもカラーとかウチの母親、半端ねぇな。


「だからさ、撮りたいんだ、ボクの愛する家族達と、ね。イリス王国にも手紙を出したよ?メールもどうにか戻って来られないかってさ」


「ははっ、すげぇな。おふくろは天才だ」


「ねぇ、ホマレ。写真を撮ろうよ。今度は子ども達と撮りたいんだ」


「ああ、わかったよ」


 こうして我が家の想い出が『写真』として残るようになった。

 それから毎日のようにおふくろは家族を読んで色々な写真を撮りまくっていた。

 それらは数冊のアルバムに収められていき……


□□□

【リゼット視点】


「ふふっ、ヒイナちゃん、ますますリリィに似てきたよね」


「ええ。本当に小さい頃のリリィにそっくりです」


 メイシーが孫の写真に目を細める。

 アルバムに収められた写真を長年共に過ごした『家族』と眺める。

 

「ねぇ、これ見てよ。ケイトとアトム君。二人とも物凄く緊張してカチカチじゃない。彼、転生者じゃなかったっけ?」


 2節前にようやく結婚した長女とその夫の写真を見てアンジェラが少し涙ぐんでいた。

 本当にこの子は苦労したなぁ。一番早く結婚すると思ってたのに一番遅かった。

 交際が始まる時にホマレの家を巻き込んで大騒動になったらしいのは皆で呆れたなぁ。

 しかも交際してからでも結構時間かかったし。

 まあ、あれだけどね。そんな事言ったらアリスなんて交際し始めて1年くらいかかったけ?

 そう思うと伝統的なナダ女形式で結婚したのってリリィになるなぁ。

 写真を見ながら色々なエピソードがあふれ出してくる。


「本当にあの子、どうなるかと思ったけど。良かった……」


 今は家を出て彼と暮らしているけどレム家の嫡子だからしばらくしたら戻って来るらしい。

 絵画はどうしても高額だし場所を取る。でもこれならたくさんの想い出を残していける。

 そう、ボクの姿も……


「あぁ……」


 不意に息が苦しくなり、小さなうめき声が漏れた。


「リゼット?大丈夫ですか!?薬を……」


 メイシーから受け取ったポーションを少し飲むと落ち着く。

 息を整えているとアンジェラとメイシーが辛そうな表情でこちらを見ていた。


「リゼット。あのさ、そろそろ隠せなくなってきてるよ……」


「うん。わかってるよ。あんまり心配かけたくなかったけど、そろそろ子ども達に伝えないとね……」


 メイシーがそっとボクを抱きしめていた。


「私達もついてますから。あなたは大事な『家族』です。だから……」


「二人とも、ありがとう……」


 そうだ。我儘を言って想い出をカタチとして残す術は何とか作り上げた。

 だからここからは、母親として『最後の教育』をしてあげないとね。

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