第112話 アオイ
【ホマレ視点】
アリス姉さん、そしてフリーダと共にナギが索敵で見つけてくれた『セルフ』の元へ急ぐ。
どうやらケイト姉さんが傍に居るらしい。
恐らくは大丈夫だろうが家の方はリリィ姉さん、リムとイザヨイが守ってくれているので安心だ。
到着した野外闘技場ではケイト姉さんと俺と同じ姿をした『セルフ』が戦っていた。
俺と同じ姿をしたセルフは剣を武器に、姉さんは魔法で応戦していた。
「姉さん!」
駆け寄ろうとするがアトムが制する。
「お前……」
「邪魔をしないでやってくれ」
「アトム、これは一体どういうことだ?」
「あれが彼女の希望だ。『弟』と全力で戦いたいらしいぜ」
闘技場では膝を鳩尾に受けてケイト姉さんがダウンする。
そこ目掛けて剣を振り降ろすセルフだが……
「黒昇蛇ッ!!」
姉さんの腕から放たれた毒の塊が相手の武器を弾き飛ばした。
「くっ!?」
ハンドスプリングで起き上がった姉さんは大きく息を吸うと口から見るからに毒々しい紫色のガスを吐き出す。
「毒雲!」
「え?姉さんのあれってヤバくね?毒魔法全開だよな?」
「安心しろって。あの結界はこの戦いの為に特注したもんだ。毒ガスなんかも通さない………多分」
「アトム、今お前『多分』って言ったよな!?『多分』って!!」
「いやだって、なぁ」
言いたいことはわかる。
姉さんの全力魔法なんて結界で抑えきれるか不安この上ない。
「うわぁ、ボクも何回か戦りあったことあるけどあれは初めてだよ?」
そりゃ姉妹同士の模擬試合で『毒』は使わないよな。
ましてや『毒ガス』なんて。
「へへへ、さっきまでの攻防で気づいていないのか?人造生命体であるこの身体に『毒』は効かないぜ?高レベルの『毒耐性』スキルがついているからな」
あれだな。ゲームなんかのボスが概ね状態異常耐性を持ってる系の理論だ。
「ホマレ、ケイト義姉さんヤバいんじゃないのか?あ、でも毒が効かないなら他の属性も使えるんだよな」
フリーダの問いに俺は答えた。
「毒だけだ」
「は?」
「姉さんは確かにサブ属性に適性が高い。だがある段階から相性のいい『毒』属性を磨く事に専念するようになったんだ。だから今じゃ他の属性は敵に対して有効打となるような練度じゃない」
魅入られちゃったからなぁ、姉さん。
毒が好きな女ってちょっと危険な香りがしてまた素敵なんだがあれのせいで男が寄ってこない原因も作っちゃってるんだよな。
「はぁ、ケイトさんの毒、今日も素敵だぜ……」
ああ、ここにひとり魅入られた奴がいたわ。
やっぱりお前、姉さんを口説け!!
一方、闘技場内のセルフは刀身から全てが黒い新たな剣を取り出した。
「こいつの名前は魔剣『エクスコア』。残念だがここからは俺のターンだ」
地面を蹴って一気に飛び込んでいく。
毒に耐性があるからこそガスを気にせず突撃が出来るというワケだ。
「綿雲!!」
毒ガスが雲状になって攻撃を受け止める盾となる。
「無駄だ!小賢しい防御も魔剣の切れ味の前には無意味」
セルフがエクスコアを振るい雲を斬り裂く。
同時に2人の周囲が光り大爆発が巻き起こった。
「義姉さん!?一体何が!!」
「あー、そういうことかぁ。ケイト姉ったらえっぐいことするなぁ」
フリーダは訳が分からず俺の方を見る。
「ガスってのは色々な性質があるんだが中には爆発性のものも存在するんだよ。何のガスかはわからないけど防御用の雲は『罠』だったんだ。排除しようとすると爆発する。お前の糸にもそういう技があるだろ?」
「なるほど……よくわからないけどケイト義姉さんは凄いんだな」
「ああ、それくらいの理解でいいよ」
自分も爆発に巻き込まれるリスクがあるのに躊躇なくそれを張るあたり俺の姉といった所だな。
どこか戦闘狂的な一面が時々顔をのぞかせる。それがウチの特徴だ。
「がはぁっ!!」
爆発の煙から、飛び出し距離を取るセルフ。
煙が晴れると無傷の姉さんが立っていた。恐らく『結界防御魔法』を張っていたのだろう。
「能力も鍛え方次第では色々な応用が利くのよ」
「ははっ、何だよ。本当に愉しいなぁ。次は何されるかわかりゃしない。これが姉とのふれあいってやつか!!」
いや、ちょっと違う。
全力でぶつかって貰って羨ましくも思う一方、出来れば毒を使う姉さんとは戦りあいたくないもん。
「それじゃあ、今度はこれね」
姉さんの両腕両脚を毒が包み込む。
「毒蛇鎧。毒を固めて鎧とする」
言い終えると同時に地面を蹴って突撃。
拳の乱打をセルフは魔剣で受け止め捌いていく。
多分あの拳、メチャクチャ硬いんだろうな。
とはいえ毒で覆っていない部分の防御力は上がっていないのでこれは……
「そこだよっ!!」
やはり見抜かれていた様で肩に一撃を喰らう。
だが……嗤った。その笑みに俺やアリス姉さんは『あっ』と呻いた。
これは姉さんがよく使う手法。かつてアリス姉さんもこれで痛い目を見た。
相手の攻撃を受け止めつつその隙をついて『とっておき』を叩き込むんだよな。
姉さんは肩を斬り裂く刃を左手で掴み右腕を突き出す。
「王蛇砲ッッ!!」
右腕に纏っていた毒が凄まじい勢いでセルフ目掛けて叩き込まれた。
大きく飛ばされたセルフは結界に叩きつけられる。
その衝撃は結界にひびが入っていることからも伺い知れた。
俺に勝負を挑んでくれた相手がリリィ姉さんで本当に良かった!
勿論ケイト姉さんに挑まれても受けただろうけど……想像以上にダメな威力だぞこれ!?
「ぐっ……お、俺はまだ……」
ふらふらしながらも姉さんへ近づいて行こうとするセルフだが膝をつき座り込んでしまった。
「俺はまだ……やれる。俺が本当の。本当のホマレ……」
「それについては今から話すわ。丁度、『時間切れ』だから」
ケイト姉さんが合図を送ると結界が解除された。
そして会場に親父とおふくろが、到着していた。
「ごめんなさい。どうしてもこの子と全力で『戦りあい』たくて……」
謝るケイト姉さんに『構わない』と伝え、親父達はセルフに近づいて行く。
「父さん……母さん……俺は、俺が本当のホマレなんだ。あの日、あんた達から祝福を受けるはずだった……名前を貰うはずだった……」
親父達はしばらく黙っていた。
「あいつが、俺の人生を。俺の人生を奪ったんだ。俺は……」
「もういいんだ。『アオイ』」
親父の言葉にセルフは『え?』と動きを止めた。
「数年前、ホマレから自分が転生者だって告白を受けてから考えたんだよ。転生者であったとしてもホマレは紛れもなくボクとお父さんの子ども。だけど、あの時死んでしまった君もまた……だから考えたんだ。せめて君がウチの子であった、存在したって証を」
つまり、親父達はあの時死んだ子どもの為に名前を贈っていたってことか。
「俺の……為に?」
親父は頷く。
「レム・エドマンドレクスアオイ。それがお前の名前だ」
「は?」
場の空気が凍り付いた。
おふくろは額に手を当ててため息をついている。
「説明しよう。『エドマンド』は既に他界した母さんの父親、つまり先々代イリス国王の名前。そして『レクス』はラテン語という異世界語で王を意味する言葉、そして『アオイ』は霖雨蒼生という異世界の言葉から名付けた」
これはまさか俺の時と同じパターン?
「お前の為に色々考えて候補を絞ったがどうもどれも捨てがたくてな。それで……」
「親父……俺の時と同じで『全部採用』したんだな?」
ちなみに俺の『ジェスロードホマレ』も大体似たような造りだ。
「うむ。それで後は各所に手を回して戸籍を色々弄って無理やり『長男』として我が家に加えておいた」
何やってんだよ……
「うーん、あたしもこの子に『アオイ』って名付けてたのは聞いたけど、まさかホマレと同じ現象が起きてたなんて知らなかった」
「俺が死んだ後に遺言でお前が知る予定だったからな」
「あぁ、頭が痛くなってきた……」
親父は膝をついて『セルフ』改め『アオイ』に手を差し伸べた。
「ということで、だ。よく俺達の所へ会いに来てくれた。アオイ」
「アオイ……俺の……俺の名前……」
「君の存在を知ってから想わなかった日は一度も無いよ。ボクの『もうひとり』の坊や」
おふくろの言葉を受けアオイはゆっくりと親父の手を取り引っ張り起こされる。
「ホマレ、アリスこっちに」
親父に促され近づいていく。
「いいか、ホマレは紛れもなくウチの子だ。それは変わらない。だが、このアオイもやはりウチの子。つまりえーと……」
しばらく考え。
「よし、息子が『分裂した』という事にしておこう!!」
「「「「「雑っ!!!!」」」」」
何だよその納得の仕方!?
物凄く親父らしいけど。
「いいじゃないか。母さんの子って事はつまり順番的にはお前らの兄貴だぞ?」
「あのさ、お父さん。ボクの方が年上だからね?」
「ああ、それなら弟が増えたってことか。最高だなオイ!!」
流石親父だ。すげぇ雑い。
「あのさ、お父さん。それで『あれ』はどうするの?」
ケイト姉さんが闘技場の向こうにある施設を指さす。
「ホマレ。あの先にあるのって」
「ああ、ウチの、レム家の『墓』だな」
あそこには亡くなったケイト姉さん側の祖父母。そして親父の母親が眠っている。
完全に毒気が抜かれたアオイは何事かと首を傾げていた。
「いや、アオイの戸籍を作った後で墓に名前を刻んで弔ってたんだが生きてるしな。うーん、何かテープでも貼っておくか。死んだの無かったことに」
「「雑いわ!!」」
俺とアオイが同時に突っ込んでいた。
互いに顔を見合わせる。
「いやぁ、『双子』だけあって息がぴったりだな」
待て待て、何か無理やり双子って事にしようとしてるぞ?
もう色々無茶苦茶だ。
いや待て、何か嫌な予感がする。こういうのってなんか不幸なフラグ的なのあるよな。
そんな事を考えていると魔力の高まりを感じた。
見上げると空中にかつてイリス王国で敵対した『魔人クラーケン』の姿があった。
「強い憎悪を抱いていたからわざわざ魂を保護してやったというのにくだらん情などにほだされおって。役に立たぬ傀儡などもはや不要!!」
やべぇ、これって何か撃たれて誰かが誰かを庇うなりして死ぬパターンじゃ無いのか?
否、そんなフラグ……へし折ってやる!!
デュランダルに変身した俺はランペイジモードになり何も考えず全力で魔人目掛けビームを放った。
「ランペイジブラスタァァァァァァァッ!!」
魔力の奔流とビームがぶつかり合う。
くそっ、出力が足りない!!
そんな中、俺の隣にアオイが立ち力を込める。
「俺の、俺の家族に手を出すなぁぁ」
そうだ。こいつもまた、俺と同じレム家の性質を持っている。
つまりは……
「ベドライト光線!!!」
アオイが両腕をクロスしてビームを放つ。
こいつ!即興でそんなカッコいい名前を考えただと!?
俺のビームとベドライト光線が重なり魔力の奔流を押し戻すとそのまま魔人に炸裂し爆発した。