第111話 ケイトの望み
【ケイト視点】
あたし達が3歳の時に弟が生まれた。
リリィ、アリス、二人の妹達と初めての弟の誕生をずっと心待ちにしていた。
リズママが出産する時はお母さんがあたし達の傍に居てくれた
でも急に慌ただしく動き始めてあたし達を残してお母さんも出て行った。
生まれてきた弟は息をしておらず必死の救命措置で何とか息を吹き返し、あたし達と対面した。
初めての弟にあたし達は興奮してはしゃいだのをよく覚えている。
弟のお世話を取り合い、正に『鬼可愛がり』をしていた。
結果として弟はとんでもない『シスコン』になってしまい、色々と将来が心配になった。
まあ、最終的にはあたし達の父親を越える4人もの女性と結婚してそれはそれで思う所があったけどそれについては置いておこう。
さて、弟について数年前驚くべき事実が明らかになった。
実は生まれた時、本来の弟はすでに死んでおり空っぽになった身体に別の魂が入り込んで転生したのが今の弟、ホマレ。
父と同じ、地球からの転生者だったのだ。
ショックだった。
でも、たとえ転生者であったとしてもホマレはやっぱりあたし達にとって大切な弟。
共に育ってきた人生や愛情に『偽りは無い』。
日が落ち、夜の闇が街を包もうとしている中、前方から歩いてきた男はあたしを見て脚を止めた。
「あれ、姉さん?」
「待ってたよ。あなたに、話がある」
□
【フリーダ視点】
賊を撃退してしばらくして、リリィ義姉さんが『本物』のホマレを連れて帰ってきてくれた。
ホマレにはてお守りを渡して肌身離さず持つように言ってあった。
中にはわたしの『糸』を具現化させたものが入っている。
これのおかげでもしも行方が分からなくなっても大まかな位置がわかるようになっている。
後はナギの『声』で囚われていたホマレを助けてもらうよう誰かに働きかけるだけ。
結果としてリリィ義姉さんとイザヨイさんが動いてくれてホマレは無事救出されたわけだ。
「お前達、大丈夫だったか!?」
入って来るなりホマレはわたし、ナギと順番に抱きしめて無事を確かめ喜んだ。
そして大きく手を広げて待ち構えていたセシルを無視してクリスを抱きしめた。
「ちょっとあたしの扱い!?このジェス君も偽物ですよ!?」
いや、あんたの扱いっていつもこんな感じだろ?
「悪かった。セシル、無事でよかった」
苦笑しながらセシルを抱きしめ頬にキスをしていた。
むぅ……
セシルはと言うと『やっぱり本物です』とデレデレしていた。
調子いいなぁ。
そして次は子ども達の方へ行って抱き上げて頭を撫でまわしてキスをして。
うん、これがいつものホマレだ。
「ねぇホマ、セシルがユズカを修道院に入れようかって言ってたけど」
「ダメ!そんなの絶対許さないぞ!ユズカはずっと俺達と暮らすの!どうしてもと言うなら俺も修道女になる!!」
いや、あんた男じゃん。
まあ、男の聖女だっているんだけどさ。
「うんうん、今度は間違いなく本物だね」
凄い確かめ方だよなぁ。
でも、シスコンに加えて全力の親バカだからなぁ。
「やれやれ、これで一安心だな。ところでさ、さっき帰ってきた『偽物』は何だったんだ?」
「それは………」
ホマレは目を瞑りしばらく考えた後、ゆっくりとこう語った。
「あいつは……『俺』だ」
「ホマレさん、それってどういう意味ですか」
ホマレはリリィ義姉さん達を見て辛そうな表情で言った。
「この身体の『元の持ち主』。つまり、本当の『レム・ジェスロードホマレ』の魂なんだ」
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【ケイト視点】
ふたりで並んで歩く。
「こうやって姉さんと並んで歩けるなんて幸せの極みだなぁ」
コートのポケットに手を突っ込みながら横を歩く『弟』に目をやる。
見た目は完全に『弟』そのもの。
だけど本当は………
「それで、話って何だい?ていうかここは……」
辿り着いたのはギルドが所有している『野外闘技場』
待っていたのは信頼できる部下であり、ある想いを抱いているトム君。
だけど今は……
「お前………アトム」
『弟』の表情が変わる。
「久しぶりだな、『セルフ』!」
トム君によれば死んだ人の魂を製造したボディに移し替えて復活させる術を持つ輩が組織にいるらしい。
この『セルフ』もそのひとり。
「姉さん、これは……」
「あなたはさ、顔は同じだけど『ホマレ』じゃないでしょ?変なごまかしは止めよう。全部、わかってるから。あなたが、本当は『ホマレ』として生まれて来るはずだった男の子の魂だって事。それが仮初の身体に入ってるのよね?」
その言葉に『弟』が震えだす。
「違う!俺が、俺が本当のホマレなんだ!俺があんた達の弟になるはずだったんだ!それなのに、あいつが俺の人生を横取りしたんだ!俺が本当の、あんたの『弟』なんだ!」
必死に訴え掛けてくる『弟』。
そう、この子はあの日産声をあげられずに身体から離れて行った『弟』そのもの。
「でも、あなたがあたし達と一緒に育ってきたホマレでない事は事実よ」
「姉さん!!」
「あたしは、あんたが『弟じゃない』なんて一言も言ってない」
「え?」
あたしは真っすぐ『弟』を見据えた。
「辛かっでしょ?自分の居場所を取られてしまって。愛されたかった、親達の愛情を受けて一緒に笑い合って育っていきたかった。あたしも、『ホマレ』から話を聞いた時あなたの事を考えた。あなたと一緒にならまた今とは違う道を歩んでいたかもしれない」
でもそれは……
「でも、それはもう叶うことが無い過去、そして別の物語」
「だから、俺を否定するのか!この世界みたいに、俺を否定するのかよ!俺の存在なんか、無かったことにするんだろ!俺の人生を横取りしたあいつを認めて俺の事なんか!!」
泣きそうな声で叫ぶ彼に告げた。
「それは違う。あなたもまた、あたしの大切な『弟』よ」
「!!」
「あなたの事を無かったことになんかしない。あなたは紛れもなく、あたしの『弟』。レム家の子よ。それを証明するためにここへ連れてきた」
あたしは横目で闘技場の向こう側に作られているある『施設』を見る。
我が家で親達と、そしていずれ家を継ぐあたしだけが知る事実がそこにある。
「もうすぐ、親達がここに来る。お父さんと、そして……リズママも」
「か、母さんが!!」
「あなたに大切な事を伝える為に、ね。だけどその前に、あたしは自分の望みをかなえたい。あなたと向き合って、誰にも邪魔されず『姉弟』として過ごしたい……トム君!!」
あたしの合図でトム君がスイッチを押す。
闘技場の四方に柱がせり出してきて結界を作り出す。
1面だけは開いていてあたしは大きく背面飛びをして闘技場へと着地した。
「おいで!お姉ちゃんと、全力で戦ろう!!」
「なっ!?」
「ずっと夢見てたの……戦士として弟と本気で戦り合うの。ホマレの方はリリィに先を越されちゃったけど、あなたとの戦いはあたしが貰う!あたしの弟なんだから勿論、強いんでしょ?」
唖然とした表情でこちらを見ていた『弟』だがやがて口元に笑みを浮かべる。
その顔には隠しきれない喜び、そして興奮が噴き出していた。
「俺は……俺はッ!!」
地面を蹴り、闘技場へ飛び込んで来る。
「そうだ、俺はあんたの弟だ!湧き上がってくる闘志が抑えられない!俺も、姉さんと本気で戦りたい!!」
それでこそあたしの『弟』。レムの血を引くもの。
結界で閉じられた闘技場の真ん中で向き合う。
「全部ぶつけてきなさい!武器だって使っていい。手加減なんてしたら、絶対許さないから!!」
「望むところだ、姉さん!!」