第106話 シリアス×自由な次男
現状、アルが1歳と5ヶ月、ホクトが生後半年ですが普通の子に比べて発育は早いです。
【フリーダ視点】
「なぁナギ、これはどういう状況なんだ?」
散歩先はいつもアル達を遊ばせている公園。
ベンチに座っているのはわたし、ナギ、そして……
「あらあら、アルもホクトも大きくなったわね」
わたし達に加え、笑顔で甥っ子の頭を撫でるケイト義姉さんの姿があった。
「ごめんね、ケイティ。せっかくのお昼休みなのにさ」
「いいわよ。あたしも甥っ子と触れ合えて楽しいし」
どうやらナギが事前に『声』を飛ばして誘っていたらしい。
なるほど、女同士の会話から義姉さんの本音を探っていこうというわけだな。
流石ナギだ。わたしには思いつかない事だったよ。
感心していると義姉さんの膝に座っていたホクトがあろうことか服の上から『胸を吸おうと』試みているではないか。
「ぎゃぁぁぁぁ!?ホクト、あんた何てことしてんだ!!」
慌てて息子を義姉さんから引きはがして平謝り。
義姉さんは苦笑していた。
「流石はあの弟の息子ね。今から将来が楽しみね」
わたしは怖いです。はい。
何だろう。ホマレがわたしに手を出したり、新しい奥さんを連れてくるたびに義母さんがよく気絶しかけていた気持ちがわかった気がする。
この子はホマレの血を特に色濃く継いでいる。間違いない。
「それでナギ、あたしに話って何かしら?」
「あーそうだった。ケイティに聞こうと思ってた事があってね」
ちょっと、ついさっきまで目的を忘れてたの!?
「あのさ、ケイティは結婚とかしないの?」
直球ど真ん中の質問だぁぁぁ!!
あまりにもストレートな質問にケイト義姉さんは目を丸くしていた。
「結婚……ね。出来る事ならしたいって思うわよ。妹達が全員結婚しているし子どもだって居たりするんだし……でも男運が悪いというか上手くいかないというか」
「職場でよく一緒に居る男の人。ホマの前世の弟君はどうなの?」
またもやど真ん中ぶち込んだ!!
えっ、これ本当に大丈夫?
「トム君か。彼はその……いい人ね。でもほら、彼はあたしが保護観察してるだけで」
「それだけ?」
怖い。ナギがストレート過ぎてこっちがハラハラする。
ケイト義姉さんは黙り込んでしまう。
「ケイティはさ、美人さんだしいい人だと思う。ナギがホマにちょっかいかけていた時も他のコ達と違って優しく見守ってくれてたじゃん。だからナギは結構好きだよ」
「あ、ありがとう……」
「でも、自分には『嘘』ついてるよね?それに、本当は何で上手くいかないかわかってるよね?」
しばらく沈黙。
とりあえず息子たちが股間の引っ張り合いをしているので止めさせる。
何で男の子はこういうバカな事をするのだろう。
村の男の子も似たような事してたなぁ。
「ケイティさ、いい加減自分の事を『赦して』あげなよ?もうみんな前に進んでいってるんだから」
わたしは、詳しい事は知らない。
ただリリィ義姉さんが昔、男性に深く傷つけられる出来事があったらしい。
それを発見したのが彼女と、そしてアリス義姉さんだった。
「…………『赦す』か。」
何度もその言葉を反芻している様に見えた。
そしてやがてぽつりと呟く。
「正直さ、ここにいるあたしは本当のあたしなのかなって時々思うのよ」
ナギは黙って聞いていた。
「あの頃はリリィがどん底でアリスは常にピリピリしてて……それで思ったの。あたしまで恋愛に希望を見出さない様な事になればリリィもアリスも、もう二度と笑わなくなっちゃうんじゃないかって。だから 毎日、私はちゃんと前を向いているって姿を見せ続けてたの。だけど本当は……」
「責任感が強いね。だけどそれで、反動が来ちゃったんだね。それで本当に自分がどうしたいかわかんなくなったんだよね?」
小さなため息が漏れる。
「そう、ね。あたしは『彼氏欲しい』とか『行き遅れ嫌だ―』とか言っていて内心では男の人を信用できないの。自然と避けてるのよね。認めるわ」
「……ナギも、地球では酷い目に遭ったよ。親戚のおじさんにちょっと言いたくない事されたりね。それでお母さんが事件を起こして世間体が悪くなった途端放り出されて。その後もまあまあハードモードってやつだったなー。恋愛とかマジ無理、幸せになんかなれやしないって思ってたよ」
それはナギがあまり語りたがらない過去だった。
わたしがナギと一緒にホマレを攻略しようと持ち掛けた時、喧嘩になった。
ナギは自分が身をひこうとしていたがわたしはそれを許さなかった。
だってそれはナギが一番嫌いな『嘘』だから。
イリス王国から亡命してまでもあいつに逢う為に戻って来るくらい好きだったのにそんなあっさり諦めがつくわけない。
ナギは過去についても語ってわたしが拒絶するのを誘発しようとした。
だがこちらだって引き下がるわけにはいかなかった。何よりそんな話を聞いて『じゃあさようなら』なんて言える訳が無い。
それからも何度か喧嘩を重ね、今に至る。
「雨はいつまでも降り続けていないんだよ?ナギにとってはホマとフィリーが傘だったんだよね。そして、ナギの雨は上がったんだよ」
ナギはアルを抱きかかえて頭を撫でる。
「ナギはね、幸せだよ。ケイティだって見つけられるよ、自分の『傘』」
言い終えるとナギはアルを抱っこしたまま立ち上がりその場から去って行った。
「え?ナギ!?」
わたしはホクトを抱っこするとケイト義姉さんに挨拶をしてナギを追いかける。
残された義姉さんは辛そうな表情でうつむいていた。
「なぁ、今ので良かったのか?」
歩きながら聞いてみる。
「どーだろ。却って傷を抉ったかもしれないけど。でもケイティには前に進んで貰いたいなぁ」
ナギは深いため息をつく。
「やっぱさぁ、あの頃を思い出したら気分が落ちちゃうなぁ。偉そうな事言えないなぁ」
わたしはナギの背中を優しく撫でた。
「でも、義姉さんには届いてるよ、あんたの気持ち」
わたしの言葉にナギが小さく微笑んだ。
「ありがとうね、フィリー。ところでホクトだけどさ……」
「え?」
見れば腕の中に居るはずのホクトが居ない。代わりに何か謎の物体が腕の中に。
「わー、『変わり身』スキルだね。すごいすごい!」
まさか片手を離した隙に抜けられた!?気づかなかったぞ!?
いらんスキルを身に着けるな!
慌てて探すと息子は道端で談笑している女性へと這いながら近づいていきゆっくり立ち上がる。
おお、立った!感動の瞬間じゃないか。
ホマレが聞いたら喜ぶだろうな。
だがその手は女性のお尻へと伸びていき……
「ホクトォォォォォッッ!!!」
ここまでわずか1秒。反射的に叫びながら息子目掛けてかけていく。
こういう時はお尻叩いたらいいのか!?いいんだよな!?
本気で先が思いやられる!!
【リゼット視点】
遠方に嫁いだ娘が久々に帰ってきたと思ったら長姉の恋愛をサポートするから協力して欲しいて言って来た。
歌劇のチケットを用意することくらい造作もない事だけど、こんな事で上手くいくかは疑問だ。
とは言え、何も動かなければ事態は好転しない。
今やウチで独身なのは長姉のみ。他の子達は皆結婚して家を出てしまっている。
かつては10人家族で賑やかだったこの家も今や静かでがらんとしている。
それだけ時が経ったってことなんだよね。
色が少しだけ違う壁紙を見て苦笑する。
長女と次女が喧嘩して『ビーム』の打ち合いをして開けた穴。
そこへボクが産んだ三女が二人を止めるべく更なる『ビーム』を打ち込んで大きくした。
懐かしい想い出だ。
「はぁ……はぁぁ……」
足元がふらつき思わずソファに座り込んでしまった。
「リゼット。ちょっと大丈夫!?」
近くにいたアンジェラが駆け寄って来る。
「うぇへへ、大丈夫だよ。ちょっと……疲れてるだけ。やっぱり孫が4人もいると歳取ったって感じちゃうなぁ」
「あなたまさか……」
首を振り、アンジェラの言葉を制する。
「大丈夫。『まだ』大丈夫だから。ケイトの事もちゃんと見届けてあげたいから……だから、大丈夫」
そうだ。今は『まだ』その時じゃない。