第102話 ブルーベル
【ホマレ視点】
おふくろ、事件です。
『4人目』の予定となっている女性が危険だというので助けに来たらいきなり知らない少女と一緒に巨大紙飛行機に乗って墜落してきました。
何を言ってるかわからないだろうけど俺だってわかってない。
「クリス!お前……」
「受け止めてください!!」
クリスが叫んだ。
そうか、受け止めるか。そうだな、墜落してくるんだから受け止めてやらなきゃいかんよな。
受け止めて……出来るかぁぁ!?あんなの直撃したら死ぬわ!?
「三重保護網糸!!!」
フリーダが糸で出来た網を重ね墜落してくるクリス達を空中で受け止める。
だが反動で2人が空中へ投げ出される。
「クリスッ!!」
俺は反射的に変身すると飛び上がってクリスを受け止めていた。
もうひとりは!?
俺の心配をよそにもうひとりの少女は懐から幾つも出した紙風船をクッション代わりにして着地していた。
あら、たくましい。
「うへへ、死ぬかと思った―」
着地と共に変身を解いた俺は抱き上げたクリスの方を見る。
「お、お姫様抱っこ。お姫様……うわぁ……」
クリスの顔は真っ赤だった。
「お前、わき腹から血が……」
「あっ、いえこれは大丈夫で……やっぱ痛いです。ハッ!」
クリスが何もない虚空を見て表情を変える。
なるほど、どうやら何かいる様だな。
そしてそいつに襲われたということ、か。
「フリーダ」
視線を向けると彼女は黙ってうなずく。
「大丈夫。もう『捕まえた』から」
それは良かった。
目を凝らして宙を凝視する。
やがてゆっくりとだが糸に絡まり動けなくなった奇妙な鳥型モンスターが姿を現す。
「ホマレさん、見えるの?」
「ナチュラルには見えない。だが身体を『適応』させれば見えなくもない」
見えないものも身体にめぐる闘気を調整していけば見えるようになる。
そう、暗闇に目が慣れる様にな。まあ、さらっととんでもない事だがそういうもんだ。
「重要なのは『知識』。つまり知る事。こいつは『スピリット系モンスター』ってやつだな。しかも誰かに使役されている。さて、召喚士によってこういうモンスターの使役可能範囲は限られていてな。というわけだが、どうだ?」
フリーダに話を振る。
彼女は軽くうなずくと指を器用に動かし始めた。
「変な動きをしながらこっちに近づいてるやつを『ナギ』が補足してくれた。そこだな!」
腕を振るうと悲鳴と共に建物の陰から女が一人宙を舞いながらこちらに引き寄せられてきた。
「えっ、嘘!?何で」
この女、見た事あるな。
サウスベリアーノ支部受付嬢のマリクワ。クリスの先輩だ。
「あんた、『精霊獣召喚士』だったんだな。まぁ、そんな事はどーでもいい。何でこいつを狙った?」
俺はクリスを降ろしフリーダに『糸』で止血を頼むとマリクワと一定の距離を取りつつ睨みつけた。
「何で、ですって?そんなの、決まってるじゃないですか。その女が新人の癖に私の人気をかっさらっていってのよ!しかもどれだけちやほやされても『興味ない』とかスカしちゃってさぁ!!」
何だよその動機。
まあ、受付嬢間でもドロドロした者が時々あるというのは聞いている。
ケイト姉さんも嫌がらせを受けたりしたことはあるらしいからな。全部倍以上にして返したって笑ってたけどな。
「選び放題なんだからとっとと誰かとしっぽりかまして引退すりゃ良かったのよ!それなのに……先輩ナメてんじゃないわよ」
「「やかましい」」
クリスと変な髪色の少女の声がハモッた。
「なっ!?」
「別に私はチヤホヤされる為に受付嬢をしているわけじゃ無いし。仮にそれが好きだとしても負けたのってあなたがそんなダサい事ばっか考えてるからでしょう?」
うわぁ、ズバズバ言うなぁ。
マリクワは頬をピクピクさせ震えている。うんうん、怒ってる。
「このクソガキャァァァッ!優しくしてやってたのにつけあがりやがってぇぇ」
怒りの咆哮と共にモンスターを絡めとっていた糸が引きちぎられ自由になった。
なるほど、怒りでモンスター自身の能力も上昇するのか。だが……
「見えているなら対処は幾らでも出来る」
俺は剣を素早く抜くとモンスターを一刀両断する。
光の粒になりながらモンスターは空中で消滅していった。
「なっ、わ、私の能力が!私の才能が!?」
「殺人未遂と、後多分色々壊してるよな?ただなぁ、スピリット系モンスターは『証明』が難しいからなぁ」
「クリスゥゥ、テメェェェ!!」
ナイフを取り出し叫びながらクリス目掛けて走るマリクワ。
その進行方向に変な髪色の少女が片手側転をしながら入り込み空中へ飛びあがり見事なローリングソバットをマリクワの顔面に叩き込んだ。
「ぐえっ!」
「これ以上は見るに堪えないよ!!」
マリクワは汚い悲鳴をあげながら倒れ気絶した。
あーあ、これで殺人未遂だ。しょっ引く理由は十分になったぞ?
俺も休日なのに仕事しないといけなくなったけどな。
少女の方に目をやる。そしてふと気づく。
「あれ?君、よく見たら何か『おふくろ』に似てないか?」
「え!?」
俺の指摘に少女が目を丸くする。
「あーいや、ごめん。俺の母親の若い頃にちょっと似てるかなぁって思って。凄い蹴りだったな。思わず見惚れてしまったぞ」
「うぇ?うぇへへへ、そうかなぁ」
何だろう。照れる姿もおふくろに似ている。
もしかして遠い『親戚』か何かか。
「クリスを助けてくれたんだよな。ありがとう。君、名前は?」
「うぇ!?えーと、ベルだよ。通りすがりのただのベル。お姉さんが無事でよかったよ」
「それじゃあベル。ちょっとそこにいる女をしょっぴくついでに聴取を取らせてもらいたいんだけど」
するとベルは懐から懐中時計を取り出し顔をしかめる。
「あー、ごめんね?ボク、これからどうしても行かないといけないトコあるんだ。時間もそんなに無いからさ……」
ベルはポケットから大量の紙吹雪を出して俺達の視界を遮った。
紙吹雪を払うとそこに彼女の姿はなく、声だけが響いた。
『次は……未来でね』
「未来で……か。なるほどな」
朧気ながら忘れていた記憶が甦ってきた。
アルが生まれる前もこんな事があったな。
おそらくあの娘は俺の……
□
【リゼット視点】
会長から退任して、色々と整理を終えて今日はゆっくりと家で休んでいた。
まだお昼過ぎだしホマレのトコに行ってアルやホクトのお世話を手伝ってあげようかな?
だけどあんまり通い過ぎてウザがられてもダメだしなぁ。でも孫に会いたいしなぁ。
誰かが留守番するのが基本だしなぁ。でも会いたいなぁ。
玄関のカギがガチャガチャと音を立てていた。
誰か帰って来たのかな?それにしては早い気がする。
或いは泥棒?
警戒していたが玄関を開けて入ってきたのは3色が混じり合った奇妙な髪色の少女だった。
「ご、ごめんください」
「えーと……」
ごめんくださいっていう泥棒なんて聞いたことが無い。
そもそも何でウチのカギを持っているんだろうか?
少女はボクの顔を見ると一瞬固まり、そして呟いた。
「やっと………会えた。本当に、『写真』そのままだ……」
えっ、『写真』!?
確か地球の技術で最近ようやくリーゼ商会でも試験的に導入しようとしている新商品の名前だ。
何でこの娘が知っているんだろう?
いや、この娘と対峙した時直感で理解していた。
目に涙を溜めてボクを見ている少女、この娘は……
「君は……ボクの孫、なんだね?」
無言でうなずく。
そういう秘術があるとアンジェラが話していたのを覚えている。
ただ、悪用されれば歴史そのものが変わるのでレム魔導学院の最奥で厳重に封印されている。
しかし恐らく何らかの方法でその封印を解除して未来からやってきた、それが彼女なのだろう。
「セシルの、娘なのかな?」
少女は首を横に振った。
「ボクは、『4人目』の……」
頭が痛くなってきた。
息子がまさかの『父親越え』を果たしたようだ。
もしかして最近よく家に出入りしていたあの若い子が?
やっぱりあの子、手が早すぎる……
「えーと君の名前……教えてもらってもいいかな?」
しばらく少女は下唇を噛んで黙っていた。
「ベル………………レム・『リゼット』・ブルーベル……」
嗚呼、そういうことか。瞬時に察した。
この子のミドルネームにボクの名前が入っている意味。
ミドルネームには旧姓を入れたり洗礼名を入れたり色々ある。
だがそこに親と関わりのある人、とりわけ親族の名前が入っている理由はひとつだ。
「おいで、ベル」
促し、近づいてきたベルを抱きしめる。
「ボクは、君の事を抱き上げてあげられなかったんだね」
「……ごめんなさい。ダメなのはわかってたけど……でも、どうしても会ってみたくて……」
「そうだよね。寂しい思いをさせちゃっただね。ごめんね?」
「あの……」
「大丈夫。自分の事はわかってるから」
そうやってボクはベルを抱きしめ続けた。
『時間』が来て彼女が未来へ戻っていくその時まで……
ベルが帰っていくと同時に、少しずつ彼女に関する記憶が薄れていくのを感じた。
だけど決意するには十分だった。残された時間はそれほど長くないのだから。
「ありがとうベル。君のおかげで覚悟が出来たよ。よーし、待っててねアル、ホクト。おばあちゃん会いに行くよー」
外套を羽織り、書き置きを残してボクは家を後にした。
今回正体が判明したベルは未来のレム分家シスターズ『三女』になります。