寒の戻り
1日目は見つからなかった。
夜行のほうではときどき小さな怪異はいたが、魔物や別の世界の生き物はおらず、何事もなく夜が明けた。
そして2日目。
夜行への参加は週末、金曜と土曜の夜だけ、と決められているため、今日ダメならまた来週、という事になる。
山門地区を回りたいと双子が言っていると聞いて、要は何を企んでいるのかピンときたが、家に押しかけるのでもなければ好きなようにさせていいだろうと放置していた。
2日目となる今日、修は昨晩とは違いきちんとした衣装を身にまとった。
鬼たちや物の怪たちに、繰り返し繰り返し、『その服はない』『どう考えてもない』『何を考えたのか分からないが絶対にない』と散々に言われたからだ。
両親と妹にも相談して、小袖の上に狩衣を着て、指貫を穿いている。ただやはり面倒なので立烏帽子はかぶっていない。
紗羅はといえば、女官の正装である裳唐衣を着て、母に写真を何枚も撮ってもらっていた。
百鬼夜行は義務であり役目であるが、細かい儀式めいた決まりは何もない。そのため女性陣にとっては今どきのコスプレイベントも同様である。
美桜がポーズや撮影場所をあれこれ希望を出すのに合わせ、紗羅は楽しそうにくるりと回ったり、桜の花びらが舞う木の下や雪柳が真っ白に花を咲かせる前に立ったりしている。実に仲の良い母子の姿であった。
父・鳳笙の跡を継ぐのは修だ。
鬼の血が濃いのか成長も早く能力も高い彼は、すでにあちらで元服を済ませ『修羅王丸』と名前も変わっている。
修という名前は、こちらの世界に合わせるためと、親しい間での呼び名として使っているだけだ。
紗羅はそういったこととはあまり関わりがなく自由にやっていた。
それが少し淋しく感じることもあれば、今のように気楽で助かる事もある。
紗羅自身は実のところ、好きにできていい、とほとんど気にしていなかった。
「行ってきます、母さん」
「行ってきます」
紗羅がご機嫌で言えば、修は愛想のない様子で無表情に言う。
「行ってらっしゃい。気をつけて、今日は見つかるといいわね」
「はぁい!」
紗羅は戸口まで見送ってくれた母に袖を振る。修はちらりと視線を送りはしたものの、その後はもう振り向きもしなかった。
そもそも寒の戻りというのは本来、二十四節気の立春を過ぎているのに、大寒に戻ったような寒さになる事を指すのだという。
立春の頃、つまり2月だ。日にちで言えば、立春2月4日頃から次の雨水に入る2月19日頃まで。
だがこの国ではまだ春の暖かさを実感しにくい頃である。
これは二十四節気の始まりが大陸の古代国家である事に要因がある。時代的にも地理的にも気候に差があるのだ。
そのため今では、寒の戻りと言う場合、晩春の暖かさから冬に戻ったような厳しい寒さに変わったときに使う事が多い。
今日は明け方からひどく寒かった。
まさに寒の戻りというのにふさわしい厳しい寒さが1日続き、明日には積もるほどの雪が降るという。
そんな凍えるような夜の夜中、もうすぐ日も変わろうという頃。
百鬼夜行が始まった。
昨日の興奮したような道行きとは打って変わり、どこか厳かな、なにやら粛々とした様子さえ見える。
それはおそらく修が先頭に立っているからだろうと紗羅は思う。
そう、どちらも修がいるからだ。
昨日は跡継ぎが元服後、初めて夜行に加わったから。
そして今日はその跡継ぎがふさわしい格好で皆を率いているから。
静かで厳かな空気の中、物の怪たちだけでなく篤樹や要といった鬼の一族の者でさえ誇らしげに見えた。
それが少し羨ましく思えて、紗羅はゆっくりと修の後ろをついていく。
修は普段のやる気のなさそうな無表情とは違い、まっすぐ前を向いて胸を張っている。
多分、今日の衣装を『似合っている』『さすがだ』『かっこいい』と褒められまくったせいに違いない。
紗羅はそう確信して少し笑った。
裳唐衣を着た彼女も妖たちから嫌というほど持ち上げられて褒められたため、とても気分がいい。
白拍子の格好は今度にしておいて良かった、と心から思った。
風が出始めた。
今夜は雪が降るという。
吹雪になるのだろうか、と空を見上げて、紗羅は夜の雲の間に星を探した。
話が短いため、本日は2話更新しております。