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それぞれ

 食事は、いつも親戚の一家と一緒にとる。


 部屋で1人で食べたいと言った事があるが、おじに怒鳴られ、おばに注意され、必ず一緒に食事をとることになった。


 だがそのおじは夕食の時間に家にいる事はまずない。

 最近は、塾で朗司(ろうじ)も帰りが遅かった。


 だから夕食は大抵、おばと瑠花(るか)の3人で済ませる。


 朗司は気持ち悪い。

 おばは口うるさく、瑠花はとにかく腹立たしい。


 そしておじは恐ろしかった。


 この数日は朝と夜、なぜか毎日のようにおじと顔を合わせて何か言われる。

 入学式以来毎日、おじは家に帰ってきていた。

 その直後は体調が悪くなるため、おばに『辛そうだから』と休むように言われて学校へも行っていない。


 おじのその威圧感が、怒りが、声が、苛立ちが、全てが舞を否定し、震え上がらせる。


 殴ってくるわけではないが、おじと話すようになって舞は、言葉や態度で人を苦しめる事が可能なのだと理解するようになった。



 舞はおじが恐ろしい。



 おばや朗司、瑠花にはなんとか言い返せても、おじにはできなかった。まるで彼が舞の生殺与奪の権を握っているかのように、おじの前では舞は、小さくなってうつむき、ただ震えていた。



 おじの言葉は体に響くのだ。


 どかん、と、言われた言葉が暴力的な力を持って舞の体にぶつかってくる。


 それは考えられないほどの恐怖だった。

 おじは遠くから舞を見ているだけでさえ、その力で持って舞を叩きつけ、打ちのめす。


 話しかけられるだけで体が痛み、苦しい。



 食事のさいはおじがいないというだけで苦痛はだいぶやわらぐが、それでも楽しいものではなかった。



 もともとあまり体が丈夫ではない舞は、気温の上がり下がりに弱い。気がつかないうちに体調を崩していたり、胃腸が弱いせいで腹痛を起こしたり、食べ物を体が受けつけなかったりする事もしょっちゅうだ。


 生野菜や牛乳、オレンジジュースなどは、見ただけで体が冷えるようで夏でもぞっとする。かき氷やアイスクリームは余程の炎天下でもなければ口にしたくなかった。


 それでも日常的には生活に問題はないのだが、それが逆に舞を苦しめてもいる。


 特におじの一家と暮らすようになってからはそうだ。

 理解してもらうための会話ができない。



 だがそんな事よりも舞を1番苦しめたのは、家族の事故の事を話題にされる事だった。



 あの日は舞のバレエの発表会だった。

 舞の出番は午後の部で、中の良い友人が午前中の部だった。

 舞は友人とその家族と一緒に会場へ先に出かけ、両親と姉は午後の舞台に間に合うように来るはずだった。

 練習をする舞に入った知らせは、家族が到着した事ではなく、事故が起きたというものだった。



 それでなくても、避けるべき話題である。舞にしてみれば、けして触れてほしくはない。


 それをおじは、舞がいるとは知らなかった、気にしているとは思わなかった、舞のせいではないと伝えたかった、という(てい)で舞の耳に入るように話すのだ。


 1人生き残った事を。



 舞が1人で苦しんでいるとき、舞と舞の家族の家で笑っている一家。

 それを不快だと感じる自分がさらに苦しい。



 ここを離れないと自分が我を張ったから、おじの一家は引っ越してきた。瑠花は以前住んでいた洋風の新築一戸建ての家に戻りたいと嘆く。キレイで新しい、最高の家だったと。こんな広いだけで古臭い家にはいたくないと。


 なら出て行けばいい。

 そう思うのだが、おじ夫婦は子どもが1人で暮らすことは不可能だと言って居座り続ける。


 確かにそれは事実だ。

 家の管理、お金の管理、食事の支度に毎日の家事。大人がいないと回っていかないものは多い。

 舞が1人でこの家に暮らすことは、法律的にも現実的にも無理なのだ。



 だから舞は今日も黙って耐える。

 どうすればいいか分からないから。



 食事を終えると小さな声で「ごちそうさま」と呟いて食器を片付ける。洗って布で拭いて水屋にしまうまでが食後の仕事だ。その間、おばと瑠花の楽しげな声とテレビの音が聞こえ続ける。


 家族が生きていた頃なら、部屋に戻るのはもっとゆっくりだったし、片付けも母と姉と3人でしていた。

 全ては過去のことだ。もう戻らない。舞はそれを毎日見せつけられている。

 2階の自分の部屋に戻ると、中へ入りすぐさまカギをかける。


 そしてようやく部屋の中で誰にも触れられない静けさを手に入れると、舞は息をひとつついたのだった。















 紗羅は鼻歌を歌いながら今日の服を選んでいた。


 大人っぽいワンピースにするか、着物にするか。それとも十二単。

 いっそ白拍子もいいかもしれない、とあれこれ当ててみたりしながら鏡の前で1人ファッションショーを開催中。


 食事を終えた直後からずっとこうで、母の美桜は小さく笑って話しかける。

 とても2人も子どもがいるとは思えない、まるで成人したてのような若い母親だ。



「少しでも寝ないと辛いわよ?」


「でも、どれを着たらいいか決まらないの」


「修のところには、なんだかみんな張り切っちゃって、小直衣(このうし)とか狩衣(かりぎぬ)とか、色々用意されてたわよ」


「それ、修はどれも着ないと思う」



 娘の言葉に美桜はふふふ、と首を傾げる。



「母さんもそう思うわ。きっと適当に着流しに何か羽織って済ませるんじゃないかしら」

「絶対そう」



 2人でくすくすと笑い合う姿はやはり母娘であると思わせる様子だが、見た目はあまり似ていない。

 娘のほうは顔かたちがおそろしく整っていて、年に似合わぬ艶やかさがあるが、母親のほうは大人しげでごく平凡な、化粧っけがない事を差し引いてもいっそ地味と言っていい顔立ちをしている。



「母さんはどれがいいと思う? 久しぶりだからどれも良いように見えて目移りしちゃうの」

「そうねえ」



 美桜はゆっくりと衣装を眺め回すと、箪笥へと近づいた。

 そして取り出したのはごく一般的な巫女装束である。



「今日は特に何かの日っていうわけでもないから、普通にこれでいいんじゃないかしら。修も派手なのは着ないだろうし」


「うーーん、そうよね。でもせっかくだから、本当はいろいろ普段着れない服を着たいのに」


「父さんの仕事をちゃんと引き継いで、毎晩見回りをするようになれば修と合わせなくてもいいようになるわよ。それに母さんは巫女服って好きだなあ」


「母さんはそればっかり。父さんに誉めてもらったからでしょう?」


「別にそれが理由っていうわけでもないのよ? 父さんは他の服のときも誉めてくれたし、十二単もいいし。でもやっぱり、お仕事なら巫女服が1番っていう気がするのよねえ」


「十二単だってお仕事服だよ?」


「イメージよ、イメージ。巫女服は母さんのお仕事服だったから」



 言いながら、美桜は(くれない)指袴(さしこ)白衣(はくえ)(ちはや)と取り出して行く。



「これから先、着る機会なんてあんまりないと思うわよ? だから今くらい着ておきなさいな」

「はーーい」



 美桜の言葉に紗羅は楽しげに返す。

 母の言葉に逆らいたいわけではなく、ただ会話をやりとりしたいだけなのだ。



 母親とも言葉少なにしか話さない修と違って、紗羅はこうして母と話す事を好む。

 普段は平等に双子と接する美桜も、会話する間だけは紗羅が独り占めできた。なにしろ修ときたら必要以上の口をきかない。


 そのおかげなのか、紗羅は修と比べると幾分社交的で柔らかい印象がある。印象だけで中身はそう変わらないのだが。



「後は片付けておくから、着替えて早く寝なさい」


「はい」



 大人しく紗羅はパジャマに着替えて布団に入る。

 ひだまりのオレンジのような、甘いような、暖かいような、優しくて心地良いあの匂い。

 あの匂いの人に会えたらいい、そう願いながら。











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