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名前


「だから、ちょっと顔を出すだけでいいって言ってるだろ!」


「断る。あと静かにしてくれ」



 図書室に入った途端、要の耳に響いたのは少年の声だ。

 興奮してつい大声になってしまっているのだろうが、少年2人を睨みつける図書委員たちと、ちょうど資料室から出てきた司書の女性を目の端で確認して、要は急いで彼らのそばに向かう。



「2人とも、ちょっといいか」


「あ、生徒会の……」


「要、センパイ」



 こいつまた呼び捨てにしようとしたな?


 気がつきはしたものの、表情を変えずに要はそばにいた紗羅にも話しかける。



「悪いが全員で外へ出よう。ここでは他の生徒の邪魔になる」


「はい、要先輩」



 すっ、と紗羅が立ち上がる。修と違い、紗羅は少しばかり要領がいい。必要に応じて周囲に愛想良くもできるし、最低限の人付き合いもする。だからといって必要を感じていない事に違いはないが。



「2人もいいな?」


「はい」

「……はい」


「そういうわけですので先生、彼らには僕のほうから話をさせていただいてよろしいでしょうか」



 要は振り向くと、近づいてきていた司書に確認をとった。



「そうね。図書室では大声を上げないこと。これをしっかり約束させてくれるならいいわよ」


「わかりました。2人とも、これからは図書室では大声を出さない、約束できるよな?」


「「はい」」



 司書は腕組みのままにっこり笑う。



「では今日は帰りなさい。2人とも新入生ね? 名前は?」


「坂口です……」

「扇です」


「坂口くんに扇くんね。次は担任の先生に報告します。気をつけるように」



 喧嘩両成敗。

 どちらかだけを強く咎めるわけにもいかないと、彼女は感情を消した声で厳しく聞こえるように告げる。


 本当は坂口だけを注意するべきなのだろうが、途中からしか見ていないので詳しい事情は分からない。

 図書室を出て話そうとしなかったのはなぜなのか、ここや司書室で訊くよりも生徒会役員である兵頭に任せたほうがいいだろうという考えもあった。


 この場が落ち着き、次に騒ぎが起きなければ何もなかったこととして片付けるほうが良い。そう判断した。



「はい、すみませんでした」

「すみません、ありがとうございます」



 要と修と坂口、そして3人に一緒に並んで紗羅も頭を下げた。

 その事に驚き、要は一瞬、頭を上げるのが遅れたのだった。







 図書室を出ると、要は3人を連れて中庭へ行き、そこで坂口と修に話を聞いた。



「大体予想はつくが、まず話を聞かせてくれ。一体どうした?」


「俺は、体育の授業でこいつの動きが凄かったから、野球部に入ってくれないかって声をかけてたんです。1回見に来てくれって」


「図書室でか?」


「いつもさっさと帰っちまうし、休み時間とかはどっか行ってるし、先輩たちにも1度連れてこいって言われてるし、でも今日は図書室にいるって聞いたから、つい……。すみませんでした」


「そうか。修は?」


「部活をやるつもりはないから顔を出す必要もない、そう言ったのに聞かないんだ」


「わかった。まあ、お前たちを図書室なんてとこで待たせた俺にも責任がある。もうちょっと場所を考えるべきだったな。悪かった。それで、坂口、俺のことを知ってたな?」


「はい。今度ある部活紹介の件で、部室で部長たちと話してるのを見ました」


「ああ、あのときか。じゃあ話は早いな。野球部だけでなく他の部の部長たちにも俺から話しておく。こいつらは今のところ部活をやる気はない。だから勧誘とかはやめてやってくれ」



 要の言葉に坂口はうなずいた。


 良かった、と要は心の中で安堵する。

 これでとりあえずのケンカ沙汰は避けられそうだ。


 2人が誰かに誘われて興味を持つならいいが、今の状況では探している『誰か』以外の影響ではそうなりそうもない。しかもその『誰か』以外には興味もない様子だ。これでは互いに意見を譲らずケンカになるばかりの未来しか見えない。


 お目付役としては頭の痛い問題である。



「さて、じゃあ俺たちは話があるからこれでいいか?」


「はい、すみませんでした」



 坂口は要に頭を下げると、それでも強い視線を修に向ける。



「扇、でも一回くらいは顔を出してくれよ。野球ってすっげえ楽しいんだよ。負けると悔しいけど、でも勝つと『みんなで勝てた』って感じがすげえ嬉しいんだ。だからさ、一緒に野球やろうぜ。考えといてくれよ」



 そう言うとくるりと背中を向けて走って行ってしまった。おそらくこれから部活なのだろう。


 当の修を見ると、今の言葉に何を感じた様子もない。


 本当に残念な子どもだ、と要は内心でため息をつく。


 修と一緒に野球をやりたい、というのはけして嘘ではないだろう。きっと坂口少年は修と友達になりたいのだと要は考えた。


 だが修にしてみれば、彼と友人になりたい人間など星の数ほどいて、坂口少年もその中の1人にしかすぎないため、心が動かない。

 どうしたものか、と思いながら、要は今彼らが探している『誰か』が何かの良いきっかけになればいいと思った。



「じゃあ次だな。昼に1年の学年主任に話を聞いたら、入学式だけ来てた1年生が1人だけいるそうだ。2年と3年はまだ分からないが、とりあえずその子の事を調べてみた」



 双子が嬉しそうに目を輝かせて要を見てくる。



「名前は山門(やまかど)舞。小学校は桜川小学校。2年生のときに事故で家族を全員亡くして1人残された。その時のショックで精神的に不安定になり、学校にもあまり通っていないそうだ。教師から話を聞くのに、お前たち2人の子どもの頃の知り合いを探してるって言ってあるから、誰かから何か訊かれたらそう答えろよ? あと、もしその子じゃなかったら人違いだったと言っておけ」



 こくん、と2人がうなずくのを確認して要は続ける。



「今は山門家の家で親戚の家族と一緒に住んでいるらしいが、状態があまり良くないらしい。近々教師が訪ねる事になっているから、会いに行くのは控えてほしいと言われた」


「なんで」



 ムッとしたように修が短く言う。



「子どもを会わせられるような状態じゃないかもしれないそうだ。この子と決まったわけでもないし、他の学年の可能性もあるから、とりあえず様子を見よう。いいな?」



 双子は今度はうなずかない。修はムッとしたまま下を向き、紗羅はにっこり笑って小首を傾げた。


 これはろくな事にならないな、とそんな事を思いつつ、要は両方の手でそれぞれの頭を撫でる。

 自分よりも背の高くなってしまった修がちらりとこちらを見るのが、なんだかやけに可愛げがある。が、もう1人の笑顔はやはり嫌な予感しかしないのだった。











 修と紗羅は絶対に余計な事をしないようにと、もう一度要に言い含められて家路についた。



「修、どう思う?」



 訊かれて修は低い位置にある紗羅の頭を見下ろした。



「確認する」


「そうね、それが一番いいわよね。家の近くにいけば匂いでわかるでしょうし。今夜行く?」


「もちろん」



 にっ、と修が笑うと、紗羅もにっこりと笑う。

 ここに要がいたら雷を落とす事間違いなしな笑顔であった。













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