誰かを探して
「それで? もう少し詳しく教えてほしいんだが、探している相手は男なのか? それとも女?」
要の質問に双子は首を振る。
「生徒なのか、父兄なのかも分からない、と」
今度は首を縦に振った。
美しい顔が同時に動くのは見ていて面白いが、答えの内容は全く面白くない。
「入学式の日に来ていた人間で、それ以降学校に来てはいない誰かを探したい、年齢も性別も不明、生徒かどうかも不明。間違いないか?」
ふたたびうなずく双子。
入学式には学校関係者や生徒の関係者だけでなく、業者なども来ていたはずだ。
それら全てを含むとなると結構な人数になる。
「まあとりあえず、生徒の中に入学式のみ参加して休んでいる子がいないか確認してみるよ」
ぱあっ、と双子の顔が輝いて、要は小さく笑う。
図体がでかいだけで、まだまだ子どもなのだ。
「ありがと、要」
「さんきゅ、要」
2人同時に礼を言われて、要は左右それぞれの手で2人の頭をぐりぐりと撫でた。
「誰か分かったら要さんって呼べよ、お前ら」
「それはやだ」
「先輩ってなら呼んでもいいぜ」
頭を撫でられながら小さく笑い声を上げ、軽い憎まれ口を叩く双子を要は目を細めて見やる。
「探してやるから、年上を呼び捨てにするのはやめろ。な?」
穏やかな要の声に、2人は少し表情をしゃんとしてうなずいた。
探してやる、と約束したものの、簡単には見つからないかもな、と思いつつ要は1年の学年主任のところへ顔を出した。
そして分かったのは、入学式以降1日も登校していない生徒が1人だけいる、ということだった。
「ずっと調子が悪くて小学校にもあんまり行ってなかったらしい。入学式はなんとか来てたんだが、次の日からやっぱりムリだと保護者から連絡があったらしくてな。近いうちに1度、様子を見に行こうかと思ってるんだが……」
「ずっと、ですか? 病気か何かで?」
「いや、まあそうだな。どうした? その子が何かあったのか?」
おっと突っ込んで訊きすぎたか、と要は咄嗟にそれらしき話を作り上げた。
これまでの信頼もあり、周囲に訊けばすぐわかる事とはいえ、本来ならはぐらかされてもおかしくない内容である。後で必ず双子と口裏を合わせなければ、と笑顔の裏で考えた。
「いえ、実は生徒会に誘ってる双子がですね、小さい頃仲良くしてた子が始業式にいたのに、それ以来学校で見かけない、って気にしてるんですよ。すごくいい子だったから、一緒に生徒会やりたい、なんて言ってて。一応どんな子か確認しておこうかと」
要は昔から必要とあればさらりと嘘をつく事ができる。別に心は痛まない。
「ああ、あの双子か。兄貴のほうは運動系の部活が欲しがってたなあ。なんだ知り合いか。小学校が一緒だったか? そう言えば」
「ええ、それもありますが、親同士がもともと知り合いで、赤ん坊の頃から行き来があるんです。うちの弟妹みたいなものですよ、もう」
「なるほどなあ。だが入学式のとき話した保護者の感じだとそうとう悪い印象なんでな。子どもを会わせるわけにはいかんかもしれんぞ。ひとまず先生たちで様子を見てくるから、それまでちょっと待っててくれ」
「わかりました。また相談するかもしれませんが、そのときはよろしくお願いします」
クラスは確認した。
同じ小学校から来た生徒がいれば、名前も詳しい話も聞けるだろう。
探している人物かどうかは、登校するようになれば分かるし、休みが続くようなら何か言い訳を作って会いに行けばいい。
要が姿勢も正しく深々と頭を下げると、学年主任は機嫌良さげに笑って答えた。
「ああわかった。こっちも何かあったら頼むな」
顔を上げてはい、と返した要の笑顔の下の計算を、大人である彼はきっとわかっているのだろう。
だがわかった上で手を取っている。そんな気がする豪快な笑みだった。
要は放課後、双子と図書室で待ち合わせて帰る前に話をする事にした。
2人は不思議なほど素直に要の言う事をきき、大人しく図書室で待っていると約束したが、あまりに素直すぎて少し気味が悪いほどだった。
扇家の双子は少し普通とは違う生まれで、要が2人と会ったのは双子がまだ産まれてすぐの頃だったが、その頃、要も双子もこことは違う場所で暮らしていた。
神社のある山を葛城山という。
高見原町は国内でも最大の大きな町だ。その高見原町を他の地域と分断するような尾弥越連山。連なる山々の中でも町を見下ろす位置にあるのが葛城山だ。
高見原町に古くから住む者たちは普通とは少し違う者が混じっている。
特に葛城山に近ければ近いほどその傾向があり、たとえば菖蒲の一族もそうだが、扇家の双子はその誰ともさらに違っていた。
要は初めて2人に引き合わされたとき、これから自分が仕えるようになる相手なのだと思った。
そのくらい2人は特別で、見た目も存在も何もかもが違っていた。
だが当分はお守り役で面倒を見なければならない。
小学校では2人の事で何かあると要が呼び出される日々が当たり前だった。
要が中学に上がるとき、『今後は余程の事でないと要を呼び出さないこと』と2人が周囲に言っているのを聞いたさいには、嬉しくもあり淋しくもあり、何より1番は不安だったわけだが、この2年の間に双子も成長していたという事なのだろうか。
そんな事を考えてみたりもする。
……いや、ないな。昼休みのあの様子ではそれはない。
要は自分の期待と妄想を振り切って図書室へと向かう。
そうすると、あの2人を大人しくさせるだけの誰かがいるという事なのか。
興味深いな、と思いながら要は図書室の扉を開いた。