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不機嫌な理由

 (しゅう)紗羅(しゃら)は2人で向かい合い、黙々と昼食をとっていた。


 クラス分けで別々になったのだが、昼休みには紗羅のほうがいつもの柔らかい笑顔で兄の教室へやってきて、無言で机を向かい合わせ、無言で席について弁当箱を取り出し、やはり無言で食べて自分の教室に戻っていく。


 そんな光景がこの3、4日ほど続いていた。


 互いに口をきかないほど仲が悪いというわけではなく、また誰かと喧嘩をしているというわけでもなく、ただ単に2人とも機嫌が悪い。


 それを分かっている小学校からの知り合いたちは2人に近づこうとはしない。

 触らぬ神に祟りなし。

 それが双子と関わるときの合言葉だ。



「あいつら、今日も機嫌悪いなあ」



 1年の教室をのぞき込んで、向かい合って昼食をとる双子を見てそう言ったのは、3年の生徒会役員、兵頭(ひょうどう)(かなめ)だ。

 周囲には、小学生の頃から知っている1年生たちが数人いる。



「誰か理由知ってるか?」



 訊かれて、全員が顔を見合わせ、そして首を振った。



「話しかけられませんよ、ヤバくて」



 紗羅の使いっ走り的立場の西崎(かおる)が答える。


 ガキ大将だった彼は、紗羅の見た目の美しさに騙されて恋に落ち、男の子がやりがちな好きな子をいじめるお決まりの道を辿り、笑顔のままの紗羅にトラウマになるレベルで物理的に叩きのめされた。


 それ以来彼は紗羅の下僕である。

 ちなみに現在、彼の中に恋心的なものはかけらも残ってはいない。



「学区が違ってた奴らが何人か話しかけて、修に睨まれて泣き出した女の子とか、ケンカ腰で話しかけてぶん殴られた奴とかいるんですよ」


「まあやりかねないな」


「とりあえず何もしなきゃ黙っていてくれるんで、みんな様子見です」



 正しい判断だ、と思わないでもない。

 だがここは多くの人間が通う普通の学校だ。いつまでもそんな身勝手が通用していいわけがない。わけがないのだが、他人にあまり興味を持たない2人にとってはいいも悪いも関係がないのだろう。


 要は小さくため息をついて腕を組み、顔をしかめた。


 仕方がない。

 2人の面倒を見るのは、中学に上がるまではいつも要の役目だった。


 腕組みをほどくと、要は顔に笑みを浮かべながら教室へと入り、双子に声をかける。



「修、紗羅。今いいか?」



 修は無表情に弁当から顔を上げ、要へと視線を向けた。その向けただけの視線の圧がすごい。

 要の笑みが思わず引きつる。

 が、修は相手が要だと認識すると表情を緩めた。



「要」


「ああ。一緒に食っていいか?」



 修はうなずくと、近くの机を持ってきて席を用意した。



「悪いな」


「別に」



 修がまた弁当を食べ出すと、要は1度もこちらに顔を向けない紗羅に笑みを向けた。



「制服似合ってるな、紗羅」



 紗羅は一瞬視線を向けて笑みを見せるが、返事はしない。

 ただ無言で箸を動かし、昼食を食べ続けた。


 要の笑みがさらに引きつった。

 自身の弁当を広げながら、助けはないのかと後ろを振り向くが、そこにはもう誰もいない。


 あいつら、と苦々しく感じながら、食べる合間に要は再び双子との会話にチャレンジする。



「2人とも部活とかどうするんだ? 菖蒲(あやめ)は2人は部活はやらないだろうって言ってたんだが」



 香坂(こうさか)菖蒲(あやめ)は、双子と同じ山の中の神社のそばに住んでいる。

 要と同じ3年生で、生徒会の会長である。



「やらない」



 とは、修の言葉だ。


 同じ男で昔から一緒に遊び、よく面倒を見てもらっているため、修はなんだかんだで要に当たりが弱い。他のただの知り合いと比べて、というだけのことではあるが。



「そうか。生徒会もか? 俺も菖蒲もいるし、お前らが手伝ってくれると助かるんだけどな」


「多分ムリ」


「ムリか。紗羅はどうだ?」


「興味ない」


「そっか。まあ何かあったら相談に乗るからさ」



 言いながら双子を順々に見やると、紗羅が食事の手をとめて要を見ていた。


 黒目がちの大きな瞳がきらきらと輝き、こぼれ落ちそうなほどキレイで、この娘のどうしようもない性格を知っている要でさえ胸がときめく。



「な、なんだ?」


「相談」


「ああ」


「相談、乗ってくれるの?」



 要は耳を疑った。

 今なんて言った? こいつ。


 ふと視線を感じて反対側を見ると、修も目を輝かせてこちらを見ている。


 双子の熱い視線を独り占めにした要は、一体何事だと軽く混乱したのだった。








「ようするに、入学式にいて学校に来ていない誰かを探してるんだな?」


「うん」

「そう」


「それでここのところ機嫌が悪かった、と」


「別に機嫌は悪くない」

「ああしてないと周りが面倒臭かっただけだもの」


「悪くなかったのか?」


「それほどは」

「ちょっとイライラしてただけ」


「……まったくお前らは。」



 要は大きくため息をついた。

 常人なら友人知人のため息の原因ともなれば平常心ではいられないだろう。だが双子は全く気にした様子もなく要を見つめる。


 この2人の『ちょっと』は周囲にとってはちょっとではない。

 当人たちは他に気になることがあるから放っておいてほしいだけだったとしても、周りが感じる精神的なプレッシャーは多大なのだ。



「だったとしても、表情に出したり周りを威圧するような真似はするな」


「だってそうしないと周りに集まってきてうるさいんだもの」



 紗羅の言葉に修が深くうなずく。



「まあそれはなあ」



 授業初日の、周囲を囲まれての質問攻めや写真撮影、その合間の部活や放課後の誘い、連絡先の交換依頼、等々。

 休み時間になると、うんざりするほどのそれらに対応しなければならない状況だった。

 もちろん、相手をする義理どころか愛想良くする義理もないので、ほとんどの場合無視して過ごしたが。


 それに怒った男子生徒を修が殴り飛ばして以来、集まってくる人間の数も減り、内心ご機嫌で表面上の不機嫌を貫いていた、という事らしい。それもお目付役の要の登場で内心ドキドキだったようだが。



 周囲に人が集まってくるというのは、社交的な性格であれば喜ばしいことなのだろうが、あいにく双子はどちらもそうではない。

 幼少の頃から美しさで目立っていた2人は危険な目にあうことも少なくはなかったし、わずらわしい思いをすることも多かった。


 それゆえ身につけた警戒と拒絶の態度でもあるが、2人が元から人間嫌いであることもまた間違いではない。



「社会に出ていくならある程度は対応を身につけないといけないもんだが、2人ともまだ中1だしな。それは追々でいいさ。今はひとまずその始業式のときの誰かの話をしよう」



 双子の表情が輝くのを見て、要も嬉しくなる。こうやってついみんなが甘やかしてしまうからダメなのだと分かっていても、他の人間では入れない2人の心のうちに入れていることが誇らしくてくすぐったい。


 俺もダメだなあ、と、要は紗羅が水筒から用意してくれる食後のお茶を受け取りながら苦笑した。










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