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修と紗羅

  (しゅう)紗羅(しゃら)は双子で、とても美しい見た目をしている。


 2人は早くに父を亡くし、母親の女手ひとつで育てられてきた。

 修は男らしい精悍な顔つきの中にどこか色気があり、周囲の男の子たちよりも成長が早く、背が高い上に力も強くて、私立からスポーツ推薦で入学しないかと誘いがあったほど運動神経がいい。

 紗羅は兄と違いごく普通の背丈だが、吸い込まれそうな黒い瞳に、長いまつ毛が絹のような白い肌に影をつくる様子が神秘的な、美しい黒髪を長く伸ばした少女である。



 そんな2人がこんな田舎の町外れにある山の中の学校にいるのはいかにも場違いだが、もともと山裾の小さな小学校に通い、住まいも町どころか山の中にある神社のそばの小さな集落だった。



 神社前の集落ともなれば普通なら鳥居前町とでも言われそうなものだが、実際には神社の手伝いをする者と参拝者の宿泊施設だけの本当にささやかな集まりで、神社含め観光になるようなものは何もなく、商店も日用品を売るばかりで土産物など置いていない。



 個人がスマホを持ち世界と繋がる現代で、そこだけ時代に取り残されたような山の中で2人は育った。


 都会的だとか、ハイソサエティだとか、そんなものとは無縁の生活と言ってよかった。


 にも関わらず、入学式のその日、山の中腹にある高見原中学の生徒とその保護者は例年よりも騒がしく、厳粛な式などどこへやら、中にはどうにか双子の写真を撮ろうとする者までいる始末だ。



「騒がしいね」



 微笑み、周りを気にかける様子もなく爪を眺めながら、紗羅がただぽつりと口にする。



「そうか?」



 何か他の事に気を取られたように辺りを見回しながら、それでもやはり式にも周囲にも興味のなさげな兄。



「うん、面倒」



 心の底からどうでもいいように紗羅は呟いた。笑みはそのまま、その視線もやはり爪先のままで、頭の中にはもう少し磨けば良かった、ということしかない。



「それより何かいい匂いがしないか?」


「匂い?」


「ああ。ここへ来てからずっとしてる。体育館に入ってから強くなった」



 言われて、紗羅は顔を上げ、くん、と鼻に意識を集中させる。



「あ」


「な?」


「うん、いい匂い」


「あとで探してみようぜ」



 うん、と紗羅がうなずく。爪なんかよりもっと興味のあるものを見つけて、機嫌よく辺りを見回しながら。






 その香りのもとは結局見つからなかった。


 式が終わった途端、2人の周囲には人だかりができてすぐには抜け出せなかったからだ。


 小学校で一緒だった同級生たちは、2人の事をよく知っている。その見た目に慣れていることもあるが、用もなく周囲をうろつかれるのが好きではないこともよく知っていたため、誰も近づいたりはしなかった。


 集まってきたのは違う中学から来た生徒たちだ。


 それを友人・知人たちは遠巻きにして恐ろしげに眺めていた。



「ねえねえ、はじめましてだよね、今いいかな」


「2人、入学式の間、話してたよね、知り合い?」



 修は答えない。



「このあと暇? みんなで美味しいもの食べに行こうって約束してるんだけど、一緒に行かない?」


「ごめんなさい、ちょっと急ぐので」


「何か用事? あ、じゃ、名前教えて。あたしは笹野しょう子」


「あたし前田幸美」


「オレ半田」


「ねえアドレス交換しない? 今度一緒に遊ぼうよ」



 紗羅は微笑んだままさりげなく視線を合わせない。


 そろそろどっちかがキレるな、と周囲が身構えたとき。

 パン、パン!

 と両手を叩いて生徒たちの気を引く者がいた。



「ほら! 式が終わったらいつまでも中にいないで体育館の外に出る! 親が外で待ってるヤツもいるからな! ダラダラしない!」


「はーーい、先生」

「すみませーーん」



 2人を囲んでいた生徒たちは、かけらも悪いと思っていない調子で返事をする。

 囲まれていた修と紗羅は相手の教師と思しき人物に頭を下げた。



「ありがとうございます、先生」


「すみませんでした」


「ああ。お前ら目立つからな、何かあったら相談しろよ?」



 お決まりの言葉を修は無表情に聞き流し、紗羅は小さく愛想笑いで微笑んだ。






 薄くなった香りをたどって修は外へ出た。駐車場、校門、運動場と見回してみたが、もう香り自体がほとんど残っていない。



「どう?」



 背後から妹に問われて、振り向きもしないまま修は首を振った。



「さっきのアイツら、ぜってーー許さねえ」


「心が狭いわね。次何かあったら、ぐらいにしときなさいよ」


「くっそ」


「ほんとくそ」



 紗羅が汚い言葉を使ったのに思わず振り返ってまじまじと顔を見ると、妹はその美しい花の如きかんばせをふわりとほころばせて微笑んだ。



「帰ろっか」


「だな」



 2人は並ぶとさらに山の上へと向かい歩き出す。



「なんだったんだろうな、あの匂い」


「いい香りだったよね」


「ああ、嗅いだことのない匂いだった」


「楽しくなる感じだった」



 紗羅が言うと、修は隣の妹を見やる。



「なに?」


「いや……」



 楽しい、なんていうものじゃなかった。あれは、そう。

 修はあのときの匂いを嗅いだ感覚を思い出した。


 腹の辺りがざわりと蠢く。蠢いて、何かが澱む。


 1番近いのは食欲だ。本能を突き動かす、欲。


 それを妹に対して言葉にしてしまうのは躊躇われて、修は言いよどんだ。



「まあでも同じ生徒なら明日には分かるよね」


「そうだな」



 明日には。


 明日にはまた、あの匂いを嗅ぐ事ができる。

 ざわり、と。

 己の身の内で動くものを、修は抑えた。











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