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百鬼夜行 ー 双子鬼 ー  作者: 昼咲月見草


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19/24

山門と鯨銛

 その昔、時の帝の皇子が鬼を倒して治めた土地。それがこの高見原町の由来である。

 だがそれは事実とは少し違う。鬼は倒されたのではなく、自ら土地を譲り渡したのだ。代わりに帝は土地を見下ろす山の中に社を立て、鬼の長を鬼神としてそこに祀った。


 鬼の長が土地を手放したのは、位階が上がり、神へとその身を近づけたため。

 そのため、日々暮らしにくくなるこの世を離れ、自らの神域へと一族とともに移る事を決めたのだった。


 鳳笙は当時まだ幼く、鬼の長の嫡子であったが、修行のため人の世に残るものとされた。


 そのとき、人の世との関わりを避けられぬからと後見を申し出たのが帝であった。

 それ以来、鳳笙は帝と約定を交わして人の世を守っている。


 今も町の主要道路としてある、尾弥神社へと向かう山門(さんもん)道路はその頃に作られたもので、外からくる汚れを高見原の土地にいれぬための結界へ入る、唯一の門だ。


 山門(やまかど)家の一族は、霊的にはその結界を守り、現実においては門のある関所を守る役目を担っていた。



 しかし関所と門が必要なくなった現代において山門(やまかど)一族はその在り方を見失い、戦争などで数を減らし、今では本家の家も燃え、残されたのは一族の娘が1人となっている。



 本来なら強い権勢を誇る一族のはずである。



 それがなぜ血族が絶える手前まで来ているのか。どこから、何のために呪いをかけられているのか。


 結界を守る任があった事を考えれば、霊的な能力の高い一族であったはずである。

 なのに呪いを解く事も跳ね返すこともできてはいない。


 修と紗羅にはそれが不思議でならなかった。



山門(やまかど)の一族は全員が能力に秀でていたわけではない。平和主義で穏やかな、文官になるような者がほとんどだった。だが山門(やまかど)には霊力の高い、結界を守る能力に長けた娘が一代おきに必ず生まれる。そこを買われて門の守りを任されていた」



 生まれた娘が一族の長の娘であれば、武官の中でも才のある者を婿として迎え、親族の娘であれば跡継ぎの嫁とする。


 この土地を守るという結束の中、それは長い間、廃れることなく受け継がれてきた。一族のものというよりもう土地の掟である。


 その、土地の要である一族を誰が呪うというのか。


 答えは1つ。


 土地の外の人間である。



「高見原はけして豊かな土地ではないが、都へ攻め上がるには良い橋頭堡となる。そのため、門を守る一族をまず滅ぼすことに目をつけたのが、鯨銛(くじらもり)だ」



 鯨銛は海を渡ってきた一族で、浜一帯を土地に持つ領主に取り入り、いつのまにか政治の中枢にまで入り込んでいた。


 一族が根を下ろす領地を持つこと、それが彼らの悲願であった。


 そのために数世代をかけ、高見原を手にするため策を設けた。

 その手段が呪いである。



「鯨銛は武に優れた一族で、さらにもう1つ、特筆すべき能力をその血に宿していた。それが今で言う超能力だ。一族の多くがその強い能力を持って生まれてくる。武に優れているのもそれ故だ。そして鯨銛の長はその力を使って他者を操り、呪いをかける事をためらわない性格だった」



 超能力、そして呪いと聞いて、双子の表情が歪む。

 それで何ができるのかを本能的に知っているからだ。そしてその醜さと穢らわしさも。


 修はけして許さないと心に誓い、紗羅は必ず殺すと心に刻んだ。


 子ども達の思いを知ってか知らずか、鳳笙は平然と茶を飲んで続ける。



「門を守る一族が1人残らずいなくなれば、土地への侵入もたやすい。だが普通であればあの一族は呪いなど受け付けぬ。強力な術者がいるからな。それを可能にするため、鯨銛は一族郎党、全ての力をまとめ上げて呪いに注ぎ込んだ」



 紗羅は目を細める。


 修は身じろぎ1つせず、しかし膝の上で拳を握り締めた。


 どちらも、凶悪な内面が表に現れ、鬼の血が色濃く正体をその影に映し出している。



 鯨銛の行った呪いは並外れた力を発揮するものである。

 術者本人だけでなく、その術者を基点として一族から味方となる関係者まで、全員の力を使用する事ができるのだ。


 つまり、血族のみならず、洗脳して支配下に置いた者、利害関係によって味方につけた者の力をも利用できる。

 これが、普通の霊力の高い者の行う呪いとの違いだった。



 どんなに優れた能力者でも、数十人、数百人と集まった人の意識には敵わない。



 一族の長が一代では結果が出ぬと判断してかけられるこの呪いは、数世代に渡って続く事となる。

 術者の子孫が代々受け継ぎ、呪詛が完結するまで延々と引き継がれるのだ。


 死者の呪いではない。生者が何代にも渡って引き継いできた、超能力を使用した呪い。


 それは、子孫が呪いを行っていると意識しているいないに関わらない。


 この呪詛は、受け継いだ当人が呪われた相手の幸福と繁栄を心から願いでもしない限り解けることはないものだ。


 一族で引き継ぎ、目的を達成するための呪い。その中には、この呪いをかけている人間の意識の操作もある程度含まれる。


 呪詛の対象者を程度の違いはあるものの、憎み、軽蔑し、徹底的に嫌い抜くように。


 そうしていずれはこの呪詛は完成するのだ。



「吐き気がする……!」



 呟いた紗羅の言葉に、修はちらりと妹に視線をやり、そして父を見た。



「鯨銛はそれを山門(やまかど)に対して行った、という事ですか」


「そうだ。川先と名を変え、敵対する勢力の者とわからないようにし、まずは山門(さんもん)の外側に居を構えた。次は高見原から嫁を取り、危機感を抱かれないようにして、少しずつ身内に入り込んだ。最終的に本家の娘も娶ったが、後継がいなくなった本家を継いだのは分家の人間だった。気がついたときには味方がどんどんいなくなっている状況でな、ろくに引き継ぎも行われない有様となった山門(やまかど)の人間にはどうにもできなかったというわけだ」



 土地が欲しい。領土が欲しい。都へ攻め入って国を獲りたい。



 いかにも人間らしい、反吐が出る理由だ。


 神々の世界ではそうではない。(みずか)らの治める神域を広げるのに必要なことはたった1つ、(おのれ)の神格を上げる事である。与えられるものは身の丈にあったもの。神としての力量が上がれば、神域も(おの)ずと広がるものだ。



 紗羅は身のうちの激情を鎮めるように姿勢を正した。

 だがその瞳には昏い炎が燃えたままだ。



山門(やまかど)の一族は門を守るためにあった一族だ。門の必要性が薄まれば、その存在意義も薄れる。それに沿うように、生まれる娘の能力も弱まっていった。山門(さんもん)とともに山門(やまかど)も滅びる。その日が来ただけだと当主は呪いを解かない事に決めた。そもそも、何十人、下手をすれば何百人もの人間の力を撚りあわせた呪いなど、解くのにどのくらいの犠牲が出るかも分からん。ならば、力は解呪ではなく子孫を逃す事に使うと言ってな」


「子孫を、逃す」


「ああ。遠くに嫁に出したり、親族内で情が薄れるのをそのままにしたり、な」



 鳳笙はたくあんを口に放り込んで、ぱりぱりと食べる。

 美桜が、空になった湯呑みにお茶のお代わりを入れ、まだまだ話は続きそうだとみてお湯の用意をしに台所へ向かった。



「だがそれも上手くいっておらん。今の川先の当主はよほど欲深い。こいつに代わってからは嫁ぎ先でも不幸が起きるようになってな。子が産まれん、生まれても育たん、結婚ができん、できても別れる、とな。事故や金銭トラブルによる一家離散もあったな。とにかく家族の情が育たん。山門(やまかど)の当主にしてみれば、家族の情が薄くなるのは逃すのに都合が良かったのだろうが、まさか外に出た血を絶やすまでやるとは思ってもみなかったのだろうよ」


「それは、いいのですか」



 問うた修の声はわずかに震えていた。



「いい、とは」


「一族の外に出た者まで呪うことです。それは(ことわり)に反してはいないのですか」


「天の()、という意味では反していない」



 なぜ、と修は息を呑む。



「天はそのような些事には関わらぬ。反しているのは人の()だな。あの世とこの世の人の定めに反している。外に出た者まで含めて呪いや復讐を認めてしまえば人という種は育たぬし、すぐ滅ぶ。もともとが復讐心の強い、利他を知らぬ生き物であるからな」



 所詮ただの動物、と鳳笙は人という種を判じている。


 ただただ我欲と生存本能のままに生きる。愛を知らず、慈を知らず、雑食であるが故に全てを食い散らかす。


 だがそれは鬼も他の生き物も皆そうだ。そこから先へと進み、枝分かれする進化の先に広がる世界を()る者だけが神への一歩を踏み出す。文化も文明も、全てはそのための踏み台でしかない。

 つまるところ、善や悪、光や闇といったものでさえ、己が何者であるかを認識し、選ぶための踏み絵でしかないのだ。



「人の理に背いても、何も罰せられないのですか」


「そんなことはない。ただ何事にも時がある。本来、この世の善悪というものは常には裁かれぬ。何をするのも選ぶのも自由、ここは選択するための場所だからな。だからこそ、人自身が人を裁く。現代においてはこの国では霊的な物事を裁く法はない。やり過ぎようが川先家の当主は裁かれない。それを我らが裁くとなれば、方々(ほうぼう)への根回しと正しい手順が必要となる。あれはいずれ除かれねばならん。だが今ではない」


「舞は、救われますか」



 拳を痛いほど握りしめ、修が訊いた。

 おそらくそれが1番知りたかった事なのだろう、と鳳笙は人の悪い笑みを浮かべて息子を見る。



「お前が救うのだろう?」


「はい。必ず」


「では救え。山門(やまかど)の一族はその娘で最後となる。門を開き、結界を開け。もうこの土地を守る必要はない。あの娘は土地の封印を解く約束をして生まれてきた。封印を解き、5000年目の変化の時代の準備をしろ」


「はい」



 修が拳を使って正座のままひとつ後ろへ寄り、そして頭を下げる。

 紗羅も兄とともに身を伏せ、頭を下げた。








 美桜が戻ると、ちょうど子ども達が部屋を出て行くところだった。



「あら、もういいの?」


「うん」


「大事なことは聞けたから」


「そう。それで、学校はどうするの?」


「俺はもう少し考える」


「あたしも。先に土地の神事をしなきゃいけないから、それが終わったら舞ちゃんと話して考える」


「そうなの? 神事をやるって、2人で?」


「ううん、舞ちゃんと3人で」



 嬉しそうに答えた紗羅に、美桜は微笑み、修と紗羅を交互に見つめた。



「頑張ってね」


「うん!」



 笑って紗羅が答える。

 修は無言で小さくうなずいたのだった。












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