父・鳳笙
本日は2話投稿しております。こちらは2話目です。
「母さん、あたし転校する」
美桜は娘に突然そう言われてすぐに返事ができなかった。
夜出かけたと思ったらすぐに帰ってきて、お守りをつくると言い出したのは昨日のことだ。
そして今日は転校するという。
「ええと、どこに、とか、どうして、とか、いろいろ訊きたい事はあるけど、とりあえずお帰りなさい」
「ただいま!」
「ただいま」
紗羅に続いて居間に入ってきたのは息子の修だ。この子にしては珍しく、やけに嬉しそうな笑みを満面に浮かべていた。
この双子は普通の子どもとは激しく違っている。
だから唐突に何か言い出しても不思議はないし、それにはちゃんとした理由やそうしなければならない理由がある事も分かっている。
だが説明くらいはしてほしいと思うのだ。
美桜はお茶を淹れると、2人の前に出して話しかけた。
「それで、昨日作ったお守りは渡せたのかしら?」
「うん」
「修が探しに行った水晶も?」
「渡せた」
「そう、良かったわ。もうすぐ父さんも来ると思うから、そしたら一緒に話を聞くわね」
双子の人間社会での事は、美桜に全面的に任されている。
それでも美桜は、やはり何かあればこうして家族で話し合いたいと思うのだ。
父の鳳笙がやってくるまでの間、美桜は双子から学校での話を聞こうと頑張ったのだった。
「今日、彼女ができました」
父がやってきて母の隣に座ったあと、修は居住まいを正し、突然そう言った。
紗羅は何事もなかったかのようにお茶を飲み、母は「まあ」と口元を手で隠す。
父はと言えば、興味無さげにぬか漬けのキュウリをつまんだ。大きく輪切りにされ、七味を振りかけられたキュウリは美桜が手ずから糠床に漬けたもので、食べ応えも抜群だ。
醤油を軽くつけ、ひと口。
ぼり、ぼり、ぼり、と鳳笙がキュウリを食べる音だけが居間に響く。
しばらくして、キュウリを飲み込むと鳳笙は「それで?」と息子に訊いた。
「それで、何を言いたいんだ?」
ただ惚れた腫れた付き合ったで親に報告するような可愛げのある性格でないことは百も承知。
その先があるからこそ、わざわざ自分に伝えたのだと鳳笙は理解している。
案の定、修は真剣な表情で言葉を続けた。
「教えてください」
「何を」
「山門家の事」
その次の言葉を紗羅が繋ぐ。
「一族にかけられた呪いの事も」
しばし、鳳笙と子どもたちは黙って睨みあった。
当人たちにしてみれば睨みあっているつもりなどないのだろう。だがここに第三者がいれば、漂う緊張感に耐えられないはずだ。
そして美桜は第三者ではなかった。
ぱん!
と両手を打ち鳴らすと、嬉しそうに告げた。
「明日はお赤飯ね!」
「それで、どんな子なの? 写真はある? お嫁さんに来てくれそう?」
うきうきした様子で次々と質問を投げかけてくる母から、修は真っ赤になって視線を逸らす。
待ってましたとばかりにその質問に答えたのは紗羅だ。
「舞ちゃんっていうの。すっごいちっちゃくって、すっごい細くって、目が大きくてお人形さんみたいに可愛いの! あとそれですっごくいい匂いがする。絶対違うところで生まれた魂!」
「まあそう」
「もう絶対友達になるの! 修はさっき告白して、すぐに返事を貰えたのよ!」
「良かったわねえ、修」
おっとりと母が笑う。
修は返事もせずにそっぽを向いたままだ。
「舞ちゃんは高見原中学から奥沢女学館に編入するんだって。だからあたしも編入したいの。舞ちゃんと一緒なら学校も絶対楽しいし」
「そう。大好きなお友達ができたのはいいことね。でも修は? 1人で高見原に通うの?」
「いっそ修も隣の市の学校に通えばいいと思うの。男子校があったでしょう?」
「あったわねえ、そういえば」
そんな勝手な事を話す紗羅に、鳳笙が静かに問いかける。
「その相手が山門の娘なのか?」
修と紗羅の表情が引き締まった。
「はい、そうです」
「誰かが舞ちゃんを呪って、苦しめてるの。あれはきっと、一族の血を絶えさせる呪い。山門家は大事な家だって前に聞いた。だから、山門の事から調べようと思って」
「なるほど」
修と紗羅は2人同時に頭を下げる。
「「お願いします!」」
しばらく無言だった鳳笙は、湯呑みを手に取ると答えた。
「別に構わんが」
しかし顔を輝かせた双子に、しっかりと釘を刺す。
「それと転校はまた別の問題だ」
どうして、と口を開きかけた紗羅を視線で抑え、鳳笙は隣の美桜を見た。
「お前はどう思う」
「そうねえ、仲の良いお友達と一緒の学校に通いたいという気持ちは分かるけれど、学校ってそれだけじゃないから。それで転校するのはちょっと理由として認められないかしら」
「そんな」
普段、子ども達に甘くて優しい母の言葉に紗羅はショックを受ける。
「ダメではないのよ? でも、奥沢女子は遠いでしょう? その子が転校するのは、山門にあったおうちがなくなって畠中に引っ越したからで、そちらのほうが高見原より近いからね? なら、あなた達2人が隣の市までわざわざ通うのは難しいんじゃないかしら。朝だって今よりずっと早くなるのよ?」
「それは、そうなんだけど……」
「紗羅は奥沢女子に入って、他に何かしたいことはあるのかしら?」
「他に?」
「例えば、部活とか、隣の市で学校帰りに習い事がしたい、とか」
母ににっこり笑いながら優しく言われて、それでも紗羅の顔は困ったように眉を下げている。
「特に、ない……」
「そう。修は? 今の学校がいい? それとも狩場男子に転校する?」
「学校は別にどうでもいい。舞を守りやすいところがいい」
「高見原は野球が強いわね。狩場はいろんな部活があるわよ? 弓道部とか、チェスとか」
「興味ない」
「そう……」
美桜は微笑んだまま、少し困ったように小首を傾げる。
別に、学校を変わるのは構わない。だがあまり簡単に考えてほしくはなかった。
そこへ救いの手を差し伸べたのは父・鳳笙だ。
「相手は山門の娘だろう。ならば別にお前達が学校を変わる必要はないのではないか?」
え、と双子が同時に鳳笙に顔を向ける。
「神社に山門の関係者がいるだろう。遠い血縁だが。そこで引き取ればいい」
「なるほど、そういえばそうね」
ぱん、と美桜が両手を打つ。
「まずは山門の話からしよう。そもそも尾弥越連山や、尾弥神社の『尾弥』とは、『鬼』から変わったものだ。それは知っているな?」
双子は父をまっすぐに見つめてうなずいた。




