夜空を飛ぶ者
ご機嫌な様子で夜の空を飛ぶ兄に、紗羅は少しばかり嫌味を言ってやりたい気分になった。
「舞ちゃん真っ赤になってたじゃない、もう」
じとり、と睨むと、修はそんなこと気にもかけずにさらにご機嫌で笑う。
「必要なことだった」
「まあそれはそうなんだけど」
鬼は自身の獲物や所有物に印をつけることがある。
所有物というと聞こえが悪いが、弱くて傷つきやすい人間を配偶者に選んだ以上、自分の印をつけて守る必要があった。
狙われ、攻撃されているとなれば余計に。
昨晩、舞の住んでいるという畠中の家を訪ねたさい、舞があまりに傷つけられてぼろぼろなことを再確認した双子は、会話を切り上げて帰り対策を練った。
オーラだけではない。
肉体を守る生命力の守護の殻までぼろぼろだった。
火事の際に逃げ遅れかけたようだが、あれではまともな判断どころか普通に生きる事すら難しい。
まずは、一緒にいる時間を増やすこと。
そうすれば、誰に攻撃されているかを調べ、同時に守ることができる。
そばにいない時のため、守りになるものと傷を癒すもの、2つの呪具を用意すること。
そして、修は舞を自らの伴侶とすると決めた。
どんなことがあっても守ると。
紗羅は概ね賛成だったが、まずは舞の意見を聞いてから、と修を引き止めた。
今にも飛び出して行ってさらってきそうな様子だったからだ。
そもそも、修が何を決めようが舞の気持ちがそこになければ意味がない。舞の嫌がることをするなら、修自身が舞を傷つけることになるだけだ。
できれば、舞に修を好きになってもらって、そして尾弥へと来てもらいたかった。
そうして家族になれれば、紗羅も舞のそばにいられる。
作戦がうまく行っているのはいい事だが、修ばかりが得をして楽しそうなのは癪にさわった。
「でもあそこまでする必要なかったはず」
「それは……」
「あーーあ、舞ちゃん真っ赤になってたな」
皆まで言わせず嫌味っぽく言葉を重ねると、修は何かを思い出したように口元を押さえて先を進む。
こちらも赤くなったのを背後から耳で確認しながら、紗羅はくすくす笑った。
何にしても、舞の身の安全が確保できたならそれでいい。
そう思いながら。
舞からは、この地上の生き物とは違う気配がする。
肉体を超えた部分で伝わる、その魂の香りは爽やかで芳しく、この世界の穢れに慣れた体を癒し清める。
あれはこの星の生まれの魂ではない。
他の世界からか、それとも夜空に輝く星々の1つからか。はたまた天なる神々の住まう場所からか。
この5000年に一度の機会に数多の善なるものからの贈り物として届けられた美しい魂。
それが傷つけられ、歪められ、狂わされているのを見るのは腹が立つ。
必ず舞を守って、敵なる何者かを隠れた闇から引きずり出し、徹底的に叩き潰す。そう決めていた。
舞の幸福と安全、それは双子の中で絶対の決め事だ。
「人間は18歳にならないと結婚できないって、鬱陶しい決まり」
「全くだ」
双子の母が結婚したのは高校卒業後だが、その頃の婚姻可能年齢は女子の場合16才であった。
それが引き上げられて今は18才となっている。
いっそ引き上げでなく引き下げであれば良かったものを、と紗羅は柳眉をひそめた。
人間などクソだ。
人間の決まり事もみんなクソだ。
舞を傷つけた人間を見つけたら、ただではおかない。
苦しめて苦しめて、生まれてきた事を後悔させて、魂ごと滅ぼしてやりたい。
だが人の決まり事が紗羅をとどめる。
帝との約束事が鬼を縛る。
柔らかく穏やかな作り笑顔の下で、本当は紗羅のほうが修よりも人を嫌っている。
こんなに醜い生き物を救い引き上げるために、多くの神々が力を尽くす事が理解できない。
このまま出会うことなく生が続いていけば、舞はきっとこの悍ましい世界に囚われていたことだろう。
双子の母の魂がそうであったように。
花冷えの夜空には月と星が美しく輝いている。
わずかに散り残っていた桜の花びらが、紗羅の怒りを宥めるように、ひらりと舞ってその頬に触れた。
話が短いため、本日は2話投稿いたしております。




