第40話 第一王子、チョロい
七割。
その言葉をそのまま受け止めれば、クロアに七割まで力を認められたということ。
逆を言えば、今のコルトには七割で十分だということ。
コルトの心内は……後者に傾いた。
「チッ──!!」
クロアの言葉は、コルトの心の逆鱗に触れた。
心を燃やし、だが頭はクールに。
剣を八相に構え、超高速でクロアへ接近する。
だがもうクロアに同じ手は通じない。
動体視力と反射神経のギアを上げたクロアは、難なくコルトの手を掴んで止めた。
「フッ!」
「ッ!?」
腕を捻りあげる。
即座に曲げられた方に回転し、クロアの手を蹴り上げて無理やり引き剥がした。
直ぐに距離を取り、腕を確認する。
折れてはない。ちゃんと曲がるし、手も握れる。
「いい判断力だ。あと五センチ遅かったら折れていたな」
「本当に折れてたらどうするんだよ……」
「それは心配していない。お前の実力を信じてるからな」
「ぅ……もう、兄ちゃんったら……」
「照れてる場合か?」
「ッ……!?」
今度はコルトが、クロアの姿を見失った。
決して油断してるつもりはない。瞬きもしていない。視点をクロアだけに集中せず、遠山の目付けで周囲にも気を配っていた。
それに加えてあの巨体。まさか見失うとは思わなかった。
気配探知で周囲を確認するが、あれだけ濃密な気配と圧が完全に消えている。
だがコルトも、いくつもの死線を乗り越えた歴戦の戦士。
全神経を集中する。
クロアと言えど、攻撃の際には闘気が漏れ出るはず。
捉えるなら、チャンスはその一瞬。
集中することしばし。
チリッ──後頭部が僅かにチリついた。
「そこッ!!」
振り返ると同時に剣を斬り上げる。
いた、クロアだ。拳を振り上げているクロアがいる。
だが寸止めなんてことはしない。クロアが相手なら、殺す気で……!
遠慮することなく、全力で振り抜くと──ザクッ!!
「……ぇ……?」
手から伝わる慣れた感覚。
肉を斬り、骨を断つ。
舞い散る鮮血。断ち切れる胴体。
あまりの事態にコルトの思考と体は硬直した。
が、次の瞬間クロアの体が空気に溶けるように消えた。
「……は?」
「こっちだぞ」
「んにゃっ!?」
突如、脳天から伝わる人生初の衝撃。
一瞬にして意識が飛び、騎士の命である剣を落として地面に沈んだ。
「ふむ。濃密な気配を応用した質量のある残像を出す相手とは初めてか。まだまだだなぁ、コルト」
「大人気なさすぎるだろ、クロア」
「いや、これ陛下から倣ったんですが」
「む? そうだったか?」
人外の会話を交わすクロアとアーシュタル。
ミオンは極力無視し、水に濡らしたタオルを手にコルトに駆け寄る。
膝枕で頭を支え、タンコブが出来ている脳天を冷やす。
「コルト様、大丈夫ですか?」
「……ぅ……ぅぅ……? ……あれ、君は……?」
かなり強めに殴ったつもりだったのに、もう目が覚めたみたいだ。
「あ、クロア様とウィエル様の弟子、ミオンです」
「そう、か。二人のお弟子さん……ん? ……んッ!?」
今の自分の体勢に気付いたのか、コルトは顔を真っ赤にして飛び起きた。
「すっ、すっ、すまないっ! 淑女の脚に頭を乗せるなどしてしまい……!」
「いえ、私は気にしないのですが……ふふ。コルト様って純情なのですね。あれだけ強いのですから、女性にも強いのかと思っていました」
「う……まあ、その……兄ちゃんの強さを求めすぎて修行にのめり込むあまり、女性との縁がなくてね……」
クロアと最後に会ったのは二十年前。
それからというもの、強さを思い、強さを願い、強さを追い求め、強さのための人生を送ってきた。
その為、女性との関わりが極端に少ない人生だったのだ。
「ふむ……アルカも問題だが、コルトも問題だな。その歳で女性経験がないとは……」
「じょじょじょじょ女性経験がないとは言ってないからなぁ! 言ってませんからなぁ!!」
「えっ、コルト君って童て──」
「ちげーますぅ!! ちげぇますぅ〜!!」
クロアとウィエルからの生暖かい目を向けられ、顔面が真っ赤になるコルト。
この時代、十五歳で一児の親になることは珍しくない。結婚までは行かなくとも、遅くとも二十までには経験の一つや二つは済んでいる。
コルトの年齢は二十五。しかも王子となれば、結婚していてもおかしくない。
「陛下、コルトの婚約者はいらっしゃるのですか?」
「いるにはいるが、この鍛錬馬鹿は放置しすぎていてな。更に仕事で国中を飛び回っていて、まだ会ったことすらない。最近は嫌気がさしたのか、婚約破棄されそうになっている」
「アホすぎる……」
「グサッ」
コルトの胸にクリティカルヒット。
脳天パンチとは別の痛みが全身を貫いた。
「うぅ……でも頑張らないと、兄ちゃんみたいに強くなれないじゃないかぁ……!」
涙を流すコルト。
流石に見かねたのか、ウィエルがそんなコルトの肩に手を置いた。
「コルト君。鍛錬や仕事も確かに大事です。ですが、それで本当に旦那みたいになれるとでも?」
「ぇ……? それって、どういう……?」
「旦那は強い上に、妻である私をこの上なく大事にしていますよ」
「俺、婚約者に会ってくる!!」
((((チョロ))))
図らずも、この場にいた全員の気持ちが一致した。
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