だから私は貴方を慕いました
今回はエリシール視点です。
勿論彼女も一物抱えているという。
「どの口がって自覚はしているが、喜ぶのは間違ってないか?」
頬を張られるつもりだったのでしょう困った様子で嘯かれるアッシュ様が可愛らしく、ベールを降ろした私は笑い声を抑え切れず口元を掌で隠しながら返させていただきました。
「そうですね。
ですが、私にとってはそのお言葉を頂けることがどのような賛辞より嬉しいのです」
美しい。
それが十歳の誕生日を迎えた私に掛けられる言葉のほぼ全てとなりました。
私の名はエリシール・ペンドラゴン。
父アルトリウス・ペンドラゴンと母モリガンの間に生を受け、何一つ不自由なく育てら『スキル』を授かる洗礼の日を迎えました。
元より父母から見苦しい等という言葉はおこがましいぐらい可愛らしい容姿であったことを幼いながらに自覚していた私に天より授けられた『容姿端麗』は、『恩寵』等とは些かも思えない『禍い』として私に牙を剥きました。
『容姿端麗』によって人外の美とまで言われるようになった私を見る誰もが目を奪われ、私が話しかけるだけで私を讃え平伏す様になるのにはそう時間が掛かりませんでした。
それだけでも私の心は参りかけていたところに妬心を掻き抱き私に毒や凶刃を向ける者たちまで現れ、その中には以前までは親しくしてくれていた侍女までもが加担するという事件が起こりました。
幸いと思えないですが『容姿端麗』を得た私に毒物が害することは叶わず、凶刃が身に突き立てられる前に兄様やヴェインが防いでくれた為命に関わることは無かったものの、そういった行いが増えるに連れ私の心は千千に切り裂かれ僅かずつ歪んで行きました。
もしもお父様達までもが『容姿端麗』に惑わされ私の美しさに傅き爪先に口付けしていたなら…
しかしそうはならず、お父様もお兄様も以前と変わらぬ愛情を注いでくれたからこそ私は多少我儘に振る舞うことが増えた程度で収まり後戻りの叶わぬような悪辣な女にならずに済んでいました。
そして七年前のあの日、絶望と諦観の中でアッシュ様に出逢わなければ今の私が居なかった事は間違いないのですから。
「誰もが私の美しさを奉る中でアッシュ様だけは私の嘆きに気付き憐れみを下さりました。
そんな貴方だからこそ、私は貴方に私の全てを受け取って欲しいのです」
「重すぎる…」
忘れてしまった過去を顧みようと必死になって頭を抱えるアッシュ様が可愛らしく、その気持ちを抑えられずころころと笑ってしまいます。
「それはそれとして、ペンドラゴン伯爵にはどう説明するんだよ?
まさかとっくに俺と結婚していましたなんて言う訳にもいかないだろうし」
「そこはまあ、正面から説明して説き伏せるしか無いかな〜。
エリィの事で下手に取り繕った某なんて仕掛けるほうが絶対怒るだろうしね〜」
「気が重いぜ」
肩を落とし憂鬱そうに呟いたアッシュ様ですが、ふと私に視線を合わせると真剣な顔で告げられました。
「取り敢えず最初の目的から済ませておこう。
エリシール、『容姿端麗』を俺に預けるための方法を説明するぞ」
「はい」
アッシュ様の言葉に私は気持ちを取り直しアッシュ様の説明に耳を傾けました。
「俺の『闇金』は『スキル』を奪うためには『利息』が必要になる。
『利息』は『貸付』を行う事で発生し、『貸付』した【スキル】【ステータス】【レベル】の総量の割合分だけ蓄積量が増し『利息』は期間が長ければ長いほどその総量が増えていく。
そうして生じた『利息』に相当する分の何かしらを『徴収』という形で奪い取るんだ。
ここまではいいか?」
「はい」
「そうか。
今回は『容姿端麗』を最短時間で『徴収』する為に相当量の『貸付』が必要になる事が問題になる」
そう口にしたアッシュ様に、私はアッシュ様の意図を確認するために問い返しました。
「『容姿端麗』とはそれ程の対価が必要なのですね?」
「ああ。正確には『祝福』に類する『スキル』はとても価値が高いと見做されているらしい。
数字に改めるなら『恩恵』の3倍。
【レベル】換算なら50相当になるそうだ」
「レベル50…」
解ってはいましたが、やはり『祝福』とは非常に希少だったのですね。
レベル50に到達した者などお伽噺の題材に使われた伝説と呼ばれる者ばかり。
「だが、一度に大量の『貸付』を行うと向上した身体能力に意識が追い付かないという問題が起きてしまう。
だから今回は別の方法を取ることにしたいと思うんだ」
「別のですか」
「ああ。
『闇金』には相手に強制的に付与する以外にも『スキル』を『徴収』する方法があったんだ。
相手から対価を先んじて出させる『質入』という効果なんだが、これがかなり阿漕なんだよ」
今回はその阿漕さが役立つんだがと溢すアッシュ様に聞き取った情報を伝えます。
「名前からして、先じて対価を差し出すことで相当する物を相手に渡すというふうに感じましたが如何ですか?」
「その通りだ。
『質入』のメリットは差し出させた対価に『利息』を優先付けさせることで他の【ステータス】に『利息』を紐付けさせないっていう事。
ただ、これにも問題があってな。
『質入』させた『スキル』にはその時点で『利息』が生じてしまい、『スキル』を戻す為にはその『利息』を支払う必要があるって事だ」
そう語られたアッシュ様は難しい顔をなされました。
「という事は、私が『容姿端麗』を『質入』してアッシュ様にお渡しした場合、その直後でも幾ばかの『利息』を支払う義務が生じてしまうと?」
そう伝えるとアッシュ様は苦そうなお顔で「ああ」と頷かれました。
「だが『質入』は『徴収』と違い指定した時点で『スキル』は本来の持主から引き剥がされ効果が及ばなくなるから、今回に限ればエリシールの望みをすぐに叶えられる事ができる」
「ならそうしましょう」
私はアッシュ様に『質入』を願い出ました。
「…いいのか?」
「勿論です。
私は私の全てをアッシュ様に捧げたいのです。
だから、私の【ステータス】さえもがアッシュ様の所有物となるのならこれ以上に嬉しい事は多くありません」
身も、心も、魂さえも貴方の所有物としてその手の中に収めて欲しい。
少々行き過ぎていると自分でも思う気持ちが僅かにでも叶うというのだから私に拒否する理由はありません。
「…そうか」
アッシュ様。
そのお気持ちは理解しておりますが引かれると悲しいです。
あんまり悲しくて、ブリギッド王女殿下にアッシュ様と一緒に過ごしていた事について念入りに問い詰めたくなってしまいます。
まあ、それが無くとも問い詰めることは最初から決まっておりましたが。
「っ!?
何だ今の悪寒は…?」
ふふふ、後で楽しみにしていてくださいねブリギッド王女殿下?
不意の悪寒に周囲に視線を向けるブリギッド王女殿下を尻目にアッシュ様は私に言います。
「わかった。
それじゃあ代わりの『スキル』を渡そうと思うが、エリシールからは希望があるか?」
「特に希望というのは無いのですが、どの様な『スキル』が選べるかお教え願えますか?」
「勿論だ。
俺の今の手持ちは暗闇で視界を遮られなくなる『暗視』。
肉体の損壊を治す『回復』
触れられるあらゆる場所を足場にする事ができるようになる『吸着』。
身体から望んだ香りを作り出す『芳香』
それと肉体を変化させる『変態』の5つだ。
特に希望が無ければ『回復』にしようと思っているんだが」
「でしたら私は『芳香』を頂戴したく思います」
簡単な説明と共に挙げられた5つの『スキル』の中で一際私が惹かれた効果を秘めたものが含まれていた為、迷わず私は希望を述べました。
「一つでいいのか?」
「はい。
説明を聞くに『回復』は必要の都度受け渡しが出来るようしておくほうがアッシュ様の為になると思いますし、『暗視』や『吸着』も個人より都度都度の引き出す方が効果的でしょうから。
『変態』はその、『容姿端麗』と似たような感じがするので躊躇いを感じてしまったので『芳香』ぐらいが丁度良いと思いました」
そう所感を口にするとアッシュ様は納得したというご様子で「分かった」と申されました。
「エリシールがそう望むなら『芳香』にしよう」
そう仰言りアッシュ様は私に手を差し出します。
「俺の手を取って『質入』すると宣言してくれ。
そうすれば『容姿端麗』はエリシールから外せるようになる」
「わかりました」
言われた通りアッシュ様の手に私は自身の手を添え宣言します。
「アッシュ様に私の『容姿端麗』を『質入』させて頂きます」
「了解した。
その対価として『芳香』をエリシールに預ける」
そう宣言した直後、胸の奥から何かが滑り落ちたような感覚を感じ、その隙間を埋めるように以前『回復』を与えられた際と同じ感覚が胸の奥に宿りました。
「成功だ。
これでエリシールは苦しまなくて済む」
ステータスプレートを改めながらそう告げたアッシュ様に、私は顔を隠すベールに手を掛け、ふと背を過ぎった恐怖に慄きながらアッシュ様に尋ねます。
「………アッシュ様。
もう一度、私の顔を見た感想をいただけますか?」
『容姿端麗』を得る前、周りからは父母の良いところを受け継いだ可愛らしい顔立ちだと何度も褒められた。
しかし『容姿端麗』を得て、そしてその加護を失った私の顔がどう変わったのか、それが急に恐ろしくなってしまいました。
もしかしたら、何らかの反動で怪物のような醜さになってしまっていないか?
そんな得体の無い想像に、アッシュ様の寵愛が頂けなくなってしまうのではとそれが恐ろしいのです。
なんて身勝手な女なのでしょう私は。
誰も彼もが美しいと奉る事に辟易し嫌悪しておきながらいざそれを手放した後で後悔するなんて。
「いえ、やっぱりまずは自分で確かめて…」
勝手が過ぎる自身に嫌悪し逃げ出そうとした私にアッシュ様は徐に手を伸ばし、抵抗する間を与えずベールを持ち上げて私の本当の素顔を見ました。
「あ…」
アッシュ様の瞳が鏡のように目尻に涙が滲み明らかに怯えていると見て取れる、母様の面影を感じさせる女の顔私を写しているのが見えました。
「なんだ。普通に美人じゃないか」
そう穏やかに苦笑されるアッシュ様に私は感情が溢れぐちゃぐちゃになってしまいつい抱きついてしまいました。
「ごめんなさいアッシュ様。
少しだけでいいのでこのままにさせてください」
「…いいけど、目が溶ける前には落ち着いてくれよ」
私の言葉をどう取られたのか、アッシュ様はそう仰られると幼子をあやすように頭を優しく撫でてくれました。
ちな、エリシールが『芳香』を選んだのは自分の香りでアッシュを染めたいという欲望が理由だったりします。
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